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伊藤啓孝さん(いとう・ひろたか)
「ドメーヌ・クヘイジ」栽培醸造責任者

People / ProducerOct. 29, 2020『料理通信』2020年11・12月合併号掲載

日本酒「醸し人九平次」で知られる萬乗醸造が、フランス・ブルゴーニュ地方でのワイン造りを決意したのは2013年。その任務を託されたのが、伊藤啓孝さんである。
何の伝手もないところでたった一人、伊藤さんは道を拓き、2015年に醸造所を、2017年にはブドウ畑を取得して、萬乗醸造は日本酒とワイン、両方のドメーヌを持つ世界唯一の酒蔵になった。
渡仏から7年。日本酒の醸造家だった伊藤さんが「ドメーヌ・クヘイジ」の栽培醸造責任者として仕込んだワインが、今春、初リリースされた。
text by Sawako Kimijima



日本酒とワインを行き来する


「代表の久野九平治と2人、フランスのワイナリーを回っている最中でした。案内役であるブルゴーニュ在住の日本人があまりに熱心な僕たちの姿に、『自分たちで造ればいいじゃないか。大丈夫、できるよ』と言ったのです。久野と顔を見合わせ、『なら、やってみるか』と」

伊藤啓孝さんは15年間、久野さんと一緒に日本酒を造ってきた。
「久野も私もワイン好きで、日本酒に対して無意識にワインの視点が入ってしまう。酸は日本酒にとってネガティブな要素じゃないよね、ミネラル感があったほうがおいしいよね、といったように。日本酒に足りないものは何だろうとの視点が、自分たちの酒造りには常にありました」
いっそ本場のワイン造りを実地に体験し、そこで見出したものを持ち帰ることで日本酒を進化させられるのではないか。昭和50年代をピークに消費量が下落し続ける日本酒の活路のヒントが得られるのでは?ドメーヌ・クヘイジの背景にあるのはあくまでも日本酒への思いだ。「革新的な発見は、案外、その分野で長く研究している者より、他分野から参入してきた者によって引き起こされる」が2人の信念である。

夢を託された伊藤さんがブルゴーニュに渡ったのは2013年秋。語学学校通いもそこそこに、ワイン造りを実践的に学ぶため、渡仏4カ月後にはブドウ畑のアルバイトに精を出していた。その傍ら、不動産屋 に導かれて、売りに出ている醸造所を内見する日々。「立地、サイズ、状態など、なかなか理想的な物件と出会えずにいました。20件も回った頃、知り合いから紹介されたのがこの物件です」。

ブルゴーニュの中心都市ディジョンから南へ17㎞、銘醸蔵がひしめくコート・ド・ニュイ地区でもとりわけ人気の高いジュヴレイ・シャンベルタンとシャンボール・ミュジニーに挟まれたモレ・サン・ドニ村にある。小さな村ながら5つのグラン・クリュを持つ恵まれた土地柄だ。
「コート・ド・ニュイは僕にとっても世界的にも憧れのエリア。物件が出ること自体、稀なんですね。高齢を理由に醸造所を手放したいという生産者からタイミング良く譲り受けられたのはラッキーでした」
醸造所の購入が2015年。翌年、買いブドウによる醸造をスタート。17年には2.5haの畑を取得し、堂々たるドメーヌ(自社畑での栽培から醸造までを一貫して行う蔵)となった。
日本酒の応用でワインを仕込む
元来、伊藤さんは日本酒の醸造家だ。ブルゴーニュへ移り住んでからブドウ栽培やワイン造りの研修を重ねたものの、なにせ年に1度しかチャンスがないため、そうそう経験値が上がるわけでもない。しかし、これっぽちも臆することなく果敢にワイン造りに挑む。
「日本酒の応用です。自己流と言えば自己流かもしれませんが、醸造学的に大きな差異はありません。原材料が果物か穀物かの違いであり、素材自体が元々糖を持っているかどうかの違い。日本酒は米を糖化させなければならない分、テクニカルになるし、装置が必要になる。対して、ワインはその必要がなく、シンプル。元々持っていた自分の技術をブドウに合わせてチューニングすればいい」

