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FEATURE / MOVEMENT

 

料理人の移住を支援します ! !食で里山里海の未来をつくる石川スローツーリズム

2017.03.06

text by Reiko Kakimoto / photographs by Hide Urabe

能登の里山里海が「世界農業遺産(※)」に認定されるなど、歴史に根ざした伝統文化や自然と一体となった美しい日本の原風景が残る石川県。同県は今、多様な食材や食文化などを体感する旅の提案、「スローツーリズム」を推進中です。そして「食」を軸とするアプローチに力を入れ、里山里海の新鮮な食材を使い店を開こうという意欲ある料理人の移住を支援しています。昨年11 月には、WEB 料理通信「The Cuisine Press」で、石川への移住を希望する料理人を募集。応募者の一人、古瀬要さんが今年1月、冬の石川・能登を訪ねました。


加賀れんこんの収穫を体験。
「水は冷たい、でも、人は温かい」

金沢れんこん生産組合副組合長を務める若きリーダー、米澤哲司さんは2代目。河北潟干拓地で年間約80トンのレンコンを出荷する。ホースから勢いよく水を出し、レンコンに付いた泥を流して収穫。極寒で行う重労働だ。「こんなに大変だとは」と古瀬さん。収穫物を手に感慨深げ。




石川を本格的に訪れるのは初めてという古瀬さんを最初に迎えたのは、金沢の河北潟干拓地で加賀れんこんを育てる「米澤農園」の米澤哲司さんだ。挨拶もそこそこに、百聞は一見に如かずとばかりにドライスーツに着替えて、薄氷の張ったレンコン畑へ向かう。ずぶずぶと身体を沈めてレンコンを掘り起こす収穫作業は寒さと泥との戦い。水は冷たいが、「茎からたどると、ほら、レンコンが潜んでいるでしょ」と指導する米澤さんの眼と言葉が温かい


移住者をバックアップする人々。

石川県では生産者による栽培品目の垣根を越えた勉強会が開かれている。「移住希望の料理人さんを迎え入れる仕組みを作っていきたいですね。新しく開業する人たちにとって、僕たち生産者とつながることがここに根を張る一番の近道だと思うから。野菜の旬や特徴はもちろん、生産者だから知っているレシピもお教えできます。それが料理人さんの強みになったらいい」と米澤さん。古瀬さん、その言葉を聞いて、「風土や食材に興味を持っても、生産者さんまではアクセスしづらいもの。そんな窓口があるとありがたいですね」とうれしそうだ。「僕たち農家にとって料理人さんは、食材を食べ手に届けるという〝大きな船〞に乗る仲間」と米澤さんは言う。生産者のコミュニティは、移住者にとってひとつの鍵となりそうである。


ブドウ畑がチャレンジしたい人の受け皿に。






一方、移住者を雇用しながら応援するのは、穴水町で醸造用ブドウの栽培や地元食材の加工・販売を手掛ける株式会社オクルスカイ代表 村山智一さん。農業自然体験やワインなどのイベントも開けるようにと営む農家カフェ「リゥ・クリュ」を訪ねた。「僕自身は能登出身ですが、元は土木関係の仕事をしていました。今の事業を立ち上げた時には、周りに驚かれたし、同時にいろんな人たちに導かれ、助けられた。移住者の感覚と近いんじゃないかな」。




そんなこともあってか、ブドウ栽培が目的の人には畑を貸したり、研修者のための宿泊施設を作ったり、差し伸べる手は細やかだ。「石川は発酵文化も豊か。そうした作り手や料理人さんたちと、ジャンルを超えた連携もしていく予定です」と村山さん。古瀬さんも心強そうである。

土木業からワイン用ブドウ栽培へ転身した株式会社オクルスカイの村山智一さん。穴水町を拠点に、「能登ワイン」に卸すブドウ栽培の他、ジュースやジャムなどの加工品も作る。ブドウ栽培を学びに他県から来ているスタッフも。「チャレンジしたい人たちの受け皿として機能しているんですね」と感銘を受ける古瀬さん。




雪深い山中に広がる原木の景色に感動!





