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FEATURE / MOVEMENT

Well-beingを生み出すデザインとは何か。

「ブラウン ハウスホールド大学」レポート

2018.12.06

text by Kyoko Kita / photographs by Tsunenori Yamashita

豊かな未来社会の実現を担う若者たち。その能力やアイデアを刺激し、発想を広げる手助けをする――そんな可能性に満ちた取り組みが、ドイツの家電ブランド「ブラウン」と武蔵野美術大学によって行われました。
「ブラウン ハウスホールド大学」――ブラウンのキッチン家電部門「ブラウン ハウスホールド」が手掛ける産学連携プロジェクトです。
「暮らしを豊かにするデザインとは何か」を追い続けるブラウンの理念と姿勢がこのプロジェクトから見えてきます。

「10~15年先の健やかな生活のためのプロダクト」を考える。




プロジェクトをリードしたのは、ブラウンのヘッド・オブ・デザイン、デュイ・フォン・ヴー氏と武蔵野美術大学工芸工業デザイン科の田中桂太教授。18人の学生が、フォン氏とのコミュニケーションを通して、ブラウンのデザイン哲学や製品開発の考え方、方法論を学びながら次世代のプロダクトづくりに挑戦した。

ブラウンは1921年創業。機能性と美しさを兼ね備えた家電を生み出し、プロダクトデザインのリーディングカンパニーの地位を確立してきた。中でも「ハウスホールド」が誇るハンドブレンダーは、50年以上にわたって世界中で愛され、数々のアワードに輝く。
そのブラウンがなぜ、今、教育に携わるのか。そこにはデザインの未来を見据えるフォン氏の熱い思いが潜む。
「これまで続いてきたやり方から脱却して変革を起こすのは容易ではありません。未来人である学生たちの意識を変えることが第一歩になる。教育には時間もエネルギーもかかりますが、費やすだけの価値がある」

デュイ・フォン・ヴー氏。フリーのデザイナーを経て98年にブラウンに入社。電動歯ブラシやハンドブレンダーなど数多くのデザインに携わる。2012年、すべてのブラウン製品に関わるデザインチームを牽引するヘッド・オブ・デザインに就任。グッドデザイン賞など受賞歴多数。



10月26日には学生たちによるプレゼンが行われた。動向分析から、未来予測、ペルソナの設定、コンセプト立案、スケッチ、技術との整合、造形まで。



フォン氏が考える変革、それはプロダクトデザインにおける発想の転換である。従来、消費者が抱える不満や悩みを吸い上げ、それを解決することを目的とした〝問題解決型〟の商品開発が主流だった。一方で数年前からフォン氏が掲げるのは、生活者のより良い暮らしとは何かを考えることから始める〝Well-being型〟のデザインアプローチだ。

今回、学生たちに与えられたテーマもまさにこの発想に立脚している。それは「10~15年先の健やかな生活のためのプロダクト」。未来に時間軸を設定した理由について、フォン氏は「デザイナーにとって、長期的なヴィジョンを持ち、ストーリーを語れることが大切だから」と語る。

学生たちはまず、「都市化」「個別化」「健康志向」などのメガトレンドについて考察し、将来的なライフスタイルのイメージを描き出す。さらに「IoT」や「モビリティ」などの技術トレンドを踏まえた上で、健やかな生活の実現に役立つサービスや製品のコンセプトを立てた。

「都市化」をテーマに選んだ学生は、「地下に住むようになる」「シェア&レンタルが増える」「集合住宅化が進行する」など、分析と考察を元に様々に未来予測。



ここで重要なのが、健やかな生活の主人公となるペルソナの設定である。名前、性別、年齢、職業、住まい、家族構成、趣味など人物像や暮らしぶりを細かく描き出し、その人の豊かな暮らしを叶えるには何が必要かを考える。暮らしを満たし、心を満たすものとは何か。ポジティブ要因にフォーカスすることでより良い暮らしを生み出そうというデザインアプローチが、ブラウンの掲げる〝Well-being型の特徴である。

ペルソナの年齢、性別、職業、住環境などを細かく設定し、何がペルソナにとってWell-beingかをイメージする。



「大切なのは、観察、対話、具現性」

18人のプレゼンは「いずれもユニークで、インスピレーションをもらった」とフォン氏。7名がファイナリストに選ばれ、上位3人が表彰されたが、審査にあたっては3つの点を重視したという。
「まず観察。時流やペルソナをどれだけ深く観察し、分析できているか。そして、対話。周囲の人々と十分にディスカッションを重ねたか。最後に実現性。コンセプトやヴィジョンが技術的に具現化できるのか。それらを踏まえた上で、最終的な判断材料となるのはエモーション。心が揺さぶられる製品であるかどうか」

