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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.46 トスカーナ州のカントゥッチ生産者&ヴィン・サント生産者

Journal / ilGolosarioMay. 28, 2020

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

トスカーナ生活に欠かせない完璧なマリアージュ




「カントゥッチ」と「ヴィン・サント」。
トスカーナ生活と聞いてすぐに思い浮かぶ代表的なお菓子とワインの名だが、ほとんど二つ一組で用いられて切断不能にすら思える。
トスカーナを観光で訪れ、伝統料理のお昼を堪能した後に、「ヴィン・サントをお召し上がりなりませんか?」と差し出される小さめのグラスの脇には、必ずといってよいほどアーモンド入りの硬めに焼いたコリコリのビスケット「カントゥッチ」が添えられている。
その歯ごたえから、勧められずともヴィン・サントを浸してみたくなるし、浸して口にすれば五感に広がる満足感に、試してよかったと納得するはずだ。

                               

ただ、「ヴィン・サントにカントゥッチを浸たすのは邪道」という者もいる。キャンティ地域のあるヴィン・サント生産者が、このマリアージュを禁止するマークをボトルの裏ラベルに表示し、Facebookにアップしたのを見つけたことすらある。「Do not dunk biscotti in our Vin Santo. 」と英訳まで添えてだ。

疑う余地なく完璧なマリアージュであっても、ワインのエキスパートにとっては、世界で最も魅力的なデザートワインの一つであるヴィン・サントのアロマや味わいへの、妥協の強要とも受け取れるのだ。
カントゥッチが硬い? これはそういうものなのだよ。嫌なら焼いた菓子職人を恨むんだな!

                               

トスカーナでは、カントゥッチとヴィン・サントのマリアージュの組み合わせには熱い議論が交わされてきたし、日刊紙『La Nazione di Firenze(ラ・ナツィオーネ・ディ・フィレンツェ)』などはアンケート調査まで実施したほどだから、僕などが口を挟むべくもないのだが、一つだけ言うなら、至高の快楽というものは、往々にして“アナーキーな領域侵害“、言い換えれば“感覚的冒涜行為“から生み出されるものなのだよ。

祝いの機会に、ワインセラーに保管してあった、とっておきのヴィン・サントの栓を抜く。そこにビスケットを浸す。それ以上の異端行為がこの世のどこにあると言うのだ?

この僕の見解は、ヴィン・サントはそれだけで楽しむのが正統と考える人たちに対して僅かながら賛同も示している。従って今回は、ヴィン・サントとカントゥッチ、この二つの特産物で僕の大好きな生産者を敢えて個別に語ってみたい。その上でこの二つをマリアージュして楽しむか否か、読者諸君それぞれの判断に任せるとしよう。

菓子好き兄弟の情熱が生んだカントゥッチ




60年代、ルイジ・ルナルディ(Luigi Lunardi)は、妻のロベルタ(Roberta)と一緒にピストイア県(Pistoia)クワッラータ(Quarrata)の町に、パン焼き窯と食料品店を一つにした店を開いた。

それが彼らの息子マッシミリアーノとリッカルド兄弟がビスケット工房を開くベースとなり、店の名前も二人の会社名として引き継いだ。彼らのカントゥッチは、従来の小麦粉、砂糖、卵にアーモンドという一般的にイタリア人が思い浮かべる硬いビスケットのレシピとは一線を画したものだった。
「バターを加えてよりクリスピーにしたんです。そうすれば、食べるのにヴィン・サントに浸す必要がなくなるでしょう?」*1

長男のマッシミリアーノ(Massimiliano)は、天然酵母パン種や自然発酵に強い興味があり、高品質の原料を用いたスイーツや伝統的な焼き菓子の製造に携わってきた。
一方、次男のリッカルド(Riccardo)はチョコレート好きが高じて、「ラ・モリ―ナ(La Molina)」という職人の手作業によるチョコレートメーカーを設立した。

兄も巻き込んで大成功を収めていたが、2014年に「フラテッリ・ルナルディ(Fratelli Lunardi)」のブランド名で生産活動を一本化しようと意見が一致。互いの情熱を一つにしたカントゥッチの王様がここに誕生した。生地にカカオを練り込み、プラス大粒のチョコレートを加えた黒々したカントゥッチ。
「単純に二人とも大のチョコレート好きだったから思いついたんです」

このカントゥッチの大成功を受けて、彼らの創造力が、オレンジピールをチョコレートに合わせた「チョコオレンジ」、スーパー栄養価の高いフルーツの砂糖漬けや、カボチャやヒマワリの種入りバージョンも仲間入りさせ、商品の幅を広げた。夏になれば、レモンピールを加えた季節商品も加わる。

復活祭やクリスマスなどのお祝いのシーズンには、かれこれ80年以上も一家が使い続けている天然酵母のパン種を用いて素晴らしいパネットーネやコロンバ、その他の発酵菓子も焼かれる。

この兄弟が何より僕を驚かせるのは、両親が始めたクワッラータの食料品店も未だに営んでいるということ。それどころかピストイア市内にもう一店舗をオープンさせ、いずれもグルメ食材店として、パンの他にピッツァも焼き、惣菜を並べ、イートインコーナーを設けてフレンドリーな環境と意表を突くメニューで客を楽しませている。

