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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

吉岡知子さん(よしおか・ともこ)オカズデザイン料理長

第3話「投げられた球を、全力で打ち返す」(全5話)

2016.10.01

依頼は口コミで広がった

初めての仕事は、お隣に住むレコード会社社長から依頼された、イベントへの出店。所属アーティストにまつわる料理や飲み物を販売するというものでした。その数、なんと5000食! 

社長からのオーダーは、「おいしくて、体に良くて、カッコいいもの」。選んだ料理はガレットでした。一枚一枚、その場で焼き上げて提供する。「今考えれば、非現実的」。手間がかかりすぎて、利益もほとんど出ませんでした。しかし、結果は大盛況。その後、年2回のイベントに毎回声をかけられるようになります。

また一方で、ケータリングの依頼も、形を変えて増えていきました。
コーポラティブハウスの敷地内には古民家があり、その広間をイベントスペースとして使うことができました。プライベートな集まりから、オープンなライブやギャラリーまで、住人主催のイベントで、料





Photograph by Tsunenori Yamashita




理のケータリングを頼まれるようになります。予算や人数、会のテーマなど、要望を吸い上げ、料理を提案、提供する。評判は口コミで広まり、住人の知り合いの、そのまた知り合いからと、依頼の輪が広がっていきました。

“知り合いの伝手”から、“仕事の依頼”へ





そんな折、編集チーム「手紙社」主催のもの作りフェスティバル「もみじ市」への出店オファーがありました。
吉岡さんは、ライムやレモン、オレンジなど様々な柑橘を漬けたレモネード屋として出店。同社のWEBマガジン『今日のお手紙』でも紹介されることになります。色鮮やかなレモネードの瓶を並べた屋台のビジュアルと、確かなおいしさは話題を呼び、同じ年の年末、服飾系雑誌『装苑』が“2008年注目のフードクリエイター”としてオカズデザインを紹介。ケータリングチームとしての知名度が一気に上がり、多方面から本格的に仕事が舞い込むようになりました。

プロとしての自覚





2010年、映画『食堂かたつむり』で料理担当に抜擢。お互いの料理や感性をリスペクトし合っていた、友人であり原作者の小川糸さんからの依頼でした。勝手のわからない現場に、戸惑うことばかり。同時に、初めて「契約」と言う形でお金が発生する、長期的な仕事となりました。

それは、ケータリングやイベントへの出店と違い、「食べておいしい」ことが最優先の仕事ではありませんでした。
時には、映像としての美しさを重視するあまり、ポリシーに反する要求をされたことも。それでも、ハンバーグは塊の肉を叩くところから作る、といった「おいしいものを作るために、いつも当たり前にやっていること」は、型破りだと言われながらも、極力貫いたと言います。
「これまでは、出されたオーダーに夢中で応えるばかりでしたが、初めて、『ノー』ということ、交渉することの大切さを学びました」。

それは「オカズデザイン」の、プロフェッショナルとしての立ち位置や存在意義を、改めて確認する作業でもありました。
Photograph by Tsunenori Yamashita
スパイスミルとして使っている薬研(やげん)。手前の小さいものは、映画『食堂かたつむり』にも登場した。




素人であるという意識





「気がつけば、こんなところまで来てしまった」。
映画の仕事を引き受けた時、そんな風に思ったそうです。
「いつか料理の本が出せたらいいな」と夢見るように思っていたけれど、最初から今のようなポジションを目指していたわけではありません。
「投げられた球を、ただ全力で打ち返してきただけなんです」。

フードスタイリストやフードコーディネーター、料理研究家など、食の世界を目指しながらも、成功する人は、ほんのひと握り。その命運を分けるのは、何なのでしょう?
そこで質問。

Q. 吉岡さんは、なぜ、ここまで来られたのだと思いますか?
A. 素人であることを、常に意識していたからかもしれません。

――私は専門学校できちんと料理を学んだこともなければ、修業やアシスタントをした経験もありません。技術がないのは自覚していました。でも、おいしさへの理想は誰よりも高かったと思います。できたてじゃない料理をおいしく食べてもらうのは、本当に難しい。それは食べ手としても実感していました。だからこそ人の何倍も試作を繰り返し、手間暇を惜しまず作ってきました。一人の食べ手として、心からおいしいと思える味を作りたくて。その積み重ねを認めていただけたのだと思います。

Q. 時には、採算度外視で?
A. はい。ですから特に初めのうちは、経済的な体力も必要です。

――私たちの場合、グラフィックデザインという安定した収入源があったので、必ずしも料理の仕事で利益が出なくても、続けることができました。「あくまで本業はデザイン」という意識があったので、その分、純粋に料理に向き合えたのかもしれません。

Q. 他に必要なことは何だと思いますか?
A. 料理を食べてもらうという経験ではないでしょうか。

――料理は作って終わりではありません。食べる人がいて、その人の体に入り、心が満たされて、初めて完結する。ケータリングやイベントへの出店を通じて、自分の料理に対する反応を見られたのは、とてもいい経験でした。料理の仕事はいろいろありますが、料理を作ること自体が目的ではありません。何のために作るのか、ということを見失ってはいけないと思います。

Q. 吉岡さんは、何のために料理を作っていますか?
A. それは初めから変わらず、「もてなし」の一つだと思っています。

――食べてくれた人の、体も気持ちもほぐれること。私もたくさんもてなしてもらったので、それを返していく。その繰り返しかなと。
(次の記事へ)


吉岡知子(よしおか・ともこ)
料理とグラフィックのデザイン会社「オカズデザイン」料理長。雑誌&WEBでのレシピ 制作、映画やテレビドラマでの料理制作・監修、ケータリングなどを料理とデザインの両 方から手掛ける。プロダクトデザインや料理本の出版など、活躍の場は多岐にわたる。



























































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