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PEOPLE / 寄稿者連載

志すということ~「HAJIME」米田 肇さん

藤丸智史さん連載「食の人々が教えてくれたこと」第6回 

2016.07.11

世間知らずか、ダイヤモンドの原石か?

見慣れない番号から着信があった。
当時はあまり親しくなかった輸入会社さんからの電話だったのだが、「ちょっと紹介したいお客様がいらっしゃるのですが、藤丸さんしか対応できないんじゃないかと思って……。若い料理人の方なのですが、大阪に世界からお客さんを呼ぶとか、世界を驚かせるとか言ってるんですよ。特に有名な方とかじゃないのですが、なんか私たちでは話についていけなくて」と、その口調には、不相応な大風呂敷を広げている世間知らずな料理人がいて、そんなタイプの人間と話が合いそうなのは藤丸ぐらいだろう、という雰囲気が込められていた。

連載:藤丸智史さん連載





こういう場合は2パターンあるのだ。本当に世間知らずなケースとダイヤモンドの原石であるケース。今でこそ言えるが、どちらもすばらしい。世間知らずなら、あとで知ればいい。上を目指さなければ登ることさえできないのだから。

ただ、それにしても、開業もしていないのに大きなことを言う料理人がいるもんだな、と私自身も少し腰が引けた感じで連絡をしたのを今でも覚えている。そして、初めての電話にも関わらず、やはり「世界からお客様を呼ぶ」ということに話が終始したのだった。もう電話では拉致があかないので、とりあえず会って話の続きをすることにしたのだが、この料理人が本物かどうか確かめるべく、あるお店で一緒に食事をすることにした。それが、今や世界に名を馳せるレストラン「HAJIME」のオーナーシェフ米田肇氏との出会いだった。

「HAJIME」に就職していたかもしれない。





私にはとても大事にしている心の休憩所のようなレストランがいくつかある。肇さんと訪れた「豚玉」という創作料理とお好み焼きの名店もそのひとつだ。お好み焼きとワインというスタイルをもう20年も前からやっている草分け的な存在で、大阪の食の有形文化財のような店である。

私と肇さん、うちの営業スタッフの3人で食事はスタートしたのだけれど、5分もしないうちにハジメ劇場が開演した。そこでは、なぜ世界からお客様を呼ばないといけないかということから、文化、経済、国際問題に至るまで様々なジャンルに話が及び、理路整然と世界に繋がる道筋が組み上げられていくのだった。それは私にとって、とても新鮮で、かつ、自分が頭の中では考えてきたけど言葉にできなかったことがたくさん含まれていた。何の物証もないけれど、この人は本物だと確信した。自分の中で何か熱いものが湧き出してくるのを抑えるのに精いっぱいだった。もし、自分が独立前に彼に会っていたら、おそらく、ワインショップFUJIMARUもフジマル醸造所もこの世に存在しなかっただろう。あの時、スタッフがいなければ、店を閉めて「HAJIME」に就職していたかもしれない。そんな初対面とは思えないような盛り上がりの中、食事は終了して、店を出た。

「料理人としての私を試したんですね?」





本当に驚かされたのはここからだった。 店を出ても話が終わらず、立ち話を続けていたところ、肇さんが「藤丸さん、今日はご馳走様でした。藤丸さんが私をこの店に連れてきた理由がわかりました。料理人としての私を試したんですね?」と言った。背筋に冷気が走り、鳥肌が立った。さっきまで飲んでいたシャンパンの酔いなど一気に醒めた。

そう、私は彼を試していたのだった。
この「豚玉」のメニューは、ポテトサラダや水餃子、明太子パスタなど、料理名だけなら普通の居酒屋と変わらない。ただ、そのどれもが恐ろしく手がかかっていて、珠玉の一品ばかりなのである。肇さんがこの店に招待されてどう感じるか、私は彼の本質を見極めようとしていた。こんなポテトサラダやお好み焼きの店に呼びやがってと思うのか、名前に騙されず、料理のクオリティに気付くかを試していた。
「今日のお店のお料理、どれもすばらしかったです。シンプルだけれど、少しでもおいしくなるように、とても手間がかかったものばかりでした。藤丸さんは、私がそれに気付くか試したのでしょう?」
その通りである。どれだけ大風呂敷を広げても、料理人としての嗅覚やセンスがなければ、ただの理想論者になるだけだ。そんな人間をたくさん見てきた。でも、肇さんは、料理人としてどころか、人間としても私の数段上を走っていた。

