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FEATURE / WORLD GASTRONOMY





食の最前線の知財を世界中で共有する

「サン・セバスチャン・ガストロノミカ」、オンライン開催!

Feature / World GastronomyOct. 19, 2020

text by Yuki Kobayashi

美食による地域形成モデルとして、日本各地からも熱い視線が注がれるスペイン北部のサン・セバスチャン。その核を成すイベント、料理学会が今年も開催された。コロナ禍をふまえて、オンラインかつ視聴無料(!)という21回目にして初の試みは、100カ国から27,000人の聴講者を集め、例年以上の拡散力を発揮。来年の開催まで録画の視聴を可能にすることで、ガストロノミー界の知財の共有を図っていく。トップシェフたちによるコロナ禍のその先を見据えた発表は食に携わる人々に勇気を与えている。


飲食業界の支援のために。

今年で21回目を迎える料理学会「サン・セバスチャン・ガストロノミカ(以下SSG)」。主催者がオンライン開催を決めたのは、まだスペインが全国的にロックダウンをしていた5月だった。
ロックダウン解除後に数々の規制が緩和され、緩やかなニューノーマルへの移行を感じていた夏が過ぎ、10月に入ると、想像していた通り、コロナ第2波が容赦なく首都やバルセロナを襲い始めた。
十分な準備期間を経て、初のオンライン学会を滞りなく運営できたのは、主催者の迅速で的確な判断の賜物だ。

10月5~9日までの5日間、10時から19時過ぎまでびっしりと詰まった講演の数々は、TVスタジオのようなプレゼンテーターのいるメインステージ、キッチンスタジオと化したバスクの三ツ星レストランの厨房、スペイン、イタリア、イギリス、南米のシェフたちをつないで繰り広げられた。



メインステージが設けられ、ここを拠点に世界各地の発表者を結んでオンライン配信。

詩的、思索的、実験的なクリエイションでガストロノミー界をリードしてきた「ムガリッツ」のアンドーニ・ルイス・アトゥリスを店から中継。

東京と軽井沢にも店を構えるエネコ・アチャは、三ツ星を持つ自店「アスルメンディ」のキッチンからデモンストレーション。

SSGには、例年、国内外100名を超えるシェフが参加し、約50カ国から観客が訪れる。高額な聴講料を払って受講する聴講者は1500人規模。それを今年は「飲食業界の支援のために」無料に踏み切った。誰でもSSGのHPで簡単な登録をするだけで視聴可能となった。その結果、登録者は100カ国27,000人を数えたという。ビデオは来年のSSG開催までネットで視聴可能だから、再生回数は増え続けるだろう。講演内容は全てスペイン語と英語で同時通訳が入り、コンフォートの高いオンライン化となった。


変わらぬ仕事の中にヒントがある。

70名のシェフたちの発表は、初日からの3日間は驚くほどストイックにレシピや技術にこだわっていた。シェフたちがどれほどコロナ禍を憂い、困難な状況を訴えるのだろうかと思っていたが、聴講1日目、拍子抜けするほどその様子はなく「コロナ」という単語すら聞かない。
「Volver a las cocinas(厨房に戻る)」と多くのシェフが口にした。それは今回の学会のスローガンでもあり、困難を乗り越えることを当然とするトップシェフたちの姿勢だ。

パコ・モラレスの定番レシピ、アンヘル・レオンの海へのこだわり、50周年を迎える「アケラレ」のペドロ・スビハナによる歴史の詰まった数々の名物料理など、常連のスペインシェフの発表は彼らの変わらぬ仕事の尊さを伝える。
3haの畑を有するイタリア人シェフ、ピエトロ・ジトは、毎日の収穫をレストランに活かしていたが、ロックダウンで休業を余儀なくされ、収穫物を周囲に配り始めたことを最も美しい経験の一つだったと語る。「土は私たちに誠実さを与えてくれる」という彼の言葉は、自産自消の強さとレストラン経営を超えた人生への向かい方を物語っていた。
カセレスで、ホテルレストランを経営するトーニョ・ペレスは、久々の登場だ。イベリコ豚の名産地エクストレマドゥーラ州カセレスで「アトリオ」を35年間率いる彼は、コロナ禍で数カ月の休業に追い込まれながらも持ち堪えてきた。こうした状況下、イベリコの伝統にも見られる日持ちのする料理の探求が、メニューのヒントになると言う。イベリコ豚のロース、肩ロース、顎の脂やチョリソ、モルシージャ(豚の血のソーセージ)などをぎっしり詰めた「パテ・アン・クルート」は15~20日の保存が可能だ。地元には「マタンサ(豚の屠殺)」で丸一頭を使い切って通年食する肉加工品を自給してきた伝統がある。フランス料理の伝統手法と相まって出来上がったというパテは、5日間の学会の中で最も美しい料理の一つだ。

