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FEATURE / MOVEMENT

「食の力」発見プロジェクト-3

社会に働きかける社食、ユナイテッドの「UB1 TABLE」

2019.03.14

photographs by Tsunenori Yamashita

東京・渋谷にあるIT企業、ユナイテッド株式会社が、昨年12月、社員食堂「UB1 TABLE(ユービーワン テーブル)」を立ち上げました。
3月からは一般公開に踏み切り、街に開かれた社員食堂として営業しています。
プランニングと運営を託されたのは、「salmon & trout」の森枝幹さん。ユナイテッド社員と森枝さんがタッグを組んで社食でできることを探っていくその取り組みは可能性に満ちています。


親が子を思う気持ち。




2月20日の夕方、ユナイテッド株式会社の社員食堂「UB1 TABLE」に集まっていたのは近隣の子供たち。「渋谷区こどもテーブル」の会場として、銀座「鮨 たかはし」店主、高橋潤さんによる握りずし作り体験講座が行われていた。
まるでおすし屋さんのような幸せな香りが立ち込める中で、子供たちは、高橋さんの説明を聞き、母親やユナイテッド社員の手を借りながら、鉄火巻きを自ら作る。巻き簾に海苔を置いて、酢飯を広げて、マグロのたたきをのせて、くるっと巻いて……。そうして子供たちが作った鉄火巻きを高橋さんが切っていく。
おすしは子供たちにとって最大級のご馳走だ。職人さんと一緒に自分で作ったおすしがお皿の上で輝いている。おすしとの向き合い方がこの日を境にちょっと変わるんじゃないか、そう思わせる雰囲気があった。

「こどもテーブル」は家庭や学校だけでなく地域の力でも子育てをしようという小学生を対象とした学びの場。この日は、子供と親、計22名が参加。



銀座「鮨 たかはし」の高橋潤さんに手取り足取り指導されながら、お店で出されるのと同じネタを使って、おすし作りに挑戦。



IT企業のユナイテッド株式会社が社員食堂「UB1 TABLE」を開設したのは、もちろん社員のためである。
きっかけは、早川与規会長が社員の健康を心配してのことだった。早川さんは、デスクで市販の弁当や惣菜、カップラーメンを食べている社員をよく見かけては気になっていた。彼らの食事の栄養バランスが良くないのは明らか。
「アスレチックトレーナーから『運動以上に食事が大事』と言われます。僕自身、健康であるためには、何を食べるかが肝心だと思っている。うちの社員の平均年齢は30.7歳と若くて、いつまでも健康であり続けると信じて疑わない年代です。食事の中身にまでなかなか意識が及ばない。ならば、会社が気を付けられないだろうか、彼らが40~50代になっても元気でいられるようにしたいと考えたんですね」と早川さん。
親が子を思う気持ちとでも言えばいいだろうか。



ユナイテッド株式会社の早川与規会長。立場上、会食が多いだけに、普段の食事には気を使う。健康にも意識が高い。

最初は、毎週月曜日の朝、おにぎりと野菜ジュースを配っていたという。
「朝食を食べてこない人が多いのではないか、と。しばらくの間、人事部が手配していましたが、みんなにもっと関心を持ってほしい気持ちが強かったし、人事部門だけがやるとどうしても仕事になってしまって思いが伝わりにくいとの声もあって、社員全員が持ち回りで担当するようになりました」
ちなみに用意されたのは近くにあるおにぎり専門店のおにぎり、それと近所のパン屋さんのパンだそうだ。
しかし、みんなの健康を真剣に考え始めたら、月曜の朝だけで済むはずがない。食事とは1日3回、毎日の営みなのだから。3食用意するのは無理にしても、少しでも会社での食事が社員の健康に結び付く環境を作りたくて、社食計画が持ち上がったのだった。

と同時に、自社のみならず、近隣で働く人々のランチニーズにも応えられないだろうかとも考えた。こどもテーブルのような地域とのつながりも大切にしたい。そんな思いが重なって、一般公開型の社食へと発想は広がっていったのである。



「UB1 TABLE」のある日のメニュー。メニューは日替わりで、定食、デリプレート、丼の3種から選ぶ。デリプレートはスムージー付き。どのメニューも野菜をふんだんに使って、ボリュームもたっぷり。



