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FEATURE / MOVEMENT

「サン・セバスティアン・ガストロノミカ」フェラン・アドリアの発表より

もし運悪く君の店を閉めることになっても。

2021.02.18

translation & text by Yuki Kobayashi

20年以上、ガストロノミー界の最新技術を共有し続けてきたスペイン・バスク地方の料理学会が、2020年はオンラインで開催されました。
5日間にわたる学会のトリを務めた「エル・ブジ」のフェラン・アドリアが、長引くコロナ禍に気力を失いかけているレストラン関係者へ投げかけたメッセージをお届けします。



Ferran Adrià / el Bulli
1962年生まれ。ガストロノミー における創造性の明文化を目的とした新プロジェクト「エル・ブジ1846」が2020年8月1日から本格始動。ロサスにあるレストラン跡地で、様々な分野のエキスパートが集結し、クリエイティブについての研究を重ねる。同地のミュージアム部分の一般公開は2022年予定。

写真提供:サン・セバスティアン・ガストロノミカ
https://www.sansebastiangastronomika.com/



この状況から出るために、まず何をすべきか?

今スペインの飲食業界では32万軒あるレストランのうち6万5000から8万軒がもう開かない、と言われている。劇的だよ。これはもう、たとえば医者に「風邪をひきました」と言って、「違うよ、これは肺炎だ」っていうレベル。それが現実だ。

もちろん例外もある。32万軒のレストランの内容はピンキリだ。この7、8月に今までにないぐらい稼いだ所もあっただろう。でも、全体的には、外国人観光客を相手にしているところは壊滅的だ。バルセロナに行ってごらんよ。激しく悲しくなるだろう。この状況から出たいなら、まず現実を見なきゃいけない。それは本当に残酷な姿だ。今何が起こっているかと言えば、不確かさを過ぎて、皆無気力になっている。

7カ月の損失を出し続ける、それが現実だ。今年の2月に誰がそれを想像しただろうか? 誰もそんなことできなかったよ! このまま続けば18カ月の損失になる。そんなの誰も耐えられるわけがない。

この前、計算してみたんだ。エル・ブジがこの状況だったら、どのぐらいの損失があったかと。1年で100万ユーロ(1億2200万円)だよ。悲惨だ。でもそれが今の状況。問題は、フェラン・アドリアだからとか、誰だからとかじゃない、誰も解決法を持たないことなんだ。健康が問題になっているんだから!どんなに頭がよくても、ノーベル賞受賞者が50人集まろうと経済学者が集まろうと、評価できないんだよ。この状況の中で生き続けて、解決法を探らなきゃならない。

この前読んだ記事には、スペインで今、新しい検査方法を開発していると。レストランに行って、その場でテストして数分で結果が出るスピード検査らしい。そんなものと共存してゆかなくちゃならないんだ。短期の解決法はない。

こんな世の中では、気が狂いそうになるのは当たり前だ。僕は支払い能力じゃなくて、感情処理能力について話したいぐらいだ。この状況に耐えるためには、頭を冷静に保たなくちゃならない。してはいけないのは、家に引きこもってテレビシリーズを見ることだ。いや、見てもいいよ(笑)。でも現実主義者にならなくては。僕たちはここロサスから、小さな砂の一粒だけど、業界を助けたいと思っている。


“小さなビジネスモデル”を考える日を料理学会に作りたい

大事なのは、ビジネスプランだ。皆、5年間のビジネス計画を立てるべきだと思う。その日暮らしじゃダメだ。5年後にどうなってるか、収支を見て予算を立てる。今後は学会でも、こういうビジネスプランをみんなと共有する場を企画したい。もちろんクオリティのある飲食プランじゃなきゃだめだ。この学会はクオリティについても大事にしているからね。

それから若い人を助けないと。若い人たちにはまず、「いくら稼ぎたいのか」を聞きたい。たとえば、よく聞くよね、小さい店で、場所がどうだとかああしなきゃこうしなきゃと。それはいいよ。でもいくら手元に残るんだ? レストランは商売だ。商売だから自分の給料以上に稼がなければ、商売を理解していることにはならないよ。

僕は若い人たちに2000ユーロ(24万円)を稼いで満足しろと言いたい。もちろんバルセロナあたりでは、高額の小切手を出されて雇われることもあるだろう。でも、僕は14年間利益なしでやってきた経験がある。この場所、エル・ブジで。僕とジュリ(共同経営者)の給料は、当時2000ユーロ。車はフィアットのパンダで、運搬にも使ってたから魚臭かった。でもパッションがあったし、僕はそれで完璧だと思った。

