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PEOPLE / 生産者・伴走者

パオロ・ヴォドピーヴェッツが語るイタリア自然派ワイン20年の歩み

2023.06.05

パオロ・ヴォドピーヴェッツが語るイタリア自然派ワイン20年の歩み

text by Motoko Iwasaki / photographs by Nicola Pasotto

2007年の来日時、「僕はワインを造りながらも、人類の将来のことを考えてしまう。土を生き返らせるような、こうした農業に世界全体で切り替わることを心から願っているんだ(『料理通信』2008年3月号より)」と語っていたイタリア自然派ワインの牽引者、パオロ・ヴォドピーヴェッツ(Paolo Vodopivec)。三ツ星レストランのワインリストに自然派が欠かせない時代となった今、自分が正しいと思う選択に誠実であり続ける造り手たちの歩みをパオロが語る。


造り手と飲み手が4年ぶりに再会した会場で

ジュゼッペ・リナルディ、ロリス・フォッラドール、パオロ・ヴォドピーヴェッツ、ジャンピエロ・ベア、サルヴァトーレ・フェッランデス・・・。筋の一本通ったワイン造りで尊敬を集めるイタリアの自然派ワインの造り手たち24人が名を連ねる生産者組合「コンソルツィオ・ヴィーニヴェーリ(Consorzio ViniVeri)」。

彼らの主催するワインフェア「ヴィーニヴェーリ 2023」が、イタリア最大のワイン展示会「ヴィニタリー(Vinitaly)」と並行して今年も3月31日から4月2日までの3日間、ヴェネト州ヴェローナ近郊のチェレア(Cerea)地区で開催された。

ヴィーニヴェーリ 2023

会場に足を踏み入れると体育館のようなだだっ広い空間に、ワインボトルを並べただけの小さなテーブルが列を成している。他の出展者とスペースを隔てる間仕切りもなければ、装飾もない。シンプルすぎるくらいの設えだが、テーブルを挟んで生産者もその向かいに立つビジターたちも午前中から笑顔が絶えない。

自然派ワインをこよなく愛するビジターたちが軽快な足取りでお目当ての生産者のテーブルに歩み寄り、目を輝かせて「ちょっとそのワインを試飲させて」と空のグラスを差し出す。すると陽に焼けてがさついた手の甲、節くれだった指、長年の作業で果皮の色素が沈着して黒ずんだ爪・・・紛れもなくそのワインを生んだ人の手に無造作に掴まれたボトルからグラスの底に向かってワインが流れ落ちる。注がれたワインの色や香りを確かめ、すっとワインを口に含んで繰り返し味わいを噛みしめるビジターたち、彼らを見つめながら自分のワインの評価をじっと待つ生産者。そんな光景が、会場のあちらこちらで繰り返される。

自分のワインの評価をじっと待つ生産者

自然派ワイン生産者組合「ヴィーニヴェーリ(ViniVeri~真のワイン、つまり偽りのないワイン)」に集う生産者たちのモットーは「Vino secondo natura」つまり「自然に委ねて造るワイン」。自然の摂理に即して生まれたワインの特徴は年によって多少違ってくることは、今や消費者側にも広く理解されている。だから「この収穫年のワインは前年に比べてエレガントですね」などと感想をもらせば、今度は生産者の瞳が光を得て、その年はどの時期にどのくらい雨が降ったか、夏の気温や収穫直前の天気などワインの質に影響を与えた自然条件や苦労した点、造り手として気に入っている特徴などがどんどん口を突いて出てきて、ビジターが指摘した特徴の由来が明らかになる。さらにテーブルを挟んで互いにピンとくるものがあれば、ワイン哲学を熱く語り合うこともあるし、冗談を飛ばし合って高らかに笑い声を上げることも。古株の生産者も新しい参加者も、ヴィーニヴェーリではビジターをそんな風に迎えてくれる。

ワイン哲学を熱く語り合う

彼らが「グルッポ・ヴィーニヴェーリ(Gruppo ViniVeri)」という小さなグループを発足させた2000年代初頭とは違い、今やイタリアでも自然派ワインの生産者は驚くほど増え、自然派ワインに特化した展示会やイベントも各地で頻繁に催されている。この大きな自然派の波の中でヴィーニヴェーリとは一体どういう存在なのか、現会長のパオロ・ヴォドピーヴェッツに聞いてみた。

