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FEATURE / MOVEMENT

社食には食の理想が詰まっている

社員食堂だからできること。

vol.2 地域でシェアする「まちの社員食堂」

2019.08.29

text by Chiyo Sagae / photographs by Takeharu Hioki

「社食だからできることがある」と信じて社食に情熱を注ぐ人々の取り組みを紹介するシリーズ第2弾は、
“地域で社食を共有する”というスタイルを生み出した、鎌倉を拠点とする面白法人カヤックの「まちの社員食堂」です。カヤックの呼びかけで、鎌倉市内に拠点を持つ31の企業や団体が規模に応じて会費を払って運営する、鎌倉で働く人限定の社食です。
ランチ( 11:30 〜14:00 )900 円、ディナー( 18:30 〜21:30 )1000 円が、会員企業の社員は100 円引き。非会員も鎌倉在勤とわかる名刺などを示せば利用できます。
料理は、市内の飲食店やケータリング屋さんが週替わりで担当。食べ手と作り手の新しい出会いの場としても機能しています。地域コミュニティの可能性を探り続けてきたカヤックならではの“シェアする社食”の魅力を探ります。

TOP写真:手作り南米料理で親しまれる「Café 鎌倉美学」がこの週の料理担当。3種から2種を選ぶプレートは、チキンをイエローペッパーで煮込んだ“美学カレー”と豆だくさんの“めっちゃ豆カレー” の相盛り。ヨーグルトとサラダを添えて。



鎌倉ワーカーが集う街でシェアする社員食堂。

なごやかなオーラを発する「まちの社員食堂」入口から店内を臨む。


東京近郊にして穏やかな海岸と閑静な住宅街、加えて名所旧跡も多い鎌倉は、考えてみればちょっと特別な街だ。
観光客も多く、洒落たカフェや飲食店が軒を並べるが、実はこの街で働く人々はしばしば昼食難民になる。と教えてくれたのは、市内に複数のオフィスを構える面白法人カヤックの渡辺裕子さんだ。
「昼時の店は観光客で満席。価格もランチ1500円前後は当たり前。結果、コンビニに頼らざるを得なくて」。そこで昨年、他都市に分散していたオフィスを鎌倉に集結し、社員300人がこの街で働くようになるのを機に「まちの社員食堂」を立ち上げた。

鎌倉駅近く、御成商店街裏の路地に誕生したのが昨年4月。ガラス張りの今時のカフェ風の外観に惹かれて、社食と知らずに入店する一見さんも多い。だが、ここで食事できるのは鎌倉で働く人のみ。鎌倉ワーカー限定の社食なのだ。面白法人カヤックの社員だけでなく、鎌倉の大小企業、店舗、はたまた市役所職員まで、身分証明書や名刺など「鎌倉在勤」を証明するものさえあれば誰もが利用できる。文字通り〝まちの〞社食、街でシェアする社食である。

入口に理念を明記。それでもいい匂いに誘われて一般客が入ってくる。

木の温かみが伝わるシンプルだが居心地の良い食堂内。奥にはテラス席も。

そもそも自社の福利厚生ニーズで始まった社食企画がなぜ、シェアする社員食堂になったのか?
一つに、ユニークで自由な発想を事業の基盤とする面白法人カヤックの社風がある。創業者3人が学生時代から好きで通った鎌倉に本社を構え、広告やゲーム、デジタル映像の企画制作から不動産、葬祭業まで地域関連事業を手掛けながら、鎌倉が「どうしたら面白くなるか」を絶えず考えてきたという。

従来の社食の面白くない点を考えたら「一社で閉じた形がつまらない」との答えに到達。そこから始まった試行錯誤の過程で、鎌倉には自社社食を持つ企業がほとんどないことも明らかに。料理やサービスも1社に任せてしまえばマンネリを招く。個性的な飲食店が多い鎌倉の特性を生かし、自分たちがおいしく健康的と思う地元店をラインナップして協力を仰いでみれば、伺いを立てたその9割以上の店が快諾し、現在45店が週代わりで厨房を守る。

