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JOURNAL / JAPAN

日本 [栃木] 星野リゾートのファームプロジェクト――vol.4

畑が創る新しいリゾートスタイル。

2020.01.20

42,000坪の敷地の広大な天然生林の一角に農園がある。手前が露地畑の「アグリガーデン」、奥に見えるのが「グリーンハウス」。

“アグリツーリズモリゾート”――ちょっと耳慣れないコンセプトを掲げるのは、昨年11月、栃木県那須町に開業した「星野リゾート リゾナーレ那須」です。
畑を中心として組み立てられるこのリゾートスタイルでは、スタッフ全員が敷地内の畑仕事に携わり、ゲストも日々の畑仕事に参加します。
リゾートに農を取り込んでいく新しいリゾートスタイル誕生の背景を追いました。

農作業がアクティビティ。

「リゾナーレ那須」では、毎朝9時30分から10時30分まで、ゲストを対象とした「ファーマーズレッスン」が行われる。敷地内の畑で、間引きや草取り、収穫、種蒔き、畝作りや堆肥作りの下準備といった農作業を体験するアクティビティだ。ゲストのために農作業が用意されるわけではない。日々の畑の営みにゲストが参加する、あくまで畑主体のアクティビティという点が特徴的。“アグリツーリズモリゾート”を掲げる所以である。栽培される野菜はホテルのレストランで使われるため、半端な作業は許されない。

畑を軸に据えながらもスタッフに栽培のプロがいない点もユニークだ。林夏菜子さんと赤川真美さんが中心となって畑を見るが、栽培には全員が関わり、交替で農作業を行なう。マルチタスクが星野リゾートのモットー――ちなみに林さんは日中、畑で働き、夜はレストランのサービスを担う――ではあるけれど、それ以上に“みんなの畑”という意味合いが強い。
取材時、露地畑の「アグリガーデン」には、三浦大根、紅芯大根、京むらさき、つがる紅、こかぶ、黄金かぶ、スイスチャード、ビーツ、キャベツなどが育っていた。2棟の「グリーンハウス」では、5種のトマトが実を付け、様々なハーブは順調に生育中、ゲストによって植えられたレタスが芽を出し、大麦は芽が伸び始めたところ。露地畑とハウスで年間80種の野菜の栽培を目指している。



42,000坪の敷地の広大な天然生林の一角に農園がある。手前が露地畑の「アグリガーデン」、奥に見えるのが「グリーンハウス」。

朝の「ファーマーズレッスン」以外の時間帯でもリクエストに応じてスタッフが畑を案内。猿対策のために飼われている犬のバンが付き添う。バンの世話もスタッフ全員で。

2棟の「グリーンハウス」のうち、野菜用のハウスでは5種類のトマトが実り、黄金かぶや日野菜かぶが育っていた。

もうひとつの「グリーンハウス」はハーブガーデンとして活用。ゲストはハーブティー作りを楽しんだり、ティータイムが楽しめる。



循環型有機農法の教え。

「アグリツーリズモリゾート構想は、循環型の有機農法を実践する成澤菜園の成澤増雄さんとの出会いによるところが大きい」と話すのは、総支配人の中瀬勝之さんである。
中瀬さんが「リゾナーレ那須」の開業に向けて着任したのは、2019年1月。那須という土地について調べる中で成澤菜園の存在を知った。
「地域の風土と文化を体験として提供する、というのが星野リゾートの考え方です。成澤さんの営みを知るにつれ、一次産業が盛んで田園風景が広がるこの土地の表現法としてのアグリツーリズモリゾートという考え方が固まりました」

那須岳の山すそ、標高約500mに位置し、42,000坪の敷地には、コナラ、ミズナラ、イヌシデといった天然の落葉紅葉樹林が繁り、山から注ぎ込む川が流れる。自然の水辺の情景はそれだけで癒しをもたらす。
しかし、いまや観光やリゾートの質的変化は無視できない。ゲストに癒しをもたらすと同時に、社会に対してどんな役割を果たすのかが求められる時代である。
「当初から循環型の有機農法で栽培に取り組みたいと考えていましたが、成澤さんの農業への思いや世界観に共感と感銘を受けて、イメージが膨らんでいきました」