ここで、ファイナリスト7名のプロダクトを紹介しよう。


<記述項目>
(1)未来社会像/着目した技術トレンド
(2)設定したペルソナ
(3)Wellbeingを実現するための発想
(4)落とし込まれたデザイン




●チェン ユーウェンさん 「MoCo」(1位)


(1) 人と人とのつながりを大切にする社会/IoT、AI、フィジタル*1。
(2)離れて暮らす母娘。母は料理を通じて娘に家族の絆を伝えたいと願う。娘も母の手料理が恋しいが、試行錯誤して作る時間の余裕がなく、キッチンが狭いため揃える調理器具も最小限に留めたい。
(3)母の料理データを娘のキッチンに送ることで、母の味を共有し、母娘の絆を深める。
(4)母娘の台所を繋ぐスマートキッチンツール。母の台所ではカメラが調理工程を撮影し、調味料の容器に貼られたステッカーで使用量を測定。映像と測定データを、両者が持つおにぎり形のコントロールセンターで共有し、娘の調味料入れや、火力及び加熱時間の設定機能などがついたハンドルや鍋に連動させる。料理データは長期的に保存することも可能。

*1フィジタル(Phygital)……PhysicalとDigitalを掛け合わせた造語。現実世界とデジタル世界の融合を意味する。



●宮入舞夏さん 「Active Kneader」(2位)


(1)高齢者がアクティブに暮らす社会。
(2)好奇心旺盛で、孫と過ごす時間を楽しみにしている60代後半の夫婦。
(3)料理が出来上がる過程を孫と共に楽しめる。また料理を実験感覚で行えるようにして知的好奇心を刺激する。
(4)コロコロと動き回る丸底の電動ミキサー。こねる、一次発酵などの調理工程を本体に映し出されるアイコンの動作で表示する。各工程終了の度にアイコンを指定枠内にドラッグすることで次の作業へ向かわせるなどゲーム感覚で調理を進めることができる。また、台座に固定して使用する場合も、ミキサーの回転速度や調理温度などを設定でき、幅広い料理を実験感覚で楽しむことができる。



●リー・ジィユンさん 「作品名不明」(3位)


(1)モノと暮らしがデータで繋がる社会/IoT、モビリティ。
(2)家族と共に健康に暮らしたいと願う引退後の夫婦。
(3)健康状態を常に自身で管理し、食生活に手軽に反映できるようにする。
(4)歯ブラシに取り付けたセンサーが健康状態を測定し、データを管理会社に送信。必要な栄養素を含んだ野菜や果物がドローンで配達される。それを果樹に見立てた製品の根本についたミキサーに投入すると、枝の先にハート形の実をつける。手でもぎ取って食べることで、複数の野菜や果物の栄養を簡単に摂取できるようになる。



●井上和歌さん 「feel the season」


(1)都市への人口集中が進んだ社会。生活の中心は地下に移り、太陽の光、自然の緑、空の色などを感じにくく、新鮮な果物も貴重となる想定/IoT、空中への投影技術。
(2)地下都市で一人暮らしをする女性。休日は地上に出て季節を感じることに喜びを得る。
(3)果物を買ってから食べ頃まで待つ時間を映像により演出することで、地下社会でも日常的に季節感を感じられるようにする。
(4)天井に取り付けて使う透過性の果物熟成ケース。買ってきた果物を入れると、本体や天井に果樹畑の風景や空など季節の映像が映し出される。手をかざせば果物の糖度や熟し加減が表示され、食べ頃を知ることができる。



●櫻井真生さん 「ANGLE」


(1)自分らしさを大切にする社会/マスカスタマイゼーション*2。
(2)34歳の独身男性。人との繋がりを大切にし、余暇は同じ趣味を持つ仲間と過ごし感性を刺激し合う。
(3)カスタマイズ可能なデザインで、持ち運びも簡単なバーベキューキットがあれば、仲間と過ごす時間がより自分らしく有意義になる。
(4)折り畳み式の薄型バーベキューグリル。バッテリーは、サイクリングなど仲間とのアクティビティによる振動で充電される。コンパクトで持ち歩きやすく、使用面がフラットなので片づけも簡単。縁を立たせて鍋のような形にすれば蒸す、煮るなどの調理も可能で、ホームパーティの持ち寄りにも重宝する。デザインは自分好みにカスタマイズできる。