一般客は1000円、社員は社員証を提示すると割引になる。厳選され、社会性も兼ね備えた食材をこの値段で食べられるのは嬉しい。



社員食堂にできること。




社員食堂は可能性に満ちている。
と、考える企業が増えてきた。
社員食堂の第一義は、社員の胃袋を満たすこと。いわゆる福利厚生としての社食である。昼食難民にならないように。限られたランチタイムを有効に使えるように。お財布が痛まないように。
と同時に、社食が提供する料理は健康的であるべきとの考え方も定着した。管理栄養士がメニュー設計をする社食運営はもはやポピュラーだ。社員への健康投資は、スタッフの活力向上や生産性向上につながり、組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上に結び付くという「健康経営」の考え方が後押しする。
また、社食を企業理念の表現の場と位置付ける会社も登場している。社食とはあくまで社内向けであって事業ではないと考えがちだが、あにはからんや、社食に対する一般の関心は高く、社食は会社のイメージを左右する。社内向けだからこそ会社の本当の顔が映し出される、と人は考える。ならば、社食をもっと有効に使ったほうがいい。社員の食生活を充実させながら、同時に社外にも働きかけていくことが、社食にはできる。そこを意識して社食を運営するケースも増えている。
社食はいまやメディアになったと言っていいだろう。

ユナイテッドの社員食堂のプランニングと運営を託された「salmon&trout」の森枝幹さんも、社食の可能性を信じる一人だ。
「salmon&troutが一日に対応できるお客さんは10数人ですが、ここ、ユナイテッドの社食が一日にまかなう人数は最大300人。ボリュームが圧倒的です。しかも、レストランは非日常、社食は日常。日々の食事であることの強みは大きい」

森枝さんは料理人になってからずっと“料理のその先”を見つめてきた。サステナブルシーフードの普及を目指す「Chefs for the Blue」のメンバーとして活動するのも、料理の先を見つめるまなざしゆえ。ブラックバスやカミツキガメのような、「食材としての認識が薄いけれど実はおいしい」食材を使うのは、特定の食材に人気が集中して高騰したり、獲り過ぎたりすることへの疑問の投げかけであり、馴染みの薄い食材を発掘してその有用性を問いたいから。その行為を「おいしさの拡張」と森枝さんは表現する。人がおいしいと感じる範囲が拡がったなら、課題解決に寄与する部分があるのではないか、と。
ただ、そういった特殊性の高いメニューは、限られた席数で、食マインドの高い人が訪れるレストランなればこそ成立する部分も多い。その分、ある意味、閉じている。
「レストランは夢を見させる場所だけど、社食は現実。いたって保守的です。白飯に合う、わかりやすく普通においしいものでなければ受け入れられない。そもそも食への関心が高い人ばかりが来るわけでもない。でも、だからこそ、働きかける場として意味があると思う」

早川さんが森枝さんに出したリクエストは、「バランス良く、健康的で、特に野菜がたっぷり摂れるように。それから、入り口の敷居は低くしたかったので、みんな大好きな、誰もが食べたくなるメニュー。結果的に知らず知らずバランス良く栄養が摂れてしまう、みたいな」と早川さん。



お弁当にしてもらってデスクで食べるのもOK。残業になりそうな場合、夜の分をお弁当にする手もあり。



食材情報や栄養情報はプレートにして、目に入る場所にそれとなく置いておく。「押し付けがましくしないことも大切」。



森枝さんがまず乗り出したのは食材の調達である。
どんな食材を使うのかは大切。それがフィロソフィーの表明になるからだ。かつ、生産現場との関わり方次第で、社会への影響の与え方も変わってくる。

「UB1 TABLE」の場合、毎日200〜300人分を用意しなければならない。優れた生産者は概して生産量が少なく、レストランの規模なら使えても社食となると使えない、というケースも少なくない。
「できるだけ環境に負荷をかけない生産方法であることや、生産者の志や考え方を重視しつつ、量を確保できることは必要条件でした」
生産者に精通する農政ジャーナリストの山本謙治さん、「Chefs for the Blue」の佐々木ひろこさんらに助言を求めつつ、「クリエイティブ・クッキング・バトル」(エンターテイメント型フードロス解消イベント)に携わっているキムラカズヒロさんと協力しながら、生産者に打診していった。

