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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――25自然を思い通りにすることはできない。「はちみつ草野」 草野竜也さん

2020.10.19

text by Kyoko Kita

連載:大地からの声

「ハチは自然界の運送屋」――新潟市で養蜂を営む「はちみつ草野」の草野竜也さんは言います。彼らがいなければ、植物の受粉は成り立たず、実りも得られず、種の保存もされず、動物や人間は植物の恩恵を受けられない。そんなパートナーから“分けてもらった”ハチミツを採れたての鮮度で消費者に届ける草野さん。養蜂を通じて、自然と人間との関わり方を考え続けています。



問1 現在の状況

良いものを作り続ける。

3月から取引先の飲食店や直売所の注文の多くがストップしました。お詫びの連絡をいただきましたが、彼らの苦しい状況を思うと心が締め付けられるようでした。
「はちみつ草野」は一人でやっている小さな養蜂所です。宣伝や広告にかけられるお金はごくわずか。それでもやってこられたのは、このハチミツを見つけ、良さを認めて、使い続けてくださった彼らのおかげです。僕にできることは何かと考えましたが、良いものを作り続けることが一番だと思いました。

一方、ハチミツに免疫力を上げる効果が期待できるという報道もあり、3~4月は一般の方からの注文や問い合わせが増えました。健康を維持するために、体に良いものを食べたい。そんな消費者の気持ちに応えることも、これまでお世話になった方たちへの恩返しにつながると、気を引き締めて養蜂を続けています。

問2 気付かされたこと、考えたこと

ハチに気付かれないように世話をする。

ハチは自然界の運送屋です。隣の花に花粉を届けて、受粉を手助けする。彼らがいなくなったら、野菜や果物、穀物は実らず、動物も人間も生きていけない。種の保存もされません。
自然界に欠かせないミツバチの大量死が、昨今、問題になっています。農薬の影響が有力視されていますが、科学的には特定されていません。ミツバチは死ぬ時、巣から離れて草むらなどに出ていく習性があるため、気が付くと数が減っている。死骸が見つからないので、原因を突き止めることがむずかしいのです。

個人的には農薬よりも、地球規模で起きている気候変動の影響が大きい気がします。新潟で長く養蜂をしている方が「昔はもっとやりやすかった」と言う。ミツバチと人との関係はクレオパトラの時代から続いていて、文明の発達に伴う自然環境の変化にハチたちは適応してきたはずです。しかし、ここ数年の急激な変化には付いていけなくなっている、と感じます。

本来、ミツバチは、冬場の数が少なく、春に産卵して、夏に数を増やすというサイクルを繰り返します。でも、冬に寒くならないと、ダラダラと活動を続けるハチがいる。寒くなり休むことで、春、爆発的に数を増やすエネルギーが生まれるのに、そのリズムが崩れて、増えるべき時に増えない。活動すべき時に活動しなくなります。
ひとつの巣には幅広い世代のハチがいて、それぞれに役割があります。一世代が抜けたり極端に数が減ってしまうと、巣の中の生活リズムも保たれない。結果、その巣は滅んでしまうのです。

作業の段取りを組むのもむずかしくなってきました。花芽の付き方などを見ながら開花時期と収穫時期を予想し、逆算してハチを生育するのですが、ここ数年は開花が大幅にずれる。今年も長雨の影響で、活発に動き回る時期が来てもハチが巣箱から出られない日が続きました。
コロナの世界的な蔓延による社会の停滞で、一時、大気の状態が劇的に改善したと聞きます。人間の行き過ぎた経済活動は、自然環境にどれほどのダメージを与えているのでしょう。


新潟県は南北に長く、多様な地形を持ち、四季のコントラストが明快なため、多様な植物が自生する。開花に合わせて県内を移動して採蜜。受粉のためにハチを農家に貸し出すことも。


9年前、養蜂を始めた当初は一生懸命なあまり、効率性を重視したり、たくさん採ろうとしたり、良いハチミツを採ろうと手をかけ過ぎていました。でも大切なのは「ハチが必要とすることを、彼らが気付かないうちにこっそりやっておく」というスタンスだと気付きました。彼らの都合を無視して自分がやりたいことをやりたいようにやった結果、ハチが絶滅しかけたこともあります。自然は人間の力で思い通りにできるものではないのですね。

問3 これからの食のあり方について望むこと

「おいしい」って、何だろう?


今年の5月に生まれた子供に良いものを食べさせたいと思うようになりました。それは、「何がおいしいか」を教えていくことだと考えています。
おいしいものを作るというのはむずかしい。おいしくすることで、犠牲になるものがあるからです。たとえば、酸味やエグミを抑えて高い糖度を売りにした野菜、種無しの果物。おいしいし、食べやすいけれど、それは本来のおいしさでしょうか? 自然の姿でしょうか? 消費者が求めるもの、おいしいと思うものを作ることは生産者の使命のひとつですが、じゃあ「おいしいって、何だろう?」と思うのです。人間の嗜好や開発の方向性が自然からずれてきてはいないか、と。

「桜」、「藤」、「アカシア」の他、百花蜜の「里山の花々」、「海辺の花々」は、春搾りと夏搾りで異なる風味が楽しめる。香りが華やかで透き通るようなピュアな甘味が特徴。


日本では結晶蜜への拒否感が根強くあり、結晶化しないように加熱処理されたハチミツが多く流通します。透明じゃないと売れないという暗黙の了解がある。反面、加熱することで、香りや酵素、ビタミン、ミネラルなどが多く失われるという事実はあまり知られていないと思います。
賞味期限についての規定も曖昧です。通常2年くらいですが、製造のどの段階からカウントするかは生産者に委ねられています。品質が変わりにくい食品ではあるものの、僕はその年の品しか販売しないと決めています。 4月に桜、5月に藤、6月にアカシア。味や香りが繊細で穏やかな蜜ほど、1年経つとまるで違う味わいになる。ハチミツにも旬があると伝えたい。百花蜜では年ごとの違いも表れます。同じ場所に巣箱を置いても、その年の気候によって咲く花の種類や割合が変わるからです。ワインのヴィンテージのように、「今年の味」を楽しんでもらいたいのです。

おいしいものは自然が作ってくれる。自然の営みが正しく理解されて求められる社会になってほしいと思います。そのためには、ストーリーも含めて、その正しさを伝えていく必要がある。味覚だけで判断するのではなく、背景を知ることでおいしいと感じるものもあるはずです。何を食べるのか、子供に何を食べさせるのか。選択に役立つ言葉を、ハチミツと一緒に発信していきたいと思います。


草野竜也(くさの・たつや)
趣味で養蜂をしていた祖父の影響で、2011年に養蜂の世界へ。祖父から受け継いだ「草野養蜂」という屋号を2016年「はちみつ草野」に改め、新潟市を拠点に県内で養蜂を行なう。季節ごとの花から集めた蜜を採取し、非加熱で販売。フレッシュで繊細な香りと味わいがトップレストランのシェフやソムリエなどから支持を得る。

はちみつ草野
https://mitsukusa.com/
はちみつ草野オンラインショップ
https://mitsukusa.thebase.in/
はちみつ草野Facebook
https://s.r-tsushin.com/33LGLSO




大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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