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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.41 バジリカータ州有機農園経営者

Journal / ilGolosarioOct. 31, 2019

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

建設業から農業に転身した一家3代の物語




豚というのは、人と関わるようになってから汚い動物になったのであって、野生動物だった頃はとても清潔な動物だったと誰かが言っていた。
豚が汚れ一つない動物だったかどうか僕にはわからない。が、子宝を与え、豊穣と春を呼び覚ます女神マイア(Maia)に生贄としてしばしば捧げていたことが、マイアーレ(maiale)つまり「豚」の語源で、トロイア戦争から生還した半神アイネイアースは、お告げのとおり30匹の子豚をつれた雌豚のいる肥沃なラティウムの海岸地域に流れ着き、感謝の念からその豚を神々に捧げたという伝説を思い出せば、先人たちはこの親しみのある四つ足の動物を全く別の概念で捉えていたことが伺える。
とにかくこれらのエピソードに豚は生贄として引き出され、また昔から豚には捨てるところはないと言われてきたことから、豚の命は悲しい運命をもって報われるのだと思わざるを得ない。


だから、窮屈な空間に押し込められた他の豚たちとは違い、放し飼いにされているルカ―ニア(現在の領域とは若干異なるがルカーニアはバジリカータの旧地域名)の黒豚を目にすると、モルタデッラや生ハム、多種多様なサラミの熱心な消費者である僕の良心は、広々としたスペースで水質汚染も悪臭も出さず環境への影響が低い形で肥育されている姿にちょっぴりほっとさせられるのだ。

ここバジリカータ州の「ビオアグリマル(BioAgrimar)」は、ヴィンチェンツォ・マロットリ(Vincenzo Marottoli)によって1994年に設立された家族経営の農業企業体だ。彼はもともと建設業界で活躍していた人で、自分自身と地元にかつて自分たちが口にしていた旨いものをその手に取り戻したいと考えた。



ヴィンチェンツォは今年86歳。今でも仕事場に顔を見せてはいるが、現在、農園を切り盛りするのは彼の孫で、ミラノのサクロ・クオレ・カトリック大学で経済を学んだ28歳という若さのもう一人のヴィンチェンツォ(Vincenzo)だ。この若いヴィンチェンツォが家族の営む農園について話をしてくれた。

ポテンツァ県にあるジェンツァーノ・ディ・ルカ―ニア(Genzano di Lucania)に生まれたこの農園は、総面積230ヘクタールを有する。初めはセナトーレ・カッペッリ種やコーラサン種などの古代品種をはじめとする硬質小麦、スペルト小麦、大麦やカラス麦を栽培していた。羊を放牧しペコリーノチーズの生産も行っていた。今でも荒削りの木版の上で、大きさも様々なチーズを自家製のオリーブオイルで磨きながら熟成させている。

設立当時から、最高のクオリティを目指し、販路は地元に限っていた。
創始者の息子エミリオ(Emilio)は工学の専門家だったが農業にも明るく、2007年、農園の全活動を有機農法に転換することを最初に思いついた。


2011年にはオリーブの栽培を開始、8種類3000本を植樹し2015年に初収穫を迎えた。当初は自前の製油所がなく、全ての品種を混ぜて1種類のオイルとして生産。2017年に製油所が完成すると、それぞれの品種ごとの精油を開始した。強い個性をもち、地域の特徴が際立った彼らの農園らしいオリーブオイルを生産できるようになった。

だが何といってもこの農園で素晴らしいのは、カンチェッラーラ(Cancellara)村の中心部からわずかの距離にある45ヘクタールほどの林を完全に柵で囲って作った豚の飼育農場だ。

丘の中腹に抱かれるようにひっそりと佇む石造りの小さな村はまるで時間に置き去りにされたようで、手つかずの雑木林で放し飼いにされている450頭のルカーニア産黒豚は、塊茎、根、栗やドングリ、キノコなどから自力で栄養を得るほかは、農園内で生産された有機作物を与えているのみ。

