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FEATURE / MOVEMENT

フォーシーズンズホテル丸の内 東京「MOTIF RESTAURANT & BAR」vol.1

1970.01.01

photographs by Masahiro Goda



レポート

中村孝則(なかむら・たかのり)
1964年生まれ。神奈川県葉山町出身。ファッションからカルチャー、旅、ホテル、ガストロノミーからワイン、シガーまで、ラグジュアリーライフをテーマに、執筆活動を行なう。テレビ番組の企画や出演、トークイベントも積極的に展開。The World’s 50 Best Restaurantsの日本におけるチェアマンを務めている。

中道博(なかみち・ひろし)
1953年生まれ。北海道登別出身。23歳でフランスに渡り、31歳で世界料理コンクール金賞、特別賞受賞。2008年、北海道洞爺湖サミットで料理を提供。2011年、北海道の食の活性化への功績が認められて農林水産省「料理マスターズ」に認定される。ミシュラン北海道2012年版にて旗艦レストラン「モリエール」が三ツ星、「アスペルジュ」「マッカリーナ」が一ツ星を獲得。名実ともに北海道を代表する料理人。

“家族のダイニング”の気持ちで料理する

中村

北海道を拠点にされてきた中道さんが、東京のど真ん中の高級ホテルでやってみようと思われたきっかけは何ですか?

中道

この話をいただいた時、正直なところ、受けるべきかどうか悩みました。でも、ホテルのコンセプトを聞いて、チャレンジしてみようと思ったのです。

中村

そのコンセプトとは?

中道

ひと言で言えば“家族”です。フォーシーズンズホテル丸の内 東京の客室数をご存知ですか? たった57室なんですよ。規模が極めて小さい。ホテルのスタッフにとって、ここはいわば大きな家であり、ゲストは我が家を訪れたお客様なんですね。だから、スタッフはみな、お客様に対して「家にいるようにくつろいでほしい」と心を砕きます。実際、そのように接している。お客様を東京駅まで迎えに行ったりするんですよ。とすれば、「MOTIF」は“家族のダイニング”じゃないか……。そう思えた時、この仕事をお引き受けしようと決心しました。

中村

なるほど。

中道

今、私が一番大事にしているのは、“自分が対面する相手を腹の底から喜ばせること、そういう時間を作ること”です。

中村

腹の底から?

中道

そうです、それが大事なんです。





フォーシーズンズホテル丸の内 東京は、東京駅八重洲南口から徒歩3分の距離にあるスモールラグジュアリーホテル。全57室という小規模の利点を活かしたフレンドリーできめ細やかなサービスには定評がある。「MOTIF RESTAURANT & BAR」の窓からは列車が発着を繰り返すホームが見える。周囲を丸の内のビル群が取り囲み、まさに東京の心臓部に位置している実感が湧く。

「MOTIF RESTAURANT & BAR」は全133席。香港出身の若手建築家アンドレ・フー氏がインテリアデザインを手掛けた。エレガントなメインダイニング「The Social Salon(ザ・ソーシャルサロン)」、バーカウンターやラグジュアリーなプライベートルーム、大型の共有テーブルなどを配したバーラウンジ「The Living Room(ザ・リビングルーム)」、シェフとのコミュニケーションも楽しめるライブキッチンテーブルのある「The Gastronomic Gallery(ザ・ガストロノミック・ギャラリー)」で構成される。

「グラタン・ドフィノワ」が教えてくれたこと

中道

私は40年前、フランスへ修業に行って、初めて心の底から「おいしい」と思える料理と出会いました。「グラタン・ドフィノワ」、ジャガイモのグラタンです。実は、20歳でフランス料理の世界に入ってからそれまで、仕事としては面白いけれど、フランス料理を心底おいしいとは感じられなかったんです。理屈はともかく、味として、腑に落ちていなかった。「鮭茶漬けとフランス料理、どっちを選ぶ?」と聞かれたら、心の中で「鮭茶漬け」と答える自分がいました。でも、「グラタン・ドフィノワ」を食べた時、「これは鮭茶漬けに勝つ!」、胸の内でガッツポーズを取っていました。そこで初めて、フランス料理のおいしさに目覚めたんだと思います。どんなにフランス料理のカッコよさに憧れようと、味に納得していなければ、おいしい料理は作れません。頭じゃなくて身体で理解しなければ。「グラタン・ドフィノワ」にそれを教えられました。





