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“小さな食料政策” 進行中。
第4回 「Post-Truth, Post-Food|ポスト真実、ポスト食」

People / Life InnovatorNov. 12, 2018

生存の食/日常の食/快楽の食。

先日とあるインタビューで、「食とは、何なのか?」という質問をされ焦った。

しばらく考えて、答えた。

まず「食」は誰にでも関わるものごとで、大きくわけて「生存の食」と「快楽の食」という、ふたつの相対するものごとがある。

人は、食べないと生きていけない。

これだけ大規模な災害が全国的に多発している現状をみると「明日は我が身」と思っている人も多いだろう。私たちも、役場と連携し、災害時に町の食堂としてどういった対応を取るべきなのか、米の備蓄をどのくらい確保すべきか、などの検討を始めている。

同時に、一食300円程度でお腹が満たされる、高カロリーで低価格なファストフードなどの食事は、大都会の熾烈な競争をサバイブするための「生存の食」といえないだろうか。

では、「快楽の食」とはなにか。

食は「総合芸術」という話を聞いたことがある。

調理技術を芸術の域まで磨き上げた料理人が、自分が作りたい料理のために、世界中から食材を集めつくる一皿。☆がついたレストランなどは、食事をする空間や皿ひとつの運び方にまで細心の注意をはらい、最上の演出を提供しているだろう。(ちょうど神山温泉で、世界一と言われるレストランのシェフに遭遇し、家で鍋を一緒に食べた。その時に、この辺の話を聞けばよかったと後悔...)

金に糸目をつけず、美味しいものを食べ尽くしたい。

人の欲望はとどまるところを知らない。美味しさの限界とはどこにあるのか。それは、グローバリズムを核とした経済成長と同様、自分たちの目の前にあるものに飽き足りず、まだ見ぬ世界へと「無限」に拡張していく。







一方で、私たちが追求しているのは、その間にある「日常の食」だ。

なぜか。

みんなのことで、毎日のことだからである。(いたって、ふつう)

最近観た自然エネルギー系のドキュメンタリー映画に出ていた人が、こんなことを言っていたと聞いた。「縄文時代から続いてきた村の営みが消滅しようとしている。それは、戦後数十年の私たちの価値観がおかしいからではないか」と。映画そのものは微妙だったが、まったくその通りだと思った。

戦後、非常に貧しかった日本に広まった(広められた)「生活改善運動」というムーブメントをご存知だろうか。神山町にも「生活改善グループ」というお母さんたちの集まりがある。私たちのバイブル、神山の食文化とレシピの本『神山の味』も、1978年にこのグループが発刊したものだ。







このムーブメントは、GHQ(連合国軍総司令部)が仕掛けた、農村民主化三大改革のひとつと言われている。「農村・農民の民主化」を目的に、農村の女性をターゲットに絞り、「生活改良・農業改良普及委員」などの制度を導入。「かまど改善運動」(暗いかまどを、明るいキッチンに)などを巧みにしかけ、農村の暮らしをに女性から西洋化させることで、資本主義化を急速に推進していった。

昨今もてはやされる“イノベーション”ではなく、“改善”という現在の暮らしの延長線上にある手法に目をつけたのも興味深く、日本人の習性とあいまって、スピード感をもって資本主義化へいざなった巧みなデザインだと思う。
(参考:「農村生活改善協力のあり方に関する研究」検討会 報告書(第1分冊) )

そう、現在の日本の「日常の食」は、グローバル経済をドライブするために、アメリカ主導の資本主義によってデザインされたのだ(と私は理解している)。

よって、フードハブの取り組みは、この戦後の動きを現代の視点から再解釈し、巻き戻すようにデザインしなおすことで、日本的な「日常の食」を取り戻していく活動なのだ。



“POST-FOOD|脱-食”

「POST-TRUTH |ポスト真実」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

SNSによる情報発信が日常化した現代。客観的な事実よりも、たとえそれが「虚偽」であっても個人的信条や感情へのアピールが重視され、それを元に政治的世論が形成されてしまう。この状況を「POST-TRUTH |ポスト真実」と言う。

この言葉は、イギリスのEU離脱是非を問う国民投票や、先のアメリカ大統領選挙以降、日本でも多く使われるようになった。現在の「食べる」という物事にも、同じ現象が起きていると感じる。

中山間地域の高齢化による地方の小規模農業の厳しい現状。それにともなって日本各地の固有の食文化が途絶えようとしていることよりも、「有名シェフのプロデュース」「海外で話題」「インスタ映え」「バズる」など、作られたストーリーとしての「のどごし」が好まれ、拡散されていく。