*2 マスカスタマイゼーション……3Dプリンターの活用など生産方法の工夫により、個人の好みに合わせた特注品を製造すること。



●パク・ミンフーさん 「One Bite」


(1)都市化が進んだ社会。所有ではなくシェアによる利便性、体験を重視するようになる。
(2)都市に住む27歳男性。自身の体験を他者と共有することに喜びを感じる。
(3)時間や空間を超えて食べ物のおいしさを「ひと口」サイズで共有できたら、世界中の人と喜びを分かち合える。
(4)料理の味を再現し、一口分の試食を可能にするキット。センサーを取り付けた専用の箸で料理を食べることで、その味がデータとしてクラウド上にアップされる。試食を望む人は、製品本体に砂糖、塩、水、香気成分、固形材を投入すれば、データを基に一口サイズの試食が自動で作られる。麺、野菜、米&パン、揚げ物など、食感の違いは試食品の形状を変えることで再現する。



●大森美咲さん「Bee」


(1)モビリティが進化した社会。上空を移動する配達用のモビリティが一般化し、受け入れ専用窓が一般家庭に普及している想定/自動運転技術。
(2)友人と外食する時間を大切にする男子大学生。
(3)いつでもどこでも、レストランのできたての味を楽しめるようになれば、より自分らしく寛いだ時間を友人と過ごすことができる。
(4)上空を自動運転で移動する出前モビリティ。アプリで料理を注文すると、その内容がレストランに届き、同時にモビリティが起動。店からユーザーの家へと料理を運ぶ。できたてのおいしさを保てるよう、内部が真空状態になり、温度設定も可能。2人分のドリンクと料理が入る大きさで、底面には皿を固定できるよう特殊加工が施されている。



ハウスホールドのデザインは、Well-being実現の鍵を握る。

Well-being型のプロダクト提案は、学生たちにとって初めての体験で、驚きや戸惑いもあったらしい。だが、指導に当たった田中桂太教授は「フォンさんとのコミュニケーションを取る中で、発想法やデザイン哲学を学び、実践的なレベルの提案へと落とし込めた」と振り返る。また「人を幸せにするという視点に立ったものづくりには、デザインによってプラスアルファの価値を提案できる喜びを感じた」とデザインが持つ可能性を再認識した学生もいた。

フォン氏は言う。
「Well-beingとは何か、それは人によって様々です。私にとっては家族と過ごす時間であり、家庭そのもの。百人いれば百通りのWell-beingがあるでしょう。しかし食はいつの時代も、どんな人にとっても、営みの中心を成しています。食を通じて集い、楽しみ、結び付く。健康を維持する上でも重要です。ハウスホールドのデザインは、人類のWell-beingを実現する鍵を握ると言えますね」

田中桂太教授(右)は、最前線のデザイン思考に触れた学生たちの成長を実感。



Well-being型のものづくりを共有したメンバーから質問やアドバイス。細部まで考え抜かれているか、鋭く問われる。



未来社会を担う学生に世界的な家電ブランドのトップが直接指導するプロジェクトは多方面から注目され、報道陣も集まった。



「常識や定石を問い直してみる、慣れ親しんだ環境や考え方を変えてみる、満足から抜け出す勇気を持つ。未来のものづくりを考えるにはオープンマインドでなければなりません」とフォン氏。
より豊かな暮らしを実現すべく挑戦を続けること。その姿勢こそ、ブラウンが時代を超えてプロダクトデザインの最前線をリードする原動力なのかもしれない。

前提条件の分析、ペルソナの把握と理解、コンテンツの明確さ、プレゼンの質、プロセスとコストの実現性、持続性などが問われた。



「ブラウンのデザイン哲学やクラフトマンシップに触れる得難い機会だった」と田中教授は評する。



ブラウン ハウスホールドのフラッグシップ、ハンドブレンダーは、人間工学に基づく機能的かつ洗練されたデザインと優れた耐久性で、50年以上にわたって世界中のキッチンで愛されてきた。ブラウンのデザイン哲学が集約されている。







◎ ブラウンハウスホールド
https://www2.braunhousehold.com/ja-jp



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