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日本 [岩手]


「いわて羊」の力を未来へ、日常を価値化するために。

Journal / JapanDec. 24, 2020

text by Hiroko Mizuno / photographs by Rikako Kanazawa, Aya Oshima

全国有数の畜産県・岩手県では、近年、めん羊を飼養する農家が増えています。休耕地や荒廃農地に羊を放ち、雑草を食べさせることから始まった取組は、景観の保全や農地の再生だけにとどまらず、食肉用としての羊の飼養、刈った羊毛の販売など、トータルで資源を生かす取組へと広がっています。岩手県のめん羊が秘める可能性を探るべく、全国各地で地域との共創事業に取り組む(株)ONE・GLOCAL代表の鎌田由美子さんが、一関市の生産者や盛岡市のホームスパン工房を訪ねました。


Navigator 鎌田由美子さん
1989 年にJR東日本入社。エキナカビジネスを手がけ、2005年「ecute」を運営する(株)JR東日本ステーションリテイリング代表取締役社長。その後、本社事業創造本部で地域再発見プロジェクトを立ち上げ、青森「A-FACTORY」や地産品ショップ「のもの」等、地産品の販路拡大や農産品の 加工に取り組む。2015年、カルビー(株)上級執行役員。2019年、魅力ある素材の発掘や加工を通じ、地域デザインの視点から地元共創の事業に取り組むべく、(株)ONE・GLOCALを設立。




「土地に生きる羊」を育てる。

一関市の西部に位置する下大桑地区。里山の風景が続く古くからの集落に、33世帯が暮らしています。この土地で羊の飼育が始まったのは2016年のこと。農家の高齢化により発生した休耕地を生かそうと設立された「下大桑ヒツジ飼育者の会」がめざすのは、羊を軸にした地域全体の魅力づくり。代表を務める桂田清さん、その息子で事務局長の桂田勝浩さんを中心に、地元農家有志が共同で羊を飼育しています。


「下大桑ヒツジ飼育者の会」は、現在サフォーク種21頭を飼育。10人の組合員が交代でエサやりをしている。

鎌田さんが案内された最初の放牧地は、畑の広がる集落からほど近く。休耕地を活用した1ヘクタールの草地に、今年生まれたばかりの羊6頭がのびのびと放たれていました。押し合いながら草を喰む羊たちは、生命力の塊のよう。
「この子らは、皆、繁殖用の雌。生きるか死ぬかの瀬戸際をさまよった1頭もいますが、今は元気に育っています」
桂田勝浩さんは、なんとかここまでたどり着いたと振り返ります。かつて牛を飼っていた経験があるものの、皆、羊を飼うのは初めて。最初は、羊飼育の先輩である奥州市江刺の「梁川ひつじ飼育者の会」へ研修に出向き、アドバイスも受けました。しかし、育つ土地や環境は微妙に違います。
「やってみないとわからないことばかり。県内外の先進地に足を運んだり、細かなことは独学による積み重ねです」

やや標高が高いエリアに、羊の頭数増に伴って増やした放牧地がもう一カ所。例年なら夏も涼しい場所ですが、今年は暑さが苦手な羊にとって過酷な夏でした。桂田さんたちは、エサを与えるだけでなく、暑さをしのぐ木陰をつくり、羊の体にまとわりつくハエや蚊を駆除する虫捕り用具を設置するなど、羊がストレスなく快適に過ごせる環境づくりに取り組んできたのです。
「4年間でエサの配合もいろいろ試しました。今は、羊肉独特の臭みや肉質の柔らかさなど、育成段階でコントロールできるようになったと思います」と勝浩さん。全国には、地場の食材を与える地域も多く、三陸沿岸ではワカメをエサに加える牧場もあります。下大桑の場合は、牧草をメインに、おからや乾燥リンゴを与えて肉の仕上がりを調整するそうです。
「大豆を食べさせると肉質が柔らかくなるようです。また、春先に若い牧草を食べて脂身をつけることで肉の旨味や甘味が生まれる。その土地のものを与えることで、羊肉の味も肉質も変わってくるんですよ」
試行錯誤したからこその手応えに満ちた言葉。その話を受け、鎌田さんは、「土地の羊」としてどう付加価値をつけ、誰とつながっていくかが重要だと話します。


瑞々しさ、軽やかさを生かした「いわて羊ならでは」の料理。

 

鎌田さんが下大桑地区を訪れた翌日、「いわて羊」のイベントが行われる予定でしたが、岩手県内における新型コロナウィルス感染症の感染状況を踏まえ、残念ながら開催中止が決定。そこで、当日の試食メニューを考案した東京・代々木上原のイタリアン「クインディ」の安藤曜磁シェフと、「メトロポリタン盛岡」西洋料理長の狩野美紀雄シェフに、当日の試食メニューと「いわて羊」の特徴について伺いました。
今回、両シェフが使用した「いわて羊」は、「梁川ひつじ飼育者の会」が育てた「やながわ羊」。「いわて羊」のさきがけとなったブランドです。流通・卸を担う株式会社太陽の坂口洋一さんを通じて、その品質を高く評価するシェフへそれぞれ届けられました。

