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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 12

レストランの技で“食事パン”を定着させる

東京・祖師谷大蔵「フィオッキ」 堀川亮さん

2021.01.18

text by Manami Ikeda / photographs by Kouichi Takizawa

連載:未来のレストランへ

2020年4月の緊急事態宣言以降、テイクアウトや通販、レシピ配信などレストランという限られた場所でしか共有できなかったものが、より多くの人の元へ届くようになりました。
窮地に立ったことで生み出された新しい役割をきっかけに飲食店は、次の時代に必要とされる店の在り方を模索して、本格的に生まれ変わろうとしています。その姿は、播かれた種が、懸命に芽を出そうとしている姿に重なります。
未来のレストランはどんな姿をしているのか?
ひと足早く芽を出しつつある5店の事例をお届けします。


ほりかわりょう
1972年生まれ。25歳で渡伊。ピエモンテ、トスカーナを中心に修業後、2000年、28歳の時に現店をオープン。改装にあたって厨房をアイランド型にして作業性を高め、オーブンも増強した。

テイクアウトでパンの反響の高さに気づき、店を改装して物販スペースを設置。「惣菜+パン」の組み合わせでハレの日だけでなく、日常にも必要とされる店へ変身しました。

生まれ育った祖師ヶ谷大蔵で創業し、今年で20周年。成熟した大人となって、さらに次の段階へ、というところでまさかのパンデミック発生。この過酷な困難に立ち向かうため、堀川シェフは一階のリストランテをいったん閉め、テイクアウトを開始。幸い、20年かけて築き上げた地元のお客様との絆のおかげもあって、リストランテ休業期間を乗り越えることはできた。6月初めに再開した時には、メニューをコース1本に絞ったが、待ちかねたお客様が次々と来店してくれた。しかし、完全に元どおりというわけにはいかない。これからの時代、経営を成り立たせるためには、料理を提供するだけでなく、多角的なサービスを手がけていく必要がある。

そこで堀川シェフはかねてより温めていたアイデアを実行に移した。まず、入り口にテイクアウトのコーナーを作る。そしてホールの半分をカウンター席に。さらに厨房も全面的に改装して、10月半ばにリスタートした。


地域の日常とつながる物販スペース
ショーケースの上段はカンノーリやボネなどのお菓子、瓶詰めのパスタソース、中段と下段はズッパや煮込み、ポルケッタ、スカペーチェ、野菜のマリネなど。そのほか、パネットーネやビスコッティなどの焼き菓子、パスタ、オリーブオイル、ワインまで、日常的に欲しくなるものがひと通り揃う。

「以前からパネットーネを売る場所が欲しいと考えていたのですが、それとともにレストランに入る前のアプローチとなるスペースが欲しかったのです」
イタリアで働いたレストランには、入り口に小さな応接間のようなソファを置いた部屋があり、それが日常から非日常へのワンクッションを演出していた。
「リストランテは特別な時間を提供するところ。違う世界に入っていただく仕掛けが必要だとずっと思っていました」
新たに設置したカウンターは、これから食べるものが目の前で作られているという臨場感を楽しんでもらうためであり、また、惣菜販売の免許を取るためでもあった。カウンターはレストランの調理場、奥の厨房は惣菜の調理場としてそれぞれ独立させたのである。


カウンター席を新設
テーブルを半分以上減らし、厨房とカウンターを4席作った。テーブル席と合わせて10席に。「お客様へのサービスを完璧にできる理想的な席数になりました」


多皿コースで薄れたパンの存在を新たな場所で生かす。

レストラン休業中のテイクアウト販売でわかったことがある。それは意外とパンが売れること。リストランテで自家製のパンを出すところは少なくないが、フォカッチャのような手間のかからないパンであることが多い。ところが本格的にパンを作るとなるとホイロや専用のオーブンが必要となり、投資も労働力という点でもかなりの負担となる。
「リストランテではパンの存在がどんどん薄れてきています。料理のクオリティが高く、しかも多皿コースとなると、お客様はパンを食べなくても満足が得られます。それにパンは意外と風味が強く、料理との関係性が難しくなることもあります。でも、イタリアのパンは軽やかでおいしくて、楽しい。それを伝えていきたいと思うようになったのです」


思い切って改装。パン用のオーブンを導入することに。

思い切って厨房にパン用のオーブンを導入することにした。苦しい時こその挑戦である。チャバッタや全粒粉のルスティコ、ピエモンテ伝統のクルミたっぷりアンチョビー入りパン、シチリアのセモリナ粉パン、週末は塩なしのトスカーナパンも焼く。どれも食事に合うパンばかりだ。
「パンはチケット。つまり、お惣菜を買ってみようとか、レストランへ行ってみようという気分を誘う入場券です。利益にはならないけれど、その先へと繋がっている。だからこそ、真剣に作り込んでいかねばなりません」


イタリア各地の食事パンを料理と共に伝える喜び
ゴマがびっしりついたセモリナ粉のシチリアパン、アンチョビーとクルミの旨味充実のピエモンテのカルロ・アルベルト(左上)は単体でもワインが進む。空気を含んだチャバッタ(右下)、粉の風味溢れるルスティコ(右上)はズッパや煮込み料理との相性抜群。


目指すは3年後。ノウハウをためて、次のステージへ。

惣菜もパンを意識し、ズッパや煮込み料理、例えばサルシッチャと白インゲン豆の煮込みやトリッパのトマト煮といったものにも力を入れている。家では作りにくいカッチュッコやアクアパッツァはとりわけ人気アイテムになった。また、焼き菓子はパネットーネのほか、ブルッティ・マ・ブオニのような無骨だけれどしみじみおいしい伝統系だ。
「そういうものが並んでいると、リストランテとはまた違った楽しさが伝わるかな、と」始めてみると新しい気付きも多い。パッケージやラベル、ショーケース内の並べ方など、日々手探りで改良を続けている。本当は小売りのプロの手を借りればいいのだろうが、試行錯誤することで自分たちの経験値が上がると考えている。


人に贈りたくなる惣菜
イワシのベッカフィーコや、大ぶりのサルシッチャの煮込みは、惣菜とはいえどれもリストランテの味。見た目も美しく楽しげで、ギフトにしても喜ばれそう。

「ノウハウをためて、次は物販を小売店として独立させたいと思っています。この近くに店舗を構えて、そこではカジュアルで質のいいワインもスタンディングで飲めるようにして。そして、空いた物販スペースを、念願の小さな応接間にします」
目指すは3年後。進化し続ける「フィオッキ」の未来に期待したい。








◎フィオッキ
東京都世田谷区祖師谷3-4-9
☎03-3789-3355
物販11:00~17:30
レストラン(土~火曜、祝日)18:30~22:00
水曜休
小田急線祖師ヶ谷大蔵駅より徒歩5分
https://www.fiocchi-web.com/






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