HOME 〉

FEATURE / MOVEMENT

飲食店は何のためにあるのか? 04

「食べ物がもつ時間」と共に。

「ヴィラ アイーダ」小林寛司さん

2021.06.28

photographs by Kouichi Higashiya

連載:飲食店は何のためにあるのか?


シリーズ【飲食店は何のためにあるのか?】

一昨年、営業スタイルを一新した和歌山・岩出の「ヴィラ アイーダ」。オーナーシェフの小林寛司さんとマダムの有巳さんが、店に隣接する畑で野菜を育てながら営業するレストランは、訪れる客に無意識のうちに内省を促すようなゆったりとした時間が流れている。1日1組、レストランの枠組みを取り払うことで、よりはっきり見えるようになったレストランの役割とは?

本企画は、食のプロたちに飲食店の存在意義や尊厳を問い掛けていくシリーズです。







問1 現在の仕事の状況

コロナ前からニューノーマル。

コロナの前と後で変わったことは、ほんとなくて。東京の状況は気にはかけているけど、自分たちの日々で精いっぱいというか。お客さまもありがたいことに来てくれているし、畑も忙しい。変わらず料理に向かっている感じです。

そもそも1日1組でやっているのでたいした影響はなく、営業時間もランチ、ディナーと決めずお客さまに合わせていますが、普段から20時には終わっている。1回目の緊急事態宣言の時は店を休んだけど、今回は何も変わらず、レストラン営業と畑仕事で1日が終わります。

試作の時間は十分とれています。実際に調理場に立っている時間も、ぼーっと考える時間もとれるようになった。若い頃は次から次へとアイデアが浮かんだけど、今は結構やり尽くしたから、新しいものが出てくるのにより時間がかかる。

ある時期、スタッフにも、お客さんにも、自分にも不満があって。料理は好きなのに仕事でやるのが嫌だなという時期があって、一旦リセットしようと営業スタイルを変えました。自分や畑のリズムに無理なく営業すれば、料理を好きでいられるかなと。値段も上げて、当初はお客さんが来なくなるかもしれないという不安のほうが大きかったけど、むしろ自分の考えを共有してくれるお客さまが増えてきた。こういうレストランの在り方に何かを感じたお客さまから周囲に広がっていると感じています。


日々の生活は朝5時にマダムの有巳さんが、店の裏手に広がる600坪の畑と裏庭、ビニールハウス3棟を回り、2時間かけて野菜やハーブ、果物を収穫。8時ごろ小林シェフが自宅の2階から1階の店に降り、収穫物を仕分けすることからスタートする。



問2 あなたが考える「飲食店の役割」とは?

人生を変えるかもしれない価値観の共有の場。

単に人と人が集まるなら会議室でもいいわけで、レストランで何ができるかというと、価値観の共有。たとえばこのスパゲティおいしいよね、を一緒にいる人と共有できる、もしくはできない。初デートで彼女と行った店の好みが合う、合わない。人間の潤滑油、言葉じゃなく相手を感じ取れる場所という役割がレストランにはあると思います。

営業スタイルを変える際、内装もよりナチュラルに改装しました。小林さんの家に来たみたいと言われるけど、本当に自宅なんで。仲のいい人が来ると、まずはソファで一緒にシャンパン飲んでアミューズをつまんだりしている。

今までレストランは非日常を演出する場といわれてきましたが、僕たちは日常の上質を体験してほしいと思うようになった。料理はもちろん頑張るんですけど、最終的に提供しているのは時間、価値観を共有できる人たちといる幸せなのかなと。


ヨーロッパの田舎、ナチュラルワインの造り手の家を訪ねた際のイメージから作り上げた内装。手前の応接スペースでアミューズを楽しみ、食事は奥のテーブルを囲んで。食後は再びソファでカフェや食後酒を楽しむ空間の移動も、ゲストに寛ぎを与える。

