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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――24カカオ農家の良きパートナーでありたい。「Minimal ‐Bean to Bar Chocolate‐」 山下貴嗣さん

2020.10.08

連載:大地からの声

日本を代表するBean to Barの担い手「Minimal(ミニマル)」の山下貴嗣さんは、カカオ豆の品質向上や農家の収入向上のための技術支援を行ない、フェアトレードによる仕入れを徹底しています。その根底にあるのは「世界各地のカカオ農家をパートナーと捉える」姿勢です。4月以来、コロナ禍による人々の購買行動の変化を素早くキャッチし、商品構成の軸足を板チョコからスイーツへと移してきました。それは、ビジネスの存続を図ると同時に、パートナーとのつながりを守るためでもあります。



問1 現在の状況

カカオ豆の仕入れ量を減らさざるを得ない。

約30カ国のカカオ産地との取り引きやJICA(独立行政法人国際協力機構)のODA(政府開発援助)の仕事もあって、これまで1年のうち4、5カ月は海外でした。毎年必ず3~6月に産地を訪れていたのが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大によって行けなかった。3月、カカオ生産者から「今年はなんで来ないんだ?」と連絡が入ったのは、当時まだ感染拡大に時差があって、奥地にある農園まで情報が届いていなかったためでしょう。おかげで数年ぶりに日本の梅雨を体験しました。

現地に行けない代わりに、生産者とはオンラインでコミュニケーションを取っています。収穫はきちんとできているようですし、物流は維持されている。サンプルがガンガン送られてくるところを見るかぎり、さほど大きな変化はないように感じます。
ただ、カカオの国際価格が株価暴落の影響で下落したのを受けて、もっと儲かる作物に変えようとする農家が出てくる可能性もある。それが心配です。
私たちはフェアトレードで仕入れていますから、国際価格の下落を買い取り価格に反映させることはしません。「質が向上したら、買い取り価格を上げる」「前年より1kgでも多く買う」がモットーです。しかし、営業自粛の影響や今後を見通すと、残念ながら今年は初めて仕入れ量を減らさざるを得ないという現実があります。


昨年、JICAのODAプロジェクトでニカラグアのカカオ農家を100軒以上視察。自粛期間の5月9日、16日、23日には、ニカラグアのカカオ事情をレポートしながら、テイスティングセットを食べ比べるオンラインミーティングを開催した。


問2 気付かされたこと、考えたこと

野球からサッカーへの転換。


営業自粛要請による店舗の休業期間、EC強化に取り組みました。
Bean to Barによるチョコレートは、カカオ産地の風土や生産者といった栽培の背景、カカオの風味を引き出す製法など、試食も含めて五感をフルに働かせることで魅力を感じ取り、購買へとつながるものだと思います。
しかし、視覚でしか訴求できないECで、リアル店舗と同じだけの情報や体験を提供することはむずかしい。
ならば、スイーツをECの入口にしてはどうだろうかと考えました。スイーツは誰もがそのおいしさを知っていて、視覚的なシズルもある。人々の持つ情報と体験の量が圧倒的に違います。シズルのあるスイーツをフックに、ECへの導入を活発化させようと考えました。

製造チームのメンバーは、元々、海外の三ツ星レストランや老舗パティスリー、フランスのMOFパティシエの下で修業したパティシエたちです。彼らは製菓技術のキャリアに加えてカカオを扱う技術を習得したくてMinimalに入ってきた。オーセンティックなスイーツな作りの技術が叩き込まれています。スイーツ作りに取り組むスタッフ体制はすでに揃っている。
withコロナはおそらく長期戦になるだろうと見通して、板チョコ作りに最適化されていた工房をスイーツ作りの場としても機能できるよう、変革に取り掛かったのはまだ4月中のことでした。
バックヤードを改装し、冷蔵設備、冷却設備、オーブンを増強、冷凍のストッカーを設け、EC&配送チームを編成。原材料が多くて作業工程も複雑で調理機器を多用するスイーツ作りは、板チョコよりも原価率が高くなります。何よりフラジャイル。製造体制が大きく変わると同時に、原価構造も変わります。カカオの仕入れと加工から手掛けるチョコレートショップというファサードは同じながら、競技を野球からサッカーに変えたくらいの転換を図ったと思います。

