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山と海:山形の心と魂

Journal / JapanSep. 28, 2017

text by Melinda Joe/photographs by Luuvu Hoang

山形県北西部にある羽黒山を高く登ると、うっそうとした森林の中を静寂がこだましていました。
魂の生まれ変わりを象徴する山頂の神社へとつながる小道に立ち並ぶ樹齢500年の古代杉。いにしえから息づく場所に特有の野生の生命力で、あたりの景色はまるで鼓動を打っているかのよう。


月山と湯殿山とともに、羽黒山は、歴史の古い出羽地方(現在の庄内地方)の3つの神山のひとつ。これらを総称して出羽三山と呼びます。これら三山は、仏教と神道の教えにアニミズムの要素を組み合わせた山岳信仰「修験道」の中心地。約1500年の歴史を持つ宗教的巡礼地であり、かつては禁欲的修行により精神的啓蒙を追求した山伏たちの拠点でもありました。今でも、伝統的なかぶりものをし、青と白の柄の上着をまとい、ほら貝の笛を握りしめて森の中を歩きまわる熱心な一般巡礼者の姿が見られます。

現役の山伏、伊藤賢一さんの本業は、鶴岡市食文化推進室でのプロモーション・スペシャリスト。しかし、15年間にわたり修験道で修行も行っている。



出羽三山に特有の精進料理(仏教寺で食される菜食料理。「信仰のための食事」を意味する)など、この地の食文化の基本を探るべく、わたしは東京を立ち、庄内地方へと向かいました。精進料理と言われてまず連想するのは通常は京都であり、豆腐、野菜、根菜類を使って肉の外観と味をまねたものを思い浮かべがちです。しかし、山形の精進料理では、そうした食材は使いません。自然の素材を隠すよりも、塩や塩水に漬けるなどの保存技術によって、地元の伝統的精進料理の基本を成す、野山で採取してきたキノコや植物のエッセンスを引きだすのです。


「この料理は、山の恵みに重きをおいています」と語るのは、羽黒山参籠所(僧の静養所)「斎館」の料理人、伊藤新吉さん。「斎館」は、長い廊下と畳の間がある風格ある建物です。

そこで供されるお膳を構成するのは、食感や味わいのバランスがとれた複数の小皿。 タケノコの煮もの、揚げ豆腐、シイタケが出羽三山の景色をなぞらえて配置されています。毎朝新しく作られるクリーミーなゴマ豆腐は、くずでとろみをつけ、ショウガをきかせた甘いタレの上にのっていました。ルバーブに似て酸味がありコリコリした(タデ科の)野生植物であるイタドリには、冷やしたトマトが添えられ、甘酢がかけられています。




伊藤さんによると、山の食べものはどれにも薬効があるのだとか。イタドリには鎮痛効果、味噌には解熱効果があります。
「かつて山に医者はいませんでした。そこで山伏たちは、食を健康維持に活かすことを学んだのです。」

昔、山を歩きまわる僧たちは種を集め、在来作物も栽培しました。庄内地方の情報誌『Cradle(クレードル)』の編集長、小林好雄さんによると、山形に伝統野菜が今も豊富なのは、ある程度はこのおかげなのだそうです。

『Cradle』編集長の小林好雄さんによると、勉学を愛し、自己を高めていくことを奨励する「致道館」での儒教の教えが、庄内地区における独特な食文化の発展を促したという。





鶴岡市の中心地から車で20分ほどの距離にある広々とした敷地。山澤清さんは、日本の在来野菜の種を保護することに取り組んできました。ニコニコマークの形にダイアモンドがちりばめられたイアリングをつけた山澤さんは快活な70歳。在来野菜の研究施設兼保護センターである大日本伝承野菜研究所の所長を務めています。広さ1,000㎡の温室で、山澤さんは国内各地の500種類以上の果物と野菜を栽培。紫色の先端がつんととがったアーティチョークの花は、光に満ちあふれた空間の中央区画で育った巨大なキャベツの上にそびえ立っています。日本たちばなの木、花が咲いたコリアンダー、群生した菊から漂う香りで空気もかぐわしく、 映画「エデンの園」の一シーンを見ているかのような光景でした。



山澤さんの園芸の才能の秘密はなんですか? とたずねたところ、「微生物です」との答え。
「微生物が人間の未来を作るんです。化学物質の歴史は数百年なのに対し、微生物は数万年もあるのです。」

山澤さんの栽培法は、通常の有機農法を超えています。全作物が、殺虫剤や化学肥料を20年以上使用していない土壌で栽培されています。こうしたものを使用した区画は、土を新たに入替えたうえで、微生物が健康を取り戻すまで休ませなくてはなりません。

