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FEATURE / MOVEMENT

日本 [茨城] 日本の魅力 発見プロジェクト vol.5 ~茨城県 霞ヶ浦・筑波山地域~

地域の魅力は、点と点が結ばれた時に初めて明らかになる

2017.04.13

text by Rei Saionji / photographs by Hide Urabe



茨城県は先ごろ19年ぶりに日本出身の横綱となった稀勢の里の故郷であり、北部に梅の名所である偕楽園のある水戸。太平洋側に大洗や日本建国・武道の神様である武甕槌大神(タケミカヅチノオ)を御神祭とする鹿島神宮。西部に平安時代に使用されていたと言われている当時の東日本最大級の製鉄所、川戸台遺跡がある。また、栗、レンコン、メロン、ピーマン、白菜、レタス、夏ネギ、水菜、ちんげんさい、鶏卵など、その収穫量、生産量が日本一であることを誇る農業大国であり、東京だけでなく日本の食生活は茨城県なしでは考えられないのだ。地域ブランド調査の魅力度ランキングで4年連続の最下位を取っているが、実はその魅力が知られていないだけなのではないかという思いから、今回は茨城県南部の霞ヶ浦周辺、旧千代田地区、筑波山周辺の3地域を訪問した。


霞ヶ浦周辺、旧千代田地区


茨城県の南東部に広がる霞ヶ浦の面積は220k㎡。琵琶湖に次ぐ日本第2位の広さを持つ湖だが、入り組んだ湖岸は琵琶湖よりも長い。ワカサギ、シラウオ、ハゼ、手長エビの漁が行われ、淡水真珠の養殖のほか、コイやナマズの養殖が行われている。霞ヶ浦はその昔、海の入り江でクジラ以外の魚は何でも捕れたらしい。淡水化は200年前頃から海面低下によって霞ヶ浦への海水流入が減ったことによって始まった。その後、1963年に水門が設置されたことにより、人工的に淡水化され、入り江は湖へと形を変えた。

湖畔に広がるレンコン畑は、とても印象的だ。蓮の花が咲き誇る夏はもちろん、収穫期を迎えた冬の夕暮れ時の風景も、霞ヶ浦の魅力の一つとして数えられる。


霞ヶ浦と筑波山のちょうど中間地点にある旧千代田地区(現在はかすみがうら市)には、今から50年ほど前に日本で始めて観光果樹園ができた。いちご、ブドウ、梨、栗、柿、ブルーベリーなどが栽培され、季節に応じた果物狩りを、多くの観光果樹園で楽しめる。

地域の魅力に気づき、人々をつなぐ。

株式会社かすみがうら未来づくりカンパニー 代表取締役 今野浩紹さん


「かすみがうら未来づくりカンパニー」は2016年4月に民間企業、かすみがうら市、筑波銀行の三者が協力して設立。地元産のフルーツや霞ヶ浦の雄大な景色、それらを結ぶサイクリングコースを観光資源として活用することを目的とし『かすみがうらライドクエスト』を運営している。地域の人々の協力を得て、霞ヶ浦と旧千代田地区に点在する魅力的なスポットや生産者を結びつけることで、観光地ではない、ここだけの魅力をつくりだそうと日々活動している。

観光果樹園を自転車で巡るツアー『かすみがうらライドクエスト』には、ショートコース(約25km)とロングコース(約50km)がある。



『かすみがうらライドクエスト』の拠点は、霞ヶ浦湖畔の歩崎公園の中の絶景ポイントに建てられたモダンな建物。レンタサイクル用の高級自転車が並ぶレンタサイクルステーションや、週末は地元で取れた食材を販売しているマルシェが1階に。2階には、地元の食材を使った料理を提供するレストラン「かすみキッチン」がある。

是非サイクリングコースを走ってみて欲しい。霞ヶ浦周辺の地域は、比較的平坦な土地が多く、足に自信のない初心者でも気軽にサイクリングを楽しめる。霞ヶ浦の美しい景色を見ながら自転車を走らせるのは想像以上に心地良いのだ。


