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Journal / ilGolosario





パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.49 ヴェネト州のムール貝養殖業者

Journal / ilGolosarioAug. 27, 2020

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

最も海水の澄んだ地域に浮かぶ島




ペッレストリーナ(l’isola di Pellestrina)は、アドリア海沿岸からヴェネツィアのラグーナ(潟)を隔てるように浮かぶ全長11キロメートルの島。幅は最も狭い地点で23メートル、最も広い所でも1.2キロという細長い島に4000人が住む。北側には有名なリド島(l’isola del Lido)がマラモッコ(Malamocco)の港を境に連なり、南方にはキオッジャ(Chioggia)の町の港が見える。

この島の地理的位置を確認すれば、この島の自然が果たす重要な機能が一目瞭然となる。ヴェネツィアを海の浸食から守っているのだ。これには18世紀にヴェネツィア共和国がアドリア海に面した島の東部の守りを強固にするために築いたムラッツィ(i Murazzi)という石造りのどっしりとした防護壁も一役かっている。

          

「島内には豪奢な邸宅はなく、色とりどりの漁師たちの住処が肩を寄せ合うように建ち並んでいるが、これは霧の濃い日でも海から戻る漁船の漁師たちが、自分の家を見分けられるための工夫だ。かつては漁に出た夫の帰りを、女たちが繊細なレースを編みながら辛抱強く待っていた。

ムラッツィの防護壁に沿って散歩しながら島を下っていくと、地中海の自然が生んだ宝石「カ・ロマン自然保護区(Oasi Naturale di Ca’ Roman)」が見えてくる。長い年月を経ても地中海独特の自然環境や砂丘の姿は未だ衰えを知らず、200種を超える野鳥が飛来し、中にはかなり希少品種もいる。ペッレストリーナ島沖の海水は汚染を逃れ、地中海沿岸でも最も海水の澄んだ地域の一つとされる。

脈々と引き継がれる養殖への情熱

今回はお許しあれ、ペッレストリーナの古き良き雰囲気が僕は大好きで、観光ガイドブックさながらに地域紹介から始めずにはいられなかった。
が、僕がペッレストリーナに足を運んだのは、伝統的方法でムール貝を育てる養殖業者「ミティッラ(Mitilla)社」のロレンツォ・ブゼット(Lorenzo Busetto)のムール貝を求めてであって、観光で来たわけじゃない。彼が仕事に傾ける情熱も、収獲されたムール貝を選別する細かさも全くもって他に類を見ない。

ラグーナ(潟)の漁師たちは、昔はセラジャ漁(pesca a seragia:seragiaは方言)を行っていました。満潮時に干潟(ヴェネツィア地方の方言でバレーネbarene)の周囲を網で囲い、潮が引いたら網を引き揚げて魚を獲るというものです。鰻、ボラ、ヒラメ、スズキなどを獲る。
その後50年代に僕の祖父サンテ・ブゼット(Sante Busetto)が、ラグーナに木製の杭を用いて養殖筏を作り、他に先駆けてムール貝生産を始めました。ムール貝には雌雄の別があって、春から夏にかけてメスが水中に何百万もの卵を放出すると、オスが精子を吐く。受精卵が孵化し、4週間ほどで3ミリ程度の大きさの稚貝になり、泳いでいって適当な落ち着き場所が見つかると定着する。完全に成長するまで1年です」

「待った!ちょっとタイム!」
目まぐるしく展開する話題、テンポ、裏話のあれこれ、ところどころ解読不能の方言も入って盛りだくさんの彼の話から、仕事への熱い思いは見えてくるが、さすがの僕でも追いつけず、時々「待った」をだして話をリピートしてもらった。船上ではメモ帳を広げる余裕もなく、目の前の大海原にメモするしかないのだから。

「僕の父 グイド(Guido)の代で、ラグーナ内の養殖筏から沖合での養殖に切り替えました。ラグーナで育ったムール貝は、海藻や海底の泥が原因で青っぽい野生味が強くなります。ムール貝はろ過摂食動物ですから、水中にあるものなら何でも、毒性の高い物質でも体内に取り込むため、通常は殺菌された塩水に24時間浸して浄化させる必要があるんです。
でもペッレストリーナ沖の海は、ヴェネト州環境保全庁による水質検査でAクラス、つまり最高の格付けを獲得しているほど水が澄んでいるから、ここで育った僕たちのムール貝はその浄化作業も必要のないほどです。

