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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――30 2つの災害と向き合って思うこと。 「村一果樹園」村田吉隆さん、一葉さん

2021.05.24

photographs by Shimpei Fukazawa

連載:大地からの声

「目の前のできることを行なっていくという想いで2020年は駆け抜けた」――長野県東御市(とうみし)でブドウ、リンゴ、洋梨を栽培する「村一果樹園」の村田吉隆さん、一葉さんは語ります。2019年10月、台風19号による大打撃を受け、ほどなくしてやってきたコロナ禍。そんな中で畑に立ち続ける2人が抱くのは「自分たちの仕事が人々の暮らしにこれからますます大切になるのではないか? 人の暮らしにプラスになるように、温かみを感じてもらえるものづくりを」との思いです。



問1 現在の状況

台風19号の爪痕は深く。

2020年は、私たちにとって、コロナと同時に2019年の台風19号とも向き合い続けた1年でした。
千曲川が氾濫・決壊して8000棟以上が浸水するという甚大な被害を長野県にもたらした台風19号は、私たちのリンゴ畑にも深い爪痕を残していきました。リンゴ畑4反歩(1反歩=10a)のうち3反歩が壊滅状態に。どうしていいかわからず、しばらくの間、立て直そうという気持ちを奮い立たせることすら困難でした。被害の少なかったブドウ畑の栽培に力を注ぎ、その収穫を心の拠り所としながら、倒壊した棚の撤去や折れて枯れたリンゴの樹の撤去など、昨年1年間をかけて一つひとつ片付けていったのです。

コロナ禍のほうは、第一波の緊急事態宣言時にカフェなどに卸す自家製ジュースの出荷が止まり、これからどうなるのだろうという不安にかられると同時に、子供が通う保育園や学校が休園・休校したことで一年の大切な準備段階である春の農作業に影響が出ました。それでも秋には顧客の方々にお送りしたDM(ダイレクトメール)に例年通りの反響をいただき、ありがたいことに昨年のブドウの収穫と販売はつつがなく終えることができました。


村田吉隆さんと一葉さん。2人が手掛けるフルーツやジュースを愛用するカフェ、レストラン、料理家は多い。

私たちが育てる果物を待っている人がいる――それは心強いものです。食べてくれる人がいるから、作る喜びも感じることができる。村一果樹園では毎年、実りの季節が近づくとDMをお送りしてご注文いただく販売スタイルをとっていますが、そのきっかけは2005年の開業の頃にさかのぼります。

新規就農の開業したてで販路のない私たちに、「ヴィラデストワイナリー」(栽培だけでは食べていけず、ここでアルバイトをしていました)の玉村豊男さんが「駐車場横のビニールハウスを使ってもいいですよ」と場所を貸してくださった。その時に購入された方々とのご縁が続き、また贈り先へと縁が広がり、DMの数は年々増えています。

台風19号の被害に対して行政による支援制度や助成金が設定されました。しかし、自治体に相談しても条件が合わず、ほとんど支援を受けられないという現実に直面。組織に属さずに営む小さな農家が存続するのは厳しいのだろうかとやるせなさに襲われた時、支えとなったのが、お客様や取り引き先からの見舞いの言葉であり、「手伝いに行くよ」という申し出でした。

今年の初め、このコロナ禍で私たちに何ができるのだろうと考えてみた時に、ブドウ園があり、自分が大好きで植えた洋梨の畑があり、一部生き残ったリンゴの畑もあり、農業機械も、それなりの栽培経験もあって、何より実りの秋を待ってくれている人たちがいる、自分たちの仕事はこれからの人々の暮らしにとってますます大切になるのではないか、と気付きました。


問2 コロナで気付かされたこと、考えたこと

食が取り持つ関係が社会を豊かにする。

台風とコロナを経て、これまで以上に「すべての作業に納得感を持ちながら進めたい」と思うようになりました。それによってもっと製品率(製品となる割合)を上げたいし、質も上げていきたい。
そこで、借りていたブドウ畑の1枚を貸主さんにお返ししました。手が回り切れていないなと感じていたからです。作業が後手後手になっている感覚がありました。

とはいえ、自然も人間社会も、いつ何が起こるかわからないことを、台風とコロナで学んだ。ひとつの作物に比重を置き過ぎると、何か起きた時のリスクは大きい。

果樹は時間のスパンが長い作物です。植えてから収穫までに数年、さらに実がおいしくなるまでに数年を要します。一度植えたら簡単には植え替えられず、剪定や施肥は数年先をイメージして行なわねばなりません。ようやく収穫できるようになって、さあ、これからと思ったら、病害虫にやられることもあれば、災害もあり、急遽、畑を貸主に返さなければならなくなったという不測の事態もありました。

