生涯現役シリーズ #01
79歳の蕎麦職人。「今も毎日、少しでも良いものを出そうと思ってる」
静岡・島田「藪蕎麦 宮本」宮本晨一郎
People /PioneerFeb. 15, 2021
text by Kasumi Matsuoka / photographs by Masashi Mitsui
世間では定年と言われる年齢を過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢化社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
宮本晨一郎(みやもと・しんいちろう) 「藪蕎麦 宮本」
御歳79歳 1941年(昭和16年)1月21 日生まれ
静岡生まれ。15歳で静岡の蕎麦屋で働き始め、19歳で上京。「池之端藪蕎麦」に、住み込みで9年働く。「池之端藪蕎麦」の浜松店出店のタイミングで、店長として静岡に戻った後に独立。島田駅前での1店目を経て、40年前に現在の地で「藪蕎麦 宮本」を開店。妻の節子さん、長女のひろみさん、次女の晶代さんと4人で店を切り盛りする。好物は、焼き肉、鰻、中華。
(写真)宮本晨一郎さんの1日は、殻付きのそばの実を石臼で挽くところから始まる。現在も仕込みから調理、掃除に至るまで自分で行う。「褒め言葉は信用しないのに、褒めてもらえないと寂しいみたい」(娘談)とか。
まずいものは絶対に出したくないし、最後の一滴までおいしい蕎麦を出したい
うちは、11時半から2時の2時間半営業。年々短くなってるんだけど、これは今の自分の集中力が保てる時間なの。儲けようと思ったらもっと長く開けたらいいんだけど、下手なものを出すぐらいなら店を辞める。そう決めてるから、年齢とともに営業時間が短くなるのは仕方がないね。
蕎麦は、香りが命。そして、のびないうちに食べてもらいたいから、うちの蕎麦の量は町の蕎麦屋の3分の1ほど。大盛りはなく、お代わりで注文してもらう方針です。蕎麦を出した時、客がトイレで席を外していたりすると、もう一度出し直す。まずいものは絶対に出したくないし、最後の一滴までおいしい蕎麦を出したいからね。
冷たい蕎麦用の辛汁は、本枯節のだし汁に返しを合わせたもの。温かい蕎麦用の甘汁は、旨味の強い鯖節のだしがベース。香りの良い蕎麦は出せても、その蕎麦に合う汁を出せてない店が多いんだよねえ。本当に満足できる蕎麦を出すには、香り高い蕎麦に合う汁を探求して、ベストのバランスで出せるかどうかが大事なんだよ。
蕎麦の世界に入ったのは15歳の時。たまたま新聞広告で、静岡の蕎麦屋の求人を見たのがきっかけ。3年働いて、嫌になって辞めると言った時、「せっかく手に職つけたんだから頑張れ」と、店の主人が「池之端藪蕎麦」に連れて行ってくれた。それから9年間、住み込みで一生懸命働いた。上野不忍池のほとりで、毎日のように芸子や役者が来たり、夜まで賑やかで楽しかったねえ。今でも修業時代に戻りたいと思うことがあるぐらい。池之端の主人もよくしてくれて、蕎麦に天ぷらに、土台を叩き込んでくれた。今でも思い出すんだけど、池之端の主人はよくステーキを食べていてね。「自分も店を持たないと、こうはなれない。いつかこうならないと」と思ってたなぁ。
江戸前の蕎麦を地方で出そうと決めて、「宮本」を開いて40年。「値段が高すぎる」「量が少ない」と、地元を含め地方の人から散々言われてきたけど、この姿勢を押し通してきた。何がそうさせたかって? 反骨精神に尽きるね。人に何を言われても、めげない。それを貫けたのは、精一杯努力してきたし、旨いものを出してるという自負があったから。今も毎日、少しでも良いものを出そうと思ってやってるよ。よそでまずい蕎麦を食べると、より「頑張ろう」という気持ちになる。俺は絶対に手を抜けないから、「こんな味で客に出せるのか」と思うよ。
「天ざる」(¥2,500・税別)。自信があるものしか出してないから、「お薦めを聞かれるのが一番困る」と、接客を担当する長女のひろみさん。
朝は8時に起床。2階の自宅でコーヒーを飲んで、店に降りて蕎麦を打つ。朝食は10時半頃。朝は食パンと豆乳が定番だね。その後、営業に入って昼ごはんは店が終わってから、軽くつまむぐらい。そのあと、片付けと仕込み作業をして、夕飯は6時頃。一日の食事は夜に重きを置いてるから、夕飯はしっかり食べるよ。テレビを見てゆっくりして、10 時半頃に寝ます。
娘二人も店を手伝ってくれて、幸せなほうなんだろうなと思う。でも娘たちは「父の味はできないから、店はお父さんの代で終わりでいい」と言う。だからつまんないけど、寂しいけど、俺一代で終わるしかない。だからこそ、もっといいものを探求したいね。
毎日続けているもの「蕎麦」
◎藪蕎麦 宮本
静岡県島田市船木253-7
☎0547-38-2533
11:30~14:00LO
月曜休(祝日の場合は営業、火曜休)
JR島田駅より静鉄バス初倉線
「初倉中学水野医院入口」下車徒歩1分
(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)
メルマガ登録はこちらから
GET OUR NEWSLETTER
PEOPLE / LIFE INNOVATOR
第9回 「食にまつわる5つの妄想」
真鍋太一さん 連載 “小さな食料政策” 進行中。
People / Life Innovator Mar. 1, 2021
第5回 空間づくりは、“愉快なおせっかい”から始まる?