流行によって消費される「食べる」という行為の現状。ある種のファッション化している食にうんざりしている。

そういった状況下で、地域における食の現状はどうなのか。



出張のついでに訪れたとある町の道の駅。こういうの大好きなんだけど、アミノ酸入り。



先日、とあるフォーラムに参加したのだが、テーマは「里山資本主義」だった。

お金によって豊かさを追求する「マネー資本主義」に対し、里山にある資本をどう地域内で循環させ、お金に依存しすぎないサブシステムとして新たな豊かさを築いていくのか。里山、里海で起業し活動する人たちが集い、語り合う場だった。招待いただいた会場には、200名近くの人たちが、山奥の会場まで集まり、前のめりで話を聞いてくれているように感じた。

私たちの話に加え、休耕田でなまずを育てるプロジェクトを手がける地元の高校生や、里山・里海を活かした活動をされている方々を讃えるアワードなど内容は盛りだくさんだった。特に興味を持ったのは、地域企業が協力して田んぼを守るプロジェクトや、地元で余っていた渋柿を使って、昔ながらの天日で干し柿をつくる様を観光的景観としても活かしている方。地元では邪魔者扱いされていたアカモクという海藻を、商品化するだけでなく里海を学び場として活かしている人たちの話だった。

気になったのは、その夜に催されたホテルでの懇親会の食事だ。
どこの物かわからない食材と、どこの国かわからない料理に違和感を覚えた。





普通に考えるとスルーすべきだったのだが、胸のざわつきが収まらず(悪いクセ)
翌日、事務局の方にメールを送った。(長いので主要な部分のみを転載)



ひとつだけ気になったのが、夜の懇親会の食事です。

色々とご検討されたとは思うのですが、私は、地元の高校生が育てたナマズを使った丼ぶりや、アワードでノミネートされていたAプロジェクトさんのお米のおにぎりや、天日干しの柿を使ったなますや、アカモクが食べてみたかったです。(とんだワガママですみません)

とはいっても、まだ収穫時期じゃなかったり、既に今年の分がなかったり、
調整時間がとてもタイトだったのかと想像します。

でも今回は、マネー資本主義ではなく、里山資本主義を学び合うフォーラムで、更には、アワードでノミネートされている方々が食に関わる人達であれば、もう少し、この土地の郷土料理など夜の懇親会の食にも気を配る方法があったのではないかと。そうすれば、あの里山に、もっとお金と愛着が循環する、更に良い会になったのではと思います。

フードハブ・プロジェクト 支配人
真鍋太一

メールを送った直後に事務局の方からは、
「次の機会に活かしたい」と、とても丁寧な返事をいただいた。

彼らを批判したいわけではない。

私も東京ベースの広告の仕事や、Nomadic Kitchenなどの活動で、数々の過失的失態を繰り返してきている(反省)。しかしながら、その地域や国を動かすであろう意識の高い人が集まり、これからの教育など高度な議論を繰り広げる場においても、食べるものに対する意識は、こんなもんなのである。

日本の「日常の食」のレベルは、「無意識」と言えるほど荒んでいる。

"POST-FOOD|脱-食”は、この無意識化している食の現状に対して、国内外のつくり手と一緒に、改めて「日本的な食」とは何なのかという意識を取り戻し、これからの食のあり方を見出していくための次なる活動の核となる考え方になるのではないかと思っている。



“FOODSTOCK |これからの食の蓄え”



“FOODSTOCK”という言葉から誰もわからないと思うが、WOODSTOCK のオマージュ(パクリ)で、総合的な「食のフォーラム」のようなものをやれないかと考えている。

食に対する色々なものがストックされていく、これからの「食の蓄え」をイメージしている。

東京以外の「地方」で、毎年開催地を変えながら移動するノマド方式はどうか(Nomadic Kitchenだし)。毎年だと大変すぎるので、2年に1回とか、10年くらいは続けられるペースでやりたい。

初回は、神山で(お願い)。
次の開催地は、みんなで話し合って決めるのもいい。

町の中で、レクチャーや対談、料理教室、農業体験、食事会など。食にまつわる映画やパフォーマンスアート、音楽なんかもあるといい。3日間とか続けて色々な催しが行われているイメージだ。

FOODSTOCK 3 DAYS of Farm Local & Eat Local. (そこまでパクるか)



娘による原案(FARMのMがない)



先に述べた、「POST-FOOD |脱-食」が全体のコンセプト。
もしくは、一回目の開催テーマでもいい。

経済合理性の追求によって「無意識」化された食について、どうやって「意識」を取り戻していくのか。食のつくり手を中心としたフォーラムなどで構成し、みんなで学び合い、次につなげていく場にしていきたい。

まだ、構想にもなっていない、妄想の話だが、
そろそろ動き出さないとということでここに書いてみる。





真鍋 太一(まなべ・たいち)
1977年生まれ。愛媛県出身。アメリカの大学でデザインを学び、日本の広告業界で8年働く。その後、アメリカで就職するが、挫折して帰国。空間デザイン&イベント会社JTQを経て、WEB制作の株式会社モノサスに籍を置きつつ、グーグルやウェルカムのマーケティングに関わる。2014年、徳島県神山町に移住。モノサスのプロデュース部 部長とフードハブ・プロジェクトの支配人を兼務。
http://foodhub.co.jp/











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