日本酒の技がワインに通用するかどうかより、日本酒の造り手がワインを醸すと何が見えてくるのかを探ることに意義がある、と伊藤さんは考える。
「造りたい酒のイメージから逆算して栽培を決めるのは米もブドウも同じです。米であれば、苗を植える間隔、ひと株あたりの茎の数などを、造ろうとする酒の原材料としてどんな米が欲しいかで探っていく。ブドウであれば、どんなブドウが必要かによって、剪定から始まり、芽掻き、摘花、摘房の時期や量を決めていく」

ドメーヌ・クヘイジが所有する畑の格付けは決して高くない。が、樹齢40年以上の古木も多く、凝縮した味わいのブドウが収穫される。肥料を最低限に抑え、収量をグラン・クリュ並みの30hl/haに抑え、すると、酸度が高い健全なブドウとなり、醸造環境も健全に。「醸造中に人為的な施策の必要がない」と伊藤さん。「畑にはその年の天候と仕事が刻み込まれます。大地の記憶を酒という形に留めるのが醸造。勝手に記憶を塗り替えたり、飾り立てたりはしません」。
懐に飛び込んで道を拓く
そもそもの発端は15年前にさかのぼる。
06年、久野さんはパリのガストロノミー界へ単身乗り込んだ。まだ日本酒が現在ほど認められていない時分のことだ。パラスや三ツ星レストランのソムリエに自作の酒のテイスティングを働きかけ、数軒のレストランで見事オンリストにまで漕ぎ着けた。文字通り開拓者と言っていい。

フランスのトップソムリエたちはすぐに理解した。日本酒がいかに洗練された酒であるか。どれほど高度な技術を駆使して造り上げられているか。そして、フランス料理と合わせた時の有用性。ワインではむずかしい生の魚介、特に魚卵に対して包み込むようなマリアージュを見せる日本酒は、キャビアやサーモンが欠かせない高級店にとって武器になる。

一方で久野さんは気付く、「世界の酒の基軸はワインである」。立ちはだかる厚い壁、というより、世界のスタンダードにして共通言語がワインであると、日本酒の啓蒙に勤しめば勤しむほど思い知らされた。
ならば、その懐に飛び込んでしまおう。
同じ醸造酒として捉えればこそ、違いが浮き彫りになり、互いの特質が見えてくる。
日本酒とワインを行き来することで必ずや自分たちの酒造りに化学反応が起こるはず。横並びで捉える感覚が日本酒の次なる扉を開く、と2人の開拓者は目論む。

萬乗醸造はフランスの米で仕込む日本酒造りにも挑戦しており、伊藤さんは米の栽培にも携わる。南仏カマルグで育てるマノビ種である。「日本の米に近いという観点からマノビ種を選んだが、フランスのテロワールを表現しようと思ったら、もっとフランスらしい米で日本酒を造ってもいいかもしれない」。

コロナによって、人類の文明は今、分岐点にある。デジタルに置き換えられるものと置き換えられないものに大きく二分されていくだろう。伊藤さんが立ち向かうのはデジタルに置換不可能な世界だ。リアルにしか成し得ない種・栽培・発酵・醸造の大いなる実験に、こんな時だからこそ心を寄せたくなるのはきっと日本人だけではないはずだ。

◎ Domaine Kuheiji
34 Route des Grands Crus,21220 Morey Saint Denis
e-mail:kuheiji.france@gmail.com
http://kuheiji.co.jp/domaine/

伊藤啓孝(いとう・ひろたか)
1979年、愛知県生まれ。20歳の時、大学を中退して、萬乗醸造の扉を叩く。他の人とは違う仕事がしたかったこと、実家近くに酒蔵があって日本酒造りを身近に感じていたことなどからの選択だった。15年間経験を積み、2013年渡仏。日本酒の技術を応用しながらヴィニュロンとしてワイン造りに勤しむ。



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