HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

日本 [青森] 令和元年、青森県の新しい酒米「吟烏帽子(ぎんえぼし)」が本格始動

vol.1 地元の酒米で、地酒を造る時代へ

2019.09.27

「長かった。でも確実に南部地方に向く特性を備え、農家や酒蔵の方々に納得いただける酒米が出来て本当に良かった」農林総合研究所の水稲品種開発部長・前田一春さんは、そう振り返ります。

酒蔵がある土地の米、水、人で酒を造る。風土を表現しながら、地域活性にもつながる地酒造りは近年の日本酒に見られる大きな流れで、日本酒人気を再燃させるきっかけにもなりました。青森県にも「華吹雪」、「華想い」、「華さやか」と個性豊かな酒米(酒造好適米)があり、蔵のスタイルとあわせ、バラエティ豊かな酒を生み出し、青森の酒の評価は年々、高まっています。そして2017年、新しい酒米「吟烏帽子」が誕生し、県の酒造業界はさらなる活気に包まれています。


“悲願の酒米”と言われる理由

「吟烏帽子」は酒米として良い形質を持つ上に、寒さや病気に強いのが特徴です。青森県南部地方は、太平洋からの冷たく湿った東風(ヤマセ)の影響を受けやすく、これまで度々冷害に見舞われており、主要な酒米は、その多くが津軽地方で栽培されてきました。
「自分たちの足下で育つ米で酒を醸したい」

そんな南部地方の酒蔵の想いと同じく、青森県農林総合研究センター{現:(地独)青森県産業技術センター 農林総合研究所}でも、寒さに強い酒米品種を開発する研究が進められていました。「吟烏帽子」の育成にかかわる交配がスタートしたのは2003年のこと。「吟烏帽子」は、交配から品種登録まで、なんと15年を要した“悲願の酒米”なのです。

15年もの歳月には理由があります。血統が重んじられる酒米の開発では、酒米同士をかけ合わせるのが一般的ですが、「寒さに強く、成熟が早い」という従来の酒米品種にはない特性が求められるゆえ、さまざまな交配を試みたからです。寒さに強いだけでなく、もちろん酒米としても優れた形質を備えていなければなりません。試験ほ場で栽培し、選抜するという作業が慎重に、じっくりと時間をかけて行われました。



「長かった。でも確実に南部地方に向く特性を備え、農家や酒蔵の方々に納得いただける酒米が出来て本当に良かった」農林総合研究所の水稲品種開発部長・前田一春さんは、そう振り返ります。



純米酒から吟醸酒まで

「吟烏帽子」は「華吹雪」、「華想い」に比べ、2~4日早く成熟期を迎えます。早晩性では「中生の早」という特性を持つ品種。耐冷性は「極強」で、「華吹雪」や「華想い」よりはるかに優れています。加えて、稲の病害の中でもっとも大きな被害をもたらすいもち病への耐性も、非常に強いのが特徴です。

試験栽培がスタートして初年目から、弘前工業研究所で発酵に関する研究や技術指導を行う齋藤知明さんが先頭に立ち、試験醸造も行われてきました。「心白が中心部にあり、精米時に割れにくい。純米酒から磨きの大きい吟醸酒や純米吟醸酒まで幅広い酒がつくれる酒米です」と、齋藤さんは話します。



試験醸造に携わる弘前工業研究所 発酵食品開発部 総括研究管理員 齋藤知明さん。「たんぱく質が少なく、デンプンが溶けやすい。また蒸米の粘りが少なく、作業性も高い。八戸酒造で行った試験醸造でできた酒を見ても、良質な酒ができる酒米だと判断できました」。



農家がつなぐ、酒造りの新しい輪

2018年1月に晴れて県の認定品種に指定された「吟烏帽子」の栽培面積は約3.7ヘクタール。現在、4人1組織の生産者が栽培を手掛けています。その筆頭が、十和田市の生産者 平館昭彦さん。原料から安全な酒造りをしたいという「八戸酒造」の呼びかけで、2000年頃から可能な限り自然な農法で「華吹雪」の栽培に取り組み始めた志の高い稲作農家です。今年74歳とは思えない肌の艶やかさ。農繁期は朝4時から田んぼに出て、帰宅は19時というハードワークをこなしながら、酒米の話となると表情がはつらつとするのが印象的です。



