HOME 〉

PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

新井 治彦さん(あらい・はるひこ)

ワイン輸入・販売「ワイナリー和泉屋」

2019.11.01

後に“スペインワインの新潮流”と呼ばれることになる造り手たちと、新井治彦さんが出会ったのは14年前。
以来、造りを見守りながら、彼らのワインを扱ってきた。
その間“スペインワインの新潮流”の評価はうなぎ上り。
いまや世界中が注目し、リリースされるや瞬殺で売り切れる国もあるという。
芳醇な果実味を持ちつつも軽快でクリア。
「険しい環境に取り残されていた畑から生み出される味わいです」
ラバでなければ耕せないような土地に情熱を注ぎ込む新潮流の造り手たちに、新井さんは心を寄せる。


text by Sawako Kimijima, photograph by Masahiro Goda

写真:新井さんが扱う“スペインワインの新潮流”の造り手たち(一部)
RAUL PEREZ/ラウル・ペレス、Daniel Gomez Jimenez-Landi/ダニエル・ゴメス・ヒメネス・ランディ
COMANDO G/コマンドG、Forjas del Salnes/フォルハス・デル・サルネス、FERRER BOBET/フェレール・ボベ、els jelipins/アルス・ヘリピンス など。


新潮流に見るワインの本質

2016年の世界No1ソムリエ、アルヴィッド・ローゼンバーグ氏をインタビューした際、「今一番注目するワイン産地はどこか?」と尋ねたら、「スペイン北部」との答えが返ってきた。
「取り残されて放置された畑に古木のブドウが植わっていて、そのブドウからワインを造る生産者がいる。たとえば、ラウル・ペレス、そして、ダニエル・ゴメス・ヒメネス・ランディ」。
すなわち"スペインの新潮流"と呼ばれる造り手たちだ。そんな新潮流ワインを日本で一手に扱うのが新井治彦さんである。

「スペインは、第二次世界大戦開始前後から戦後しばらくの間、フランコ独裁政権とその余波で国際的に孤立していました。大きな資本が入ることもなくて、昔ながらのワイン造りが細々と続けられたり、耕す人もいなくなった畑が放置されていたり、といった状況がありました」
樹齢は古く(百年を超える樹もある)、土壌に化学的な成分が投入されたことのない畑が、山と谷が入り組んで起伏の激しい山岳地帯に置き去りにされてきた。
「スペインの新潮流と呼ばれる造り手たちは、そういった畑に命を吹き込んだ。忘れ去られた品種の復活に力を注ぎながら、環境に寄り添って栽培しているのです」


ブルゴーニュからスペインへ
「僕がスペインワインに眼を向け始めたのは2005年のことでした」
1922年創業の酒問屋を父の代で小売り業に転換して10店舗ほど手広く商っていた。うち1軒を継いだのが、埼京線板橋駅から徒歩5分の今の店だ。当初はディスカウンターとして営業していたが、値段のことしか考えない日々に「このままでは馬鹿になる」と一念発起、顧客から教えられたロバート・パーカーの著書『Burgundy』を読み、ワインの世界へ足を踏み入れたのが85年。DRCやヴォギュエといった名門ドメーヌから、フレデリック・マニャン、ビゾーなど当時の新星まで、東京でも5本指に入る数を売り上げた。

「90年代後半のワインブームの頃は、噂を聞きつけた愛好家が、『こんな場所で? 本当にあるの?』という表情でやって来ていましたね(笑)」
しかし、ブルゴーニュワインの価格が年々高騰。「あまりに高すぎるのではないか?」と疑問を抱き始めた頃に出会ったのが「ドミニオ・デ・アタウタ」。フィロキセラ以前の超古木から造られるスペインワインだった。

「今では評価が上がって高額になってしまいましたが、当時はそのおいしさと安さに驚いたんです」
次に飲んだスペインワインが、世界No1ソムリエが挙げた2人のうちの1人、ラウル・ペレスの「カストロ・ベントゥーサ」。
この2本が新井さんを一気にスペインの新潮流へと引きずり込んだのである。