原木栽培ひと筋40年の新五十八さんの圃場は珠洲市の山中。新さん自ら手掛ける原木の伐採は、里山を健全に保つ役割も果している。


古瀬さん、薪ストーブで焼かれた熱々を食べて、思わず「旨い!」。品種は肉厚・大型の「菌興(きんこう)115」で傘の直径8cm以上、厚み3cm以上、巻き込み1cm以上を基準として、その中でも更に厳選されたものが、ブランド「のとてまり」として出荷される。




料理人にはたまらない鮮度と魚種。





この時期、宇出津(うしつ)港に揚がるのは、能登の冬の味覚、寒ブリだ。タラやウマヅラハギも上物揃い。定置網漁がメインで、鮮度の良さは言わずもがな。石川県には漁協競りのある港が4カ所あり、宇出津港はそのひとつ。質の高い魚を求めて、周辺から料理関係者が集まる。



JFいしかわ能都支所の芝政博さんの話を聞きながら、古瀬さんも身を乗り出して、その日水揚げされた魚を覗き込む。






能登の風土が育む伝統野菜にも触れて。


1999年に脱サラをして米や中島菜の栽培に取り組んだ中島アグリサービスの松田武さんを訪ねた。中島菜は能登の伝統野菜。松田さんは、生鮮品はもちろん、パウダー状にして練り込んだパスタなどの加工品も販売する。ブロッコリーなど他の野菜にも力を入れる。


雪で覆われた畑から掘り出した能登白ねぎを嚙って、その甘さとみずみずしさに、古瀬さん、「フルーツのよう!」。




牡蠣の養殖で頑張る先輩移住者。


穴水町に移住してきた齋藤義己さん。牡蠣の養殖が軌道に乗って、宅配もスタート。採れたての牡蠣を焼いて提供する食堂「コーストテーブル」を奥様と営む。「移住者が開いた店として地元メディアが取り上げてくれた」と移住者ならではのメリットも。“先輩”の話を聞き漏らすまいと耳を傾ける古瀬さん。




土地を知り、人を知って。

「のと寒ぶりまつり」で知られ、天候が悪い冬でも多くの魚介が並ぶ宇出津(うしつ)港で競りを見学し、珠洲市の雪深い山中で原木シイタケを栽培する生産者、伝統野菜の中島菜農家を訪ねるなど、古瀬さんは精力的に石川の食材のキーマンたちと触れ合った。「食材にもまして、石川のみなさんの人柄に触れたことでイメージが湧いてきました」と語る。2年前に移住して、穴水町で牡蠣の養殖と食堂「コーストテーブル」を営む齋藤義己さんからは「地元の漁師さんがそれは親身になって面倒を見てくれたんですよ」と勇気付けられる言葉ももらった。




旅を振り返って、古瀬さんは言う。「国内外のいろんな土地で働き、経験を重ねる中で、自分の求めるものは高収入よりも心の豊かさだと感じていました。子供ができてからは、元気のいい食材を料理しながら暮らし、自然に近い環境で子育てをしたいと思うようになった。石川にはそうした環境があり、手を差し伸べてくれる人がいます。移住をより具体的に考えられた意義深い旅でした」 移住はいわば人生の決断だ。古瀬さんは、この旅の経験を糧に、これからじっくり時間をかけて結論を出していくことになる。

※日本海に突き出た能登半島に広がる自然と調和した農林水産業と人の営みが育んだ「能登の里山里海」。2011年6月、国際連合食糧農業機関(FAO)により、日本で初めて「世界農業遺産」に認定されました。




問合せ先

スローツーリズム、農家カフェ・レストラン、農家民宿について

◎ 石川県農林水産部里山振興室
石川県金沢市鞍月1-1
☎ 076-225-1629
satoyama@pref.ishikawa.lg.jp
http://www.pref.ishikawa.lg.jp/satoyama/

生産者とのマッチング、農業、新規就農について
◎ 公益財団法人 いしかわ農業総合支援機構
石川県金沢市鞍月2-20 石川県地場産業振興センター新館4F
☎ 076-225-7621
info@inz.or.jp
http://www.inz.or.jp/





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