私は失礼を謝罪し、理由を話した。そして、ワインショップFUJIMARUはレストラン「HAJIME」を全面的にバックアップすると約束した。一ヵ月後、すばらしい料理と豊富なワインリストを従えて、「HAJIME」はオープンした。その後の彼の快進撃は皆さんの知るところだろう。

オリンピックを目指さない選手はオリンピックに出られない。





8年が過ぎ、今、レストラン「HAJIME」には世界中からお客様が訪れる。地方都市である大阪にわざわざ飛行機を乗り継いで地球の反対側から「HAJIME」の世界観を味わいにやってくる。今や世界に名立たるガイドブックやランキングで上位に位置し、まさしく世界という土俵で孤軍奮闘している。
それはおいしい料理を提供しているからなのか? すばらしいサービスをしているからなのか? はたまたワインリストがすばらしいからなのか? もちろん、どれもが大切で欠けてはいけないのだけれど、大事なことはパーツパーツではないと思う。

「HAJIME」が「HAJIME」になったのは、最初から世界で戦うために準備をしてきたからなのだ。料理や器だけでなく、世界と繋がるためにHPの多言語化から予約システムの構築、スタッフの英語教育など、オープン当初から彼が投資してきた分野は普通のレストランとは異なっていた。個人で立ち上げた地方都市の店で、そんな準備をしている店を私は見たことがない。

そして、逆風も強かった。当時の大阪の飲食業界では完全に異端児扱いであり、コースの価格を1.5倍にした時などは非難轟々。「HAJIME」が史上最速で得た三ツ星を失った時にはあざ笑う声も聞こえてきた。この8年間、苦しい時もあったのを知っている。
でも、彼はいつも上を向いていた。そう、彼は異端などではなく、真っすぐ目標に突き進んでいるだけなのだ。とても利発で天才肌に見えるけれど、ずっと横で見ている私からすると、そこまで愚直にやらないといけないのかと思うほど、本当に石をひとつずつひとつずつ積み上げている。

オリンピックを目指していない選手がオリンピックに出られないのと同じように、上を目指し、大志を抱かねば、そこに届くことはない。たとえ上を目指しても、競争に敗れて、届かないことの方がほとんどなのだから。志を持たなければ、近づくことさえできないのだ。

今、彼はどこへ向かっているのか?





いろいろなことを思い返していたら、今や世界にグッと近づいた「HAJIME」の新しい頂きがどこにあるのか、改めて聞いてみたくなった。久しぶりに「豚玉」に誘ってみようかと思う。そう、その大きな志は更新され、彼は次の頂上へと向かっていく。彼に通過地点はあっても、ゴールなどないのだ。







島之内フジマル醸造所 サンセミヨン2013





初めて造った白ワインであり、このサンセミヨンという品種のワイン自体を飲んだこともなかったのだけれど、いろんな試行錯誤をしながら詰めた思い出のワイン。そして、実は肇さんから唯一褒められたワインでもある。2人で飲む時はもちろんワインが多いのだけれど、特にワインについて語ることはない。そんな中、わざわざメールで感想を送ってくれたことは驚きと共にとても感動した。電車の中でちっちゃくガッツポーズしたぐらいだ。もう手に入らなくなったブドウなのだが、いつかまた彼を唸らせるようなワインを造りたいと強く思う。

◎ HAJIME
大阪府大阪市西区江戸堀1-9-11 アイプラス江戸堀1F
☎ 06-6447-6688
17:30~23:00(20:00LO)
不定休
カード可、26席、禁煙
地下鉄四つ橋線肥後橋駅より徒歩2分

藤丸智史(ふじまる・ともふみ)
1976年兵庫県生まれ。株式会社パピーユ代表取締役。ソムリエとして勤務後、海外のワイナリーやレストランで研修。2006年、「ワインショップ FUJIMARU」を開店。大阪市内に都市型ワイナリー「島之内フジマル醸造所」、東京に「清澄白河フジマル醸造所」を開設。食の生産者と消費者を繋ぐ楔役としてワインショップやレストランを展開。 www.papilles.net



























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