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FEATURE / MOVEMENT

伝統文化の若き担い手を訪ねる旅 和職倶楽部 vol.2 江戸編 | 料理通信

1970.01.01


和職倶楽部 vol.2 江戸編

text by Takanori Nakamura / photographs by Daisuke Akita




「和職倶楽部」は、オールドパーが日本各地で活躍する職人たちをフォーカスし、彼らの活動を通じて、和の食と職人文化を見つめなおすために発足しました。シリーズ第2回は、東京・中井で江戸小紋職人として活動する廣瀬雄一さんの工房へ。伝統の技を継承しつつ、新しい表現にチャレンジする若き職人の姿をリポートします。



江戸小紋染職人、廣瀬雄一

江戸小紋染職人、廣瀬雄一。江戸小紋は、「伊勢型」と呼ばれる、特別な型紙を使って染められる。廣瀬家には1万もの「伊勢型」が先代たちから受け継がれている。最初の写真は、今回の和職倶楽部の飾り座布団に使われた柄を覗き込む雄一。よく見ると「千客万来」の文字が描かれている。





アスリートから染職人へ

褐色の肌の笑顔に、短く刈られたヘアスタイルが良く映える。勇み肌でこざっぱり。引き締まった体躯のしなやかな身のこなしは、現役のアスリートのようでもある。江戸小紋染職人という肩書きに、初対面の誰もが意外な顔をするが、「鯔背(いなせ)」という言葉は、本来は彼のような若者にこそ相応しいのだとあらためて思う。

10歳で始めたウインドサーフィンで才能を開花させ、2000年のシドニーオリンピック日本代表強化選手に選ばれた。将来はプロへの道も約束されていが、大学卒業を機に足を洗った。雄一には目指すべき約束された道があったのだ。江戸の伝統を受け継ぐ、江戸小紋染職人としての人生だ。廣瀬家は代々続く江戸小紋染の名門『廣瀬染(せん)工場』の創業家。雄一は、4代目の跡継ぎでもあった。精悍な青年は、情熱を傾けたサーフボードを封印し、染職人として家業を継ぎ江戸小紋の伝統を未来へと染め始めたのである。




江戸小紋の職人芸に触れた「廣瀬染工場」にて。

江戸小紋の職人芸に触れた「廣瀬染工場」にて。



江戸町人の粋を新たな角度で表現

そもそも小紋は、江戸時代の諸大名の裃の柄に由来する。豪奢を競った時期もあったが、奢侈禁止令などの影響で遠目では無地になるような超絶染技法として洗練されていった。その後、藩ごとの柄が定まるようになる。いわゆる「定め小紋」である。同時に町民たちは、身近にある物をモティフに、細かい小紋にして楽しんだ。野菜や植物や動物などが、小紋の柄の図案となった。中には大根におろし金を描き「大根おろし」といったユニークな柄も登場する。それを歌舞伎に着て「大根役者をこきおろす」、といったウイットまでも楽しんだ。こういった町民発祥の小紋を、大名の「定め小紋」に対して「いわれ小紋」と呼ぶのである。

雄一はこの世界に入った頃「江戸小紋は、なんて地味な存在なのだろう」と思った。ところが「いわれ小紋」に、江戸町人の粋で洒脱なライフスタイルを見出すと、仕事がますます愉しくなってきた。




江戸小紋は、無地の生地に「伊勢型」を使って、少しずつ手作業で染められてゆく。遠くからみると幾何学的な小さな柄も、近づくと意味のある図柄になっている。まさに江戸の粋。

江戸小紋は、無地の生地に「伊勢型」を使って、少しずつ手作業で染められてゆく。遠くからみると幾何学的な小さな柄も、近づくと意味のある図柄になっている。まさに江戸の粋。




小紋は小さいため、柄のつなぎ目を合わせる作業は、緻密な神経を使う。雄一の同級生でもある、能楽師狂言方大蔵流の大藏基誠も、初めて見る雄一の仕事ぶりに感心しきりだ。

小紋は小さいため、柄のつなぎ目を合わせる作業は、緻密な神経を使う。雄一の同級生でもある、能楽師狂言方大蔵流の大藏基誠も、初めて見る雄一の仕事ぶりに感心しきりだ。

「その江戸小紋の魅力の本質を、今の人々にどう伝えたらいいのか?」雄一が今回、和職倶楽部に参加したのは、「江戸伝統の小紋の面白さを、新たな角度から伝えたい」という熱き想いからであった。

「江戸小紋とオールドパーは、どこか似ているところがある」と雄一は言う。ブランド名が人名のトーマス・パーに由来し、しかも英国史上最長寿の152歳の人物というスケール感。ボトルが斜めに立つことから“右肩あがり”の縁起モノというのもユニークだ。




“右肩あがり”で縁起のいいボトルも、飾り座布団で、いよいよ“すわりがよろしい”ようで。

“右肩あがり”で縁起のいいボトルも、飾り座布団で、いよいよ“すわりがよろしい”ようで。

吉田茂はじめ、歴代のリーダーが右肩上がりのゲンを担いだという話は、江戸小紋の柄の洒落にも通じている。雄一はそのボトルの特徴を活かし、和職倶楽部のために“座りをよくする飾り座布団”を江戸小紋でつくりあげた。よく目を凝らすと、座布団の小紋は「千客万来」の柄であった……。

歴史を経ても、本物同士だけが響き合う心地よいウイットとハーモニー。和職倶楽部の、あらたな物語が染め抜かれた瞬間であった。



SHOP DATA
◎廣瀬染工場
東京都新宿区中落合4-32-5
☎  03-3951-2155
http://komonhirose.co.jp









Column 伝統芸能をパーティー感覚で愉しむ「狂言ラウンジ」




老舗料亭「金田中」

『狂言ラウンジ』は能楽師狂言方大蔵流の大藏基誠が、「パーティー感覚で狂言を楽しんでいただきたい」と2010 年4月に始めたイベントである。2015年の8月で、すでに34 回目を数え、いまも継続中である。「現存する世界最古の演劇」とされる狂言の本質は変えずに、しかし因習や枠を超えて狂言の面白さを伝えたい。DJ 演奏や前座を組み合わせたライブイベント形式も、基誠独自の斬新なアイデアだ。公演の前後には、この能楽堂に隣接する老舗料亭「金田中」の料理とオールドパーが楽しめる趣向になっている。







本来、お酒を飲んで狂言を観るのは御法度だが、海外の演劇やオペラは当たり前の愉しみ方と、基誠は新たな提案をする。




松本昇料理長

photograph by Hide Urabe
オールドパーの水割りに合わせた料理の数々。松本昇料理長の腕と粋が光る。



SHOP DATA
◎セルリアンタワー 数寄屋 金田中
☎ 03-3476-3420
www.kanetanaka.co.jp





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