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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

アルヴィッド・ローゼングレン(Arvid Rosengren)

2016年世界最優秀ソムリエ

2019.05.01

ソムリエが扱うのはワインばかりではない。
昨秋、東京・品川で開催された「アトリエ・ネスプレッソ Tokyo 2018」に、2016年の世界NO.1ソムリエ、アルヴィッド・ローゼングレンさんが招かれたのは、ネスプレッソでコーヒーカクテルを作って提供するためだった。
ソムリエの守備範囲は拡張の一途にある。
カバーしなければならない領域が広がっている分、地球と時代を広く遠く見通すようにもなった。
世界の頂点に立ったアルヴィッドさんの目には何が映っているのだろう。

text by Sawako Kimijima, photograph by Masahiro Goda
協力NESPRESSO




ソムリエの目線の先

世界No1ソムリエを決めるコンクールが開かれるのは3年に一度。ちょうど今年が開催年にあたり、3月10~15日、ベルギーのアントワープで行われる。
前回大会は、ソムリエの仕事が変革期にあることを実感させる出題と結果だった。
21世紀に入る前後からワイン産地と消費地は拡大し続け、ソムリエが把握しなければならない範囲は膨大に広がった。グラン・クリュコーヒーやスピリッツなどワイン以外の飲料も産地や製法が細分化している。また、飲料が集客や経営の鍵を握るという認識が浸透し、マネージメント力もいまやソムリエの技能のひとつだ。結果、コンクールの出題の難易度は著しく上昇。ワインジャーナリストの柳忠之さんいわく、「フィギュアスケートに喩えるなら、4回転を飛べて当たり前」。

そんな状況を制したのが当時31歳のアルヴィッドさんだった。13年大会でパオロ・バッソ氏がチャンピオンの座を射止めた時47歳、10年大会のジェラール・バッセ氏は53歳だから、31歳がいかに若いかわかるだろう。NYの「チャーリー・バード」といういたってカジュアルなレストランのソムリエという肩書きも、新しいソムリエ像を印象付けた。


世界チャンピオンまでの道のり
「ソムリエコンクールで優勝するまでに通常15年かかると言われます。私は約8年、ほぼ半分の年月でチャンピオンになった」
その代わり、相当に過酷な学習を積み重ねたらしい。
「ワイン、ワイン、ワイン。ワインのことしか考えない8年間でした。その頃の私は社交性もなく、社会的にいい人ではなかったと思いますね(笑)」

元はエンジニアを目指していたという。成績優秀で勉強が好き。エンジニアになるための学校に通っていた時、たまたまワインショップで働いたのがきっかけでワインに目覚めた。
「どんな土地で育ったワインなのか。同じ品種でも育った土地や畑によって、どうして、こんなに味も香りも違うのか。グラスに注ぐと香りが変わるのはなぜなのか。すべてが面白くて、好奇心をかき立てられた。本能的にワインが好きと思いました」
お客さんの反応がダイレクトに返ってくるのも気に入った。勧めたワインを目の前で喜んでくれる。エンジニアになるのは止めてソムリエになろうと決め、2年制のソムリエ学校に入学する。座学と現場実習、両方がみっちり組み込まれたカリキュラムをこなし、イギリスのレストランで4カ月働く経験もした。
「入学前は2年間も勉強したら十分だろうと思っていた。でも、卒業する時の心境は『圧倒的に経験が足りない』でした」
学生ゆえにお金がない。知識は頭に入れられても、飲まなければ真の理解とは言えない。卒業後、レストランで働く中でリアルにワインを扱うようになって、ようやく生きた知識として身に付き始めたという。

経験するほどに知識の足りなさを痛感するのがワインだ。ならば、いっそのこと学習のモチベーションとしてソムリエコンクール出場を目指そう。そう決心する。
「タイトルが欲しかったわけではないんです。どうせ勉強するなら目標があったほうがいいと思ったから」
スウェーデンからデンマークへ、NYへと働く場所を移しながら、バカンスはすべてワイナリー巡りに費やし、ワイン漬けの日々を送った。13年には欧州のベストソムリエに選ばれるなどタイトルを重ね、世界最優秀ソムリエコンクールへの出場権を獲得する。

「こうと決めたら、こだわる性格。大会前の9カ月を仕上げの期間と位置付けて、集中的にスキルアップに励みました」
朝起きると、奥さんがセッティングしたブラインドティスティングに挑む。日中は友人によるブラインド。寝る前はまた奥さんが用意したブラインド。
「大会ではいったんすべてを忘れ、レストランのお客さんに楽しんでもらうように笑顔で答えなければならない。緊張感をコントロールしてやり遂げるにはかなりのタフさを求められましたね」
再挑戦してみたいと思うかと尋ねると、即座に「いいえ。今は子供もいれば、店もある。あんな生活、物理的に無理(笑)」。
ワインの未来
AIソムリエが飲食店に入り込む日もそう遠くなさそうだが、もし、AIと競ったなら、どちらが勝利するだろう。
「知識ではAIが人間を凌ぐでしょうね。テイスティングも。ただ、客の心の奥底に潜む欲求や嗜好を察知して満足させられるようになるにはまだ時間がかかるのでは」
ソムリエの仕事はワインを誇示することでも知識をひけらかすことでもない。目の前の客を幸せにすること。アルヴィッドさんが心掛けるのは、数も値段もコンパクトなリスト作りだ。誇示せず、緊張させず、びびらせず、分厚くなくとも選択肢は必要十分。「大事なのは選びやすいこと。ヒントになること。興味があれば聞いてくる」

現在は「チャーリー・バード」に関わりながら、昨年立ち上げたレストラン「レガシー・レコーズ」を主体に働く。ワインに興味のない人にも来てほしいし、ワイン好きには「この店でこんなワインが飲めるの!?」と驚いてほしい。
「大阪のお好み焼き屋さん、パセミヤは完璧な事例だと思いますね。店主が目の前にいて、特化した料理があって、良いワインが選べて、緊張せずに楽しめる」

欧州で働いていた頃は産地が近いこともあって、よく産地へ足を運んだ。最近は忙しくて時間が取れないのがもどかしい。
「畑には虫がいたほうがいいし、草が生えていたほうがいい。基本的に良いワインはナチュラルワインだと思う。造り手が表明しようとすまいと、ラベルに書いてあろうとなかろうと」

注目するのはスペイン北西部。ワイン造りの長い歴史がありながら産業としては発達してこなかったエリアだ。細々と続けられてきた、あるいは放置されていた畑で若い造り手がブドウ栽培に取り組む。
「カスティーリャ・イ・レオン州北部で革命をリードしたラウル・ペレスや、もう少し南へ行くと、ガルナッチャですばらしい成果を上げたダニエル・ゴメス・ヒメネス・ランディがいる。費用対効果が高く、より良い農業へ回帰している点でもまだまだ伸びしろがある」
古い土地で若い力が生み出す新しいワインに、アルヴィッドさんはワインの未来を見ている。   


アルヴィッド・ローゼングレン(Arvid Rosengren)
1985年、スウェーデン、ストックホルム生まれ。ストックホルムのソムリエ学校を卒業後、スウェーデン、デンマークのレストランで経験を積み、2013年にはヨーロッパのベストソムリエに選ばれる。2014年末、NYへ。2015年から「チャーリー・バード」で働く。2016年10月に開かれた第15回ASI世界最優秀ソムリエコンクールで優勝。2018年からはNYのレストラン「レガシー・レコーズ」に力を入れている。

























































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