破格の才能とキャラクター
新井さんは、ワインを選ぶ基準として6項目を掲げる。
⒈ きれいな酸があること
⒉ エレガントであること
⒊ 冷涼感、
⒋ 軽やかさ
⒌ 緻密さ
⒍ 芯があること
ブルゴーニュワインを扱ってきたキャリアを納得させる6項目だ。

スペインワインと言うと、過熟型の濃いタイプが思い浮かぶ。しかし、「ドミニオ・デ・アタウタ」と「カストロ・ベントゥーサ」には6つの基準が当てはまった。
「折りしも、04年にロバート・パーカーが10年後のワイン動向として、『スペインワインがスターになっているだろう』と予測していたんです」
新井さんはスペインで開かれたワイン見本市を訪れ、ラウル・ペレスと親交を深める。以来、生産量が少ないことで知られる彼のワインのみならず、彼を介して、独自の哲学を持つニューウェイブたちとの関係が次々と築かれていったのだった。

「交流が始まった直後に、ラウルは世界的な評価を得て、スターダムを駆け上がっていきました。スペイン各地の造り手からアドバイスを求められるようにもなった。彼はコンサル料を取る代わりに、その地のブドウで自分もワインを造って商品化するというユニークな方法を採った。それらのワインが専門誌でことごとく高得点を獲得するのです。土地が変わっても品種が変わっても優れたワインを生み出す彼には真の天才を感じます」

ただし、ワイン造り以外に一切の興味を示さない性分に手を焼くことも多い。膝を突き合わせて発注の確認をしても、ワインが届いて来なかったり、違うワインが送られてきたり。付き合いかねて取り引きを止めてしまうインポーターも多いと聞く。
「新潮流にはスペインワイン界随一の知識と技術を誇るラウル・ボベという醸造家がいて、確実に安定的な品質のワインを造るのですが、同じラウルでも、ボベがレクサスなら、ペレスはフェラーリ。骨は折れるけれど、天才の魅力には敵わない(笑)」


この世の果てで生まれるワイン
世界No1ソムリエが挙げたもう1人、ダニエル・ゴメス・ヒメネス・ランディもまた新井さんが思いを寄せる造り手だ。
スペイン北部のほぼ中央にそびえるグレドス山脈の標高1000m周辺の斜面。機械なんて入りようもない場所に畑を持ち、耕すのも収穫も人の手とラバ頼み。「エル・フィン・デル・ムンド(この世の果て)」、「カントス・デル・ディアブロ(悪魔の歌)」という畑の名称がロケーションの険しさを物語る。

「これらの畑で作業すると疲れ切ってしまうところからの命名らしい(笑)。ダニエルに『なんで、こんな場所で栽培するんだ?』って尋ねたことがあります。『世界一のガルナッチャのワインを造るにはこういう所でないとだめなんだ』、と」

日中は太陽が照り付け、昼夜の寒暖差が大きい。結果、熟度の高い果実に酸が残る。
理想の収穫が得られるわけだ。
樹齢は50~80年。ビオディナミも取り入れながら栽培。収量は極力抑えて、ポンプなどは使用せずにやさしく仕込む。
まぎれもなくナチュラルワインに分類される栽培と造り。でも、新井さんが彼らを語る時、自然派とかナチュラルワインといった言葉は使わない。そう括られることを望んでいないかのようだ。

D R C は自然な造りを実践するが、DRCを自然派と呼ぶ人はいない。それと同じ感覚でスペインの新潮流を捉えているに違いない。時流とは関係なく本質的な価値を持つワインとして提示する姿勢に彼らへの愛が見える。 


◎ ワイナリー和泉屋
東京都板橋区板橋1-34-2
☎ 03-3963-3217
10:00~19:00 日曜休
https://www.wizumiya.co.jp/ 

新井治彦(あらい・はるひこ)
1958年、東京都生まれ。大学卒業後、大正11年から続く家業の酒販店を継ぐ。引き継いだ当初はディスカウンターとして営業していたが、顧客から教えられたロバート・パーカーの本をきっかけとして、ブルゴーニュ、ボルドー、シャンパーニュ主体の品揃えに転換。スペインワインに傾倒後は輸入も手掛け、現地生産者に出資もしている。

























































料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。