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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.5 シチリア州マドニエ地域のマンナ

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

神から与えられた食べ物




『出エジプト記』の一節、
『モーゼがユダヤ人を率いてエジプトから脱出する際、広い砂漠を横断しなければならなった。人々は食料を持たず、焼けつく太陽の下で飢え死にするくらいならファラオの奴隷でいた方がましだったではないかとモーゼを非難した。すると神が現れモーゼに言った。
「さあ、私がお前たちに天からパンの雨を降らせよう」
この神から与えられた食べ物を、ユダヤ人たちはマンナ(又はマン)と呼んだ』

このマンナという名はMân Hu(マン・フー)という言葉に由来する。
マン・フーとは「何だ?」という疑問詞。砂漠での飢えを凌げるよう神が空から降らせたこの見知らぬ食べ物を目にすると、ユダヤ人たちは口々にこう言った。
「何だ?」

『……それはコリアンダーの種に似て、白く、まるでハチミツを混ぜた小麦粉のパンのような味がした。(出典:出エジプト記第16章31節)』 

この物語があまりに独創的なためか、私たちイタリア人にもマンナは架空の食べ物だと思い込んでいる人が少なくない。
だが実在し、西洋トネリコの樹液から作られる。



昔は薬効のある食品としてシチリア、カラブリア、モリーゼなど南イタリアを中心に普及し、イタリア各地で養蜂業と同じように農家が副業として生産していたが、合成マンニトールが生産されるようになったことで徐々に廃れていった。

伝統的なマンナ採集を復活、進化させた男




現在のマンナ生産の中心地はシチリア。
正確にはパレルモ県に横たわるMadonie(マドニエ)自然公園内のPollina (ポッリーナ)やCastelbuono(カステルブオノ)地区で、実は1980年代に一人の男がマンナの生産をここで復活させた。

農夫とシャーマニズム祈祷師を足して2で割ったようなジュリオ・ジェラルディという人で、伝統的な収穫方法では不純物の混入が多すぎて純収量は15%程度にとどまっていたのを、不純物を大幅にカットできる新方式を考案し、純収量を85%にまで増やした。

シチリアの大地とそこに生きる動植物を愛するジュリオは、『Ntaccaluoro(ンタッカルオロ)』つまりマンナ採集家と呼ばれ、西洋トネリコの中でも限られた品種からしか採れない、体に良く、高価な樹液を採集する。
手仕事の経験がもたらす知恵と歴史に培われた文化を融合させ、マンナをテーマにした研究を高度な哲学にまで高めた型破りな農業経営者だ。




彼は言う。
「この手段を生み出さずにはいられなかった。当時のマンナは主にマンニトールの抽出に使われ、化学系企業の奴隷になっていたからね。1985年の話だよ。僕の新方式を見ると周囲の人たちは凄いねと口々に言った。が、その舌の根も乾かぬうちにボイコットをされた。僕の方式では作業にかなり注意が必要で時間もかかるからね。ところが、数年もしないうちにマンニトールは自然原料のマンナを使わなくても工場生産が可能になり、マンナは市場からほとんど消え、より高品質のマンナだけが生き残った。それを見た他の生産者は瞬く間に僕の方式の導入を始めたよ」

蝉の歌声を聴くと、樹液を流す木





マンナは、たいてい西洋トネリコが休眠する7月から8月にかけて収穫される。
よく「トネリコの木は歌が大好きで、蝉の歌声を聴いた時だけ樹液を流す」と言うが、これは気温が最も高くなり、樹液中の糖分濃度が結晶化するのに適する時期と重なる。




トネリコの木の葉が斜めにねじれてくるのが収穫のタイミングの目安。最近では、質が良く収量も多いVerdello(ヴェルデッロ)種が最良品種であることも判ってきた。
一日のうちで最も暑い時間帯に、木の幹に幅5~10センチ程度の切れ目を入れ、金属製の口金をはめ込んだら、その先にナイロン製の糸を吊るす。
樹液は糸伝いに滴り落ち、最も良質の部分が空気に触れてシリンダー(円筒)状に凝固する。
固まったら金属製のパレットのようなもので糸から外し、1回目の乾燥として風通しの良い場所で20日間ほど天日干しにする。
2回目の乾燥作業もやはり天日で、今度は南風シロッコの吹く9月に行う。