中道シェフが初めて腹の底から「おいしい!」と思った「グラタン・ドフィノワ」。薄切りのジャガイモを牛乳や生クリームと共に軽く火を入れ、オーブン焼きしたフレンチの定番中の定番。「フランス料理のおいしさを教えてくれた恩人のような料理」と中道シェフ。「敬意を払って、常にメニューに載せています」。

手前は、フォーシーズンズホテル丸の内 東京のヘッドシェフを務める浅野裕之さん。愛知県一宮市のビストロでの下積みを経て、東京・青山のフランス料理店に12年在籍、その間、総料理長として7店舗を統括した経験を持つ。

「あなたのために作る」、それがすべて

中道

お客様も同じではないかと思うのです。マナーを気にしていたり、フランス料理であることを意識している間は、腹の底から楽しんだり、心底おいしいとは感じられないのではないでしょうか。マナーとは便利なもので、初心者はマナーに従うことでスムーズに食事ができます。しかし、マナーが金科玉条になって、マナーに縛られてしまったら、心の底から楽しめません。大切なのはマナーではなく、より良く味わうことなのに……。私たち、料理人もフランス料理という形に縛られてはいけない。私たちが作る料理が何料理であるかは関係なくて、大切なのは「あなたのために作る」、その一点だと思います。落とし所は「お客様の口に入る」ということ、「お客様に喜んでいただく」、ただそれだけ。駆使するのはフランス料理の技術ですが、見つめるべきは食材の味をいかに頂点へと導くかであり、お客様がその時求めているものなんですね。



中村

一番むずかしいことですよね? マニュアルじゃないということですものね。

中道

ええ、むずかしいです。「体調がすぐれない。でも、仕事の会食だから」というお客様がいらっしゃったら、おかゆを作ってさしあげたい、そのくらいの気持ちです。

中村

それが中道さんにとってのレストランの本質……。

中道

そうですね。昔は家庭料理が存在していたから、レストランが非日常である意味があった。けれど、家庭料理が失われつつある今、レストランの役割とは何か、レストランが出すべき料理とは何かを考えなければいけない。



「職人になりたかったんですよ」と中道シェフ。「NHKで放映された法隆寺改修のドキュメンタリー番組を見て、西岡常一さんに憧れ、宮大工になりたいと思っていました」。表舞台に立つのは苦手。縁の下の力持ちがいい。「報われずとも努力する」が信条だ。そして、先人たちが残してくれた知恵や技術を尊重する。

浅野シェフをはじめとするフォーシーズンズホテル丸の内 東京のスタッフたちとは「共同作業」によって信頼関係を築き、考え方や技術を伝えていく。「一緒に仕事をする中で、相手の価値観がわかる。自分の価値観も伝えられる」と中道シェフ。

着飾っている余裕はありません

中村

「MOTIF」は、食材の旬と料理の旬、2つの旬を最大限生かした「食べごろの瞬間」を大切にされているということですが。

中道

ホテルの料理というと、きらびやかな、着飾った料理をイメージされるかもしれません。でも、私は、お客様が“腹の底から”喜ぶのは、着飾った料理より、最もおいしい瞬間を味わうことだと思うんです。そのためには、食材のベストなタイミングを捉えて調理し、最高の瞬間にお客様の口へ運んでさしあげること。それを実現するには着飾っている余裕はありません。



素っ気ないくらい素材がゴロリ。いかに素材そのものの味を伝えようとしているか、見ただけでわかる。盛り付けも飾り気なし。しかし、口に入れて、噛んだ時、最も適切な切り方と火入れがなされていることが歴然となる。

調理中の浅野シェフの仕事ぶりを見ながらメモを取る中村さん。浅野「野菜をブール・バチューで温めて」、中村「ブール・バチュー……」。“ラグジュアリー”を専門とする中村さんだが、“ラグジュアリー”の裏側のほうがエキサイティング!?

