大地からの声――5
安さ、効率よりも大切なことはなにか。
石黒農場 石黒幸一郎さん
People / ProducerMay. 13, 2020
text by Kyoko Kita
「ありがたい」とほろほろ鳥を専門に育てる石黒幸一郎さん。苦しい現状について語る合間に何度もその言葉がこぼれました。石黒さんを心配し小売りの宣伝をしてくれるシェフに対して、買い支えてくれる消費者に対して。そしてその思いは、効率性が評価される影で、ひっそりと、でも確かに、日本人の食を支えている全ての生産者に対して向けられています。
問1 現在の仕事の状況
人との繋がりに感謝。
ほろほろ鳥は主にフランス料理で使われる特殊な鳥なので、通常はレストランとホテルへの卸しが8割を占めています。3月から徐々にその注文が減り始め、4月に入ってからはどうにもならない状況が続いています。
しかしお世話になっているシェフのみなさんが、スタッフの分や自宅用にと買ってくださったり、SNSで取り寄せの情報をシェアしてくださり一般の方からの注文が増えています。本当にありがたいことです。おかげさまで、一時期は売上の7割減も覚悟しましたが、現状では3割程のマイナスに留まっています。
神経質な鳥たちにストレスを与えないよう、鶏舎に入る時は目立たない色の服を来て音を立てないようにしている。
社会の状況がどうであれ、鳥たちは日数が来れば処理をしなければなりません。出荷できなかった3割は自社の冷凍庫にストックしてきましたが、すでにパンクし、冷凍庫を借りている状況です。それが一杯になれば、残念ですが破棄する分も出てきてしまうでしょう。
市場規模が小さく一般にほとんど流通しない農畜産物は、補助金や共済の対象から外されてしまいますし、保険も一般のブロイラーと同等扱いされてしまうため、ほとんど頼りになりません。それでも諦めちゃいけない、がんばるしかないと思っています。
問2 今思うこと、考えていること
災害から得た教訓を忘れてはいけない。
世の中が食について見直すチャンスではないかと思います。私は県内産の雑穀や米を独自に配合して餌を作っているのですが、米は自ら栽培し、田んぼの土作りに鶏糞を活用する循環型の養鶏をしています。
東日本大震災の時、エサを100%輸入に頼っていた周辺の養鶏業者は、沿岸部のサイロの崩壊や物流の寸断により、殺処分や廃業を迫られたところが多くありました。震災直後は、輸入穀物で賄っている畜産の在り方に疑問を持つ声も聞かれましたが、人は時間がたつと、その時の苦労を忘れてしまうんですね。再び安さや効率重視の発想に戻ってしまったように思います。
農業にしても効率化や大規模化がもてはやされますが、中山間地で日々汗を流している小さな農家さんたちの働きにもっと目を向けるべきです。今、農業を支えている人たちは平均年齢が65歳を超えていると言われますが、私も絶対に適わないと思うくらい本当によく働いていらっしゃる。
その方たちが野菜を作ることをやめてしまったら、日本の食はどうなってしまうでしょう。中でも在来種を守っている方々は、売り先に苦慮しながらも必至に種を繋ごうとしてくれています。その種は一度途絶えてしまったら、もう二度と復活できないからです。
私たちが生きていく上で欠かせない食について、何を大切にするべきか、今立ち止まって考える時ではないでしょうか。
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと
一人1品でも多く国産食材を買ってほしい。
シェフには感謝の気持ちしかありません。お客さんやスタッフの安全を最優先して、苦渋の思いで店を閉めている。家賃に人件費……私たちよりもよっぽど大変じゃないかと思いますが、それでも「がんばれ!」と応援してくれています。一人ひとりの声が本当に励みになっています。
一般の方たちには、一度の買い物で1品ずつでもいいから、外国産から国産の食材に切り替えてほしいということです。高いと言ってもわずか数百円です。日本の食を支えている人たちの存在に、少しでも多くの人が気付き、応援してほしいと思います。
石黒幸一郎(いしくろ・こういちろう)
ヨーロッパでは「食鳥の女王」と呼ばれる高級食材、ほろほろ鳥を30年前から岩手県花巻市で養鶏。アフリカ原産の熱帯性で、非常に神経質な性格のため、地元で湧き出る温泉を引き込んだ床暖房つきの鶏舎で平飼いしている。薬に頼らず、自家栽培米や地元産の雑穀を配合した飼料で育てている。
石黒農場
https://ishikuro-farm.com/
オンラインショップ
http://horohorocho.com/
石黒農場facebook
https://www.facebook.com/ishikurofarm
大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。
「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。
作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。
と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。
第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。
<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 今、思うこと、考えていること
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと
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