〝社食のシェア〞に賛同した会員企業は現在31社。事業主カヤックに1万〜5万円の月会費を払うとその社員は会員企業価格で社食を利用可。非会員は+100円で利用できる。料理とサービスを担当する飲食店は1週間の交代制。売上の20%をカヤックに支払い、それ以外を店の利益として受け取る。本店の業務外の出店はさぞ大変なのではと思いきや、返ってきた答えは「鎌倉の街に貢献できるなら歓んで」。
運営会社カヤック、会員企業、コラボ出店者が独立しながら緩やかに繋がり、タッグを組む。古都鎌倉は地域の小さな社食の未来を指し示す。

左)利用の仕方を説明する立て札。鎌倉在勤者は名刺をお忘れなく。右)入口の食券販売機。定食で提供するランチは会員価格800円、ディナーは900円。所属する企業・団体名、または非会員のいずれかのパネルをタッチ。

カヤック社員の社食店長・石原愛子さんが利用法を説明。

名刺を首から提げるケースが用意されている。

地元の人気店が週替わりで料理を担当。




食堂に足を踏み入れると、鼻をくすぐるカレーの良い匂い。その日(週)の調理を担当していたのは鎌倉で人気のスペイン・南米料理バル「Café 鎌倉美学」。オーナーシェフの湊万智子さんがオープンキッチン内で3種のカレーを温めている。カレーといっても店の看板メニュー「美学カレー」とあってスパイス使いもオリジナル。社食の定番、日本カレーとは一線を画す味わいだ。



カウンター内の小さなキッチンで手際よくサービスする湊さん。

定食制だから、誰もが好きなカレーは嬉しいメニュー。セルフサービスでご飯をよそうので、若い男子はガッツリ盛りも可。チキン入りサラダとデザートのヨーグルトを添えた1食は栄養バランスも良く満足度も高い。
担当週のランチは自店を閉めてここに専念するという湊さん。
「もっと地域と関わりたいし、店のアピールにもなるから」と意欲的。地域店の持ち回り制社員食堂は四方を丸く収めて躍進中だ。



定食とはいえ、カレーの種類を選択できる配慮が嬉しい。

「めちゃ豆カレー」には、湘南のスパイスメーカー、アナンのスパイスと豆8種を使用。大豆ミートでベジタリアンにも対応可。肉好きはチキンバージョンでどうぞ。



地域の社員食堂はみんなが関わるから面白くなる。




シェフは週替わりだが、「まちの社員食堂」には年間を通じて変わらぬサイドメニューがある。カヤックの社員で食堂の店長として常駐する石原愛子さんが作る「地元とれたて野菜の10品目サラダ」だ。
鎌倉・葉山・三浦の農家から直届く旬の野菜をプレートに盛り放題という豪快さで地元鎌倉の味をダイレクトに伝える。



和野菜も洋野菜も豊富な地元の旬の野菜が並ぶサラダコーナー。

社食調理の参加店舗が示された鎌倉地図も店内に。

社食が休みの日は、鎌倉在住者に限らず誰もが店長になれるハイボールスタンドバー「タイムカード」に様変わり。持ち込んだ食べ物を居合わせる客と分け合う豪快企画。

また、社員食堂が休みの週末はやりたい人なら誰もがなれる一日店長の仕切りで、食べ物持ち込み可のハイボール飲み放題(時間制)企画「タイムカード」を開催。機会やご縁があれば、地方都市の名産品や物品をプロモーションするイベント会場として食堂を貸し出すこともある。
地元が面白くなるために開いた社員食堂なら、その場を使って、外の人ともつながりたい。閉じずに開く。人と人、地域と地域の出会いが鎌倉を面白くしていく。





◎ まちの社員食堂
神奈川県鎌倉市御成町11-12
11:30~14:00 / 18:30~21:30
土曜、日曜、祝日休 *週末はイベント営業
<タイムカード>を主催。一般客可
https://kamakura-shashoku.machino.co





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