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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.33 モリーゼ州の家畜の季節移動とカチョカヴァッロ

photograph by di Nicola Lanese
text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

家畜の季節移動(トランズマンツァ)で踏み拓かれた青草のカーペット道

photograph by Kerem



カルメリーナ・コラントゥオノ(Carmelina Colantuono)から送られてきた写真に目をやる。
長い角に白い肌の乳牛たちの途方もなく大きな群れが、なだらかな丘を、川を、そしてだだっ広い草道を行く。

photograph by Sandro di Camillo



馬に跨り、群れを急き立てる者は皆、日差しや雨から守るように鍔広の帽子で頭を隠している。
だが、そんな彼らの顔つきやその風景は決して僕を裏切らない。ここはガンマン彷徨うモンタナの大草原なんかではなくモリーゼだ。百歩譲ったとしてもパゾリーニ*(Pasolini)の描いた西部劇映画のワンシーンだろう。

photograph by Kerem



一千年の昔からトラットゥーリはこの土地に存在していた。青草が作る自然のカーペットを果てしなく転がしたような道で、時期になれば人々はここを通って家畜を移動させていた。
イタリア中部アブルッツォ州から南方プーリア州にかけて渓谷や丘を縫いながらひっそりとした石造りの古い村々や息を呑む美しさの風景を結んでいく。

photograph by Flaviano Testa



「アブルッツォやモリーゼの牧草地は標高1300から1400メートルにあって、グランサッソ地域はもっとも高いところに位置しています。だから冬場はかなりの積雪があるんです。家畜は常に放し飼い状態にあり、厩舎や非難小屋などもない。それで冬は牧草を求めて海へ下り、家畜を移動してプーリアへ越境するようになりました」

photograph by Antonello Nusca



「トラットゥーロ(tratturo:トラットゥーリtratturiは複数形)」は、草に覆われた幅111メートルにも及ぶ広い道で、移動中の羊や牛など家畜に踏みつけられるうちに出来た。トラットゥーロは家畜移動のいわば幹線道路で、そこから無数のわき道「トラットゥレッリ(幅40メートル:tratturelli)」や「ブラッチ(幅20メートル:bracci)」に分岐したり、また合流したりを繰り返し、その途中には家畜の群れの休憩場所として「リポーズィ(riposi)」と呼ばれる数ヘクタールにおよぶ原っぱがある。
これらの道は、古代ローマ時代、この地域がサムニウムと呼ばれていた時代から家畜の季節移動「トランズマンツァ(Transumanza)」に用いられてきた。

総勢20名の牧夫を率いるアマゾネス

photograph by Kerem



ハンニバルの象たちも、物乞いの一個小隊も、神秘を求める者に十字軍遠征に参加する冒険家たちまでもが踏んだのと同じ道が、今日ではコラントゥオノ一家と500頭の牛の群れの足元にある。
父、伯父、兄弟、従兄弟、総勢20名の牧夫を輩出し、土地の長(おさ)として尊敬を集めるこの一家の輝けるシンボルこそ、牡牛のごとく屈強で地中海の熱っぽい風を目鼻立ちに豊かに湛えたアマゾネス、カルメリーナだ。

photograpsh by Antonello Nusca



「私たちの暮らすフロゾローネ村(Frosolone)はイゼルニア県(Isernia)にありますが、9月の終わりには牛の群れを集めるために村の男たちは一斉に出払い、プーリアに移動して冬場を過ごしていました。ですから村には女子供だけが残り、5月になると再び男たちが家畜を連れて戻ってきて穏やかな季節をここで過ごしていたんです。

photograph by Nicola Lanese



アルプス地方の渓谷から山の牧場へ比較的短い距離ながら大きな高低差を上り下りする“縦”のトランズマンツァと違い、地中海式トランズマンツァは隣の州にまで“横”に長い家畜移動になります。
私たちが越冬するガルガーノ国立公園(Gargano)内のサン・マルコ・イン・ラミス(San Marco in Lamis)までの距離は180km。馬に乗りモリーゼ州内のトラットゥーリを5日間をかけて移動。さらにプーリア州内の道路を移動してトランズマンツァを行います」

photograph by Antonello Nusca



未だ地域全体が近代化で破壊され尽くされていないモリーゼだからこそ、こんなに素晴らしい文明の遺産、現代社会と大きく分け隔たれた文化、伝統食材、そして誠実さや品格という根源的モラルをしっかりと守り抜くことが出来たのだ。
「家の鍵もドアの鍵穴にさしたまま出かけていける。私たちの地域はそんなところです」。淡々と語るカルメリーナ。

