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JOURNAL / JAPAN

日本 [島根]

小さくとも志高き生産者たち。

石見の隠れた名食材を求めて――1

2018.12.06

見た目は普通だが、口に入れると誰もが驚く。甘くてジューシーで、火を入れてしまうのがもったいなく感じる。

世界遺産の石見銀山や“山陰の小京都”津和野で知られる島根県西部の石見地方。日本海を目前に、中国山地を背に、その間を高津川(日本で唯一ダムのない一級河川!)や江の川が流れる、歴史・文化・自然の三拍子が揃った土地だ。
「トゥールダルジャン 東京」エグゼクティブシェフで、つい先頃、2018年度のMOF(フランス国家最優秀職人章)を取得する栄誉に輝いたルノー・オージエさん、ホテルニューオータニ「レストランSATSUKI」料理長 大竹孝行さん、そして、料理家の冷水希三子さんが、秋深まる石見を訪れた。

津和野生まれの文豪・森鴎外は遺言に「余ハ石見人 森 林太郎トシテ 死セント欲ス」と書いた。小説家であるよりも、医者であるよりも、どんな栄誉職よりも、石見人であることが鴎外のアイデンティティだった。
石見という土地の根源的な力を感じるエピソードだ。
そんな精神風土ゆえか、石見には、規模は小さくとも志が高く、情熱に溢れた生産者が多い。自然と真正面から向き合い、自らの意思を貫き、理想を追求して作る食材は得てして流通に乗りにくいが、その分、隠れた名品も数多く潜む。

余計なものは使わない。その姿勢が味を作る。

「うわっ、甘い。フルーツみたい」と冷水さんの声が弾む。「ジュースが凄いよ。生だと普通は硬いのに、こんなの初めてだよ」とオージエシェフが目を丸くする。
2人が驚きの声をあげた食材、それはゴボウ。なんと、生のゴボウだ。江津市、江の川沿いでゴボウを育てる孤高の生産者、反田孝之さんの畑でのことだった。
反田さんは、農薬も肥料も使わず、自然に沿った栽培を実践している。
「土づくりが命です。農薬や肥料など余計なものを入れない土で育てたゴボウはみずみずしくて甘い。色も変わりにくければ、腐るのも遅いんですよ」

見た目は普通だが、口に入れると誰もが驚く。甘くてジューシーで、火を入れてしまうのがもったいなく感じる。

種蒔き前の畝の美しさも惚れ惚れするほど。ふかふかと柔らかい土に棒を突き刺すと、1m近い棒が力を入れるまでもなくスルスル埋もれていく。冬期には気が遠くなるほどの時間と手間をかけて、ビニールトンネルの中を匍匐前進で草むしりするという。
畑が江の川沿いの低地にあるため、4~5年に1度、洪水に見舞われてきた。2018年夏の豪雨にも痛めつけられた。それでも負けずに作り続ける情熱が、ゴボウの甘味と共に食べ手の心に染み渡る。

江津市の江の川沿いの畑で。種蒔きを控えた畝の土はふかふかで、棒がするすると入っていく。反田さんの丹精ぶりがよくわかる。

孤高の生産者の一方で、地域で力を合わせて有機農業に取り組み、農地の維持に努める人々もいる。山間にある吉賀町の「食と農・かきのきむら企業組合」。消費者と共に、生産者の営農と生活、自然環境を守りつつ、あるべき農業、食べ方、暮らし方の追求を理念として、約50名の農家が所属する。
35年前から有機栽培に取り組む永安マチ子さんは当初、ハウスでメロンを栽培していたが、「メロンは農薬を使わないとできないので、小ネギに変えた」。夏場、土を黒いビニールで覆って太陽熱消毒をすれば、余計な草は生えなくなる。肥料は油カスと微量のカキ殻と土壌改良材だけだ。



永安マチ子さん。他にグリーンリーフを露地栽培で育てる。小ネギを試食した大竹シェフ「やさしい味」、オージエシェフ「エレガント!」、冷水さん「さっと茹でて和え物で食べたい」と好評。