パオロ・ヴォドピーヴェッツ

ヴォドピーヴェッツは、イタリア北東部フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州カルソ地域の生産者。真冬に吹く地域特有のボーラという冷たい強風の中でも畑に出掛け、体躯を低く二つに折って汗することを厭わない。土着品種ヴィトフスカだけにこだわって栽培し、カルソの固い岩盤をくり抜いた洞窟にジョージアから命がけで持ち帰ったアンフォラ(素焼きの容器)を据えた神聖なまでの熟成庫で、仕込んだワインを熟成させる。荒々しい自然を相手にほとんど独りで全ての生産活動をこなす姿を見ていると、この人こそカルソの土着品種と呼びたくなるパワフルな大男だ。人の言葉を正面から受け止め、同じように自分の言葉も真っ向からぶつけてくる人。


自分たちの信じるワイン造りを発信するために

――ヴィーニヴェーリが生まれた経緯を教えてください。

自然派ワイン生産者組合「ヴィーニヴェーリ」は、ファブリツィオ・ニッコライニ(Fabrizio Niccolaini:トスカーナ州)、ジャンピエロ・ベア(Giampiero Bea:ウンブリア州)、故スタンコ・ラディコン(Stanco Radicon:フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州)そしてアンジョリーノ・マウレ(Angiolino Maule:ヴェネト州)が中心になって2004年に協会組織として発足させた。

ヴィーニヴェーリ

その目的は自然派ワイン生産者の声を一つにすること。そして商業性の高い展示会である「ヴィニタリー*」の動きから一線を画すことだった。勘違いしないでくれ、ヴィニタリーはイタリア産ワインの普及には絶対的に必要なイベントだ。ただ、あれだけ巨大で多様なコンセプトのワインが混在する中では、自然派ワインという特質が埋もれてしまう危険があった。だからヴィニタリーとは異なる形で、自然のサイクルや自然が育む特質を尊重し、出来るだけ手を加えずに個性あるワインを生産していくという自分たちの考え方を継続的に発信しようと、このイベントを続けてきた。

*出展者数が4000軒を超える世界最大級のワイン展示会。

ワイン展示会

2004年の初回フェア以降、ヴェローナ近郊で会場を何度か変えながら開催していたが、2010年からは現在の「ラ・ファッブリカ・ディ・チェレア」というヴェローナ県内のこのスペースに落ち着き、毎年ヴィニタリーと同時期に開催している。

その間に協会から組合(Consorzio ViniVeri)へと組織変更もした。理由は「協会」は非営利団体だから商業活動がかなり制限されるのに対し、「組合」は活動費を賄えるくらいの商業活動は許されるから。ヴィーニヴェーリの知名度が高くなるにつれて、この組織的脱皮がどうしても必要だった。

――ヴィーニヴェーリの組合員はどんなワイン造りを実践していますか? ブドウ栽培、醸造に関するルールはありますか?

それは僕たちのサイトにもきっちり記載されている。
まず、ブドウ栽培に関して、除草剤、化学肥料を用いないのは当たり前。苗木も遺伝子組み換えによるものやクローン苗木の使用はありえない。古株を複数選別してその芽から苗木を作るマッサーレ選別による苗木の使用を義務付けている。栽培するのは土着品種。病害虫駆除には有機農法規則で認められた製品の使用を認めてはいるが化学物質、抗生物質、浸透剤は使用不可。そして収穫は完全手作業で行うこと。

次に醸造については、ブドウや蔵に付いた天然酵母のみで発酵させ、ビタミン剤、酵素、バクテリアなどの栄養剤、促進剤などの添加や濃縮、乾燥を行わない。ブドウを干す場合も自然乾燥のみ。マスト(圧搾したブドウの果汁・果皮・果肉・種子の混合物。果醪)やワインの発酵も自然に任せ、無理に手を加えて加速も減速もさせないし、温度調節もしない。無清澄、無ろ過。亜硫酸は総含有量が辛口ワインなら80mg/L、甘口でも100mg/Lを超えてはならない。
これが俺たちの生産規則。

ヴィーニヴェーリの活動

ヴィーニヴェーリの活動に参加したい生産者は誰であれこの生産規則を守る必要がある。現在、正組合員は24名。今回のフェアに参加した生産者は、正組合員と生産規則に沿った審査を通った参加者を合わせて116軒。組合員とその他の違いは議決投票権が有るか無いかだけだ。重要なのはヴィーニヴェーリのフェア参加審査を厳密に行い、出展者全員が生産規則を遵守していること、これが大前提。確かにこの基準を緩めれば、出展者を300軒にまで増やすことができるだろう。けど、そんなことをしたらヴィーニヴェーリは長続きしない。消費者が僕たちのワインに示してくれた信頼を裏切ることになるから。

ワインはきちんと造るべき

さらに僕たちのワインには欠陥があってはならない。例えば自然派ワインは悪臭があって当然と思い込んでいる人がいるとしたら、その考えは改めて欲しい。ヴィーニヴェーリにとってワインはきちんと造るべきもの。そしてもっと大切なことは、そのワインがおいしいことだ。

――規則に「土着品種を栽培すること」とありますが、国際品種を栽培している生産者の参加は認めない?

