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食の人々が教えてくれたこと。
第1回 食べ続けるということ。 ~「リストランテ ダ・ルーポ322」森さん

People / Life InnovatorFeb. 17, 2016

「行き着けの店」は親友に等しい。


人生を豊かにする選択肢はいろいろあるが、「行き着けの店を持つ」ことは最も有力な手段と言える。疲れていようと悩んでいようと人生の一大事には変わらない食事を委ねようというのだから、親友ができるのと同じくらいの価値がある。

とはいえ、真の親友を作ることが容易でなく、また、短期間でできるものでもないように、「行き着けの店を持つ」こともまたむずかしい。
幸運なことに、私には片手で足りるかどうかぐらいの行き着けの店がある。

いったん店へ入ったなら、さっきまでのゴタゴタを忘れて、出されたものをただただ食べ続け、飲み続ける。そして、気付けば、もう悩みなどどうでもよくなっていて、心地良い余韻だけが残っているのだ。それでいいのかどうかはわからないけれど、そんな一瞬で忘れてしまう悩みなんて、きっと本当は



大したことなかったのに違いない、と思えてくる。

都市型ワイナリー「島之内フジマル醸造所」は、そんな瞬間に決意した店だったりする。
今日は、そんな私の宝物のような「行き着けの店」の中から、最も長い付き合いのシェフについて書きたいと思う。

森シェフは卑怯である。





そこは甲子園球場にほど近い阪神西宮駅から徒歩10分の所にある。店の名前は「リストランテ ダ・ルーポ322」。大阪と神戸のほぼ中間に位置し、正直、恵まれた立地とは言い難い。にも関わらず、オープンして10年、森良之シェフの作るイタリア料理はクオリティも評判も増すばかりである。

私は、サービスマンだった25歳の頃から約15年間、森シェフの料理を食べ続けてきた。私自身が海外修業に出ていた2年間を除き、年に数回は彼が料理長を務める店に通った。
出会った頃の彼は、炭火イタリアンの先駆けとしてすでに注目を浴びていて、コースで注文すると前菜数種、メインと来て、最後にパスタやリゾットという少々変わった順番で料理が提供された。森シェフに尋ねると「やっぱ炭水化物は〆でしょ!」。そのあっけらかんぶりが印象的だった。「日本におけるイタリア料理のありようとは?」「イタリア料理らしさとは何か?」といった禅問答のような迷路にはまり込んでいた私(当時、イタリア料理店で働いていた)にとって、彼の自由奔放さ、快活さが眩しく、そして何よりカッコよかった。

あの時代としてはまだ珍しかったカウンターイタリアンだったため、自ら接客してくれるシェフと話をする機会も多く、ある晩、「もうすぐ子供が産まれるんですよ」と言うので、予定日を聞いたら、「あと30分ぐらいで」と冷静に返され、正直、食べているこちらの方が気が気じゃなかったこともある。
なんて言うと、今ではすっかり珍しくなった「豪快なシェフ」に思われるかもしれない。しかし、その実、料理は真逆で、繊細かつ計算された皿の連続だったりするから卑怯だ。なぜって、人はそのギャップに惹かれるのだから。
例えば、肉を焼く炭台。一見、普通の炭台で無造作に焼かれているように見える。でも、実は網がうまい具合に曲げられていて、炭との距離を微妙に調整することができる。

冬場はジビエなども多く登場するのだが、鳩や雉などを半羽で焼こうとすると、ムネとモモなど厚みや特徴が違うために火入れが非常に難しい。しかし、大柄で無精ひげのシェフは、それらを絶妙に曲げられた網の上で、少々アクロバティックな角度で炭火を繊細にあてがっていく。調理台にのっかった小さな炭台の前で、まるで火遊びをしている子供のような表情で肉を焼いていく。なのに、出てきた皿は円熟した大人の雰囲気をまとっているのである。

そう、このコントラストにいつも私は腑抜けになってしまう。

通わなければ、わからない。





雑誌やTVは最新レストランの情報で溢れかえり、「今はあそこが凄い」とか「今のうちにあの店には行っておくべきだ」といった友人、知人からの口コミや、さらにSNSでは、まるで自分が行ってきたかと錯覚してしまうような詳細な記事と美しい画像が目に飛び込んでくる。その時々を切り取った「今」の洪水で頭の中は氾濫し、それを繋ぎ合わせることによって「理解」したような錯覚に陥りそうにさえなる。

それらを否定するつもりはさらさらないが、そんなものでいったい何がわかるのだろう、とも思う。料理なんて、レストランなんて、自分の体で体験しなければ理解できるはずがないのに。いかにも旨い料理を作りそうなシェフの風貌、チャキチャキと動くマダム、目の前で美しく盛り付けられていく前菜、パスタの鍋をふる音、炭火でじっくり焼かれる肉の香り……その中に身を置いて、全身で感じて初めてわかるものなのではないか。そこはもうステージなのだ。ショーをどれだけ切り取ったところで、大事な部分は伝わりはしない。体験しなきゃわからない。