500頭の牛と180kmの大移動
「これが私たちの小さな世界を救う方法だと思うから」

photograph by Sandro di Camillo



「トランズマンツァは、男たちだけで行われて来た仕事です。かなりの重労働だからです。
ですが、私は兄弟や従兄弟たちが楽しそうに笑顔で家に帰ってくるのを見て思ったんです。『そんなに大変な仕事なら、あんな顔になるはずがない』って。当然、後になって自分が間違っていたと思い知らされたのですが、とにかく私は自分もトランズマンツァをやると言い張り、そしてこれこそが私の人生を築いてくれました。

photograph by Rocco Lamparelli



photograph by Nicola Lanese



もう何代も前から私たち一家は馬を使ってトランズマンツァを行っています。出来るだけ暑くならない時間帯、早朝4時半から10時か11時まで、そして午後の4時から今度はその日に到着したい休憩地点に着くまで移動を続けます。時には夜中過ぎになることも。
今では皆、家畜の移動にはトラックを使い、トランズマンツァは観光客向けに短い区間に限って行っています。全行程で行っているのは我が家だけになってしまいましたが、私はこれを大切に考えています。これが私たちの小さな世界を救う方法だと思うから。

photograph by Antonello Nusca



photograph by Stefano Di Maria



実際、他の地域ではトラットゥーリにはアスファルトが敷かれてしまったか、倉庫が建てられてしまったか、駐車場が広がっているかです。
たぶん私たちの馬で行うトランズマンツァも少しは役立ったのでしょう、モリーゼ州では1997年に国の記念物として法律で保護対象に指定されましたし、2018年3月には私たちが国際パートナーや農林政策省と協力しこの地域のトランズマンツァを一つの文明と捉えユネスコ無形文化遺産の登録申請をしました」

photograph by Donato D’Alessandro



「私たちの牛はどれも体力のあるポドリカ種(podolica)またはマルキジャーナ種(marchigiana)です。牧草地で放し飼いにされている牛はより病気にも罹りにくく長生きで、強いうえに俊敏です。トランズマンツァに出発すると、牛の方では道のりを覚えてしまっていて勝手に走り出し、時には彼らを引き止めなければならないくらいです。

photograph by Nicola Lanese



モリーゼ州内のトラットゥーリは、一般道や線路が横切っているから危険です。それに保健所、州政府、通過する県の県庁や市町村、警察などから無数の通行許可を取る必要があるんです。
500頭もの牛をこの方法で移動させるのは笑い事じゃない。
だけど私たちが村々を通過すれば、そこはお祭り騒ぎになる。特に子供たちにはね。乗馬学校に通いだす者まででてくる。トランズマンツァに一緒に参加したいからと」

photograph by Sandro Di Camillo



ポドリカ種の乳牛でつくる“特別な価値と意味を有する”チーズ

photograph by Kerem



ポドリカ種は乳量はあまり多くないが、脂肪分が高く、標高の高い場所(アルペッジョ)で飼われるおかげで、草花を思わせる香りがあり珍重されている。
コラントゥオノ農場でも当然、そんな貴重な牛乳は生乳のまま大切にチーズに加工している。中でも特に貴重なのは「マンテーカ(Manteca)」で、イタリアの外国人記者クラブから「特別な価値と意味を有する特産品」として賞を贈られている。
リコッタから作ったバターをボール状にし、作った翌朝、水が上手く切れたところでカチョカヴァッロで包んでやる。練り上げられたばかりのカチョカヴァッロが自然の真空パックの役目を果たし、中のバターはフレッシュ感もアロマもそのまま、場合によっては12カ月も保てることもあるそうだ。トーストしたパンにのせてよし、ブルスケッタやパスタに合わせても最高! 当然、包んでいたチーズまで残さず味わってほしい。

photograph by Enrico Caracciolo



ポドリカ種の牛乳でつくる伝統のカチョカヴァッロは「真似の出来ない牧草や潅木の風味」があり、長期熟成にも耐え、食事の締め括りは絶対的にこれしか考えらない。
練り上げたばかりのカチョカヴァッロで作ったスカモルツァ、柔らかなカチョッタで作るクレテーゼ(Cretese)も僕をはっとさせる味わいがある。
生産量は飼育頭数の割に決して多くはなく、イタリア全土の高級食材店やグルメな顧客に販売。イタリア国内でほとんど完売してしまう。

photograph by Nicola Lanese



一方、馬に跨ってのトランズマンツァには、毎年5月になると牛の群れに着いて行きたいと申し込んで来る人が後を絶たない。中にはオーストラリア、カナダ、そして言わずもがなテキサスからも。
だから僕も……いや、確かに自分が陸上競技選手や大冒険に向いた体格ではないことは承知しているさ。だが、一度くらい見たいものだよ。ワインやチーズの夢じゃなく、なびき草が海に向って幾多の川筋がさらさら流れ、カウベルの舌が叩きだす音ばかりが周りの静けさを壊してくれるような情景で、僕も牛の群れを追っている夢をさ。

Photograph by Sandro Di Camillo





パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it



*注 ピエル・パオロ・パゾリーニPier Paolo Pasolini (1922-1975) 
映画人にして文学者。南イタリアを巡り、彼の映画の代表作『奇跡の丘(原題:ilVangelo secondo Matteo)』のロケはそのほとんどをバジリカータ州マテーラで行い、キャストはプロの俳優を用いず、エキストラも地域の農民から選んだ。


SHOP DATA
コラントゥオノ農場
Azienda Agricola Colantuono

Fraz. Acquevive, 16
Frosolone, Isernia
Molise
TEL +39 329.5485059
E-MAIL colantuono1@tiscali.it



『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。













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