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日本 [新潟]
新潟の食を語る with
「自遊人」岩佐十良さん×「D&DEPARTMENT」相馬夕輝さん


暮らしのあちこちに、
日本の原風景が残る新潟

Journal / JapanJan. 27, 2020

text by Rieko Seto / photographs by Kiyu Kobayashi

『料理通信』2019年10月号と12月号の「食の文化遺産巡り」で、2度にわたって新潟の食を巡る旅に出かけた「D&DEPARTMENT」の相馬夕輝(あいまゆうき)さん。新潟を拠点にローカルガストロノミーを提唱する「自遊人」のクリエイティブ・ディレクター岩佐十良(いわさとおる)さんを迎え、旅で感じた新潟の食の豊かさをさらに掘り下げてお話を伺いました。

岩佐さんは、2000年に雑誌『自遊人』を創刊。食の通販を運営するなかで、新潟の米と出会い、04年に東京から新潟・南魚沼に編集部ごと移転。14年には、廃業して取り壊される運命にあった古民家の旅館をライフスタイル提案型の宿「里山十帖(さとやまじゅうじょう)」として再生させます。従来の一宿一飯の提供に留まらず、宿で過ごす時間を通して、これからの日本人の暮らしのビジョンを伝え、見失いがちな価値に気づきを促す――そんな新しい試みで運営を始め、いま各方面から注目を集めています。



旅して気付いたこと、
暮らしてわかったこと

昨年、夏と秋の2度にわたって新潟を旅した「D&DEPARTMENT」の相馬夕輝さん。



相馬 僕は越後妻有(えちごつまり)で開催されている「大地の芸術祭」の方々とご縁があって、十日町周辺に行くようになったのが、新潟との繋がりのきっかけです。でもそれ以外の場所は全くと言っていいほど知らなくて。今回、料理通信の取材で夏と秋に新潟の他の地域も含めて回らせてもらったんですけれど、今日はまた、岩佐さんにさらにいろいろ教えていただきたいと思っています。

岩佐 僕は東京からどこかに引っ越そうと思っていたとき、たまたまご縁があったのが新潟。米を勉強したいという気持ちもあって、初めは3~4年のつもりで住み始めたんです。今では16年になっちゃいましたけど。

相馬 そうなんですね!



東京から新潟に拠点を映して16年になる「自遊人」の岩佐十良さん。



岩佐 ひと口に新潟と言っても、海岸線だけで300キロもあって長いんですよね。日本一の大河の信濃川も流れ込んでいる。

相馬 水が本当に豊富ですよね。夏の旅では岩室(いわむろ)にも行きましたけれど、小さい川にも水がたくさんあって印象的でした。

岩佐 新潟の“潟”っていうのはつまり、砂州(さす)で海と切り離された湖や沼を言う潟(かた)なんですよ。岩室の辺りは潟で川もあって、川魚の淡水魚が豊富なところ。今でもわずかですけれど川漁師がいて、稚鮎やモクズガニ、ドジョウなんかも獲れます。ウナギやスッポンも獲れたとか。食材が結構豊かで、眠っているものがたくさんあるのが新潟。その一番プロモーションが弱いところが、川かもしれませんね。村上の三面川(みおもてがわ)では、二艘の川舟の間に網を張って鮭を追い込む、居繰網漁(いぐりあみりょう)もありますし。鮭やアユは、やなでも獲りますね。

相馬 あ、魚沼の魚野川(うおのがわ)で見たのはそれでした。ちょうど鮭が川を上る時期で、卵も採っていましたね。

岩佐 まるで商売っ気のないようなところで、意外なおいしいものがあったりするんですよね。そういうことをあんまり外に言わないし、「俺が、俺が」って前に出る人もすごく少ない。おそらく、それは新潟県民にとって美徳ではないんです。



