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蕪木祐介さん連載
嗜好品の役割
第4回 「再開へ」

People / Life InnovatorJan. 14, 2020

100%にはしない

台東区・鳥越の店を閉めてあっという間に9カ月、いろんな問題が起こりながら、季節がめぐり、また寒い季節になってしまった。移転先の店の内装は、設計士さんや大工さんの大きな力を借りながらも、できる部分は自分たちで進めた。厨房の塗装、漆喰などの左官仕事、床貼り、プロがやれば短期間で済んでしまうことを、時間をかけて施工している意味は、単に出費を抑えたいというだけではなく、何よりも、自分たちが仕事をする場所に愛情が生まれるから。それは前の店を作るときに実感したことだ。

だから、自分たちの手を動かして、店作りをしたかった。とは言え、プロであれば短期間で済む仕事を、時間をかけて苦戦し、時に途方に暮れながらながら施工し、汚れてボロボロな姿になっている自身の姿を見て、一体自分は何屋なのだろうと、みすぼらしい気持ちになってしまうこともある。それでも、仕上がった空間に座ると、それまでの苦労を忘れるくらい晴れた気持ちになった。もちろん、ああすれば良かったかもしれないと思うことも多々ある。ただ、全てを追っていてはきりがない。なるようになるところは、委ねる。

はじめは100%でなくても良い。左官仕事でも床の間の裏は本塗りせず、あえて下地を残して未完成のままにし、「もっとよくなる」という余地を残すようだ。場の空気も少しずつ整え、手を加えながら、自分たちとともに成長させていきたい。

古い酒蔵で使われていた床板を再度貼り直した。



左官職人の仕事

店で飲食をしていただく以上、味はもちろんであるが、空気も整えたいもの。何もなくてもいいけれど、カウンター、椅子、そして包み込まれる壁だけは、譲れない部分だった。

今回、客席の壁は前の店同様、全て塗り壁にすることとした。前の店は漆喰を調合して自分たちで施工したが、今回は、左官職人の森本健一氏(僕たちは健さんと呼んでいる)にサポートしていただいた。自分たちでできるところは自分たちで施工し、難しいところ、自分たちができない表現は健さんにお願いした(と言いながら、甘えて仕上げのほとんどをお願いしてしまったが)。彼の心のこもった愚直で重みのある左官仕事はとても気持ちがよい。何より、施工がなかなか進まない中でも、健さんの溌剌とした仕事を見ていると、気持ちが明るくなる。何事もやはり思いのこもったものに、心動かされるもの。壁も印象が強いデザインより、一見わかりにくいけれども、過ごして心地よい空間となる壁がやはり良い。

「素朴で、包まれ、守られている感覚になってもらえるような壁」。自分のわがままな意見を汲んでもらい、素人の口出しにも耳を傾けていただきながら、漆喰ベースの珪藻土、ほんのり土由来の色味をつけた天然100%の塗り壁に挑戦していただいた。材料を混合し、粘度を調整し、塗る。出来上がりの色や質感は乾いてみないとわからない。さらに、温度や湿度で乾くスピードも変わり、それにより発色も変化するとのこと。塗り壁の仕事は、経験からの想像力を働かせるとても難しい作業だ。健さんも初めて使う素材、配合に、最初は悪戦苦闘している様子だったものの、塗り始めると、原料や下地の材料を見極め、調整しながらするすると仕上げていくことに驚かされた。

左官の業界では、塗りにくい、伸びにくい、平坦になりにくい、乾いたら割れやすい、そんな課題を、技術と知恵、そして積み重ねられた経験によって、様々な手法や技術が生まれてきた。一方、合成の新材料で、塗りやすいもの、固まりやすく、施工期間が短縮できるもの、割れにくいものなども開発され、左官材料も進化しているようだ。より効率的に、低コストで、短期間で施工できるようになってきてはいる。

ただ、そのようなものの力に頼らずとも、その経験と鋭い観察力で、さらりと仕事をこなす健さん。合成材料を使うのは施工しやすくなって便利であるが、そこで置き去りにされてしまうもの(調湿機能や質感、あたたかさ)もあるとのこと。そしてそれらを使うのが当たり前になると、様々な適応能力を持った応用力のある職人の数も減ってしまうのかもしれないと嘆いていた。