「食べごろの瞬間」を提供するために

中道

「MOTIF」の厨房では、魚や肉の火入れのスタートは、サービススタッフが指示を出します。なぜって、お客様の食事の進行状況を把握しているのはサービススタッフですから。さらに、焼くのに7分かかる魚であれば、「焼き始めてください」と声を掛けてから3分後、「順調です。そのままお願いします」とまた声掛けをする。お客様の食事のスピードが急に落ちて、今、召し上がっている料理が食べ終わる前に魚が焼けてしまうということがないように、です。お客様のペースに寄り添うように、料理の出来上がりをピタリと合わせていくんですね。

中村

秒単位の仕事ですね。

中道

ええ。1秒の狂いもなく熱々をお客様のもとへ届けたいとの思いです。「食べごろの瞬間」をピンポイントで出せるように、フロアと厨房が連携を組んで緻密な仕事をしています。つい先頃のラグビーワールドカップの試合を見ていて、「同じだなぁ」と思ったんですよ。

中村

ラグビーですか?

中道

はい。“ONE FOR ALL,ALL FOR ONE”。

中村

それについては、ぜひ、回を改めて詳しくお聞かせください。



アンコウはフライパンで火入れ。泡立てた溶かしバターをスプーンでひたすらかけ続けて熱を通していく。フランス料理のクラシックな技法だ。「いいえ、クラシックなのではなく、ベーシックなんです。古いわけではない。時代を超えて通用する基本中の基本です」。

厨房の広さは4坪。ガスコンロが5口、オーブン1台、プラック1台、サラマンダー1台、炭台1台。「いたって原始的ですね(笑)」と中道さん。それでいい。大切なのは料理人の身体の中に良し悪しを判断できる感覚が備わっていることだから。

〜12月のディナーメニューから〜

Seasonal Vegetables with Truffles
季節野菜

下茹でした黒キャベツ、黒ダイコン、レンコン、シメジ、小タマネギ、ブロッコリー、ズッキーニを、生ハムの風味を移したブール・バチュー(バターをフォンや水と合わせて乳化させたソース)で仕上げ。ムカゴやギンナンなど秋の実りが彩りを添える。お客様の目の前で、黒トリュフを削りかけて。

Monkfish
Meuniere with Cauliflower
鮟鱇

ふっくらと肉厚な北海道産のアンコウの身に、泡立つバターをかけ続けることで火を通す。表面がこんがり色づき、みっしりと食べ応えのある身にバターの風味が絡み付いて、味わい深い。蒸したカリフラワー、レモンの実と皮とジュ、ケイパーを添えて。

Lamb
Roasted – with Turnip, Baby Onions and Rosemary
仔羊

大きい塊で炭火焼きした北海道産の仔羊。夏~秋は北海道「羽幌町営焼尻めん羊牧場」の仔羊を、冬~春は北海道白糠町にある「羊まるごと研究所」の仔羊を使う。表面を黒焦げになるまで焼いたカブとローズマリーの葉を添え、肉のジュとヘーゼルナッツオイルを垂らす。










The Social Salon(メインダイニング)





SHOP DATA
◎フォーシーズンズホテル丸の内 東京 MOTIF RESTAURANT & BAR
東京都千代田区丸の内1-11-1
パシフィックセンチュリープレイス7階
☎ 03-5222-5810(直通)

■The Social Salon(メインダイニング)
・営業時間
朝食 6:30~11:00(10:30LO)
ランチ 11:30~14:00(13:30LO / コースの場合13:00LO)
アフタヌーンティー 14:30~17:00(16:30LO)
ディナー 17:30~23:00(22:00LO / コースの場合21:00LO)
・価格
ブレックファストブッフェ 4100円、和朝食 4100円
ランチコース 4500円、5500円、6500円
ディナーコース 9000円、12000円、15000円
アラカルトメニューあり

■The Living Room(バーラウンジ)
・営業時間
日・月・火・水・土 10:00~24:00(閉店30分前LO)
木・金 10:00~25:00(閉店30分前LO)
ランチコースならびにアペタイザー・デザートブッフェ 11:30~14:00(13:00LO)
・価格
ランチコース 4000円、4500円
アラカルトメニューあり

*消費税、サービス料15%別
*内容・価格等変更される場合があります。

MOTIF RESTAURANT & BAR
03-5222-5810(直通)





フォーシーズンズホテル丸の内 東京「MOTIF RESTAURANT & BAR」 ──────────────────────────
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