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JOURNAL / JAPAN

日本 [青森] 伝統と革新の地

青森県津軽を訪ねて

2017.08.02

「八木橋もやし」生産者の八木橋順さん、八木橋祐也さん。

青森県に広がる緑豊かな津軽平野。
今では農業の中心地として豊かな恵みをもたらすこの平野は、北は八甲田火山群と接し、南はブナなどの原生林で覆われた白神山地、西側は日本海に面していることから、その昔、人間が近づくことのできない地域として知られていました。
その隔離された地形と豪雪地帯という条件は、この地に独特の食文化を育み、今も伝統を受け継ぎながらチャレンジ精神溢れる人々によって進化を続けています。

江戸時代から続く、温泉の地熱を利用したもやし栽培


津軽平野の南端、温泉地として歴史のある大鰐町では、厳しい冬の時期の貴重なタンパク源、栄養源として、温泉の地熱を利用したもやし栽培が350年以上も前から行われてきました。
その栽培工程はまず、小八豆(コハチマメ)という黄金色をした地域在来種の豆50キロ分を、長方形に掘り下げた土床にまくことから始まります。


その後黒土をしっかりとかぶせ、手織りのむしろで覆い、わら束をいくつか重ね、最後にまたむしろを掛けます。
このまき床の下には温泉から湧き出た温泉水が地下縦横に張りめぐらされたパイプを通って流れ、黒土を温めます。

「大鰐温泉もやし」の栽培方法は大きな労働力を必要としますが、門外不出の技術として代々受け継がれてきました。しかし生産者数が減少するにつれ、大鰐の人々は「この町に江戸時代から続く大鰐温泉もやしの伝統を絶やさず守り抜こう」と、若い農業従事者を育成するプログラムの立ち上げに乗り出します。

そうして登場した伝統の新たな担い手、「八木橋もやし」の八木橋祐也さんが大鰐温泉もやしの栽培を始めたのは、シーズンオフのとある冬の時期、副業としてこの冬野菜作りに参加したことがきっかけでした。

「八木橋もやし」生産者の八木橋順さん、八木橋祐也さん。




「一度始めたら、すっかりはまってしまったんです。とてもやりがいのある仕事ですね」と、片腕で一束の大鰐温泉もやしを大事そうに抱えながら語る祐也さん。
長さ30~40センチ、黄色の豆部分が色鮮やかなこのもやしは、まるで茎が真っ白の花束のよう。

大鰐温泉もやしを味わえるのは、10月から5月の間。
地元の料理店では、毎年、大鰐温泉もやしを使った料理が定番メニューとして登場します。
新鮮でシャキシャキとした食感、土耕栽培ならではの力強い味わいは、一度食べたら毎年その時期が待ち遠しくなる、季節の巡りを感じるもやしなのです。

八木橋順さん・八木橋祐也さんが栽培するもやし圃場そばから望む美しい大鰐町。





創業120年以上の歴史を誇り、様々な和食が楽しめる昔ながらの食堂「日景食堂」。名物料理はもちろん「もやしラーメン」。



食料廃棄を解消し、地域経済を興す一石二鳥の自然村

同じく大鰐の地で、食品廃棄問題に向き合いながら、循環型農業で豚を育てる人がいます。
7ヘクタールの敷地内に果樹園、畑、養豚場、加工場を有し、誰もが自然との触れ合いを楽しめる森「おおわに自然村」の創業者、三浦浩さん。

三浦さんは、深刻な問題となっている食品廃棄物を減らすことを目指し、1998年に有限会社エコ・ネットを設立、食品廃棄物を肥料や飼料に再生利用する事業を開始します。
9年後、その取り組みの延長線上で、この養豚場を含めた「おおわに自然村」の運営を始めました。
スーパーやコンビニ等から出る、廃棄弁当等の食物残さを殺菌し、乳酸菌を添加して乾燥させ、飼料として加工した無添加の餌を取り入れた養豚を行っています。

村を訪れると、この村で飼育しているペットのミニチュアポニー、羊、ヤギ、そしてふわふわの羽のにわとりたちが出迎えてくれます。



村の中心部にある牧草地では、丸々としたお腹の豚たちが歩き回り、虫や木の実を探して地面を鼻で掘り返したり、時折池で泥浴びをしたりして過ごしています。

「豚にとってストレスフリーな環境を整えることに全力を注ぎます。動物たちにストレスをかけないことで、健康に育ってくれるんですよ」と説明するのは、この村の管理監督を行っている三浦隆史さん。
この村では、一般的な放牧期間に比べ80日も長い、240日間にわたって豚を放牧。
これにより柔らかく、甘味のある脂ののった肉に仕上がるといいます。



おおわに自然村を運営する三浦浩さん(右)と息子さんの隆史さん(左)。




「私は常々、廃棄物を資源に変えて利用することで廃棄物量の減少につながる、一石二鳥の地域産業を生み出せないかと考えていました。その結果が、ここ自然村です」と三浦さんは語ります。

さらに三浦さんは2016年、廃校となっていた小学校の校舎を再利用し、おおわに自然村生ハム工房を創設し、現在、長期熟成生ハムの生産に取り組んでいます。


「スペインやイタリアの生ハムとよく似た生ハムを作ろうと思っているわけではありません。ここ、大鰐の地でしか作れない、オリジナルの生ハムを皆さんに味わっていただきたいのです」。

