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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.15 ヴァッレ・ダオスタ州のフルーツビネガー

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

パオラとフランチェスコの煌めく発想

ダンテが『神曲』に描いた男女とは名前が入れ替わっているだけだから、まさしく一冊の物語が二人のガレオット(*訳注1)。
だが、ダンテの描いたパオロとフランチェスカが別ち難い二人の悲恋の物語なら、今回のアオスタ編の主人公パオラ・ヴッタズ(Paola Vittaz)&フランチェスコ・マウリス(Francesco Mauris)の二人の場合は夫唱婦随!
ハッピーエンドの恋物語といったところか。
さらに二人の人生を固く結んだのは小さな果実、ラズベリーだった。



彼らが食の世界に飛び込んだのはかれこれ20年前、一家が営んでいたホテル業を離れ、かつて牧草地として使われていた土地でラズベリーの栽培を決めた時だった。
栽培地が標高1400メートルを超えていたため、最初は途方もない挑戦に思えたラズベリー栽培も、二人が楽しく明るく試行錯誤する声がアオスタの谷間に高らかに響く中、少しずつ前進。
収穫されたラズベリーの風味はすばらしく、間もなく渓谷を下りグルメやレストランのシェフたちを喜ばせるようになった。



物語は、ここで『おしまい』と結んでしまっても良かったのかもしれない。
だが、パオラとフランチェスコはそこで満足してしまう性格ではなかった。
フランス産のワインビネガーでラズベリーのアロマを加えたものを目にし、自分たちならアロマを加えるのではなくラズベリー100%のモストからビネガーを作ることが出来ると思いついた。

醸造所での試作は失敗の繰り返し、さらに煩雑な行政手続きが足かせとなったが、最後には開業に漕ぎつけ、ここにイタリア初のラズベリービネガーが産み落とされた。
2002年にラズベリービネガーの初ボトリング。
それを皮切りにブルーベリー、黒スグリさらにはブラックベリー・バージョンも顔を揃えた。

ちょうどその頃、僕はアオスタ渓谷に立ち寄って彼らのビネガーと遭遇したのだが、フルーツの風味や香り、柔らかくバランスのとれた豊かな酸味が混然一体となって口にすべり込んできたのには驚いた。

「私たちはベリー類のビネガーの他に、アオスタ渓谷で伝統的に作られるリンゴ酢も作っていますが、この2つには根本的な違いがあります」とフランチェスコが説明してくれた。



「ベリー類をビネガーにする場合、第1段階としてベリーをそのままモストと一緒に漬けこみ、発酵さてから圧搾をします。伝統製法によるリンゴ酢はまず最初に果汁を搾り、それがアルコール発酵をした後に酢酸菌で発酵をさせる。僕たちのビネガーに低温殺菌はしません。発酵させた果汁やシードルに酢の素を加えて発酵を促進さます」

発酵した液体は一定の温度(およそ30℃)に保たれ、お酢に変化する段階で適度に酸素が供給される。
フランチェスコは言う。
「この地域でも以前は酢の素を集めるのに大瓶を外気に触れさせ直射日光を当てていたものでした」

酢酸度数が3度から4度に達し、雑菌の繁殖が抑えられた段階でステンレスタンクに移し、酢酸菌が完全にアルコール分を食べ尽くすのを待つ。
そして酢酸度数が5度以上に達した段階でボトリングをする。
すると、ここから熟成が始まり香りが豊かになっていく。



ベリー、リンゴ、洋ナシ、白ワイン……
溢れるアイデアをビネガーにして瓶詰に

ベリービネガー製造への取り組みの次に挑んだのは、アオスタ渓谷産のリンゴから作るバルサミコ酢タイプ。
オーク樽で熟成させたこのビネガーは、とろみがあり濃厚だがやはり繊細な風味を醸し出していた。
こうして完成したビネガーは「ポンミク(Pommique)」と名づけた。
そして同じ製法を用いて今度はマルティン・セック種をベースにした洋ナシのバルサミコ酢タイプ「ポワリク(Poirique)」を生み出した。
この二つは是非とも上質のチーズや肉料理に合わせて楽しみたい。



ベリービネガーと合わせる料理は、一家の料理担当の創造力ですばらしい組み合わせを生み出してもらいたいものだ。
サラダ、チーズ、肉料理などにも合うが、もちろん魚料理にも合う。
特にブラックベリー・ビネガーはタコ料理にピッタリ!
そして、『料理通信』の友人たちには是非ともすし酢の代わりにラズベリービネガーを使ってみることをお勧めしたい。
そしてその感想を聞かせてほしいものだ。

彼らのビネガーのラインアップはどんどんと幅を広げ、昨年にはヴァッレ・ダオスタ州初、同州産の単一品種ワインを用いたワインビネガー2種のお披露目も果たした。
一つはワイン生産組合「カーヴ・デ・オンズ・コミュヌ(Cave des Onze Communes)」の作るトッレッテ(Torrette)を用いた赤ワインビネガー。
もう一つは生産組合「カーヴ・ド・モンブラン(Cave du Mont Blanc)」が作るブラン・デ・モルジェ・エ・ラ・サル(Blanc de Morgex et La Salle)による白ワインビネガーだ。

そして現在、フランチェスコの頭の引き出しにはフルーツビネガーをキャヴィア状にした「お酢の真珠作り」という新プロジェクトがある。
それが実現したら次はジェネピー(ニガヨモギ)のアルコール飲料を考案したいだそうだ。



目を輝かせて夢を語るフランチェスコの隣でパオラがフンと鼻を鳴らした。
「この人ったらこんなアイデアが次から次へと出てくるのよ。それにいちいち付き合うのもひと苦労よ!」
そう言いながらも瞳の奥で笑っていた。
本当は夫と一緒にその「ひと苦労」をするのが楽しくて仕方ないと言わんばかりに。



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it



訳注1:
パオロとフランチェスカはダンテの『神曲』地獄篇第5章に登場する二人の愛人の名です。舞台はリミニのマラテスタ宮。美貌のフランチェスカはこの城の領主に嫁ぎますが、領主の従兄弟パオロと恋に落ち、不義を知った嫉妬深い領主に殺されたのでした。
地獄に落ちた二人。ダンテは二人の愛の深さに免じ、作中でも二人を共にしてやります。
二人を固く結び、命で代償を払うほど男女の愛を詠うこの章は『神曲』の中でも特に美しいものの一つされ、今でも別ち難い愛のシンボルとして広く引用されています。
そんなパオロとフランチェスカが初めて唇を重ねたのは、『騎士道物語』でアーサー王の妻グゥイネヴィアとランスロットのやはり不義の話を一緒に読んでいた時でした。そして、その物語には二人の仲を取り持った人物として、王妃の執事でガレオットという登場人物がいました。
それでダンテは『神曲』に、パオロとフランチェスカの仲を取り持ったガレオットは他ならぬこの『騎士道物語』という一冊の本であると綴ったのでした。今日のイタリアでも、恋仲を取り持つ人の代名詞としてガレオットの名を用いることがあります。
イタリアでは高校で『神曲』を学びますが、必ずと言っていいほどパオロとフランチェスカの章が取り上げられ、マッソブリオもアオスタの二人の名を聞いてすぐにこの一節が頭に思い浮かんだのでしょう。

[Shop Data:パオラとフランチェスコが作るフルーツビネガー各種を買える店]
Douce Vallée ドゥシェ・ヴァレ

località Soleil, 18
11024 Chatillon (AO)
tel. +39 3398441494 - +39 3333611025
www.doucevallee.com





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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