当社のムール貝は大きめ(およそ7㎝)で、殻はとても薄く、身は甘味と塩気のバランスがすばらしく、粘土性物質は含んでいません。
ペッレストリーナ島沖3マイル、水深16メートルの地点にセメント製のブロックを沈めたものにロープを留め、そのロープの反対の先を水面から3メートルの高さまで縦に張っておきます。そしてそこに稚貝をつけた円筒形のネット『カルツェ(calze:ソックスの意)』を結んでいきます」

海のテロワールを映し出す

36歳のロレンツォは、残念ながら早くに父親グイドを亡くし、現在、彼一人に会社の舵取りが任されている。ギリシャ産やアイルランド産のそこそこな品質で安価なムール貝が市場に溢れるイタリアで、高品質と安定した価格を守っていくのは至難の業。それなら……と、彼は敢えてより厳しい選別をした良質の貝を供給する新会社を2019年に設立。それがミティッラ社だ。

「それを機会に年間生産量を900トンから300トンに減らしました。より健康で旨いムール貝を育てるには、より多くの海水量を必要とするからです。

作業は全て船上で行います。夜中の1時半に出向、1時間で養殖場に到着します。洗浄機も、予備選別機もありますが、ほどんどの仕事は手作業で、一つひとつ貝をチェックしていきます。
作業を終えた網にはまだ育ち切っていない稚貝などが残っているので、やっぱり手作業でカルツェ(ネット)に植え直し、再び海に戻してやります。

年間を通して安定供給ができるよう、同じく水質でAクラスを獲得しているスペインのガリシア州にあるパートナー業者から、成長しきる少し手前の貝を買い付けています。『ミティッラ29(Mitilla29)』は、ムール貝の生育に最適な海水濃度を保つ僕たちの海で、文字通り29日間を過ごした貝だからそう名づけました。信じていただけるかわかりませんが、ワインと同様に、ムール貝でもテロワールが品質を左右するんです」

うん、彼のムール貝を口にしさえすればその言葉にも頷ける。平鍋にオリーブオイルを垂らし、殻を開いたムール貝をざっと広げ、ちょっぴりのニンニクと刻んだトマトをふりかける。蓋をして蒸し焼きにすること10分。それはもう得も言われぬ旨さなのだ!

「COVID-19による影響はあまりありませんでした。ロックダウン中は飲食店よりむしろ鮮魚店に卸しました。そうやって獲得した新しいお客さまが僕らのムール貝の味を忘れることは難しいと思いますよ」

海、そしてその「テロワール」に対する彼の愛情は、ここ最近、彼の環境に対する意識を高め、持続可能なムール貝養殖へと背中を押した。

「養殖に用いるネットには、紙の繊維を編んだものを用いることにしました。分解され易い素材ですから貝が流されてしまうリスクは高まりますが、それでもこの素材を使う価値はあると思います。
ムール貝は時間と共にネットに隙間もなくなる程どんどん大きくなっていきます。漁師はネットを破らざるを得ない。つまり使い捨てになる。ならば紙製にしようと考えました。僕たちの美しい海にプラチック製のものが放出されてしまったら嫌です」

そんなロレンツォもムール貝だけが人生の日々を送っているのではないと言う。ロックグループのギタリストで、得意のレパートリーはピンク・フロイド。さらには奥さんのロッサーナ(Rossana)と組んで「ヴォーガ・アッラ・ヴェネタ(voga alla veneta)」というヴェネツィアの伝統的なレガッタ競技に参加している。年齢別、性別、島対抗などのカテゴリーがあり、ぺッレストリーナ島は特に強豪チームとして知られている。

「前後二人一組で漕ぐんですが、英国式のレガッタは背後に向かって漕ぐのに対して僕らは前に向かって漕ぐ。前漕ぎなのは僕らの地域だけです。いやぁ、イギリス人は凄い。彼らが後ろに進めと言ったら世界中が納得して、後ろ漕ぎが世界の常識になるんだから」 

パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it





[Shop Data]
Mitilla

Via Vianelli, 564/C
Pellestrina (VE)
Tel 3383144869
info@mitilla.it
www.mitilla.it
 





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。











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