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佐々木章太さん(ささき・しょうた) ジビエ肉狩猟&流通&加工業
第4話 「数百年先の食文化を見つめて」(全5話)

People / PioneerFeb. 17, 2016

低需要部位の需要を作る





レストランに卸し始めたジビエ肉。当初、売れ残った部位は実家のレストランで使うことに。しかし当時、十勝では野生肉を食べる習慣が根付いていませんでした。

「祖母も母も、『そういうものは扱ったらダメだ』と、最初は反対していました。何を餌にしているかわからない、家庭の味からかけ離れすぎている、と。でも僕の中では、スターシェフが使ってくれている蝦夷鹿を自分が使える、というのが自慢だったんです。そして徐々に、鹿がどのような場所で暮らしていて、何を餌にしているかも、肉の状態からわかるようになっていきました」

家族にはシェフたちの掲載雑誌を見せて、こんな素晴らしい人たちと同じ食材を扱えるなんて名誉なことだ、と説得。お客さんはまず常連客から『おいしい“肉”だから食べてみて』と、口に入れてもらうところからはじめました。
「食べてもらったら、きっとおいしさを共有できることはわかっていたから」

3年後、1年間のイタリア修業に出ていた兄が帰国。ジビエを卸す先は40店舗にまで増えていました。このまま住宅街で営業はできない。兄や家族との話し合いを経て、「エレゾ」を株式化し独立することを決めたのです。

原料をコントロールする。





佐々木さんには、レストランを捨てて、ジビエの流通を選んだという意識はありません。「結局、僕はレストランが好きなんです」

「厨房の中で料理だけ作っていた時は、バターの値上げで使いたいメーカーのバターが使えなかったり、別の食材で代用しなくてはならなかったりすることもありました。スペシャリテを作っていても、材料が入ってこなくて、別の食材で代用した途端に別物になってしまう。要は、情勢の影響をもろに受けるのに、なす術がない。食材をコントロールできないのが料理人の弱みなんです」

クオリティを維持できる原料を司ることで、社会情勢に左右されずに料理を作りたい。それがエレゾの原点であり、やはり先に見据えているのはレストラン、そして「食文化」なのだと言います。

独立にあたって、十勝の狩猟区域から1時間圏内に解体と加工用の工房を建てました。ここでは骨付きのまま様々な肉をドライエイジングで熟成させ、サラミなどの自家製加工肉も一貫して作ることができます。ひとつの命を余さず食べられる仕組みが、やっと完成したのです。

「人気のない部位は、サラミやハムなどに加工することでおいしく食べられます。ヨーロッパではそうやってすべての部位を使ってきた。日本は文化が違うから、と諦めることは言い訳になってしまいます」

強い足場を作る





10年前、エレゾの肉を使うレストランは4軒しかありませんでした。しかしシェフ同士の口コミで広がり、今では全国で400店舗、蝦夷鹿だけで年間約600頭を出荷するまでに成長しました。

「個人事業として運営しているときは、副業だからという意味も含めて積極的に宣伝はしていませんでした。株式化した際はあらかじめ、“最初の10年間は組織の土台作り”に徹しようと決めました。僕たちが作るのは『文化』。そのためには数百年の継続が必要なんです」

企業価値がブームとして短期間で消費されてしまわないよう、長期間耐えられる盤石な体制を作る。
それには、少なくとも10年は必要だと考えました。

だからこれまで、広報や宣伝の提案があっても、受け入れる気持ちにならなかった、と佐々木さん。
「最初は有名な店に卸したいという気持ちもありました。でも、動物の命と対峙する立場に立って、有名・無名に関わらず本当に意識の高いシェフに使ってもらいたいと思うようになりました。まず、食材を大切にしてほしい。きちんと“生かして”ほしい。そうした考えのあるシェフは、向こうから僕たちのことを見つけてくれます。背景も理解し合い、お付き合いも長く続きますね」

「コート・ドール」斉須政雄シェフは、佐々木さんが尊敬するシェフのひとり。早い段階から、エレゾの肉を使い、会社の姿勢も応援してくれています。
「あれだけの地位の方でありながら、毎週電話をくれるんです。肉が届いた御礼と次回の注文のほか、疑問に思ったことやわからないことはどんな小さなことでもいろいろと聞いてくれる。それは『お客さんにいいものを出したい』という気持ちがあれば、当たり前のこと。こうした方々が、類が友を呼ぶように集まっていったというのが、この10年間でした」

野生肉のほか、2007年には家畜の生産を開始(一部委託)。短角牛、三元豚、乳飲み仔羊やシャモなどが年間安定的に供給できるようになりました。
そして2013年、ビストロをオープンします。
「これで僕らは、次の10年に向けた“スタンバイ”ができました」

文化を作る





商売をするより、「文化」を作りたい、正しいことがしたい、と佐々木さん。
「僕はよく自動車業界で例えるのですが、車は軽自動車から高級車、新車から中古車までいろいろあるでしょう。お金がないときは中古の軽自動車で、少し稼げるようになったら新車を買って、家族ができたらファミリーカー、社長になったら高級車、とか(笑)。成長に比例しながら、自分と同等か、少しいい車を選びますよね。
でも、どの車であれ、市場に出ている車はブレーキがきくとか、エンジンが簡単には壊れないとか、最低限の安全性が守られている。その上で人の心を豊かにしたり、もっと良いものをという高みを目指す気持ちにさせてくれる。それが、僕が日本の飲食業界で一般消費者に対して作りたい文化に近いですね」

“安さ”に価値が置かれがちな現在の飲食業界。
でもあえて、「それだけじゃない」を言うために立ち上げたのがエレゾの飲食部門です。

「これから飲食部門を強化していきます。具体的にはフランスの様々な飲食形態であるレストラン、ブラッスリー、ビストロ、カフェをひとつの街に展開していきたい。スタッフにはイタリアン出身者もいるので、イタリア料理もできますね。十勝は小麦も栽培しているので、ピッツェリアだってできる。飲食店には様々な役割があって、それぞれが楽しめる。僕がお付き合いさせていただいているシェフたちから教えてもらった、楽しさや文化を発信できたらと思っているんです」

食文化は広げるものではなく、積み上げるもの。
これが佐々木さんの信念です。

「残念ながら、現在の日本の食文化は広がるばかり。1年前に流行ったものは消費され、翌年には違うものが流行る。そうではなくて、年々少しずつ積み重なっていくような“文化”を作りたいのです」

(次の記事へ)
text by Reiko Kakimoto


佐々木章太(ささき・しょうた)
1981年、北海道帯広市生まれ。プロのアイスホッケー選手を目指すも、家業を継ぐために飲食業界へ転身。料理専門学校卒業後、星野リゾートに就職、後に東京・西麻布のフランス料理店「ビストロ・ド・ラ・シテ」へ。2003年に帰郷し、実家レストランの経営立て直しに加わる。2004年、野生肉処理許可を取得。ジビエ肉の狩猟、流通、加工、飲食業を営む「株式会社ELEZO社」代表取締役社長。料理人の知恵と技術を生かしたジビエ肉の供給、加工品の製造でレストラン・小売店からの支持を集める。







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