「コロナウィルスによるロックダウンでイートインコーナーでのサービスは休止せざるを得ませんでした。その代わりと言っては何ですが、移動が制限された地域の人たちの間に新たなお客様が増えました。コロナ後もそれらの人たちが顧客として定着してくれることを祈ります。地域の将来は、村々に点在する食料品店をグルメ食材店に姿を変えることで開けてくると考えます。優れた生産物の地産地消の拠点となり、小さなコミュニティならではの気配りと和気藹々とした環境で大事に扱ってもらえる、そんな店です」

太陽のごとき大きな笑顔でこう言い切る彼らの言葉に、疑う余地など全くない。
現在、「フラテッリ・ルナルディ社(Fratelli Lunardi)」の社員は18名。うち、生産部門の7名で年間3万キロのカントゥッチを全て手作りで生産している。ここ数年は、日本の阪急百貨店で開催される「イタリアフェア」に参加しており、兄弟そろっての日本ファンだ。

「真の職人技術に日本人が示す畏敬の念そして知識には感動させられます。イタリアでも多くが職人文化を口にする。ところが、伝統技術を習得し職人になれるなら苦労は厭わない、という若者を見つけるのには一苦労します」

限りなく自然に委ねて育まれる「聖なるワイン」




さて、次はヴィン・サントだが、その名の由来を語る説は百花繚乱。1300年代には既に生産されていたワインであることを考えれば頷けるが、おそらくはミサに用いられていたためだろう。
また、ペストが大流行した時代、あるフランシスコ系修道士が、病の苦しみを和らげ、気つけ薬になるからと与えたものが、人々の間で奇跡のワイン、強いては「聖なる(santo)ワイン(vino)」だと噂されるようになったからとも言われている。
まさに今、僕たちが置かれている状況にこそ、そんなワインが本当にあったらどんなによかったか!

ルナルディ社のあるクワッラータからわずか数キロ行けば、隣接するプラート県(Prato)カルミニャーノ(Carmignano)の町がある。訪問先はトスカーナでも重要な貴族コンティーニ・ボナコッシ家(Contini Bonacossi)所有のワイナリー、「テヌータ・ディ・カペッツァ―ナ(Tenuta di Capezzana)」。1200年代からワイン生産が行われてきた所だ。

ここで生産されるワインはどれも魅力的なものばかりだが、伝統的な造りで僕の心を最も虜にするのが「ヴィン・サント・ディ・カルミニャーノ(Vin Santo di Carmignano)」。僕にとってトスカーナで最高のヴィン・サントだ。

このワイナリーの台帳には1700年代から既にヴィン・サントの名が記されていて、家屋の屋根裏には古いヴィン・サント蔵があり、サイズ(50リットルから100リットル)も、使用される木材も様々な300個あまりのカラテッリ(caratelli:小樽)が置かれている。

温度管理の施された安定した環境で生産工程を進める近代的な製法とは違い、あらゆる気象条件や温度変化に耐えながら、限りなく自然なかたちで加える人の手も僅かにヴィン・サントが育まれていく。

トレッヴィアーノ種(90%)とサン・コロンバーノ種のブドウを手間暇かけて選別し、2月まで専用の棚で陰干した後、マストを6年ないし7年間カラテッリで熟成させる。ボトリング後も熟成は進み、時を越えた感動的な進化が際限なく続く。

僕は、ウーゴ・コンティーニ・ボナコッシ(Ugo Contini Bonacossi)伯爵自らの手で、100年前のカラテッロ(小樽)からヴィン・サントをテイスティング・グラスに注いでもらったことを覚えている。25年前、僕が初めてこのワイナリーを訪れた時のことだった。甘味と酸味に偉大な調和が保たれ、貴重で威厳のある世界最高のデザートワインの一本だ。

ここにもカントゥッチを浸すのかって?
その役目は諸君に任せるとして、僕はこの大きな恵みを前にポケットに押し込んでおいた小火山「トスカーノ・エキストラ・ヴェッキオ(toscano extra-vecchio)」を取り出すとしよう。このいつもの葉巻に火を着け、一口そしてもう一口、このヴィン・サントを味わっているうちに夜も更けていくだろうよ。





パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it




*1: 2015年、「カントゥッチ・トスカーニ(Cantucci Toscani・トスカーナ産カントゥッチ)」は原料を小麦粉、アーモンド、鶏卵、バター、グラニュー糖と蜂蜜と規定し、地理的表示保護(IGP)の認定を受け、現在カントゥッチと称させるものは、従来の観念とは異なりソフトだ。
一方、脂肪分などIGPとして規定された原料の一部を含まず、従来からの硬い歯ごたえを持つものは、「ビスコッティ・ディ・プラート(Biscotti di Prato)」という別名称の使用が義務付けられ、カントゥッチとは区別されることとなった。

 

[Shop Data]
Fratelli Lunardi

Via Lucciano, 33/39
QUARRATA (PT)
Tel. 0573 73077
info@fratellilunardi.it
www.fratellilunardi.it







 

Tenuta di Capezzana
Via Capezzana 100
CARMIGNANO (PO)
Tel. 055 8706005
capezzana@capezzana.it
www.capezzana.it
本記事でご紹介したワインは日欧商事にて取り扱いがございます。
日欧商事のワイン紹介ページはコチラから





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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