レストランに隣接する畑で野菜を作りながら生活していると、天気は常に気になるし、種まいてあげなきゃ、水あげなきゃ、ちょっと剪定してあげなきゃと、頭のどこかにずっと野菜の存在があります。作物を通して1年という時間、食べ物が育つのにかかった時間を体で感じることができる。

野菜が少ない時期は少ないで知恵を絞り、たくさん収穫できたらどうやって使おうかと多いなりの使い方を考えることで、新しい発想も生まれてくる。そうした自分たちの生活スタイルが、料理やそこで過ごす時間にも反映されていくのかなと思います。


6~8月は毎日トマトの収穫がある。それを熟度違い、品種違いに選り分け追熟させたり、トマトソースやドライトマトなど1年分のトマト加工品を仕込む。



問3 これからの時代、飲食店が存続するために必要なことは?

社会に対して常に耳を傾ける。

生まれ育った土地だから、ここ岩出でレストランを営んでいる。観光地でも自然豊かでもないこの土地で、都会とは違うことをやらないとわざわざ来てくれないのは大前提です。だからより違うこと、誰もやっていないことに興味がある。社会が向かっている方向は絶えず意識しているし、情報も無意識のうちに摂取していると思います。

都会で暮らす人が増えて、食べ物のもつ時間との関わりを実感することが難しくなっているように感じます。忙しさのあまり食事の時間も減っている。 1日1組、好きな時に来て、3~4時間かけて食事をして、人によって価値観は様々だけど「何が豊かか?」を考えるきっかけになる場を作りたい。営業スタイルを変えて捨てたものはいろいろあるけど、得たものも同じくらいあります。


小林シェフのInstagramには、コロナ前も後も変わらず日々の創作の記録がアップされている。写真は今年2月の投稿。ニンジンの首の部分とフキノトウを使った一皿。

時々、なぜ自分で畑をやるのか? と聞かれることがあって。僕も地方で働くシェフには「そこまで畑やらなくていいよ、シェフは料理を頑張りな」と言っているんだけど、どんなに仲のいい農家さんでも人間が2人いると、意思疎通する必要がある。野菜を使うのに、お金と言葉と感覚の壁がある。僕は両方の立場だから、思ったことをすぐ実践できる。そこは自分にとって大きいかなと。野菜は多少大きくても小さくても曲がっていても、料理をちゃんとすればいい話なんで。


今年5月の投稿から。「#水茄子 #赤玉ネギ #紫蘇 #パセリフラワー #トマトペースト #ルーコラ花」とハッシュタグから畑の様子も窺える。

海外のお客さんがちょうど来店し始めた頃にコロナになってしまったのは残念ですね。たまにパリでも、NYでも通じるなっていう料理ができるんですけど、イタリア料理、フランス料理をベースにしつつ海外のお客さんの目線で見た時、どこにも属さない皿を目指しています。畑は生活の一部だけど、料理人の軸足はあくまで料理だと思っています。


今年3月に発表された「アジアのベストレストラン50」2021年版で「ヴィラ アイーダ」が初めて100位内にランクインした。投票者が過去一年半以内に訪れた店にしか投票できないアワードで、日本の地方へと海外の食べ手の関心が広がっていることを示唆する。




小林寛司さん
和歌山県岩出市の兼業農家の家に育つ。イタリアで約4年働き、帰国した98年に実家の田んぼに一軒家レストランを開店。2005年、有巳さんとの結婚を機に「ヴィラ アイーダ」となる。2019年5月から1日1組の営業スタイルに。同年、ベルギーのWe’re Smart Green Guide『世界の野菜レストラントップ100 』で17位にランクイン。


【動画】インタビュー・ダイジェスト版をご覧ください。






◎Villa AiDA(ヴィラ アイーダ)
和歌山県岩出市川尻71-5
不定休
10席1テーブルを1日1組(2~10名・3日前までの要予約)
予約はHPから
http://villa-aida.jp/
Instagram:@kanjikobayashi





料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。