そこまで極端じゃないさ! 例えば俺たちの信条を共有してワイン造りを行っている若手生産者が何人かいる。だが、彼らの親の代がメルロやシャルドネを植えていたということがあった。俺たちからそんな木は引っこ抜けなんて言えないだろう。
だが「土着品種の価値を高めていくべき」という俺たちの信条に疑いはない。そしてこの考え方は一般にも浸透してきている。

生産者の参加

――農家であることの重要性は? 例えば投資家がエノロゴ(ワイン醸造アドバイザー)の助けを借りて高い質のワインを造ることだってある。もし彼らが生産規則を満たしていたらヴィーニヴェーリに参加できる?

挑発的質問だな(笑)。俺たちが大切にしていることの一つに「手仕事による生産」がある。大量生産をするワイナリーじゃ手仕事でのワイン生産はできないだろう。

――パオロが会長に任命されたことで活動内容に変化がありましたか?

うーん、ない。これまでの活動を継続しているだけ。前任のベアが会長を務めていたとき、僕は副会長だったし、現在も互いの役を交換したに過ぎない。ただ、俺はついていなかった。2019年に会長に就任して直ぐにコロナ禍に直面した。だから俺の会長職はフェア中止の手続きで始まった。
2021年、コロナがかなり収まると飲食店は営業を再開できたが、大規模なイベントはまだ許可されなかった。だから自然派ワインの灯火を絶やさない対策として生産者を2、3軒ずつ選んでレストランで紹介する小さなイベントをいくつも企画し、うまくいった。
状況もほぼ平常化した2022年に会長職も2期目に入った。今回のフェアの来場者数は3000人を超え、世界とSNSで結ぶ企画には少なくとも2万人がアクセスしてくれた。

ヴィーニヴェーリのフェア

2016年からはヴィーニヴェーリのフェアを毎年1月にアッシジでも開催していて、これも大好評だ。来場者にとってはアッシジという町も魅力だろうが、これまでヴェローナ(イタリア北部に位置する)から遠いイタリア中部、南部の自然派ワインのファンも参加しやすくなった。
あっ、もう一つ言わせてくれ! 俺たちはフェアの開催以外にも、自然派ワインの生産における技術や知識の向上、人材育成にも取り組んでいる。組合員やフェアに参加した生産者たちが直面する課題をみんなで解決していこうというものだ。

パオロの最後の言葉に、ふと、ヴィーニヴェーリに所属するピエモンテ州の若い生産者を訪ねた時、「翌日から苗木の仕立て方を学びにトスカーナに行く」と言って目を輝かせていたのを思い出した。同じヴィーニヴェーリ組合員の畑での実習だった。確かにヴィーニヴェーリは人も育てている。


文化を育てる「人の畑」

今や自然派ワインのフェアはイタリアでも珍しくはないし、フランスに行けばもっと自由放埓で楽しい集まりが多数あって、イタリアからも好んでこれらに参加する生産者もいる。だがきっちり規則を定め、これを軸にブレない活動を地道に続けるというのがこの集団のアイデンティティーであるならば、ヴィーニヴェーリのような組織はあまりないように思う。

故テオバルド・カッペッラーノがヴィーニヴェーリの会長職にあった時、「アナーキーな連中を一つに束ねていくのは本当に大変だ」と言っていた。一本筋を通したワイン造りをしたいからアナーキーにもなり、アナーキーだからこそ個性豊かな旨いワインが造れる。それでも厳しい会則で彼らが一つになれるのは、己のワイン造りに対して誠実だからだ。こんな現象を起こす農産加工品がワインの他にあるだろうか。

ワイン

ワインは一冊の本のようなもので、その土地のテロワールや造り手の思いをワインと一緒にボトルに込めて世界中に届けられるところが素晴らしいと、やはり自然派ワインの造り手が言った。ワインはそういう能力を秘めているから小さなコミュニティーの中で共有できる普遍の価値、つまり「文化」を生みだせる。無意識のうちにその文化で結ばれたヴィーニヴェーリの生産者たちが今年もチェレアに集結し、自然派ワインの普及に取り組んでいる。

そう考えた時、このだだっ広い体育館が文化を育てる「人の畑」に思えてきて、そこにいそいそと足を運ぶ私たちビジターは、その畑で蜜を吸って旨いワインと一緒に生産者の思いを持ち帰るミツバチに見えてきた。


◎Consorzio ViniVeri
https://www.viniveri.net/

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