高い吹き抜けなどの難易度の高いところも健さんはスルスルと塗り回していく。



適応力、観察力といった意味では、自分たちの仕事も一緒だと思う。

チョコレート生地を作ることはレシピを再現すればある程度はできる。しかし自分を含めてどこまでの人が、職人・技師として通用するのか。チョコレート産業はほとんど機械産業であり、効率的にチョコレートを生産できる機械が多い。はたして人がチョコレートを作っているのか、機械が作っているのか。僕はやはり機械がチョコレートを作るのではなく、あくまで機械は自分たちの道具であり、自分たちの作業を手助けしてくれるものだと思う。

結局は人が機械をどう使うか。焙煎時間、温度、コンチングのレシピ、微粒化の条件、配合のタイミング、それらの再現性のあるレシピを組んでさえしまえば、ボタンを押し、言われた作業をすることで、誰でも似たようなものを作ることができるだろう。

ただ、大切なのはそれらをしっかり観察し、そこで起こっていることの想像力を膨らませることだと思う。焙煎中にどのような変化が起きているのか、コンチングの間にはどのように粘度が変わるのか。香りは? 何故同じようにやったのに粘度が変わっているのか。微粒化の状態で何故今回は粒度が荒いのか。その風味は? 見て、嗅いで、食べて、それらの状態変化をしっかりと観察することを続けることで、微妙な美味しさへの表現や、新しいものを創作する時の適応力が身についていくものと思う。それは当たり前のことだとは思うが、材料や壁、温度や湿度、細かな条件を確認しながら進める健さんの仕事を見ながら、それを再認識した。



チョコレートの微粒化。その食感や状態を確認しながら、変化を見逃さずに、行っていくことが、シルキーで滑らかな口当たりへとつながる。



改めて気を引き締めて

内装の仕上げ、備品の準備、そして床、什器の磨き上げを終え、2019年12月中旬、やっと再開にこぎつけることができた。もう皆に必要としていただけないのではないか。緊張と不安と、久しぶりにカウンターに立つ小っ恥ずかしい気持ちが入り混じった複雑な気分ではあったが、またいつものお客様がカウンターに、一人、また一人と座っていただくに連れ、自分の感情も穏やかに整っていった。

いざチョコレートもどんどん作ろうと意気込んでいたところ、使い古したチョコレート製造の機械が悲鳴を上げて動かなくなってしまった。さらには、珈琲焙煎時の近隣への匂いが予想以上にこもってしまい、焙煎方法、設備を見直すことにも。あぁ、天はどこまで試練を与えてくれるのだろうか。それでもへこたれることはない。再開した今は、名前も仕事も知らないけれど、いつもここで過ごす時間、商品を大切にしてくれるお客様の顔を思い浮かべると、前に進む勇気をいただくことができる。今までは会っていないけれど、これから必要としてくださるかもしれないお客様のためにも頑張りたい。そこに明確な相手がいる仕事をすることの充実感を改めて感じている。これが小さな飲食業を営む喜びでもあるのだろう。

珈琲屋、チョコレート屋の一つくらいなくなっても、世の中はほとんど何も変わらない。それは移転休業の期間に痛感した。けれど、何処かの誰かが、少しでもこの場があることで、何か良い感情を持つことができるのであれば、それは自分たちがこの仕事をする意味があるというものだ。誰にでも評価されるために仕事をするわけではない。僕たちは目の前のお客様相手の仕事であり、嗜好品を届けたい人に届ける仕事をしている。それが生業となっているのはとても幸せなことだ。

今日も扉を開けてくださる人にために、愚直に仕事をするのみ。






蕪木祐介(かぶき・ゆうすけ)
岩手大学農学部を卒業後、菓子メーカーに入社。カカオ・チョコレートの技術者として商品開発に携わる。2016年、自家焙煎の珈琲とチョコレートの喫茶室「蕪木」をオープン(2019年12月移転、再オープン)。2018年には、盛岡で40年以上愛されてきた喫茶店「六分儀」(2017年11月に閉店)を、佇まいはそのままに「羅針盤」の名前で復活させた。著書に『チョコレートの手引』、『珈琲の表現』(共に雷鳥社刊)。
http://kabukiyusuke.com/











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