東野華南子さん連載
暮らしを創る、店づくり
―いい空間て、なんだろう―
People / Life Innovator Feb. 22, 2021
第4回 「暮らしを創る、「家」づくりのお話」
東野華南子さん連載
暮らしを創る、店づくり
―いい空間て、なんだろう―
People / Life Innovator Dec. 14, 2020
第7回 「無垢チョコレートの愉しみ」
蕪木祐介さん連載
嗜好品の役割
People / Life Innovator Sep. 17, 2020
第3回 「いい空間」の定義って? つづきのお話
東野華南子さん連載
暮らしを創る、店づくり―いい空間て、なんだろう―
People / Life Innovator Jun. 22, 2020
第14回 コロナ禍を経て
目黒浩敬さん 連載「アルフィオーレの農場日記」
People / Life Innovator Jun. 11, 2020
第8回 「食べるを真ん中に、一歩前に進む」
真鍋太一さん 連載 “小さな食料政策” 進行中。
People / Life Innovator May. 29, 2020
第7回 「ごはん食べた?」 があいさつ
真鍋太一さん 連載 “小さな食料政策” 進行中。
People / Life Innovator May. 12, 2020
PEOPLE / CREATOR
リオネル・ベカシェフが写真で訴える“生命の循環”
「TRANSVERSALITÉ 生命縦断」
People / Creator Oct. 15, 2019
JOURNAL / EUROPE
Italy [Roma]
画期的アイデアでヒット!氷に注ぐだけの箱入りカクテル
Journal / Europe Feb. 25, 2021
Sweden [Stockholm]
美食ガイドが100%循環できるアイデアを全面支援
Journal / Europe Feb. 25, 2021
France[Paris]
パリ屈指の高級店がコンセプトを一新!
Journal / Europe Feb. 22, 2021
Germany[Berlin]
ビアホールの広さを生かしてホームレスに温かい食事を
Journal / Europe Feb. 18, 2021
Italy [Torino]
余剰ワインをベルモットにしてワイナリーを応援
Journal / Europe Jan. 21, 2021
France[Paris]
人気店の味が一堂に会するスイーツの聖地
Journal / Europe Jan. 21, 2021
Spain [Madrid]
鑑定技術も機械化へ。オイル鑑定士の人材不足に朗報
Journal / Europe Jan. 18, 2021
Norway [Oslo]
飢餓問題の解決が平和につながる?
Journal / Europe Jan. 15, 2021
JOURNAL / AMERICA
America [San Francisco]
代替タンパク質の草分け 培養チキンの販売開始!
Journal / America Feb. 22, 2021
Peru[Lima]
ガストン・アクリオがデリバリーで身近な存在に
Journal / America Nov. 9, 2020
America[Rhode Island]
コロナ禍で発想の転換! 野球場がレストラン
Journal / America Nov. 2, 2020
COVID-19対策――
世界の飲食店はどう復活へ向かう? アメリカ編
Journal / America Aug. 11, 2020
COVID-19対策――
世界の飲食店はどう動いたか? ペルー編
Journal / America Jun. 25, 2020
America [New York]
飲食店の求人・求職をウェブサイトで即座にマッチ
Journal / America May. 25, 2020
America [New York]
アメリカ料理の見方が変わる黒人料理のレシピ本
Journal / America May. 11, 2020
Peru [Lima]
アンデス数千年の歴史が詰まったコカの葉の蒸溜酒
Journal / America May. 11, 2020
JOURNAL / ASIA
India [Tons Valley]
ロックダウンが生んだ参加型フードウェビナー
Journal / Asia Feb. 18, 2021
China [Hong Kong]
いつでもどこでもレストランクオリティの味を
Journal / Asia Jan. 18, 2021
COVID-19対策――
世界の飲食店はどう復活へ向かう? インド編
Journal / Asia Aug. 24, 2020
India[Karaikudi]
ヘリテージホテルで味わう南インド郷土料理
Journal / Asia Jul. 21, 2020
COVID-19対策――
世界の飲食店はどう動いたか? 香港編
Journal / Asia Jun. 15, 2020
China [Hong Kong]
空港での滞在を快適にする美食レストラン
Journal / Asia May. 7, 2020
India[Kodaikanal]
蜜蝋ラップで脱プラ&フェアトレード
Journal / Asia Apr. 6, 2020
China [Hong Kong]
特注トラムで香港の街をクルージング
Journal / Asia Feb. 13, 2020