平館さんは「これまでいろんな米を見てきたけれど、こんなに粒のそろった、きれいな米があるのかと感動したのを今でもよく覚えています」と初めて精米された「吟烏帽子」を見たときの印象を語る。



酒造りの一端を担う気持ちで栽培

平館さんが、「吟烏帽子」の試験栽培をスタートしたのは2014年。酒米の栽培に興味を持ったのは、農機具メーカーの機関誌で京都や兵庫の酒蔵と酒米農家の協働の記事を読んだのがきっかけだったといいます。米を栽培し、収穫し、出荷して終わりではなく、米で酒を醸す酒蔵と提携、意見交換しながら「より良いものを作る」。そんな農業があるのか、と大いに刺激を受けたといいます。

「だから今は、田んぼで、酒造りの一端を担っている気持ちで米を作ってるの。酒蔵だけでなく、いろんな人の話聞いて。例えば精米技術者の話を聞けば、肥料の与え方を含め、栽培の特徴が米にちゃんと出ているのがわかる。これまでわからなかったことがわかると、次につながるんです」。現在は、「吟烏帽子」で酒を醸す酒造メーカーや後続の生産者を集めた勉強会にも力を注ぎます。

「若い人から年配、ベテランまで、吟烏帽子に関心を持っている農家はたくさんいる。寒さに強いとはいえ、栽培過程ではこれまでの酒米にない特徴があったりと、やはり経験がものをいうところも。自分の経験はどんどん伝え、南部の農家が一丸となって“必要とされる、いいもの”を作っていきたい」



土地の魅力を伝える酒に育てていく

「八戸酒造」では、5年前から試験醸造を行ってきました。製造責任者を務める駒井伸介さんは「評価を下すには時期尚早だけれど、酒米として十分なポテンシャルを感じます。栽培農家さんが増えれば、より可能性も広がるはず」と、その手ごたえを語ります。

「八戸酒造」では「華想い」と「レイメイ」をそれぞれ単一で醸した精米歩合40%の「陸奥八仙 純米大吟醸」に、2019年から「吟烏帽子」が加わります。青森県を代表する酒米3種を飲み比べ、その個性を味わってほしいという思いからです。「南部地方で栽培できる米が出来たことで“生産者とともに”という私どもの蔵のあり方もさらに進化していく。まずは地元の方々に喜ばれる、地域の誇りになるような酒を造りたい。そして食文化とあわせ、八戸という土地の魅力を広く伝える酒に育てていけたらと」専務取締役・駒井秀介さんは、言葉に力を込めます。



八戸酒造で製造責任者を務める駒井伸介(のぶゆき)さん。「吟烏帽子の個性と蔵の個性がともに生きた酒造りを。他の蔵とも協力して進めていきます」。

伸介さんの兄で、専務取締役の駒井秀介(ひでゆき)さん。八戸酒造は1775年に創業した、青森県を代表する酒蔵。「まずは地元の方に飲んで頂きたい。地元の米で造るうまい酒は、地元の誇りになります」。



悲願の酒米が、青森の酒の新時代を作る

「吟烏帽子」の名は、県南地方の祭で披露される伝統芸能「えんぶり」から着想を得たもの。「えんぶり」では、太夫と呼ばれる舞い手が馬の頭をかたどった華やかな烏帽子をかぶり、頭を大きく振りながら種まき、田植えなど稲作の流れを表現する豊作祈願の舞いが披露されます。その格調高い舞いと、実ってこうべを垂れた稲の姿を重ね合わせ、良質な酒を醸す米であるよう「吟」の字を付けて「吟烏帽子」に。酒蔵と開発・研究者、栽培農家の想いを実らせた悲願の酒米が、青森の酒の新時代を作り始めています。





八戸酒造株式会社
青森県八戸市湊町字本町9番地
https://www.mutsu8000.com/





「吟烏帽子」に関するお問い合わせ
◎ 青森県農林水産部総合販売戦略課

青森県青森市長島1丁目1-1
TEL 017(734)9607 FAX 017(734)8158
E-mail hanbai@pref.aomori.lg.jp





料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。