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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.34 ウンブリア州のエキストラヴァージンオリーブオイル

Journal / ilGolosarioMar. 19, 2019

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki
photograph by Miwako Kitamura

聖なる果実から最高の一滴を抽出する現代の神童






これまで外国人にオリーブオイルの話をするのはあんまり気がすすまなかった。
『……イタリア人の食生活に最も関わりの深い食材で、ほとんどの家庭で毎日少しずつ使われ、その使い方も種類も様々……』と、他の食材のような要領で書き始めれば、この食材の持つ深い意味合いをおざなりにしてしまいかねない。

オリーブの実は単なる果実ではなく聖なるもの。ノアは、鳩がオリーブの小枝を嘴(くちばし)に箱舟に戻って来たのを見て洪水が収まったことを読み取ったし、最高神ゼウスは、彼に馬を贈った海神ポセイドンではなく、オリーブの木を捧げた女神アテナの手にアテネの町を委ねた。『オリーブは平和のため、一方、馬は戦いに用いられる』。神々の父はこう裁定を下した。



オリーブから抽出されたオイルは、闘士たちの筋肉のマッサージにも使用されたし、アロマオイルを含ませた聖なる香油にし、王を神として崇める儀式にも用いられた。聖職者は最期を迎えた信者の額に永遠の命を願って香油で十字を切る。人生の終焉をもオリーブオイルが寄り添う。イエス・キリストが父なる神に最後の祈りを届けたのがオリーブ山の麓ゲツセマネであったのも偶然なんかではない。

オリーブオイルが地中海に暮らす人々の生活にどれほど深く関わっているか、この地域発祥のものでないオリーブが太古にどうやってもたらされたかを君たちに語るためのエピソードや伝説は他に幾千もあるさ。
けれど唯一、世界のオリーブオイル生産者500軒を評価し、この分野で最も権威あるガイドブック『フロスオレイ(Flos Olei)2019』が、今年の最優秀エキストラヴァージンオリーブオイル賞にウンブリア州の生産者ヴィオラ(Viola)の「イル・シンチェーロ(il Sincero)」を選び、生産者としての評価も100点満点中99点を獲得したというニュースが飛び込んで来た時は、心が弾んだ。
あのアッシジとスポレートの間を走る丘陵地帯の優しい風景、そしてその当時、イタリアのオリーブオイル界で半ば神童と評されていたマルコ・ヴィオラ(Marco Viola)のことを思い出したからだ。あれからもう20年になるのか。



天然であることは、高品質を得るための一要素でしかない




ヴィオラ家は、フォリーニョ(Foligno)村の小さなサン・エラクリオ(Sant’Eraclio)という地区でエキストラヴァージンオリーブオイルを生産して150年になる。1800年代半ば、スカンドラーロ(Scandolaro)の丘陵にあるオリーブ園を購入したのが最初で、その畑で収獲されるオリーブから生みだされるのが、今回の受賞に輝いた「イル・シンチェーロ」だ。



この畑を含め自社農園、借地、契約栽培を含め今日では経営面積も100ヘクタールに及ぶ。エキストラヴァージンオリーブオイルの抽出精度を追求するため、まとまった額の資金を投入し、伝統的でシンプルな作業機械から近代的設備に変えようと考えたのは1969年生まれのマルコだった。
マルコ・ヴィオラ(Marco Viola)、彼こそが、世代のギャップの前向きな解決策を行動で示した人なのだ。



「両親は彼らが大切にする価値観を私の心に刻み込んでくれた。環境や消費者を尊重し、しっかり作り込んだものを愛し、誠実であること。これらと並んでより重要なのが『情熱』。情熱こそがどんな時も成功を生む一番の素だからです。この先祖代々受け継がれる伝統を発展させながら、私は全てを変えていったんです」



「昔は旨いオイル、即ち“天然の”オイルでした。確かに出発点はそこなんですが、天然であることは実際は高品質を得るための一要素でしかない。私たちのオリーブの収穫は、実が適度に熟した時点、つまり色づきの段階で行います。実のグリーンが徐々に深みを増し、品種によって真紅から黒に転じるその時点が、揮発性物質やポリフェノールを最も多く含む。この移行段階こそが、ポリフェノールが豊かで独特な味覚的特徴を持った、質の良いエキストラヴァージンオリーブオイルを生み出せるのです」



「収獲やその後の作業はすばやく行う必要があります。さらには区分けをすることが重要。可能な限りオリーブを品種ごとに分けて搾ります。特にそれがニュアンスをもった素晴らしい品種なら、収獲時期の異なるその一種類から得たエキストラヴァージンオリーブオイルにするべきなんです。そして求める質のオイルを抽出するには、オリーブの実についた不純物を徹底的に取り除き、化学的(即ちポリフェノール量)にも味覚的にも最高の構成要素を引き出すために、近代的なテクノロジーを用いたシステムが必要なのです」



