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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.38 アブルッツォ州ハチミツ生産者

Journal / ilGolosarioJul. 1, 2019

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

花の開花を追いかけ、移動するさすらいの養蜂家




「移動は、全員が巣箱に戻っている夜でなければなりません。トラックに載せて、夜明け前に到着しないと、彼らは異変に気づいて逃げようと一斉に巣穴に殺到して、窒息死するからです。70年代には、トラックから巣箱を下ろせば彼らは1200メートルの距離からでも花の香りを嗅ぎ分け飛んで行くことが出来ていました。それが現在では600から700メートルの範囲に落ちてしまった。能力が半減したのは、空気自体が昔とは違ってしまっているからです」



まるで冒険旅行記の一節を読んでいるみたいだろう? 実際、そうなのだよ。これは、ニコーラ・ティエリ、さすらいの養蜂家、つまり転地養蜂から様々なハチミツを採取するアブルッツォの生産者の話だ。彼自身はミツバチが植物の受粉を助ける役目を果たしていることから「生物多様性を育てる者」という呼び名を好んで使っているがね。

「1月末にはプーリア州のムルジャ・バレーゼ(Murgia Barese)やタランティーナ(Tarantina)に居ます。アーモンド、ローズマリー、タイムやサクランボといった植物からハチミツを採りながら2カ月を過ごし、3月末になるとオレンジの花からハチミツを採るためにバジリカータ州にあるメタポンティーノ(Metapontino)へ。

5月になれば巣箱の半分をハニサックル(イタリア語で『スッラSulla』)の赤い花からハチミツを採るためにアブルッツォへ。このハチミツはデリケートな風味があり、利尿効果と解毒作用があります。そして残りの半分はモリーゼ南部に移動してコリアンダーの花から蜜を採取します。



さらに、アブルッツォに戻り6月いっぱいアカシアを、6月末からは栗の花やひまわりの時期になるのでマルケ州へ。そしてラツィオ州アグロ・ポンティーノ(Agro Pontino)でバジリコとユーカリから蜜を得ます。

7月はアブルッツォで甘露ハチミツの収集に集中します。これはミツバチが直接花から蜜を集めたハチミツとは違って、樹木の葉などからアブラムシやその他の昆虫たちが葉脈から吸い取ったリンパ液をミツバチが採取したもの。
この液体はとても甘く低蛋白、微小な生き物たちの新陳代謝が生み出す成分はミツバチにとても好まれ、これを巣に持ち帰るとミツバチが色濃く、ミネラル分の豊かなハチミツに加工してくれるんです。



8月、9月は標高1200メートルほどのアブルッツォの山々に移動し、この山岳部に多く自生するセイボリー(木立薄荷:キダチハッカ)から明るく緑色を帯びた煌めきのあるハチミツを採ってくる。心地良いアロマがあり、独特で後味の長い逸品です。
10月を過ぎる頃には彼らとの長い放浪の旅も終わり。今度はミツバチたちが越冬できるよう世話をしてやります」

奇跡を起こしているのは蜜蜂自身。養蜂は仕事ではなく「喜び」です

ここはキエティ県トルナレッチョ(Tornareccio)村、アブルッツォ州におけるハチミツ生産のメッカで、9月には「ハチミツの女王(Regina del miele)」というお祭りが開かれ、ハチミツテイスティング、テーマを設けた昼食会に夕食会、さらにはお芝居などが企画される。実際、この地域のハチミツ生産はイタリア国内全体の生産量の10%を占めているが、年中花の開花を追ってハチミツ生産に利用できるよう転地養蜂を始めたのもこの地区が最初で、戦前のことだった。ニコーラが話を続ける。





「この村は、標高400から1000メートルに位置しています。大きな傾斜があるために、農業を行うには限界がありますが、逆に養蜂が可能な時期はずっと長く、時期によって咲く花の種類も豊富だ。だから養蜂家が増えていったんです。現在は人口1800人のこの村に、僕たちのような養蜂専門業者が10軒、さらに兼業で行っているところが20軒程度あります」