田んぼ跡地を活用してレンコンを育てる菊地信司さん。「これがレンコン畑?」と目を疑う光景だが、「レンコンを傷つけないように、草はむしらず、あえてそのままにしてあるんです」。



メンバーには、吉賀町に移住して就農した若い生産者も。農家兼ミュージシャンの菊地信司さん。挨拶しようとすると、「名刺はないけど、CDならあります」と自分の演奏を収録したCDを差し出した。
菊地さんはレンコンを有機栽培する。田んぼだった土地を1反借りて、山からの水を引き入れ、粘土質の土壌で育てる。「機械を使わず、冬は表面に氷が張った畑を手で掘りながら収穫するので、大変そうに見えるみたいですが、動物的な感覚が刺激されて楽しいですよ」と笑う。「沼や池のように水が深い所ではなく、こういう高い土地にある水の少ない畑で育てるのはめずらしいと思う」。そのせいか、ジャガイモのようにホクホクした食感が持ち味で、固定のファンも付いているという。

石見には自分の世界を持っている生産者が多い。信念を持って自然と向き合う姿が清々しい。



津和野町青野山の麓にある笹山地区は里芋が名産。高津川の伏流水に恵まれ、寒暖差のある気候と水はけの良い火山灰土壌が育む里芋は、きめ細かくて粘りが強い。「この辺りでは、焼いた鯛のだしで炊いて食べる」と「笹山さといも生産組合」代表の永田秀夫さん。



標高約550mの浜田市弥栄町にある「やさか共同農場」では、棚田だった土地に建てたハウスでホウレン草、ケール、パクチーなどを無農薬栽培。味噌やトマトジュースといった加工品も製造する。直販の他、「生活クラブ」「らでぃっしゅぼーや」など安心安全な食材を求めるグループにも卸す。



益田市では西条柿が特産。上品で緻密な肉質と、渋抜き後のまろやかな甘さで名高い。この柿で作る「まろ柿」(あんぽ柿)は、干し柿とは思えないほどジューシーでやわらか。神城文典さんの畑で。



神城さんが試食用の西条柿を用意してくれた。オージエシェフも冷水さんも、その身質の滑らかさ、みずみずしさに舌鼓を打つ。



西条柿は、打出の小槌のような、4本の溝が入った形が特徴。オージエさん、そのめずらしい形に思わず包丁を取って皮を剥き始めた。



在来の実生ユズを受け継ぐのは、津和野町「ゆずのふる里」の吉田茂さん。小高い山の急斜面に生えた里山の恵みを大切に守る。2年に1回、牛糞堆肥を撒く以外は手をかけず、自然の力に任せている。
収穫したユズのほとんどは、地元でまとめて濃縮ジュースやポン酢、ユズ七味などに加工。「生で売ろうと思うと、見た目をきれいに育てなければならないでしょう。手をかけ過ぎると個性や面白みがなくなるから、あえて防除せず、加工品にしています」と語る。
「ユズを守るということは里山を守り、集落を守ること。意地でも守りたい」、吉田さんは力強く言った。



吉田茂さんのユズを食べたオージエシェフ、「苦味がないし、酸っぱくなくて、味が濃い!」と満面の笑み。大竹シェフも「ミカンに似たマイルドで繊細な香り。果汁もたっぷり」と絶賛。「実際、うちの家族はミカンのように食べるんですよ」と吉田さん。



牛も豚も循環型で育てる。

島根は和牛のふるさとのひとつだ。昭和50年代、和牛改良に貢献した名牛「第7糸桜」(現在の黒毛和種の三大系統のひとつ)が種雄牛として活躍。今も島根県にいる繁殖雌牛の約9割がその子孫である。
血統を大切にしながら飼育技術と愛情を注いで牛を育てるのが、益田市を中心に牧場経営を行う「松永牧場」。
ここの仔牛たちは毎日必ず獣医が健康状態をチェックして、飲むミルクの量を調整しながら育てられる。離乳後は、乾草を主体に配合された餌で生後9カ月まで、その後、豆腐かす、飼料米、フルーツ残渣、焼酎粕、素麺などを発酵させてトウモロコシや大麦を混ぜた自家配合飼料で30月齢まで肥育される。そうして育てられた牛肉は、旨味、甘味、口溶け、柔らかさを兼ね備えた上質な味わいで、評価も高い。
また、松永牧場では、牛糞を堆肥として再生して販売するなど循環型農業を実践。環境への配慮も徹底している。