隣接して田んぼもある。地元農家の所有だが、田植え、収穫などに携わらせてもらっている。昨年は無農薬の稲作に挑戦。

指導役の成澤増雄さんと、成育状況のチェックや栽培計画など中心となって畑を見る赤川真美さん。



成澤増雄さんは約20年前、東京から那須へ移住して就農した。循環型の有機農法に取り組む理由を「環境に負荷をかけないスペースを拡げるため」と語る。
「この土地には、ここにあるものだけで作物が育つ環境があります。落ち葉、稲藁、籾殻といった資材が潤沢にあるから、化石燃料に頼らない農業ができる」
厳寒期にはマイナス15℃になる風土の中で、成澤さんが手掛けるのが「踏み込み温床」だ。ハウスの一角に稲藁で囲いを作り、中に落ち葉を敷き詰める。糠をまぶして水をかけ、足で踏み込む。これを5~6回繰り返してしばらく置くと、落ち葉が発酵して、熱を発するようになる。石油やガスで加温せずとも、種を発芽させたり、苗を育てたりが可能になる。
また、肥料として使うひとつが「ぼかし肥料」。米糠、麦殻、籾殻、籾殻の燻炭など、自然の有機物を混ぜ、水を加えて、発酵させて作る肥料だ。1日1回混ぜて空気を含ませると発酵が進み、発熱して、2~3週間で水分が抜け、サラサラとした粉状のぼかし肥料が完成する。畑に梳き込むと、土がふかふかになって、通気性や吸光性が良くなるという。「農業の面白さは、お金を使わずに知恵を使うところにある。
身近なものを使えば、余計なことをしないで済む」。



「グリーンハウス」内の「踏み込み温床」。落ち葉を敷き詰め、糠をまぶし、水をかけて足で踏み込む。自然素材による加温設備。

リゾナーレの敷地の片隅では、野菜の廃棄部分や枯れ葉、枯れ枝などを集めて堆肥作り。周囲にあるものすべてが資材となる。



成澤さんは、秋になると、落ち葉をいっぱいに詰めたビニール袋がゴミ収集所に置かれているのを見かけてはもどかしく思っていた。
「それ自体が燃料になるものをわざわざ化石燃料で燃やすなんて……」
そこで、周囲の人々に呼びかけた、「ビニール袋一杯の落ち葉を100円分の野菜と交換します」。ビニール袋は成澤さんが用意したものを使ってもらう。すると、落ち葉を持ち込む人が一人、また一人と増え、今では1シーズンで100袋以上も持ち込まれるという。
「落ち葉を農作業に活用できると同時に、山や林がきれいになるメリットも大きいんですよ」



成澤さんの指導のもと乾物作りも。枝ごと乾燥させた枝豆を叩いて、実を取り出す。大豆殻がまた燃料として役立つ。


手間に込められた知恵や知識を伝える。

そんな成澤さんの考え方と農法を知った中瀬さんは、日々の農作業そのものがコンテンツであると思い至る。
「一般的に観光農園が提供するのは収穫体験です。が、むしろ野菜ができるまでの過程で伝えられることが多い。ゲストに農作業を実際にやってもらいながら、手間のひとつひとつに込められた知恵や知識を伝えよう。それこそが価値ある体験じゃないかと考えました」
スタッフは持ち回りで毎週、成澤さんの畑に赴き、考え方と実作業を学ぶ。自分たちの畑の気になるところを写真に撮って持参し、アドバイスを受けたりもする。成澤さんも時折、「リゾナーレ那須」の畑にやってくる。
成澤さんが「大きく作ろう、たくさん作ろう、きれいに作ろう」という考え方を持たないのと同様、中瀬さんたちもまた、スペシャルな野菜を作ろうとか、甘味が凝縮した野菜を作ろうといったことは考えない。それよりも「スタッフみんなで栽培して、ゲストも一緒に加わることで、環境や食について考えるきっかけを作っていきたい。畑と食卓のつながりを感じてほしい」。それが中瀬さんたちの意図するところだ。