彼は15年経った今も炭火を操り、その時々の食材にもよるが、パスタやリゾットで〆ることも少なくない。雇われシェフとオーナーシェフの違いこそあれ、スタイルは大きくは変わっていない。 しかし、である。料理のクオリティや完成度は別次元だ。「そんなの15年も経ったのだから当然だ」と言われるかもしれない。はたしてそうだろうか? 今、あなたの頭の中に浮かんでいる料理人は15年後、今よりも絶対にうまい料理を作っているだろうか? 若いエネルギーがマグマのように噴き出すこのレストラン業界で15年後も第一線で戦い続けているだろうか?

森シェフと私が共有する15年という時間。





飽きるどころか毎回毎回新しい発見をさせてくれる、そんな店に出会えたことを幸運に思う。ただ、誰もが「リストランテ ダ・ルーポ322」に行って、私と同じように感じることができるだろうか? 残念ながら、おそらくそれは難しいだろう。ダ・ルーポが常連しか大事にしない店だと言っているわけではない。むしろ、マダムと2人で切り盛りする家族経営のアットホームな店だ。じゃあ、何が違うかと言えば、それは、私と森シェフとの間にだけ存在する要素があるからだ。

それは「時間軸」。
私は、彼の料理を食べる度に、少しずつ少しずつ完成度が上がっていくのを見てきた。今日が最高の皿だったと思えたのに、次回はそれを軽く更新してしまう。去年まではこのあたりにこだわっていたのに、今年はこんなところにこだわるのかと、その変化に右往左往させられる。いや、もちろん、前回の方が自分には合っていたと感じることだってあった。そんな右往左往すらも私にとっては楽しい。

レストランは「おいしい」以外にもたくさんの要素が詰まったおもちゃ箱だ。思い切り遊んだ後は精神的にも肉体的にも満たされて、子供が眠りにつくように、心には平安が訪れる。それこそがレストランの存在理由であり、人生を豊かにする鍵のひとつであると思う。

この15年間、私にも浮き沈みがあった。もちろんシェフにもあったはずだ。そんな人生の波をお互いに感じ取り、思いやりながら過ごしてきた。立場や周囲の状況は大きく変わり、大変なこともあったけれど、ダ・ルーポからの帰り道は、レストランの語源通り、行きよりも必ず元気になっている。
作り手と食べ手として積み上げた「時間」は、信頼関係を生み、またさらに新しい「時間」を作っていく。そんな「時間」や「関係」を持つことが、こんな時代だからこそ必要なのだ。



バローロが高くて安い理由。






ダ・ルーポで私が楽しみにしているひとつにワインがある。
森シェフはワインの買い方が個性的なのである。なにせ一度気に入ったら同じ銘柄、同じ生産者をひたすら買い続ける。しかも、カウンター、テーブル席合わせて12席しかない店としてはあり得ない本数を買っていく。そして、自宅のセラーでしっかり保管するのだ。

私はかなりの確率で彼が選んだ「バローロ」を飲む。1本あたりは決して安いワインじゃないが、一気に飲むペースが落ちるので、最終的には意外と財布に優しかったりする。飲むペースが落ちるのは、もちろんまずいからではなく、バローロの持つキャラクターゆえ。バローロのキャラクターがゆっくり飲ませるのだ。

開栓してすぐのバローロは堅く、あまり口を利いてくれない。だから、待つしかない。それが時間の経過と共にゆっくりゆっくり、その表情を緩め、次第に雄弁に語りかけてくる。若いヴィンテージの時は、こちらからお伺いを立てないと振り向いてもくれない場合だってある。そんな独りの世界にハマり込むのにバローロはうってつけなのである。
食事の間、1本を飲み続けるということ。これもまた大切である。

◎ リストランテ ダ・ルーポ322
兵庫県西宮市産所町3-22
☎ 0798-22-9744
18:00~22:00
月曜、第1日曜休
8000円(税別・サなし)
10席(うちカウンター6席)、カード不可、禁煙
阪神西宮駅から徒歩5分

藤丸智史(ふじまる・ともふみ)
1976年兵庫県生まれ。株式会社パピーユ代表取締役。ソムリエとして勤務後、海外のワイナリーやレストランで研修。2006年、「ワインショップ FUJIMARU」を開店。大阪市内に都市型ワイナリー「島之内フジマル醸造所」、東京に「清澄白河フジマル醸造所」を開設。食の生産者と消費者を繋ぐ楔役としてワインショップやレストランを展開。 www.papilles.net







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