魚野川沿いには、鮭が遡上する時期だけ操業する「さけ、ます採捕、採卵場」が田んぼの横に建っていた。

目の前の川で捕った鮭から採卵したばかりの卵。その輝きに吸い込まれそうになる。



暮らしの豊かさが育む人々の気質

岩佐 新潟県のすごいところは、ただの田舎ではなく、歴史的にみて優れた文化都市であるということ。北前船の時代は日本最大の寄港地で、海外とも繋がりがあり、開港5港のうちの一つで、横浜、神戸、長崎、函館と並んで文化の集積地だったんです。当時は物流の拠点ですから、人が集まる。明治時代には東京府よりも人口が多い時期があったくらいです。新潟市内の古町は新橋、祇園と並ぶ日本三大花街としてにぎわっていたそうです。

江戸時代からの歴史を受け継いで、高い文化レベルを保っていたけれど、敗戦で日本全体が貧しくなるなかで、東京や太平洋側から復興が進む間、関越道と上越新幹線ができるまで山菜を採ったり川魚を獲ったりして耐える時期が続いた。ただそれだけで、新潟が沈降していたのはどちらかというと最近のことなんですよね。だから、今のおばあちゃんたちのお母さんは、自分たちの暮らしに誇りを持ってやっていたし、それを見ていた今のおばあちゃんたちも普通にやっていた。文化が本当に生活に息づいたなかで今も継承されているんですよ。他の地域は守らなくてはいけないとか、復活させようとかいう話になるわけですけれど、そういう感覚はない。

相馬 魚沼の料理旅館「欅苑(けやきえん)」では、近所の女性たちが忙しいときには手伝いに来てくれて、でも忙しくないときは自然に離れていてくれている、という話も聞きました。地域の人の助けがあるから旅館を続けていけると。そういう繋がりが残っているのも今の日本でなかなかないんじゃないかな、と思って。



料理旅館「欅苑(けやきえん)」は明治3年に建てられた母屋を維持しながら営業を続ける。

「欅苑(けやきえん)」の秋の朝の風景。枝豆を枝から外す作業を手伝う地元の人の姿があった。

岩佐 そう、ゆるい繋がりというかね。魚沼もどこも暮らしのベースが豊かなんですよ。困っていないからガツガツ働く感覚があまりないですよね。食べるものもあるし、仲間もいるし、生きていくことに困らないから自分たちで自分たちの道を究めていけばいいじゃないか、という考え方が根底にある。だから、他の人が新しいことを始めても、基本的に足を引っ張る人がいないんです。

相馬 へー、それはすごい。越後妻有の大地の芸術祭もあれだけ続いているのは、地域の連帯感やベースとなる精神性もきっと大きいんでしょうね。



20代、30代の嬉しい動き


相馬 新潟では、20代くらいの若い子がおばあちゃん世代のものをリスペクトして取り入れながら、自分たちのものを出していこうという動きがある一方で、若い人がやっている飲食店は、東京とあまり時差がない印象を受けました。

岩佐 そうですね。20代、30代の人たちが古くからあるものの価値に気づいて、自分たちが掘り起こすべきじゃないかと動き出しています。新潟は西陣の裏産地として京都を支えてきた織物文化もあって、小千谷縮・越後上布はユネスコ無形文化遺産に認定されているんです。水と泥に強い綿織物で農作業着の亀田縞もある。そういうものを大切にしようと言い始めているんですね。いわゆるファッションとかアパレルの感覚とは全然違う。食についても東京とあまり時差がないのは、きっとみんなが勉強しているからです。見てないふりをして外へのアンテナはすごく張っていて、東京の店にも食べに行くし、ミシュランのシェフとも交流があるし、東京や世界で何が起きているかについてすごく敏感。それをあまり自分から言わないけれど、やらなくてはいけないことはわかっている、と。

相馬 それも30代が中心ですか?



岩佐 30代から50代あたりのシェフや旅館経営者ですね。僕も仲間に加えてもらっている雪国観光圏が発足したのは11年前。行政主体ではなく、民間企業の有志が集まって活動するDMO(地域の観光マーケティング・マネジメントの舵取りを担う法人団体)なのですが、僕は食分野を担当していて、自分たちのエリアに住んでいる人がその食べ物や歴史を知ることは大事だよね、と、食や歴史、文化を学ぶワーキンググループやシンポジウムをやっています。そこで、いかにこの地域が素晴らしいのか、日本の他の地域や世界はどうなっているのかを学んでもらう。