ワインのように単体で人を魅了するオリーブオイル




マルコはさらに、良質なエキストラヴァージンオリーブオイルは調味料などではなく、その料理を変えてしまえるほどの素材なのだと確信をもって言う。そこで6種類ものエキストラヴァージンオリーブオイルを生産し、ホームページにそれぞれに適した料理のレシピを紹介している。



photograph by Miwako Kitamura



「ヌオヴォ(Nuovo)」はフラントイオとレッチーノの2品種を用い、搾りたてのフルーティー感と青みがあり、ブルスケッタやウンブリア風パンツァネッラに合わせると独特のフレッシュさを十分に発揮する。

「トラディツィオーネ(Tradizione)」は土着品種のブレンドで、繊細な味わいが加熱すると何倍にも膨らむ。



「コスタ・デル・リパーロ(Costa del Riparo)」は唯一、有機農法により生産している(ちなみに、他は有機農法の認証は得ていないが同様の理念で生産)。これは、その名(風雨から護られた斜面の意)のとおり、手つかずの自然が広がる丘の、もっぱら石ころが地面を覆うといった感じの土地で長年陽の光を浴びてきた樹から生まれた。品種はモライヨーロとフラントイオで、エレガントかつ芯のしっかりしたエキストラヴァージンオリーブオイルだ。



「インプリヴィオ(Inprivio)」は刻印の意。彼の父親ビアジョ(Biagio)に捧げたオイルでフラントイオ種とレッチーノ種からなり、インパクトがあり複雑で生魚には打ってつけだ。



モライヨーロ種とフラントイオ種、そしてレッチーノ種からなる「コッレルイータ(Colleruita)」。これは樹齢数百年のオリーブから採れた実で作り、さらに濃密で複雑なエキストラヴァージンオリーブオイル。料理に鮮明なトーンを生み出したいならこれを用いると良い。例えば、牛ステーキ肉やラムチョップの炭火焼なんかを思い浮かべる。



「私たちのオリーブの樹は、樹齢で言えば数百年、岩にしがみつくように生えているもので、栽培するのも加工も一筋縄ではいきません。昔の人たちは、平地には麦や家畜用の穀類を蒔き、地中海気候という地域の特色を利用し少しでも収入を多く得ようと丘の斜面でオリーブを栽培した。当時は人件費もわずかで、一日の労働賃金はエキストラヴァージンオリーブオイルの大瓶一本(約1.5リットル)で支払われていました。今も長寿の木々が岩盤で弱々しく、浅く根を張る素晴らしい丘陵地帯は残っています。でも、生産コストをみれば、その60%はその難しい収獲に要する人件費なんですよ」



それじゃあ、最後のオイル、世界一に輝いた「イル・シンチェーロ(il Sincero)」を試してみよう。オリーブが生育できる標高の限界400メートルから450メートルに育つ樹齢数百年のモライヨーロ種だけから生まれた。
一体、この深く豊かで同時にエレガントな味わいの果汁はどうやって、この貪欲で乾いた土地から搾りだされたのだろう? まるでシンフォニーのように徐々に味わいが立ち昇り、苦味へ、辛味へとなってほとばしり、最後に青みのエッセンスとに変わっていつまでも舌の上で生きている。

『歌を唄えるのは単にワインだけではない、オリーブオイルもまた然り』byパブロ・ネルーダ



今回の主人公が僕に人懐っこい笑顔を向け、授賞式の謝辞としてこう述べたと楽しそうに言った。
「今回の受賞は、私の大地、私が日々護ってきた、愛して止まないウンブリアに捧げます。私の作ったもの、そして私の道理が国境を越え、世界レベルで卓越を勝ち取ったことを誇りに思います」
自分の強みとなるオイルを「イル・シンチェーロ(率直、誠実という意味のほかにピュアなという意もある)」と命名した男だ、その心意気は疑うべくもないだろう。お勧め料理は強い味のズッパ、豚肉、チーズや野うさぎ肉の煮込みにまで合うという。

僕はパンに浸して口に入れた。オリーブオイル・テイスティングの師匠で、いつも自宅に僕を招き「フェットゥンタ(Fettunta)しよう」と言ってパンとオリーブオイルをもってくるジャンカルロ・ビーニを思い出しつつ、もうその手を止められなくなった。



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it





Shop Data:
ヴィオラ農業法人
AZIENDA AGRARIA VIOLA

Via Borgo San Giovanni 11/b - 06034 Loc. S. Eraclio
Foligno (PG) - Umbria - Italia
Tel +39 0742 67515 - Fax +39 0742 392203
www.viola.it
marcoviola@viola.it
 





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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