パコ・モラレスのデモンストレーションを余すところなく捉えようとカメラが追う。

「アトリオ」トーニョ・ペレスのパテ・アン・クルート。「日持ち」の技術が詰まっている。

スペインとフランスの伝統的な肉加工法を併せ持つトーニョ・ペレスの技をつぶさに伝える。




「Black Cuisine Matters」

「Black Cuisine Matters」と銘打って、アフリカ出身のシェフたちの料理が紹介されたのも印象的だった。 セネガルから移民としてアメリカに入国し、NYにレストランを持つピエール・ティアンは自宅キッチンから参加。フォニオ(イネ科メヒシバ属)という西アフリカで栽培される素材を用いたサラダやコロッケなどを紹介した。耕作が比較的容易で土地の砂漠化を防ぐこの穀物は、クスクスのように加熱に時間がかからず、しかもグルテンフリー。アミノ酸が豊富で食物繊維は米の5倍だ。作付けから2カ月~2カ月半で収穫できるのも魅力。西アフリカでは欠かせない伝統食材だという。

セネガル出身、NYで活躍するピエール・ティアンは、砂漠化を防ぐ穀物フォニオを紹介。

コロンビアのカリ出身82歳の女性シェフ、マウラ・デ・カルダスも忘れがたい。マングローブに生息する数々の甲殻類とココナッツミルクを混ぜた一品を紹介。「私たちの土地には医者がいない。いないから、自分たちの土地のものだけを食べる。それが最も病気にならない方法だ」というシンプルな言葉は示唆に溢れている。
彼女のバックには生バンドが待機していて、材料紹介や加熱の間、民族音楽を奏でた。かつて「ムガリッツ」や「カンロカ」も料理と音、オペラを融合しようと試みていた時期があった。マウラがうれしそうに踊るのを見ていると、食欲も音欲も最もピュアな本能で、理屈などいらない欲求なのだと感じる。

コロンビアのマウラ・デ・カルダス。医食同源を唱える82歳。

コロナ禍との闘いと克服と。

4日目以降はコロナに直に迫る発表が多かった。
スペインでも高級店は海外客や観光客がほとんどを占めるケースが多い。海外渡航の規制や自粛がいつまで続くのかは死活問題と言える。英国三ツ星「コア」の女性シェフ、クレア・スミスは「どんな形であれ、顧客とのコミュケーションを欠かさないことが必須」「ファインダイニングは、バレエやコンサートに行くのと同じこと。喜びを全うするのに大事な場であり、なくなることはない」「これまでは予約が取れなかったが、やっと来られるようになったと、今は地元ロンドンの人々が来てくれる」と力強く語る。刻一刻と変化していく状況では長期目標が立てにくい面があるものの、生産者とキッチン、ホールの従業員をイントラネットでつなげてコミュニケーションを継続し、生産者を含めてのチーム形成と育成を続けている。

三ツ星シェフのキケ・ダコスタによる米料理店「アロスQD」をロンドンで経営するマルコス・フェルナンデスは単刀直入に経営状況を吐露した。グループでほぼ100名が失職。だが、人材育成とチームワークこそ重要だと言う。「デリバリーを始めると、ECやSNS戦略を立ててデータベースを扱える専門家が必要。チームが若いとデジタル化も早い。常に顧客の好みやニーズに合わせてきたのが飲食店。その姿勢があれば対応できるはず」と語る。

ジローナ県の三ツ星「セジェール・デ ・カンロカ」のジョアン・ロカは、これまでの事業拡張のきっかけは常に経済危機だったと告白。バルセロナオリンピック後の不景気ではケータリング事業を、2008年のリーマンショック後にはアイスクリーム店を展開してきた。そして今回のコロナでは宴会場をレストランに流用したり、今年開業したばかりのチョコレート工房の商品をオンラインで販売するなど、さらに多角化を図ることで危機を乗り越えようとしている。