「彼は天才ですよ」と語るのは、鶴岡市にあるイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ、奥田政行さん。
「400年前のトマトを山澤さんが初めて見せてくれたとき、エスコフィエの時代の古い料理書の解説がようやく理解できました。」



「食の都庄内」親善大使も務める奥田さんは、山澤さんを始めとする生産者らと協力し、地元の在来野菜の復活を支援。それに関し、このように説明していました。

「生産者と、料理人や消費者とを結びつける試みを行っています。また2020年東京オリンピックは、地元の作物を世界中の観客に紹介するチャンスと見ています。」

山澤さんの農場のそばに最近オープンしたレストラン「土遊農」では、400年前のキュウリやトマトを、生野菜のエキスという最も純粋な形で味わうことができます。このすっきりした色鮮やかなジュースは、野菜の味わいが濃く、土の香りもあることから、ガスパチョ風の液状サラダのように感じました。



「歴史ある野菜の味を人びとに知らせたいんです」と山澤さん。「わたしができるのなら、だれにだってできることです。」


山形では依然として農業が主要産業であり、地元文化の大きな部分を占めています。
穏やかな口調で語る、哲学的な料理人、長南光さんが経営する知憩軒は、果樹園に囲まれた静かな地域にある農家民宿、あるいは農家のゲストハウス。美しく改修され、一部は食堂にもなっている家の中で、長南さんは地元の新鮮な野菜や海産物とその加工品を使った昔ながらの農家の料理を作っています。

「ぜいたくな料理は出しません。」と長南さんは言います。
「食とは、社会の環の一部であり、地域社会全体を支えるものです。裕福な人のみが質の高い食事をとれるという状況は好ましくありません。」



わたしが訪問したときのお昼ごはんは、海水の湿地帯で育った海藻風の天然野菜であるオカヒジキのお浸し、干しイワシとサトイモの美味な煮ものといった素朴な料理で構成されていました。
庄内地区は日本海まで伸びていますが、長南さんの説明によると、山岳地帯が内陸と海岸を分断しているため、内陸地方においては昔から新鮮な魚介類は珍しかったそうです。


漁業が生活のあらゆる局面に影響する海岸沿いは、食文化がまったく異なります。
鶴岡市の致道博物館は、日本の儒教を教え、人の能力開発の重要性に重きをおく致道館を設立した庄内藩主、酒井忠徳氏の旧屋敷を利用した低層の博物館。同博物館は、この地方における漁業の重要性を伝える用具などの収蔵場所としても機能しています。1300年代に作られた竹製釣り竿の展示ケース前に立つ酒井忠久さんによると、侍の時代、男性たちは夜間に釣りをして潜む能力を磨き、忍耐力と集中力を鍛えたのだそうです。




昔の釣り船や道具の展示物を案内してもらったあと、美しく手入れされた庭に面する博物館の静かな茶室で歓談。 泡立つ抹茶をすすりながら、伝統的な木型と絹の布巾を使って手で成形した近所の製菓会社「木村屋」の和菓子を少しずついただきました。









その後に向かったのは、魚料理の達人、石塚亮さんが営む、日本の伝統的な旅館「坂本屋」。石塚さんは、食べきれないほどの魚のごちそうを出してくれました。


驚くほど多岐にわたる繊細な調理法によって出来上がってくるバラエティに富んだ魚料理。それぞれに、石塚さんの厨房の技が少しずつ活かされています。並んだ料理は、刺身や、ノドグロの塩焼きに加えて、丸ごとカレイのテリヤキ、魚の尾のサクサクした天ぷら、タイのみそだれ焼き、マスの甘醤油煮など、まさに魚料理の鉄人。同席したカナダ人の男性は、デザートの前に満腹になってしまいました。たくさん食べ過ぎて眠くなり、食事が終わるころには畳の上で寝そべってしまう者もいました。わたしは空いたお皿と魚の骨の残骸を見まわし、罪悪感を覚えました。お腹がいっぱいでカレイを半分残してしまったからです。





「ほとんどの人は完食できません」と石塚さん。この豪勢な料理は昔からの習慣で、かつての人びとはすばらしい晩餐のあと、残り物を家に持ち帰ったのだそうです。

石塚さんは次の朝も同様に豪華な朝食でもてなしてくれましたが、ありがたいことに量は控えめでした。
石塚さんが最後に出してくれたのは、昨夜わたしが残したカレイを香ばしい甘醤油ダレで煮つけた料理。心のこもった倹約の行為に感動。あんなに美しい海産物を無駄にするなんて許されないことですから。その魚料理は、昨晩よりもおいしくなっており、一口一口をじっくりと味わいました。