塩漬けされた骨付きもも肉は、旧校舎の音楽室の黒板の前にずらりと吊るされ、最短でも2年間熟成されます。



三浦さんは、環境に配慮した体系で飼育された豚の肉を加工して作る生ハム作りを通して、その技術のみならず自然や環境のことを学ぶ機会を提供するために「生ハム塾」も開校。
「生ハム塾」という命名には、以前学校だった施設の歴史を示す「塾」、「熟成」を示す「熟」、二つの意味が込められていると三浦さんは教えてくれました。

りんご農家が地域の未来を描くシードル

大鰐町の隣、りんご生産量日本一の弘前市。
りんご栽培に最適とは言えなかったこの地に1800年後期、初めてもたらされて以来、栽培に携わる人々の知恵と技術により、りんごは弘前のの主要農作物となってきました。
しかし、高齢化が進み、若い世代の農業離れも手伝って、生産者数は減少しています。
2008年にはひょうを伴う激しい嵐が津軽地方を襲い、収穫前の多くのりんごが落ち、その被害は甚大なものとなりました。
この時、りんご農園を営む高橋哲史さんは、事業をもっと安定させるための方策を見出さなければならない、と実感したといいます。



そして2014年、高橋さんは弘前りんご公園に工房を開き、職人の手仕事が光るりんごのお酒「kimori(キモリ)シードル」の醸造を始めました。
「シードルづくりがりんご農家の新たな収入源になることに加え、地元の人々が一致団結し、この地に多くの観光客を呼び寄せることに繋がれば」と高橋さん。
彼はこのkimoriプロジェクトをきっかけとして、多くの人々に身近な果物であるりんごを見直してもらえたら、と願っています。

適切な剪定・摘果を行うための鍛錬と1本1枝を見守り続けていく忍耐を必要とするりんご農家の仕事を、高橋さんは誇りをもって、「りんごづくりは人づくりなんです」と語ります。
自然の脅威に負けない努力を続けること。
と同時に、自然への感謝を忘れないこと。


kimoriシードルのラベルに描かれているのは、一本のりんごの木に赤いりんごが一つ実を付けている絵。
そこには、毎年収穫のシーズンが終わると、実りと自然と神様への感謝の気持ちを込めてりんごを一つ残す「木守り(きもり)」の風習を大切にし、未来へと繋げていきたいという高橋さんの想いが凝縮されています。

「自然は人間だけのために存在するものではありませんから。皆で分かち合わなくては」

津軽の郷土の味を伝えるおかあさんグループ

忙しい現代社会で、消滅の危機にさらされている手間暇かかった家庭の味を、次世代に伝えるべく活動しているおかあさんたちがいます。
「津軽あかつきの会」の代表を務める工藤良子さんは、知恵深い瞳と柔和な表情が印象的なおばあちゃん。
この会では地域のおかあさんたちが集まって、昔から伝わる台所の知恵や技術を共有しながら、地域の集まりや観光で訪れるグループのために郷土料理を振る舞っています。


津軽あかつきの会が最も大切にしているのは「新鮮な旬の食材を使うこと」。
7月ならこの地域でよく採れる山菜、ミズ(イラクサ属の植物)を根菜をたたきに、細身のタケノコは炊き込みご飯に、といった具合。食材の多くはメンバー自らが地元で調達したり、自家栽培しているものです。




「津軽の四季折々の旬の食材を使って料理を作ります。野菜は、その朝採れたてのものを。冬場は新鮮な食材が手に入らないので、保存食を使って。本物の『食』は、旬の食材で作るものなんです」と工藤さん。

青森の山深いこの地域では、長い冬を乗り切るために保存食が欠かせませんでした。
この地方を代表する伝統料理の一つ、ハタハタ飯寿司(ハタハタを米、野菜、塩と漬け込み発酵させた寿司)は、まず内臓を取り除いた魚を塩漬けし、干して乾燥させてから、こうじを加えて何層にも重ね、発酵させた、完成までに約4カ月かかるお寿司です。この飯寿司を焼いて味わう文化もあります。長期発酵を経たからこそ味わえる濃厚な旨味は、忘れられないおいしさでした。

旬の新鮮な食材に加え、塩漬け、乾物、発酵食品など保存食が随所に使われた「津軽あかつきの会」の郷土料理。塩水に漬けたりんご、豆腐と野菜を棒鱈(干鱈)と一緒に煮たもの、ハタハタ飯寿司など、津軽の食文化を体験できる。






<大鰐地域>
◎ 八木橋もやし
青森県南津軽郡大鰐町大字大鰐字川辺11-11(鰐come)
☎ 0172-49-1126

◎ 日景食堂
森県南津軽郡大鰐町大字大鰐字大鰐55-2
☎ 0172-48-3430
11:00-19:00 不定休

◎ おおわに自然村
青森県南津軽郡大鰐町長峰駒木沢420-200
☎ 0172-47-6567
http://owani-s.com/

◎ おおわに自然村 生ハム工房
青森県南津軽郡大鰐町早瀬野小金沢48-2
http://namahamukoubou.owani-s.com/

<弘前地域>
◎弘前シードル工房kimori
弘前市大字清水富田字寺沢52-3(弘前市りんご公園内)
http://kimori-cidre.com/

◎ 津軽あかつきの会
弘前市石川家岸44-13

本記事の取材・掲載は、復興庁 平成29年度「新しい東北」交流拡大モデル事業として実施しています。

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