「僕たち一家は、1930年に養蜂業を始め、90年代になって僕と僕の弟ファブリツィオ(Fabrizio)、そして僕の妻のジョヴァンナ(Giovanna)で家業を継ぎました。ジョヴァンナは企業の知的部分を担っていて、校外学習の受け入れや製品開発などを担当しています。彼女のお陰でブロンテ産のピスタチオや唐辛子などの特産品と組み合わせた新しい商品ライン『ングルドゥニツィエ(Ngurdunizie:アブルッツォの方言で”御馳走”の意)』が生まれました。現在では、一家の4代目にあたる僕の長男フェデリーコ(Federico)が加わり、娘のマリエッラ(Mariella)も渉外とPRを担当しています。



社員は7名、うち5人が家族で通いの従業員が2名。それぞれ約6万匹のミツバチがいる巣箱1200個を扱い、有機農法によるハチミツを年間に40から50トンを生産しています。
ハチミツ生産の主人公はミツバチたち自身。奇跡を起こしているのは彼らなんです。僕たちは彼らに寄り添っているだけ。正直、僕のやっていることは仕事じゃないですね。これは『喜び』ですよ。僕は恵まれた男です」

「当然ミツバチは人間の見分けはできません。その為、ミツバチに近づくときは体を保護服で覆い、乱暴な動きはせず、注意深く作業をする必要がある。そしてビースモーカー(燻煙器)を用います。彼ら自身のために作るハチミツを僕たちが奪ってしまうため、彼らはさらにハチミツを生産する必要がある。女王バチも新たな働きバチの卵を産み続けます。



いわゆる働きバチは、花の蜜を吸ったら蜜胃(又は蜜嚢)に貯めて巣に戻りますが、その間にすでに体内の酵素が働きだして花の蜜をハチミツに変化させ、巣に着いたら巣内の貯蔵係である働きバチに栄養交換によって蜜を渡し、再び蜜探しへと旅立つ。

巣房(六角形の巣穴)に貯蔵されたハチミツには約50%という高い割合で水分が含まれており、これを良い状態で保存するには水分を18%程度まで下げる必要があります。夜になると巣に居残った働き蜂たちは、全員総出で羽を動かし、空気の渦を作り、ハチミツを乾かします。この羽をかさこそ動かす音は100mの距離からでも聞こえるくらいです。

僕の養蜂熱に火をつけたのは母方の祖父ジーノ・ディ・ヴィンチェンツォ(Gino Di Vincenzo)で、幼い頃からあらゆる養蜂の知識を聞かされて育ちました。僕にとってはおとぎ話なんかよりずっとドキドキする話で、実際に巣箱に連れていってもらってミツバチの仕事を見せてもらうのが待ち遠しくてたまりませんでした。





採蜜作業は、スモーカーを用いてミツバチを遠ざけた後、巣箱から巣枠を取り出し、巣房の穴を覆っている蜜蓋を切り取り、遠心分離器にかけて蜜を抽出します。つまり、ハチミツには人の手が一切加わっていないんです。その後15から20日後に瓶詰めされます。

残念ながら集約農業を行っているところではミツバチは抗寄生虫薬や殺虫剤のために死んでしまいます。ネオニコチノイドのように、昆虫の神経系に作用して帰巣能力を失わせるタイプもあります。有機農業を行っている地区であっても隣の地区でこれらの製品を使用するところがあれば養蜂は無理。だから僕たちの蜂蜜に適した場所を探しだすことがとても重要になってきます。



日本の首都東京では高層ビルの屋上で養蜂を行っているところがあり、ミツバチは皇居内の庭で蜜を得ていると聞いたことがあります。殺虫剤を用いない分、大都会の緑の方が養蜂により良いとコメントされていて、ちょっと信じがたいですが、想像するだけでちょっと悲しいですね」

さて、様々なアロマと微かな香りに包まれた幻想的とも言えるほどのハチミツテイスティングを始めるとしようか。液状になった幸せを、熱々にトーストしたパンの上に、こう、とろーっと垂らして……。



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it





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Tel 0872868292
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www.apicolturatieri.it
 





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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