反面、大人数だからこそできることもある。
「肉はできるかぎり原形に近いポーションで仕入れて、自分たちで加工するようにしています。捌く、掃除する、マリネする、ミンチにするといった作業が、家庭のキッチンからもレストランの厨房からも失われがちな時代です。ここでは素材が料理へと変化していく過程を大切にしよう、と。一緒に働くスタッフのためにも」
だから、冷凍庫は小さくていい。それより大きな冷蔵のストックルームがあったほうがいい。
肉はマリネして味わいをアップさせ、野菜はピクルスや漬物に。自家製するソースやタレは10種にも及ぶ。自分たちで加工する技を持っていると、不揃いや採れ過ぎといった理由で市場では値が付かない食材も引き受けられるだろう。今はまだ手が回らないけれど、仕事のペースが掴めてきたら、そういった時の農家の受け皿になれたら、と森枝さんは考える。

現在、米は茨城県鈴木農園の無農薬米、雑穀は岩手県・尾田川農園、野菜は千葉県・くくりの森、鶏肉はさいさい鶏、大山鶏、豚は北海道・遊ぶたのロースを外した(つまり売れ残りやすい部位)一頭買い、魚はMSC認証のものと、森枝さんのトレードマーク、ブラックバスも使う。



生鮮食材、発酵中の漬物やピクルス、自家製調味料などが詰まった冷蔵のストックルーム。これから益々活躍しそうだ。



自家製のソースやタレの数々。できるかぎりゼロから作る。食材の活用法としても味わい的にも納得のいくように。



マリネ中の鶏肉。このひと手間が食材の味を高める。たとえ量が多くてもレストランと同じ仕事を心掛ける。



じわじわと働きかける……だけじゃない。




鶏の唐揚げとカレーの人気には太刀打ちできない。栄養価が高いからとケールのサラダを用意したら、「初めて食べた、紙のような食感でおいしくない」というような意見も出た。求められるものがレストランとはまた違う社員食堂のメニュー作りに戸惑うことも多かったそうだ。「食材の味わいを前面に出した調理をすると、『味がない』と言われます。現代人が調味料の味に慣らされてしまっているのを感じる」と森枝さん。

食べてもらえなければ意味がないし、おいしいと言ってもらいたい。とはいえ、彼らの声に合わせるだけが能じゃないとも思う。そもそも、早川さんから託された「社員のみんなが40~50代になっても元気でいられるように」という願いを実現するには、たとえばケールをおいしいと感じるような味覚になってもらうことは重要だ。どんなに健康意識を持とうとも、おいしいと思わなければ続かない。生活習慣病にならないためにも、調味料に頼り過ぎない、素材重視の食志向になってもらうことは大切である。
「ここの料理を食べ続けているうちに、いつしか舌と身体がそうなっていくことが理想です」。「UB1 TABLE」での仕事は、森枝さんが目指す「おいしさの拡張」のもうひとつのベクトルなのだ。

早川さんは、「UB1 TABLE」の目下の効果として「例えば、風邪で休む人が少なくなってくれたらうれしいですね」と言う。親心はどこまでも優しい。
「仕事柄、インターネット中心の生活を送っていると、思考の幅が狭まりかねない。UB1 TABLEの存在がみんなの思考の幅を広げてくれて、それが仕事へとつながってくれたら」――そんな狙いもあると語る。



スタッフは若い。日替わりメニューだから、毎日食材も変われば作業も変わる。臨機応変に対応できる技術がなければ務まらない。



中央が森枝さん。若いスタッフが多いだけに厨房はいつも活気に溢れている。



「UB1 TABLE」にはイベントスペースが併設されており、今後、食のイベントも積極的に開催していくことになる。
2月16日には、本格的な一般公開に先駆けて、フードカルチャー誌『RiCE』によるイベント「RiCEの学校」が開かれ、「牛肉の現在と未来」をテーマとする試食付きセミナーが行われた。
日々200~300人の胃袋を満たしながら健康を守っているという事実に裏付けられた社食は、いろんな形で社会に恩恵を与えられると「UB1 TABLE」が教えてくれる。



2月16日に開催された「RiCEの学校」。「牛肉の現在と未来」というテーマのもと、岩手の短角牛、土佐あか牛、豪州オーガニックビーフを食べ比べ。







◎ 「UB1 TABLE」
東京都渋谷区渋谷1-2-5 MFPR渋谷ビルB1F
11:30~14:30(14:00L.O.)
土曜、日曜、祝日休
各線渋谷駅より徒歩8分
東京メトロ表参道駅より徒歩7分
https://ub1table.jp/



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