7~12月、毎月300個限定で新作スイーツを予約販売。毎週日曜日に予約受付開始、完売のお知らせや在庫状況がサイトに表示されている。


コロナ禍をきっかけにダーウィンの進化論を話題にする人が増えましたね。「変化するものが生き残る」というフレーズがよく語られています。変化は変化でも、僕は、受動的に変化するのと能動的に変化するのは違う、と思っています。人って、変化させられても、自ら変化したって思いがち。でも、僕はいかに能動的に変化するかが大事だと思う。
コロナを理由にしていたら、本質的には変われないのではないか。コロナに関係なく、変わることを前提として、自分たちで変えていく意識を持たなければ、結局は元のさやに納まることになってしまうでしょう。
オペレーションを変えると同時に、スタッフのマインドチェンジも働きかけました。現場のスタッフに「意識、変わっているか?」と声をかけて回った。我ながらガミガミおじさんだなと思うけれど、今現在の局面において重要なことだと思うのです。

手探りでしたが、毎月新作を発表する、事前に告知する、完売表示をして人気商品であることを目に見えるようにするなど、売り方を試行錯誤していく中で、スイーツの売上は確実に伸びていきました。
甘いものは人を幸せにします。気持ちがなごむ、リフレッシュできる。甘いものが持つ力を実感しましたね。
スイーツに限らず、ステイホーム期間、多くの人々が食べることの幸せを感じたのではないでしょうか。
料理する喜び、外食する喜び、どちらにしても食べるは幸せ。食べることの情緒的価値を再認識しています。

問3 これからの食のあり方について望むこと

カカオ農家が拠り所。


サロン・デュ・ショコラが開かれている時、僕は赤道直下にいる。それが僕のビジネス信条です。僕たちのビジネスの拠り所はカカオ農家であり、迷った時の答えもカカオ農家にある。
産地を訪れると、日陰の涼しさ、その偉大さに気付きます。日頃、自分がスマホに依存していることに気付き、文明に慣れ過ぎていたことにも気付く。
カカオ農家の人たちは、夜が明けたら畑に出て、太陽が高い所にいる間は休み、雨が降ったら仕事を止める。自然と対話しながら、自然と調和しながら、生きている。そんな彼らに対する僕のリスペクトは半端ありません。
彼らがカカオと向き合い続けられるように、僕たちはパートナーとしての関係を維持したい。僕たちが介在することでマイナスになることだけはしたくないといつも思っています。


「毎年足を運ぶことが大事。5年通ってアミーゴになる」と山下さん。「Hello!」を言うだけの時間しか取れなくても、毎年訪ねる意味がある。ホンジュラスの生産者と共に。


自分たちが望むクオリティを伝えて、そのための技術を伝授して、質の向上を図ることで、彼らの暮らしや社会的ポジションの向上に寄与したい。ニカラグアでの発酵実験中。カカオの実の断面を見ながら発酵具合を確認する。


だから、Minimalのチョコレート造りのスタンスは「刺し身」なんです。素材を表現するチョコレート、カカオの風景が見えるようなチョコレート。油脂分でボディを出していくヨーロッパの伝統的な作り方とは考え方が違います。

そのためにも、僕たちが欲しいカカオ豆のクオリティを提示して、生産者たちと一緒に発酵技術のレベルを上げていく取り組みをする。僕たちが手掛けるカカオの量なんて微々たるものだってわかっています。でも、量じゃなくて質でカカオを育てたい。うちくらいの規模で、自分たちでコンテナを動かして各国からカカオ豆を仕入れているメーカーは他にないと思いますよ。
時折、カカオ園を買わないかという話が持ち込まれることもあります。けど、僕にとってカカオ園を持つことにはなんの意味もない。彼らとパートナーになることが大事なんです。


山下貴嗣(やました・たかつぐ)
1984年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業後、経営コンサルティング業務に携わる。Bean to Barとの出会いをきっかけに、2014年、渋谷区富ヶ谷に「Minimal - Bean to Bar Chocolate -」を立ち上げる。年間4か月強は、赤道直下のカカオ産地に足を運び、良質なカカオ豆の買付と品質向上に取り組む。設立から3年でインターナショナルチョコレートアワード世界大会Plain/origin bars部門で日本初の金賞を受賞。D2C領域においても注目を集め、「WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017」受賞、D2C関連イベントでの登壇など、ソーシャルインパクト、ビジネスインパクトの両立で成長を目指す。

Minimal 富ヶ谷本店
東京都渋谷区富ヶ谷2-1-9
☎ 03-6322-9998
当面の間、11:30~19:00
無休
https://mini-mal.tokyo/




大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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