昨年、「梁川ひつじ飼育者の会」と「下大桑ヒツジ飼育者の会」を訪問した安藤シェフは、「海外の羊肉より味が薄いと捉えるのではなく、『いわて羊』ならではの料理を考えたい」と言います。生産者、流通関係者、ホームスパンの作家。「いわて羊」にそれぞれの立場で挑戦している人がいる中、自分も料理人としてその輪に加わり挑戦したい。その意気込みを“冷前菜”で示しました。「肉は寝かせると善し悪しが出ます。『いわて羊』は寝かせても色が変わらず、香りも変わりません。骨も筋もだしに使い、搾りかすはチップスにしました」すべてを使い切り、命に報いたい安藤シェフの想いが伝わります。


「いわて羊のタルタルとコンソメのブランマンジェ」肉は提供寸前にカットし、トマトのジュレ、わけぎ、仏手柑(香酸柑橘の一種)、塩で和える。「いわて羊」の骨を煮出し、筋などのミンチを加えたコンソメを煮詰めて生クリーム等で仕上げたババロア、搾りかすのチップスを添えた。

 

写真は「クインディ」に届いたモモとスネ。10日以上冷蔵庫で寝かせて味を引き出した。

 

肉を使った前菜といえば、定番はパテやペーストで結構重たい。肉なのに、マグロより軽い前菜にできるのは「いわて羊」の特徴。肉の前菜として新しい方向性が打ち出せる、と安藤シェフ。

一方、10月に開催された「三陸国際ガストロノミー会議2020」で実行委員会の会長を務めた狩野シェフは、ロースの芯の部分で鶏ムースを巻き、瑞々しい旨味をたたえたバロティーヌ仕立てを紹介。羊肉に抵抗感を覚える方もいる中で「『いわて羊』はくせがなくて食べやすい。地元食材をとリクエストされると、使っています」


「いわて羊のバロティーヌ」羊の骨のジュをソースに仕立てた。岩泉町・龍泉洞近くの在来種、安家地大根(あっかじだいこん)とジャガイモのピュレを添えて。

「モモ肉はロースト、前肩は煮込み、残りはミンチにと部位ごとに活用できますね」と狩野シェフ。


「岩手ならでは」「中山間地域ならでは」の羊飼育とは?

下大桑をはじめ、岩手産羊肉はまだまだ希少。しかし、県内及び首都圏のレストランからは、その肉質に高い評価を得ており、飼育や出荷の体制整備にも期待が集まります。
将来は100頭の繁殖羊を飼い、コンスタントに200頭の羊を出荷する規模まで持っていきたいと勝浩さん。稲作や野菜と並行し、中山間地域ならではの羊飼育をどう進めるか、模索している段階だと話します。

休耕地の活用と羊肉の出荷という第1フェーズに続く第2フェーズは、羊を生かしきること。羊毛を県内のホームスパン作家に提供したり、皮を全国の革加工事業者に出荷する等、すでに幅広い取組が進行中です。さらに勝浩さんは、と畜後に廃棄していた骨の活用にも活路を見出しています。それは「ペットの補助食」に加工すること。スジ肉や骨をカルシウム不足の犬や猫に与えることで、毛ヅヤが良くなり、貧血も改善されるのだとか。
「すばらしい取組です。さらにいえば、モノを価値化すると同時に、外からこの場所に足を運んでもらって稼ぐという両輪が揃うことで、事業として安定するのでは」と、鎌田さんは観光の視点から見た可能性に期待します。

「コロナ禍が落ちついてインバウンドが戻り始めた時、外国人の行きたい場所は、もはや東京や京都だけではなくなるでしょう。美しい景色の中でおいしいものを食べて、ゆったり滞在できる“時間の使い方”がポイントです。果たしてその時、インバウンドの受け入れ先を持っているかどうか。私は、それが来年の鍵になってくると思っています」
課題となるのは、十分な放牧地の確保と飼育小屋の整備。目の前にある地域資源をどう価値化していくか、ここからが勝負どころです。


「下大桑ヒツジ飼育者の会」会長の桂田清さん(右)と息子の勝浩さん(左)。二人が中心となって進める羊の飼育、その先にある可能性に期待を寄せる鎌田さん。


県産羊毛ブランド「i-wool」を、工芸に生かし発信する作り手たち。

では、羊が秘める可能性の一つである羊毛がどのように使われているのか。鎌田さんは、盛岡市でホームスパンをつくる「中村工房」へと向かいました。
大正期から続く「中村工房」は、ホームスパンの作品を作り続けながらも、世界的デザイナーとコラボした新たなラインナップに取り組むなど、時代の波を見据えた挑戦をしてきました。現在、代表を務めるのは4代目の中村和正さん。父の博行さんからは染めを、織りやデザインは母の都子さんから手ほどきを受け、制作現場を担います。