5年前からは、新潟各地の料理人が集まって料理の研究会やイベントを続けている「ラボクチ(イル・ラボラトーリオ・ディ・クチーナ・ニイガタの略)」が活動を始めています。合言葉は「新潟から夢を」、「一皿から夢を」。きっかけは、「イル・リポーゾ」の原田誠シェフが、新潟で料理を作っても誰もわかってくれなくて、自暴自棄になっていたときに、「割烹 渡辺」の渡辺大生料理長とイベントで会って、「俺たち、まとまって頑張ろうぜ」ってことで始まった。勉強会では「東京や海外のシェフがこれだけやっているんだから、新潟だからこれくらいしかできないよねってことは絶対言うなよ。甘えるんだったらやめろよ」っていうくらい切磋琢磨しているんです。原田シェフは毎年2週間~1カ月、店を閉めて、イタリアへ勉強しに行ってますよ。そういう学びの土壌が今、新潟はすごく広がっています。

相馬 素晴らしいですね。

岩佐 新潟の人は自分たちの昔の豊かさに誇りを持っていて「やればできる、やらなくちゃだめだよね」ってことに気づいたんだと思います。

相馬 外から来たプロデューサー的な人が誘導するのではなく、自分たち主導でやるっていうのが継続していく要因なのかな、と思います。





自分たちで作って、自分たちで食べる。


岩佐 日本酒だけでなく、ナスにしろ、枝豆にしろ、新潟は県内消費が多いんですよね。大きい酒蔵でも「地域の人達に支えてもらっているんだから、地域を大切にしろ」ってみんな言います。小さなコミュニティでそれぞれの蔵が支えられて成り立っている。食もそんな感じですし、自慢もしませんから、外の人が知るわけがないですね。

相馬 自分たちで作って、自分たちで食べる、飲む。最高ですよね。味噌蔵にも小さい蔵で長く続いているところが多いっていうのもそういうことなんですね。

岩佐 あまりPR上手にならなくていい。それより、県内の人たちが自分たちの持っているものは大切なんだ、すごいんだって思うことがこれからはもっと大事になってくる。県民が認めて大切にしなければ、マニアックなものに沈んでいってしまいますから。新潟では、若いシェフたちがそのことに気づき始めている。先ほどお話ししたように、新潟は戦後にちょっと耐え忍ぶ時期があって、その分、新しい文化に一気に変わることなく、地元の文化が生活の中に残っているんです。だからマニアックなものとしてではなく、暮らしに昔ながらの習慣や日本のよいものが当たり前にまだ残っているんです。

相馬 確かにそうでしたね。Iターンは多いんですか?

岩佐 少ないですね。新潟は暮らしやすいと言うことが知られていなさすぎだと思います。僕みたいな人間が16年も暮らしているんですから。相手のことを攻撃しないし、外から入ってきた人間に対して懐が深い。そして、自分たちの文化や豊かさについて誇りを持っている。燕三条が典型的で、他の地方の人たちの目が東京にばかり向いている中で、日本どころか世界に自分たちの金属製品を発信して、実際に売れているじゃないですか。新潟のプライドというか、先人の知恵や風土文化が築いてきた物も見ているし、世界の今の動きも見ている。両方見ながらやればいいんじゃない? っていうのを、新潟の人たちは実践しているんじゃないかな、と思います。

相馬 岩佐さんにお話を聞いてから、新潟の取材に行きたかったな、と思いました。

岩佐 余談と自慢話ばっかりで(笑)。次回はうまく予定があえば、僕がご案内しますよ。

相馬 ぜひ!それはうれしいですね。



【d47食堂に「新潟定食」が登場します!】

2月13日(木)~2月26日(水)の期間限定で、D&DEPARTMENTが運営する「d47食堂」(渋谷・ヒカリエ8階)にて「新潟定食」が登場。D&DEPARTMENTのメンバー自ら手刈りした越後妻有・棚田バンクのコシヒカリ、酒粕汁、大根の辛子巻きなどが味わえます。ぜひこの機会に足をお運びください!







【問い合わせ先】
◎ 新潟県農林水産部 食品・流通課

☎ 025‐280-5305











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