常に信念を持って人々に示唆を与えるジョアン・ロカ。

最終日の最終講演は、フェラン・アドリアが大トリを飾った。「エル・ブジ」は今年8月、スペイン北東部ロサス湾で研究所として再起動。様々な専門家たちとの共同研究の中で「クリエイティブ」のプロセスを明文化しようとしている。これまで数々のビジネスを展開してきた彼らしい、実践的な問いかけが印象的だった。「まずは数字を見ろ。こういう学会も、経理と経営だけに絞った1日があっても悪くないはずだ」と力説。「もし店を閉めることになっても、決してそれを恥だと思うな」という最後のメッセージに胸を熱くした食関係者は多いだろう。

食の最先端テクノロジー。コロナ抗体を卵で摂取する研究も。

SSGでは新技術の紹介も欠かせないコンテンツだが、今回際立っていたのが、バスクキュリナリーセンター(BCC)の教授陣が担当した「塩味、熱に耐えるアイス」だった。砂糖の代わりにイヌリンを使用してニュートラルな味にし、アイスには欠かせないプロテイン成分であるカゼインと血清タンパク(アルブミン、グロブリン)のバランスを調整することで安定性を実現。さらにメチルセルロースが熱に触れると膜を作ることに着目して、前述の技術を用いたニンニクベースのピュレで作る塩味アイスに、メチルセルロースを加える。と、アイスをバーナーで加熱しても溶けるどころか化学反応で薄い膜が張られる。これを熱い器に入れて熱いニンニクスープをかけると、アイスは温度と形を保ったまま。ヨーロッパの最先端をゆくBCCならではの驚きの技術発表だった。

バスクキュリナリーセンターが開発した、熱にも溶けないアイスクリーム。

カナリア諸島テネリフェ島からは、国立高等科学研究所と共同で研究を進めるシェフ、ディエゴ・シャテンフォッファーが登場した。鶏卵を通じてコロナ抗体を摂取するという試みである。鶏の体内に抗体があれば、それは鶏卵にも含まれるという研究結果から、鶏卵内で抗体を保つための温度などの条件、人体の口腔内で抗体の持続性があるのかなど実験を重ねている。シェフは鶏卵でクリーム状のパテを作り、地元カナリアのゴフィオ(トウモロコシや小麦の粉)などと合わせて紹介。研究はまだ第一段階だが、ワクチン同様、研究結果が待ち遠しい。実用化に成功すれば、一大センセーションとなることは確かだろう。

最終日には想像だにしなかった、人気レストラン「エチェバリ」営業中のキッチンが実況中継で披露された。ビットールシェフこだわりの厨房が隅々まで見られる幸運を逃す手はない。SSGのHPには64本のビデオが用意されている。秋の夜長に少しずつ視聴してゆけば、これからの飲食業界の潮流が掴めるかもしれない。


独自の熾火焼の調理機器と技術で世界中に影響を与えた「エチェバリ」のキッチンから。

バルセロナの「サン・ペドリート」の厨房から。熱く力強い意志の表明。



◎ San Sebastián Gastronomika
https://www.sansebastiangastronomika.com/
Congress AccessからLogInでメールアドレスとキーワードを設定すれば無料で視聴可能。
学会講演は Stageのページに集約されている。英語ページからログインすると講演内容も全て英語での視聴が可能。



登壇レストラン/シェフ/機関一覧

◎ ピエトロ・ジト
Pietro Zito (Montegrosso,Italia)

◎ アトリオ
Atrio (Caceres)

◎ ピエール・ティアン
Pierre Thiam (NY)

◎ マウラ・デ・カルダス
Maura de Caldas (Colombia)

◎ コア・バイ・クレア・スミス
Core by Clare Smyth (London)

◎ アロスQD
Arros QD (London)

◎ セジェール・デ・カンロカ
Celler de Can Roca (Girona)

◎ エル・ブジ ファンデーション
El Bulli Foundation (Barcelona)

◎ バスクキュリナリーセンター
Basque culinary center (San Sebastián)

◎ ディエゴ・シャッテンホッファー
Diego Shattenhoffer, 1973 Taste









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