オージエシェフが手を出すと顔を突き出して鼻を押し付けてくる。飼料を手に取り、「ビールとかルヴァンのような匂いがするね」。



牛に干し草を食べさせるオージエシェフ。人懐っこい牛の表情にオージエシェフの顔にも笑みがこぼれる。



「近くで見るとやっぱり大きいですね」と、ちょっと距離を取りながらも、目線を牛たちの目の高さに合わせる冷水さん。



浜田市の「島根ポーク」も、養豚場から出る豚糞等を活用して堆肥を作り、養豚場と自社農園をつないだ循環型農業を実践する。
飼育するのは、旨味のある赤身が特長で健康的な豚肉として世界的に認知の高いケンボロー種。特別配合の飼料を与え、ストレス軽減のためにクラシック音楽を聴かせながら180日間育てたワンランク上の豚肉は「芙蓉ポーク」のブランド名で出荷する。サシが少なくて赤身のおいしさが際立ち、さっぱりした味わいが人気だ。
系列の「ケンボロー手づくりハム工房」では、この「芙蓉ポーク」を使ってハムやソーセージ、ベーコンを製造。塩分を含めた添加物の使用を可能な限り抑え、まろやかな肉の味わいを最大限に引き出す。防腐剤は使わずに保存性を高めるため、桜のチップでスモークするが、肉の風味を損なわないよう控えめに。オージエシェフが「しょっぱくないし、スモークが強すぎなくて、肉の味がしっかりあるね」とうなずく仕上がりである。



「ケンボロー手づくりハム工房」で燻製中のハムやベーコン。桜のチップを使い、肉の風味を損なわないよう、やさしくスモークされる。添加物を控え、防腐剤を使わないからこそ、スモークが重要になる。



「島根ポーク」が営む浜田市の「ポークレストラン ケンボロー」では、「芙蓉ポーク」を様々な料理で提供。とりわけとんかつが人気で店はいつも混み合っている。



津和野町のイタリア料理店「アルチジャーノ」では、津和野のジビエ解体・販売業「青いイノシシ」のイノシシ肉(右)を使う。「青いイノシシ」は5年前に移住してきた栗原紗希さんと根っからの地元民・村上久富さんの合同会社。約9割を森林が占める津和野で樫や椎の実など良質な餌をたくさん食べたイノシシは、噛めば噛むほど広がる赤身の甘味とさらりとした脂が魅力。





DATA
▼ゴボウ
◎ 有限会社はんだ

島根県江津市桜江町小田42-4
☎ 0855-92-1001
tanboya3@gmail.com

▼小ネギ、レンコン
◎ 食と農・かきのきむら企業組合

島根県鹿足郡吉賀町柿木村柿木565-1
☎ 0856-79-8010

▼里芋
◎ 笹山さといも生産組合

島根県鹿足郡津和野町笹山
☎ 0856-72-0634

▼野菜、味噌、など
◎ 有限会社やさか共同農場

島根県浜田市弥栄町三里ハ−38
☎ 0855-48-2510

▼西条柿
◎ JAしまね 西いわみ 営農センター

島根県益田市中吉田町1000
☎ 0856-23-1911

▼ユズ
◎ ゆずのふる里

島根県鹿足郡津和野町直地76-2
☎ 0856-72-1316

▼牛肉
◎ 松永牧場

島根県益田市種村町イ1780-1
☎ 0856-27-1341

▼豚肉
◎ ケンボロー手づくりハム工房

島根県浜田市金城町久佐ハ47-5
☎ 0855-42-2364

◎ ポークレストラン ケンボロー
島根県浜田市黒川町4191 末広ビル
☎ 0855-24-9909

▼イタリア料理店
◎ アルチジャーノ

島根県鹿足郡津和野町後田口194-3
☎ 0856-72-3365

▼イノシシ肉
◎ 青いイノシシ

島根県鹿足郡津和野町相撲ヶ原587
☎ 050-3692-1682





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