商売は何年も何年も続くロングセラーじゃなければ。この状況でビジネスプランを変えようとしている人たちに言いたいのは、いくら売り上げなきゃいけないのかを考えること。どんなビジネスモデルで、たとえば5~8人程度の従業員で、いくら売り上げたいのか。数字を具体的に考える。この学会ほど長くなくていい。1日だけでも経営や経理に絞った日を設けたい。

何人か専門家を呼んで、ビジネスモデルを一緒に考えるんだ。小さなバルなのか、3人ぐらいが座れる小ささなのか、7、8人程度のバルではどうか、とかね。小さいビジネスの話だよ。大きいビジネスはもうどうやればいいかわかってるだろうから。若い人たちのためにやりたいんだ。


まずは自分たちで計画を立てる。でなければ、未来はない

これまで大臣に何度も会いに行ったり、飲食業界で働きかけをしてきたけれど、問題は誰もどうしたらいいかわからないことなんだ。僕だってエキスパートじゃない。

だから、まずは自分たちで計画を立てないことには未来はない。どんな興味深い計画だろうと、実現には2、3年かかるから、今すぐに始めなくてはならない。行政にはもう進言してあるよ。どんなリソースがあるのか。EUからの予算を飲食ホテル業と観光にどれくらい使えるのか。

僕は、行政側が我々の業界にもっと繊細でいてくれることを望んでいる。飲食ホテル、観光業界に対してね。

これまでの政治家の発言には、相当痛い思いをしてきた。僕たちを第二線だとか、いろいろ言われていただろう。僕はそれほど文句を言わないほうだけど、今回は自分のためではなく他の仲間のために文句を言いたい。みんなよく働いてきたんだ。スペインの国内生産の大きな割合を占める他のセクターで、飲食業ほどイノベーションをしてきた業界があるか?それをよくも、あんな風に扱ってくれたもんだ【注1】。

今、僕はレストランを持ってない。レストランを持ってないのになんで抗議の声を上げるんだ、と言われるかもしれないけれど僕は黙っていないよ。何千何万というプロたちがいるからね。みんなで声をあげなくては。僕はまだそれが足りないと思う。ただし常にリスペクトを持って、意見を発言するべきだ。誠実で客観性がなければ、相手にもされないだろうから。


閉店は、もちろん劇的な出来事だ。でも失敗じゃない。

これは本当にドラマだ。運が悪いとしか言いようがない。本当に悪夢のようなひどいドラマだ。「観光の重要性を他国のように下げる」という一部政治家の意見があったけれど、これにも全く決裂するね。観光はそのままにしておくべきだ。もちろん改善はする。国内総生産の中で観光が占める割合を減らして、他が上がるならいいよ。でも世界最高レベルのホテルがスペインにはあるんだ。本当に重要なことをし続けてきた人々、生産者だってそうだ。それをまとめて貢献してこなかったとは言わせないよ。俺たちが第4軍だって?

政府は気がつかなきゃいけない。本当に命に関わることなんだ。もっと助けが必要だ。確かに一時解雇の政策がなければ、もっとたくさんの飲食店や商店が閉まっていただろう。でもそれだけでは十分じゃない。

この業界の状況は劇的だ。支援しなければ。さもないと、これまで築き上げてきたクオリティとそれを支える基盤が消滅してしまう。ここまでに40年はかかってるんだ。

現状は劇的だ。助けがなければ来年は大変なことになる。ありえないよ。ありえないんだ。この業界はこんなに苦しむべきじゃない。

僕はアドバイスをするタイプじゃないけど、一つ明らかにしたい。

もし運悪く君の店を閉めることになっても、恥ずかしいと思わないでほしい。自然に振る舞うべきだ。たとえ僕でも同じことが起こっただろう。恥なんかじゃない。運が悪かっただけだ。恥だと思って行動すれば、他の人々は僕たちがどんな状況に置かれているか気が付かないだろう。閉店は、もちろん劇的な出来事だ。でも失敗じゃない。責任を持って対応しなければならないが、大丈夫だ。

もう一度言いたい。恥と思わないでくれ。今の状況に至ったことを、恥じることはないんだ。


【注1】衛生・消費・福祉省大臣が、観光業を「付加価値の低い業界」と発言したことを受けて。



(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)





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