和正さんは、地元のホームスパン作家で組織する「ホームスパンミーティング」の代表も務めています。岩手県の羊毛活用事業において、中村さんを含む同団体メンバーが積極的に素材活用に取り組んだことは、事業をボトムアップする確かな力となりました。


羊毛を手紡ぎ手織りしたホームスパンは、盛岡市や花巻市東和町に受け継がれる伝統工芸。


工房では、手で紡がれた多彩な糸が、職人たちの手で一枚の布へと織り上げられていく。

県産羊毛の活用にあたって、県は製品だけではなく羊毛そのものをブランド化。「i-wool(アイウール)=岩手の生産者が愛を込めて生産したウール」と名づけ、作家だけでなく生産者も巻き込んだ展示販売会を開催してきました。そのプロジェクトは、県産羊毛を軸に、地域ビジネス&循環型コミュニティをモデリングする未来への取組として評価され、2020年のグッドデザイン賞を受賞しています。

「県内で羊が飼育されていることは前から知っていたものの、入手する手段がありませんでした。サフォーク種の毛質は硬めで弾力があり、マフラーなど巻物には合わないのでは?という先入観もあったのです。でも、使ってみると、柔らかい羊毛もありますし、弾力や長さ、風合いなど個性もいろいろ。地元の生産者さんが育てたと思えば思いも深まります」
中村さんと同様、2019年から桂田さんの羊毛を仕入れる作家の一人、澤村佳菜さんはこんな感想を持っています。

「ケンブリッジという名の雄羊の羊毛を触った感触が気に入って、2年続けて購入しました。生産者の顔がわかると少しでもムダにせず使い切りたいと思いますし、一頭ごとに違う羊毛の個性を生かして、どんな製品をつくるか。思考の方向が変わることが、制作へのモチベーションにもなっています」

下大桑産の羊毛(右は原毛、左は洗ったもの)は、ゴミも少なく脂分が多すぎず、紡ぎやすいと中村さん。


下大桑の毛刈り見学&羊毛直売会で羊毛を選ぶ澤村さん。


「ホームスパンミーティング」は、2019年度から岩手県と共催でアイウールを使ったホームスパンやウール製品の展示販売会を開催。写真奥は中村工房のクッション、手前は澤村さんのネクタイと蝶ネクタイ。


中村和正さん(左)と澤村佳菜さん(中)。アイウールに関わる活動によって、作家同士の連携も生まれ、共に岩手の羊を発信する結束力も深まったという。


西和賀町でも羊を飼う農家が増えている。2020年9月、澤村さんを含むホームスパン作家が西和賀町の大野地区に出向き、毛刈り後の羊毛洗いについて講習会を開催した。


「いわて羊」の力を、地域の未来へ循環していく


地元に根を張りつつも、しなやかな思考と行動力で進む桂田勝浩さん。

実は、さらなる第3フェーズに関して、勝浩さんは6年前に未来予想図を掲げていました。それは、羊をメインにした観光&福祉農園を下大桑につくることです。
「将来的に放牧地を確保できたら、週末にジンギスカンを楽しめる観光農園、草地を利用したドッグラン、地元の米粉を使ったパン屋、空き家を使った宿泊施設等を開き、下大桑に農家の新しい産業を生み出したいですね。高齢者も自分たちができる範囲で、サツマイモやダイコンの収穫作業をして土とふれあい、家族に持って帰るとかね。5年前はだいぶ大ホラを吹いたように聞こえたと思いますが、少しずつ近づいている感覚があります。リスクを負っても、羊をなんとか成功させたい。ホームスパンという、岩手ならではの工芸とも関わりを深め、どんどん下大桑も岩手も盛り上げていきたい」と勝浩さんはきっぱり。


下大桑地区の公民館に掲示された十数年間の活動写真。農業を基軸に、地域ぐるみで「羊の里」づくりに向かっている。

羊を軸にした地域コミュニティが徐々に広がり、地域や業種、世代を超えたつながりも生まれつつある下大桑地区。「まさに自然のものをいただき、自然に返していくサーキュラーエコノミーの実践が進んでいる」と鎌田さん。羊肉や羊毛などさまざまな視点から積極的に取り組む地元の人間がいることが何よりの強み、と岩手のめん羊事業に期待を寄せます。

重要なのは地域に点在するキーマンたちの思想。それが明確にあってこそ、首都圏のシェフや鎌田さんのような外の視点が生かされ、食、工芸、地域の日常を価値化したツーリズム構想へと進化していきます。羊を核とした物語は始まったばかり、これからが本番です。




◎問い合わせ先
岩手県農林水産部流通課

〒 020-8570
岩手県盛岡市内丸10番1号
☎ 019-629-5732
FAX 019-651-7172









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