リスクを軽減する意味でも、それ以上に人とのつながりを広げる意味でも、ゆくゆくはワイン造りを勉強してチャレンジしていきたいと考えています。ワインはブドウという果物の息の長い楽しみ方であり、東御市はワイン造りが盛んな土地でもある。また、宿泊場所を設けて、顧客の方々などに気軽に訪ねてもらえるようにできたらとの思いもあります。こんな社会状況だけに、お客様にとっても自分たちにとっても暮らしの楽しみとなる場所になれたらいい。無心に土に触れてリフレッシュしてもらえたら、子供たちの記憶に刻まれる体験を提供できる場所になれたらと夢描いています。


2019年、台風19号襲来から1カ月後、長野県主催「信州ガストロノミーツアー」で料理家やメディアが訪れた時の光景。


食が取り持つ関係が社会を豊かにしていくと思うのです。
私たちには、こうなったらいいなと思う姿があります。たとえば、手伝っていただいた感謝の気持ちは、実ったリンゴでお返しする、畑に繁った野菜でお返しする。いわゆる物々交換ですが、それができる環境や関係があることが豊かだと思う。もちろんスーパーでも買い物はするけれど、生活の一部に実りと実りを贈り合う関係があったらいい。「今日の大根は○○さんの大根だよ」と食卓の話題に名前が上るに違いありません。「あの人が作った野菜だ」と思えば、味わいも感謝もひとしおのはずです。


問3 これからの食のあり方について望むこと

自然と向き合う厳しさを理解する。


昨春、被害を受けた3反歩のリンゴ畑の倒れた樹を立ち上げて、支柱をしてみたものの、根が切れてしまっている樹も多く、生き残った樹は1~2割に留まりました。それでも生きている樹は花を咲かせ、小さいけれども実をつける。ジュースなどの加工品になってくれます。今年は去年よりも根を張って、もっとしっかり実をつけてくれることでしょう。

4反歩のリンゴ畑のうち、倒壊しなかった1反歩は普通樹の畑でした。 リンゴ栽培のスタイルには、普通栽培と矮化(わいか)栽培があり、長野県では後者を推進しています。矮化栽培とは、矮性の苗木をトレリス(棚)仕立てで育てる栽培法。コンパクトな樹形の苗木を約1~2m間隔で植えて列を作るため、手入れがしやすく、日が当たりやすく、色づきやすく、面積当たりの収量が上がるだけでなく、収穫までの期間も短くなります。病気になった時などには改植しやすい。但し、自立性が弱く、樹を支える支柱や棚が必要で、自然災害による被害を受けやすい。対して、普通樹は土中に根を頑健に張るため、倒れにくい。台風19号でそれが証明されたとも言えます。


台風19号から1カ月後、被害にあったリンゴ畑で。幹が折れて倒れている。

コロナ禍と台風19号の爪痕、2つの災難と向き合った1年を経て、今春からリンゴの苗木作りやトレリスなどの資材調達に取り掛かっています。リンゴ畑を再生するにあたり、トレリス仕立てにするか、普通樹にするか、迷うところです。普通樹は災害に強い反面、デメリットもある。上にも横にも枝が広がる分、花粉付けなどの作業がしづらく、日の当たりにくい実があったり、収穫にも手間がかかる。防ひょうネット(防鳥としても機能します)も張りにくい・・・。トレリス仕立てが主流になるのはそれだけの理由があります。

より良い収穫を得るために、長い年月の中で蓄えられてきた先人の知恵と工夫があり、また、様々な栽培技術は人間が自然と向き合ってきた証でもあります。自然を相手として、自然と共に生きることは、つくづく生半可なことではないと思うのです。



村田吉隆、一葉(むらたよしたか、かずは)
大学卒業後、種苗会社に就職。脱サラし、東御市の新規就農受け入れ制度を利用して、農業の道へ。果樹を選んだのは、他の作物よりも個人のお客様と直接つながれるのではないか、との思いから。「会社勤務時代に同僚からもらって食べた東御市産のブドウのおいしさに感動したこともきっかけのひとつ」と吉隆さん、一葉さん。受け入れ制度の里親のもとでの研修を経て、2005年、「村一果樹園」を開業。栽培品種は、ブドウがシャインマスカット、巨峰、ナガノパープル、クイーンニーナ、リンゴはふじ、秋映、シナノゴールド、洋梨がシルバーベル。ジュースとドライフルーツも手掛ける。

◎村一果樹園
長野県東御市和3297-1
☎0268-63-7795
https://www.kajumura.com/
Instagram:@muraichi2005





大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。

「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと

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