古代の薬効食品が、現代の注目食材に





新たに高品質のマンナ生産が始まると、その利用方法に革命がもたらされた。
過去数世紀に渡り栄養補給、解毒、洗浄作用といった高い薬用効果やニワトコのリンパ液によるシワ予防効果が知られてきたマンナが、製菓用あるいは料理の食材として注目されるようになったのだ。 

カステルブオノのFiasconaro(フィアスコナーロ)兄弟は、マンナを使ったお菓子作りに最初に取り組んだ店の一つだ。
彼らはイタリア最南端の州にありながら北イタリアの伝統菓子、ロンバルディア州の「パネットーネ」にマンナを使おうと思いつき、糖衣にマンナを含ませた。
80年代に既にこのMannetto(マンネット)と呼ぶパネットーネを作り始めたが、焼き上がったパネットーネにかける糖衣にマンナ・ペーストを何パーセントか混ぜ込むことで独特な味と香りを生んでいる。




彼らに続いてマンナをクリームやトッロンチーニ(ナッツ入りのヌガー系菓子)など、様々な菓子に使用する店が出てきた。
Modica(モディカ)のチョコレート工房では、ダークチョコにマンナを混ぜることで、カカオの酸味を自然にやわらげ、滑らかな?口溶けを生んでいる。

カステルブオノのレストラン数軒でも、マンナを使った料理がメニューに並ぶ。
有名レストランの一つ、シチリア民謡のカデンツァに使う口琴から店の名をとった「Al Nangalarruni(アル・ナンガラッルーニ)」では、黒仔豚のヒレ肉を包む衣にアーモンドやピスタチオと一緒にマンナを使っている。




また、同じカステルブオノの豊かな緑に囲まれたアグリツーリズモ「Bergi(ベルジ)」では、マンナを伝統的な健康食として、純溶液、イチジクと混ぜたシロップ、食後酒アマーロなどで紹介している。
確かにマンナは便通にも効果があり、便秘薬として大人用だけでなく小児にも用いられる他、消化器官を寄生虫から守り、胆汁の分泌を促し、糖尿病に悩む人の甘味料としても利用できる。

とにかくこのマンナに興味が沸いたなら、イタリアの美しい町百選にも選ばれたカステルブオノへ旅行を計画するのも良いだろう。
広場、教会、壮大な古城など景観も素晴らしく、歴史も古いロミタッジョ修道院の内部にもレストランがあってマンナを使った料理を楽しむことができる。

が、マンナの食べ過ぎは感心しない。
純正マンナのスティックは消費者価格で1キロ当たり200ユーロを優に超えるし、前述の『出エジプト記』でも『これは神からの御達しだ。誰しも自分が食べる量以上のマンナを拾ってはいけない』と諫めている。

確かにこれほどのストーリーを持つマンナ、もったいないではないか!



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it





shop data:
マンナ入りパネットーネを買える店

Fiasconaro(フィアスコナーロ) 
Piazza Margherita, 10
90013 Castelbuono (PA)
Tel:+39 0921 67 7132
http://www.fiasconaro.com/

マンナを使った料理を堪能できるレストラン
Ristorante Al Nangalarruni(リストランテ・アル・ナンガラッルーニ)
Via delle Confraternita, 7
90013 Castelbuono (PA) 
Tel:+39 0921 671228
http://hostarianangalarruni.it/
nangalaruni@libero.it

Romitaggio San Guglielmo(リストランテ・サン・グリェルモ)
C/da San Guglielmo
90013 Castelbuono (PA)
Tel:+39 0921 67 1323
http://www.romitaggio.it/home.html
info@romitaggio.it

マンナをより知りたいなら
Agriturismo Bergi(アグリツーリズモ・ベルジ)
SS 286 per Geraci Siculo, km.17,50
90013 Castelbuono (PA)
Tel:+39 0921 672045
http://www.agriturismobergi.com/it/
info@agriturismobergi.com

マンナの生産者
Giulio Gelardi(ジュリオ・ジェラルディ)
C/da Serra Casale
90010 Pollina (PA)
Tel:+39 0921 425206



『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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