栽培のプロを置かず、スタッフみんなで取り組んだ「リゾナーレ那須」の畑を成澤さんはどう見ているのだろう。
「1年目にも関わらず、思った以上によくできていると思います。労を惜しまないみなさんのエネルギーの使い方が良かったんだと思いますし、必要な作業だけ素直にやった良さが表れていますね」



つがる紅かぶの身が充実して土から顔を出していた。土がふかふか。

畝の様からよく手入れされているのがわかる。12月に入ると一気に冷え込み、朝、霜が下りる。畑の土には霜柱が立っていた。



畑とキッチンの連携が創造の源。

成澤さんは多品種少量栽培を旨とする。「リゾナーレ那須」も成澤さんに倣って多品種少量栽培を推し進める。産業としての農業というより、生き方としての農だからであり、多様性を大切にする観点からもそうなる。また、山すそは斜面が多く、大きな面積の田畑が少ないため、多品種少量栽培に向いている。と同時に、リスクヘッジの意味もある。「この土地は、年によって、場所によって、作物の出来が変わりやすいんですね」と成澤さん。
「ただ、寒さが強い分、野菜は凍らないように糖度を上げる。寒さに当たった野菜は甘味を増して、おいしくなる。カブの葉は鍋物、お浸し、味噌汁はもちろん、パスタと一緒に茹でてもいい。キャベツはトウが立ったら、そのまま放置して花を咲かせて、その花を食べてもいい」
スタッフの栽培経験値が上がるほどに、リゾナーレの食卓を彩り豊かにしていくことは間違いない。



林夏菜子さんと木下猛夫料理長が、採りたての野菜で盛り上がる。畑がコミュニケーションの要に。それはゲストにも伝えられていく。



「畑で採ってきたばかりの野菜ですから、香り豊かで味が濃い。鮮度を生かす料理が多くなりますね」と、メインダイニング「OTTO SETTE NASU」の木下猛夫料理長は、畑直結のメリットをゲストに届けようと心を砕く。
皮が破裂したトマトはオイル漬けにするなど、畑と厨房は日々連携。一般に流通しない生育段階の素材を使えるのも畑を持つ特権で、シェフとしては可能性を感じて余りある。



畑の野菜を駆使した「ストゥツィッキーノ」。野菜を練り込んだパンと様々な野菜料理を組み合わせて楽しむ前菜。

「農園のピンツィモーニオ」。全30種のうち約15種(その日によって変わる)の採れたて野菜のフレッシュさを生かして。

野菜以外にも地元食材を多用。木下シェフがカットしているのはメインディッシュの熟成肉。



日々畑仕事に携わりながら「OTTO SETTE NASU」のサービスを担う林さんは、「料理をサーブする際、つい野菜の説明が長くなってしまうんです」と笑う。自分たちで育てた野菜を提供する、その言葉の説得力に敵うものはないだろう。

「キャベツの切れ端は土に帰す。畑があることで、できる取り組みが増えていく」、中瀬さんと木下シェフは口を揃える。いずれ、スタッフがゲストと一緒に地元の農家さんのところへ行って、収穫や梱包を手伝うなど、労働力を提供するような連携が取れたら。そんなことも考えるそうだ。
畑で何ができるのかを考える中でアクティビティは充実していく。リゾートの新しいかたちが少しずつ出来上がっていく。「リゾナーレ那須」が向かう先を畑が指し示している。



アクティビティのひとつ「ピッツァづくり体験」では畑のハーブや野菜が使われることも。

石窯で仕上げるピッツァづくり体験をはじめ、那須での体験や遊び方を発信する施設「POKO POKO」にはアグリツーリズモリゾートならではのプログラムが揃う。



◎ 星野リゾート リゾナーレ那須
栃木県那須郡那須町高久乙道下2301
☎ 0570-073-055(リゾナーレ予約センター)
https://risonare.com/nasu/



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