HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

日本 [山形]

山形の食文化の礎 漬物と伝統野菜

2021.02.22

天童市の蕎麦店「水車生(すいしゃき)そば」は、山形の鳥中華(蕎麦つゆベースのスープにラーメンの麺)発祥の店。鳥中華に添えられたたくあん漬け。山形では、何はなくとも漬物です。山側は降雪量が多いことで知られる山形とその食文化は、自然のリズムが基本となっています。人びとは、新鮮な野菜が手に入りづらい冬を乗り切るために、野菜を漬物にして保存していました。米と日本酒という山形の名産品にもぴったり合う漬物は、山形の風土、習慣を反映しているのです。




名人に教わる漬物作りの秘訣

天童エリアを車で走っていると、果樹園や刈取り後の田んぼに、やわらかそうな緑の葉野菜がぶら下がっています。山形青菜(やまがたせいさい)と呼ばれる山形の伝統野菜は、扇状の大きな葉の辛味とシャキシャキとした食感で愛されているアブラナ科の伝統野菜。道の駅など市場では、70㎝もの丈がある山形青菜がヒモで縛られ山積みにされています。茎は厚みがあり、漬け込んでもシャキシャキ感が残っているのが特徴。3日ほど天日干しをして、しんなりさせてから漬物にします。


毎年、漬物名人の齋藤千恵子(さいとう・ちえこ)さんは、自家栽培の野菜を使い、漬物をつくります。訪ねた11月はちょうど、ひとかかえ程度の樽に、山形青菜・大根・人参などでつくる「おみ漬け」の仕込み終えたところ。「まだ漬けたばかりで、味が浅いから、数日待ってから食べてね」 と漬物樽をかき混ぜていました。


「おみ漬け」の名の由来は諸説ありますが、近江商人が葉を捨てる山形の方の漬物の作り方を見て、もったいないと言ったからとか。漬け込む野菜も人それぞれです。「今は、残念ながら作る人が少なくなったわね」と齋藤さんは言います。


おいしい漬物をつくる秘訣は「時間と手間」だと齋藤さん言います。そして、もう一つ大事なのは調味料です。齋藤さんは上白糖ではなく、サトウキビから伝統的製法でつくられた赤糖(あかとう)と、海塩を使います。「質の良い調味料はちょっと高いけれど、おいしい漬物のためには必要ね」と彼女は語ります。



農家のお母さんが伝える“本当の味”

山形では、季節ごとに漬物があります。「ふきちゃん本舗」代表 高橋富貴子(たかはし・ふきこ)さんを訪ねた時、青大豆の一種「秘伝豆」を塩・醤油・砂糖を混ぜた漬物液に漬けていました。「そろそろ秘伝豆の季節も終わりだけどね」。秘伝豆は収穫後、漬物にして11月~5月頃まで出荷しています。


「夏にはオクラの漬物で『だし』をつくるんですよ」と高橋さん。“だし”というと、昆布やかつお節をつかって取っただしを思い浮かべますが、山形では、細かく角切りにしたキュウリ、ナス、ネギ、ミョウガを薄口醤油と納豆昆布で味付けしたものを“だし”といい、ごはんや冷や奴、そばにかけて食べます。


笑顔が素敵な“ふきちゃん”こと高橋さんのもう一つの顔は、農家の母さんです。父さんが育てている野菜を使って、白菜の浅漬け、鮮やかな黄色のたくあん、ピリ辛なキムチなどの漬物をつくっています。小さな工房で、トランジスタラジオから流れるJ-POPを楽しみながら作業に精を出します。


日本では最近、漬物を自分で漬ける人が減少しています。しかしながら、伝統野菜など地元の新鮮な野菜を使った漬物は、山形の食文化を継承する上で最も大切なことの1つ。「だからこそ、漬物や郷土料理の本当の味を知ってもらうために、漬物をつくり続けているんです」と高橋さんは語ります。別れ際、畑の一角から採ってきたばかりのビーツや水菜をたくさん持たせようとしてくれました。まだ旅は続くので丁寧にお断りをしたところ、ならば、と今度は秘伝豆とおみ漬け、キムチ漬けをお土産に。親戚のおばちゃんを訪ねた気持ちになり、嬉しくなりました。

◎ふきちゃん本舗
http://s.r-tsushin.com/3aNVLC1



生産者の想いを届けるフレンチ

山形には有名な「米沢牛」がありますが、伝統野菜などの地元で栽培される野菜もまた、山形の食文化の基盤となっています。フレンチ・レストラン「シェ・ボン」の小松秀文(こまつ・ひでふみ)さんは料理人として、伝統野菜という山形の宝を広める活動に参加しています。 山形出身の小松さんは、フランスと東京で修業した後、天童に帰ってきました。


「若いころは、他の土地を体験したいと思っていました。でもその後、山形にすばらしい産品があることに気づき、それをもっと多くの人に知ってもらいたいと思うようになったのです」。山形大学で、伝統野菜の復活に取り組んでいる教授と出会ったことがきっかけで、伝統野菜に興味を持つようになった小松さん。


これまで出会った多くの生産者から、直接野菜を仕入れるために、今でも毎週のように山形県内各地に出向きます。お店の壁には、小松さんと親しい農家の方との写真がたくさん飾られ、黒板にはその日の野菜と生産者の名前が書かれています。


地元の新鮮な野菜を山形牛の周囲に盛り付けた一皿を供しながら、「自然の味を引き立てるために別々に調理してるんです」と小松シェフ。


牛肉のおいしさもさることながら、やわらかく蒸したカリフラワー、バター風味の焼きズッキーニ、ローストした深紅のニンジンなど、次々と美味がはじけます。じっくりと焼きあげた大根は、まるで砂糖漬けにしたかのような甘み。山形県、天童のことを思い出すと、今でもその味がよみがえります。

◎山形フレンチ シェ・ボン
山形県天童市桜町12-8 エトワールK 101号
☎023-651-9533
http://www.chezbon.net/





料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。