Column: 井上農場

庄内地区は土壌のミネラルが豊富なことから日本有数の米どころとなっています。
肥沃な平野の中央に位置する井上農場では井上馨さんと貴利さんの親子が協力し、化学肥料や農薬を最小限に抑えた米作りを行っています。 井上さん親子は、農薬の代わりに海藻エキスと糖蜜の混合物を水田に散布。 実際、庄内地区の農家たちは、日本でも一早く有機農業をとりいれているのです。

「それはおそらく、この辺りは季節の変化がかなりはっきりしているからでしょう」と井上貴利さん。
「一年中屋外で作業をしていると、自然を心から感じられるんです。」



Data

◎ 羽黒山参籠所「斎館」

鶴岡市羽黒町手向羽黒山33
☎ 0235-62-2357
http://www.dewasanzan.jp/publics/index/64/

◎ 出羽庄内地域デザイン
鶴岡市山王町8-15
☎ 0235-64-0888
http://www.cradle-ds.jp/

◎ 農事組合法人 大日本伝承野菜研究所
鶴岡市羽黒町市野山字山王林125-1
☎ 0234ー56-3883
https://denshou-vegelabo.jimdo.com/

◎ アル・ケッチァーノ
鶴岡市下山添一里塚83
☎ 0235-78-7230
http://www.alchecciano.com/al-checciano.html

◎ ファリナモーレ
鶴岡市末広町3-1 マリカ東館1階
☎ 0235-64-0520
http://www.alchecciano.com/farinamore.html

◎ 知憩軒
鶴岡市西荒屋宮の根91
☎ 0235-57-2130

◎ 国指定史跡 庄内藩校 致道館
鶴岡市馬場町11-45
☎ 0235-23-4672
http://www.chido.jp/chidokan/

◎ 公益財団法人 致道博物館
鶴岡市家中新町10-18
☎ 0235-22-1199 / FAX0235-223531
http://www.chido.jp/

◎ 木村屋 ファクトリーストア
鶴岡市覚岸寺水上
☎ 0235-23-4560
http://www.kimuraya.co.jp/

◎ 坂本屋
鶴岡市三瀬己91
☎ 0235-73-2003
http://yado-sakamotoya.sakura.ne.jp/

◎ 井上農場[交流施設・ライスセンター]
鶴岡市渡前字山道東91
☎ 0235-64-2805
http://inoue.farm/

<取材にご協力いただいた方>
・春山進氏(元・山形県立博物館館長) 
・村上龍男氏(加茂水族館 シニアアドバイザー)


★そのほかにも庄内には魅力がいっぱい

◎ 菓子
・「きつねめん」など、庄内の伝統菓子を守る
菓子の梅安
鶴岡市大西町19-4
☎ 0235-22-2147
http://umeyasu.com/

・「酒ゼリー」が人気、酒どころ大山地区の老舗菓子店
旬菓処福田屋
鶴岡市大山字中道139-21
☎ 0235-33-2229
http://fukudaya.link/

◎ 日本酒
・創業380年、「出羽の雪」で知られる酒蔵
渡會本店
鶴岡市大山2-2-1
☎ 0235-33-3262
http://www.dewanoyuki.com/

・庄内地方の日本酒の飲み比べが愉しめる
つかさや旅館
鶴岡市 湯田川乙52
☎ 0235-35-2301
http://www.tsukasaya.gr.jp/

◎ 家庭料理
・庄内の旬の食材が味わえる農家レストラン
菜ぁ
鶴岡市福田甲41
☎ 0235-25-8694
http://www.e-naa.com/

◎ 精進料理
・出羽三山・月山山麓・羽黒山門前の老舗旅館
多聞館
鶴岡市 羽黒町手向115
☎ 0235-62-2201
http://www.tamonkan.net/

◎ 農作物
・アスパラガスをはじめ、桃、庄内柿などが主力
松ヶ岡農場
鶴岡市羽黒町松ヶ岡字大高森 94-3
☎ 0235-62-2173
http://matsugaoka.biz/

・鶴岡の夏の風物詩、「だだちゃ豆」は全国区
JA鶴岡園芸特産課
鶴岡市覚岸寺水上199
☎ 0235-29-2828
http://www.ja-tsuruoka.or.jp/

◎ 調味料
・文政6年創業の醤油の老舗
ハナブサ醤油
東田川郡庄内町余目町161
☎ 0234-43-3012
http://www.hanabusa1823.com/

◎ その他
・クラゲの展示で世界的に知られる水族館
鶴岡市立加茂水族館
鶴岡市今泉大久保657-1
☎ 0235-33-3036
http://kamo-kurage.jp/

・海の守護・龍神様のお寺として、特に漁業関係者の信頼を寄せる
祈祷道場 龍澤山 善寳寺
鶴岡市下川字関根100
☎ 0235-33-3303
http://www.zenpouji.jp/











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