HOME 〉

SDGs

サバイバルレシピ02 愛知・田原【串アサリ】

太陽と潮風でつくるディハイドレート食品

2021.06.14

text and photographs by Mie Tsuyukubo

連載:サバイバルレシピ



⾷糧難、災害時をどう乗り越える?

人口爆発による食糧難や自然災害で、これまで当たり前にあった食物が手に入らなくなったとき、求められるのは限られた資源でサバイブする「生きる力」です。日本各地に残る保存食、発酵食、郷土食に、自然の恵みを無駄なく食べつなぐためのサバイバル・テクニックを探ります。



目次






脱水して保存性を高め、携帯できるミネラル源に

穏やかな三河湾と荒々しい黒潮が接する渥美半島は貝類の宝庫。中でも春先から初夏にかけて採れるアサリの質には定評があり、愛知県内外の料理人から引く手数多だ。

渥美半島を含む三河湾の沿岸部には、殻から取り出した生のアサリを串刺しにし、天日と潮風の力を借りて乾燥させた「串アサリ」を作る食文化が根付いている。乾燥させることで長期保存が可能になり、古くから地域の祭りや正月の折に、ハレの食として振る舞われてきたようだ。

愛知県の最南端に位置する、伊良湖岬からほど近い田原市福江町で生まれ育った髙橋信夫さんは、串アサリ作り歴70余年を誇る大ベテラン。秋から冬は海苔の養殖、春から初夏にかけてはアサリ漁を生業にし、釣りをこよなく愛する海のスペシャリストでもある。


渥美半島で生まれ育った髙橋信夫さん。父母にならって串アサリを作り始めて70年余り。

4月の下旬に作業場を訪れると、大ぶりのアサリを足元の桶から拾い上げ、せっせとむく髙橋さんの姿があった。簡単そうに見えるが、口を固く閉ざしたアサリを傷つけないよう取り出すには、コツと熟練を要する。髙橋さんが貝柱目がけて専用の器具を差し入れると、窮屈そうに身を収めていたアサリが姿を現した。ぷっくり身を太らせているのは、夏の産卵を前に栄養を貯めこんでいる証である。

これを5つずつ自作の竹串に刺し、乾燥用の木箱に配置する(冒頭の写真)。「まだアサリが生きとるから、動いて偏らんように木箱へタコ糸を張る。こうしておくと、まとめて縛った時にアサリの位置がそろって見栄えがいいじゃんね」と髙橋さん。なるほど、完成品の串アサリは、見事に前後左右整列している。

串アサリは地元で消費するだけでなく、かつては長野などの山間部へ出荷していたらしい。旨味を凝縮した珍味というだけでなく、鮮度が命のアサリの水分を飛ばして保存性を高め、かつ、軽量化して携帯できる“ディハイドレート(乾燥)食品”でもあるため、山間部への流通が可能だったのだ。山里の人々にとっては貴重な海のミネラル源になったはずだ。

髙橋さんが幼い頃は、地域のあちこちで貝をむく様子や、軒下に串アサリが干される様子を見かけたようだ。しかし近年では手間暇のかかる串アサリ作りを継承する人が減り、渥美半島全体を見ても片手で数えるのみ。「半日かけてアサリを掘って、一晩砂抜き。それから貝をむいて串に刺し、1、2日干す。こんな面倒くさいこと、やる人が減って当然だわ」と自嘲気味に語りながらも、この日も午後からアサリを掘りに行くという髙橋さんからは、ウキウキ感が伝わってきた。

赤褐色に色づいた串アサリを炙ったところ、眼前に海原があるかのごとく、濃い磯の香りが立ちのぼった。口に含むと噛むほどに旨味が現れ、いつまでも余韻が残る。酒蒸しやボンゴレ・スパゲティなど、活きアサリを調理したものとは明らかに異なる奥深い味わいだ。これこそが、天日と潮風のなせる技。一粒で日本酒がいくらでもすすみそうである。


伊良湖岬の先端から三河湾へと流れ込む黒潮が、大粒で味の良いアサリを育てる。



旨味を逃さない! 串アサリの作り方

串アサリに使うアサリは鮮度の良いものを使うのが鉄則。口が開いたままになっているものや、鮮度に不安があるものは避けた方が良い。


1.身を取り出す
アサリは一晩かけて砂抜きする。殻が鋭角にカーブしている方に目(水管)、鈍角にカーブしている方に足がある。比較的隙間が広い鈍角側からナイフ等を入れ、貝柱を切ると、口を開く。反対側の貝柱も殻に沿って切って身を取り出す。 



2.串に刺す
貝ヒモの裏側から水管へ向かって串を刺し、1本の串に5粒、身を通す。



3.海水で洗う
串に刺したアサリを海水の中で振り洗い、汚れを落とすとともに塩分を添加する。



4.串アサリを干す
串に刺したアサリ1粒1粒に天日や風が行き届くよう、間隔をあけて干す。串に刺した状態でもアサリは生きているため、すぐに天日にさらすと身縮みしやすくなる。しばらく日陰で干してから、日当たりと風通しの良いところで1日半ほど干し、水分が抜けて赤褐色になったら完成。




<保存方法>
しっかりと天日干しした串アサリは常温でもしばらくは日持ちするが、冷凍保存がおすすめ。ジッパー付きの袋に入れて冷凍保存するとよい。保存期間は1年程度。



<便利な道具>
地元の金物店で買ったというアサリむき専用器具。現在は作る職人がおらず、手に入らないそうだ。



串アサリの作り方 動画もcheck!





水戻し不要。串アサリのおいしい食べ方

串に刺してある水管部分を親指と中指でつかんで結着をゆるめ、5つの粒の間隔を寄せる。串が焦げないように注意しながら、魚焼き網で炙ったり、フライパンで焼くなどして食べる。水に戻す必要はない。

<串アサリが食べられる場所> ※各店ともに在庫に限りがあるので、要事前確認

◎休暇村伊良湖
田原市中山町大松上1
0531-35-6411
https://www.qkamura.or.jp/irago/

◎魚と貝のうまい店 玉川
田原市福江町中紺屋瀬古22-1
0531-32-0234
https://www.atsumi-tamagawa.co.jp

◎縁八
田原市福江町下地8-1
0531-32-0386




露久保瑞恵(つゆくぼ・みえ)
愛知県出身、在住のフリーライター、酒・料理探求人。日本全国の農産物の生産者や醸造家へのインタビューを重ね、様々な媒体へ寄稿。季刊誌「そう」では食にまつわる記事だけでなく、風俗や歴史、地場産業などについても執筆。同誌内にて、路傍の草を摘んで料理する「野草料理」を連載中。

◎三遠南信応援誌 そう
毎号キーワード1文字を決め、東三河・西三河・西遠州・南信地方にまつわる郷土の話題を紹介。年4回発行。
http://www.h-n-a-f.com



料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。