たくましい古代品種ルカーニア産の黒豚は、1800年代後半までは広く飼育されていたのが、一旦は絶滅の危機に遭いながらも、他の黒豚品種と同様にその肉の美味しさや体に良いといった利点から近年飼育頭数は回復してきている。


この豚は20から26カ月をかけて140キロ程度にまで肥育され、その後農園内の施設で屠畜、熟成を経て販売される。飼育から製品化までの一貫生産だ。

カンチェッラーラといえば、「サルシッチャ・ア・カテーナ(salsiccia a catena)」が有名。ナイフの先で刻んだ肉を、甘めのパプリカや野生のフィノッキエットを加えて煉り、動物性の腸に詰めたサルシッチャを少なくとも3段のカテーナ(つまり鎖)の形にし伝統的な形を作る。地元民に愛される特産品で、9月には、このサルシッチャに因んだお祭りが開催される。

「ビオアグリマル」では当然ながらソプレッサータ、パンチェッタ、カポコッロやクラテッロ、生ハムなどもお勧めの商品。その他、「ペッツェンテ(pezzente)」というサルシッチャと同じレシピに脂肪分をより含み、あまり重要でない部分の肉を使用した練り肉をより大粒に刻んだものもある。

素朴で深い味わいのサルミを愛する向きにはこれだけで楽しんでも期待を裏切らないし、ソースに加えてショートパスタのオレッキエッテと併せればこれまた素晴らしい。

クオリティとは何かを熟知している農業者こそ、
それを語り、価値づくりに繋げていかなくては


若いヴィンチェンツォは言う。
「僕が農園の仕事に加わったのは、南イタリア、特にバジリカータの人たちの田舎的なメンタリティーが殻に閉じこもり、反発的で、文句ばかりを並べ立てることしか知らないようなところに腹が立ったから。美味しい製品を作るからといって、売れるのを寝て待つのではダメ。それを語り、人の目に触れる機会をつくり、価値づくりに繋げていかなければなりません。ところが、そこに文化の問題が生じてしまいます。ミラノで暮らした数年間で僕は、農業での価値づくり、特に様々な市場で一つの製品を目にできる機会を生むためのノウハウを学びました。
今や僕たちにはSNSやウェブで商品の紹介をどこでも出来るし、生産者組合やグループを作り、よりしかっりした基盤を作ることもできる。イタリアで農業に携わるものほどクオリティとは何かを熟知している者はいません。僕たちは結束し、コミュニケーションを向上させるべきなんです」

この青年の集中力と高い意識には驚かされた。
だが、思い返してみればこれはこの一家が資源利用への責任を果たしつつ25年の歳月をかけて農業の質を着実に向上させることを目指し、この土地に蒔いた種が実を結んだだけじゃないかと思い当たった。

建設業に携わってきた一家が、持続可能な開発の模範となった。実際、僕はイタリア中をくまなく歩き続けているが、近年、様々な分野で活躍する企業経営者が農業に投資するケースを多く目にしているし、中には完全に人生の転換を図り、自ら土にまみれている人もいる。彼らはいずれも有機農業もしくは自然派農業という哲学を、流行に流されてではなく、自分自身と家族と自分たちの暮らす土地の明日に良かれという強い思いと信念と共に受け容れている。



2015年、国連は世界の国々が抱える様々な課題の解決に向けたSDGs(Sustainable Development Goals :持続可能な開発目標)として17の目標を掲げている。が、僕たちの国イタリアの食の分野では、おそらくそれはシステムとして構築されたのではなく、国民の良識や情熱と共に、自然な形で農業者の生活に欠かせない塩のようなものとして昔から存在してきたのではないかと思う。



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it





[Shop Data]
Società Agricola Agrimar snc

Contrada San Procopio
85013 Genzano di Lucania (PZ)
Tel +39 0971 94 24 01
info@bioagrimar.com
www.bioagrimar.com

 


『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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