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JOURNAL / JAPAN

日本 [岩手]

休耕地に放つ羊が、衣食住を彩る。

岩手県「県産めん羊を活用した地域振興に関するシンポジウム」開催ルポ

2019.08.19

岩手県奥州市江刺区梁川地区で平野昌志さんが育てるサフォーク種の羊たち。

羊で農地を再生する。

全国でも有数の牛・豚・鶏の飼養頭数を誇る畜産県・岩手。さらに、近年では、めん羊の飼養に取り組む農家が増えている。
きっかけは、奥州市江刺区梁川地区で、休耕地や荒廃農地に羊を放ち、雑草を食べさせるという取り組みだった。
高齢化や少子化で人手が足りず、増えていく休耕地を前にして、農協に35年勤めた経験を持つ平野昌志さんは、高齢でも小規模でもできる農業への試みとして、2010年、サフォーク種の羊を導入。放った羊は草を食み、景観の保全に一役買ってくれた。その後、交配によって増えた仔羊をラム肉としてレストランに出荷したところ好評だったことから、最近は食肉用として飼養している。現在は、休耕地でめん羊を飼う地域が一関市などへも広がり、一関では刈った毛を羊毛として販売するなど、トータルで資源を生かすべく挑戦中だ。





岩手県奥州市江刺区梁川地区で平野昌志さんが育てるサフォーク種の羊たち。

平野昌志さんを事務局長として「梁川ひつじ飼育者の会」が設立され、2018年8月には、県内の飼養者のほか流通業者、羊毛活用事業者などで組織する「岩手めん羊研究会」が発足した。岩手県も2018年度から「いわてのめん羊里山活性化事業」を3か年計画でスタート。
そんな中、7月25日、岩手県と岩手めん羊研究会の主催により「県産めん羊を活用した地域振興に関するシンポジウム」が盛岡市内で開催された。「めん羊の魅力を大いに語る」をテーマとしたパネルディスカッションを通じて、めん羊に関する様々な取り組みを紹介するとともに、めん羊活用の新たな可能性を探ろうとの意図である。



日本ガストロノミー協会会長・柏原光太郎さんがファシリテート。島根県邑南町商工観光課の寺本英仁さん、梁川ひつじ飼育者の会の平野昌志さん、「ロレオール田野畑」オーナーシェフの伊藤勝康さん、株式会社太陽代表取締役の坂口洋一さん、「まちの編集室」の水野ひろ子さんがパネリストとして参加。

達増拓也岩手県知事の挨拶でシンポジウムはスタート。

平野さんもパネリストの一人として登壇。高齢者でもできる粗放的かつ省力的な畜産経営の一モデルとして取り組み始めた経緯を語った。
休耕地の草刈り役だった羊に食用肉としての可能性を見出し、羊肉出荷のきっかけを作ったのは、田野畑村でレストランを営む「ロレオール田野畑」のオーナーシェフ・伊藤勝康さんだ。そして、平野さんたちをバックアップしながら流通・販売を担うのが、株式会社 太陽の代表取締役社長・坂口洋一さんである。
風土を活かした羊肉のブランド化を目指して、現在では放牧と羊舎、草と飼料を併用した飼養が行われている。
平野さんの「牛肉、豚肉、鶏肉と同じように、羊肉をもっと食べてもらいたい」という願いに対し、坂口さんは「やながわ羊のクセのない肉質は、フレンチやイタリアンばかりでなく、和食でも活用し得るのではないか。これまでの卸先はレストランだったが、今後は和食店など販路を広げたい」と意欲を見せ、伊藤シェフも「その土地で採れた食材を活かすことにおいて、ジャンルは関係ないですね。ニーズに合うものは残っていく」と語った。
地域産品に光を当てる事業推進の先駆者として招かれたのが、島根県邑南町商工観光課調整監・寺本英仁さん。「A級グルメ」で町おこしに成功した経験から寺本さんは、岩手県産羊肉普及のヒントとして、「東京には出さないという『プライド』が『ブランド』になることもある。本当においしいものは地方の人が知っているという誇りが大切」とアドバイスした。



梁川ひつじ飼育者の会の平野昌志さん。羊への愛情は人一倍。

「ロレオール田野畑」の伊藤シェフが梁川の羊肉を流通させるきっかけを作った。

島根県邑南町の寺本さんは自分の町の成功事例を元にブランド化のアドバイス。





岩手県産羊毛ブランド「i-wool」。

県産めん羊の活かし方として注目されているのが、その羊毛だ。
「明治期、国は毛織物生産のために種めん羊を輸入し、以後、北海道や長野、岩手などでめん羊の飼育を奨励しました。岩手県内には、イギリス生まれの手紡ぎ・手織りの毛織物『ホームスパン』の技術が伝来。今は外国産や他県産の羊毛を使っているものの、その技術・文化は継承されています」と説明したのは、有限責任事業組合まちの編集室の水野ひろ子さん。
前述の県の事業の一環で、昨年から県内のホームスパン作家たちとともに、県産羊毛ブランド「i-wool」を使ったホームスパンの試作やそれらの展示会に携わり、県産羊毛の利用促進に取り組んでいる。



坂口さんは流通・販売の立場から梁川産羊肉の汎用性の高さを指摘。水野さんは羊毛の活用を語る。


全国の織物作家や手芸愛好家が毛刈りしたばかりの羊毛を購入。


岩手県のめん羊から作られる羊毛を「i-wool(アイウール)」ブランドで展開していくプロジェクトも進行中。




コーディネーターを務めた日本ガストロノミー協会の会長・柏原光太郎さんは、「岩手に伝えられてきためん羊の歴史や文化を受け継ぎながら、今後の広範な羊活用の展開に期待が高まります」と締め、約1時間のディスカッションは終了。会場となった「ホテルメトロポリタン盛岡」の西洋料理長 狩野美紀雄シェフによるやながわ羊のラム肉を使った料理の試食も行われ、80人を超える来場者はその味わいや食感を確かめていた。



「岩手県には人とめん羊が共に暮らしてきた歴史と文化がある」と柏原さん。


「ホテルメトロポリタン盛岡」の狩野美紀雄シェフによる「梁川ひつじ飼育者の会」のラム肉を使った料理。

「クセがなくてやさしい味わい」「いろいろな料理に使えそう」と来場者に大好評。



めん羊飼育は、農地保全・景観保全に役立ちながら、衣食住の素材となり、さらには環境や施設が整ってくれば観光資源へと発展し得る。グリーンツーリズムも夢ではない。岩手のめん羊への取り組みは様々な可能性を広げている。



◎ 問い合わせ先
岩手県農林水産部流通課

〒 020-8570
岩手県盛岡市内丸10番1号
☎ 019-629-5732 FAX.019-651-7172

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