「かすみがうら未来づくりカンパニー」によって地域に点在する魅力的な場所や生産者が結ばれた時、この地域の魅力度は急上昇するに違いない。そんな将来の展望を見据えつつ、食大国茨城県を支える生産者を訪れた。

かすみがうら未来づくりカンパニー
茨城県かすみがうら市坂4784先
☎ 029-840-9010
かすみがうらライドクエスト
http://kasumigaura.miraidukuri.jp/ridequest/


野口農園 ~レンコン~

霞ヶ浦周辺は古くからレンコン栽培が行われている。


茨城県が日本一の収穫高を誇る農作物のひとつであるレンコンは、主に、霞ヶ浦の周辺で生産されている。蓮の花が咲き誇る夏はもちろん、レンコンの収穫期を迎えた冬の夕暮れ時の風景も、霞ヶ浦の魅力の一つとして数えられる。

株式会社野口農園 取締役 野口憲一さんは、社会学の博士号も持っている。


同じ品種のレンコンでも土と水、育った環境や栽培方法によって味や香りが全く異なる。大正15年創業の野口農園は、代々引き継がれてきた栽培方法で「あじよし」という品種を栽培している。


レンコンは、冷たい水の下の、さらに下の泥の中に隠れている。その泥を、高圧洗浄器の出す強い水流の力を借り、冷たい水の中に身を沈め、泥の中の蓮根を手探りで探す。一網打尽にトラクターで掘り起こそうとすれば、デリケートな蓮根は傷ついてしまう。皿という舞台の上で必ずしも主役を張る野菜ではないが、歯切れのよい独特の食感と同時に口に広がる染み込んだ出汁の味わいがクセになる、名脇役のような存在である。野口農園の「あじよし」は、もぎたての梨を思わせ、脇役にしておくには惜しい位のはじけるような水々しさと甘さを持つ。

広原畜産 ~蓮根豚~


広原畜産は、霞ヶ浦の湖畔から2キロ程の所にある70年の歴史を持つ養豚業者。養豚場の糞を堆肥としてレンコン農家に供給し、そこで出来た規格外のレンコンを豚に与えて地域循環型農業を実現させようと「蓮根豚」が生まれた。

愛情たっぷりと育てられる豚たちの目はやさしい。


豚は、切ったレンコンを餌に混ぜて与えられるだけでなく、そのまま丸かじりさせることもある。美味しそうにバリバリとレンコンを食べることによって、豚はより健康になるという。硬い物をよく噛んで食べることが健康に良いのは人間だけではないようだ。

株式会社 広原畜産 代表取締役 広原賢さん


「蓮根豚」は、赤身がとても柔らかな肉質で、脂身が甘く後口がさらっとしていることが特徴。遠くスペインで、ドングリだけを食べて育ったイベリコ豚のベジョータの美味しさを知る人も、茨城県でレンコンを食べて育った「蓮根豚」の美味しさをあまり知らないだろう。その味わいは、養豚業者とレンコン農家という地域の結びつきと、生産者がそそぐ愛情と熱意により作り出されている。

山野水産 ~ナマズ~


ナマズの刺身が美味しいというのをご存知だろうか。霞ヶ浦湖畔のそばにある、鯉などの淡水魚の養殖と加工を行う山野水産が、クセのないナマズを作り出した。

有限会社 山野水産 専務取締役 山野英明さん


極上のナマズを作るための第一歩は、ナマズの臭みの成分を分析し、その原因を探ることであった。この研究が功を奏し独自の配合飼料がまず開発された。さらに出荷前の30日間、ナマズをきれいな地下水に移し、泥抜きという行程を経る。ナマズの旨味をさらに引き出すために、三枚に下ろし酒と昆布で1時間〆てから真空パックにして販売をしている。こうして作られたナマズの刺身は、むっちりとした弾力と上品な甘みがあり、例えると上質のヒラメの刺身のようだ。

四万騎農園(しまきのうえん) ~栗~

平坦な土地で栽培されている栗の木々の間には、いつの間にか自生するようになった菜の花が、春には美しい黄色い花を咲かせる。『かすみがうらライドクエスト』のショートコースのスタート地点にもなっていて、ショートコースは、約25kmで初心者でも気軽に楽しむことができる。ゴールは霞ヶ浦湖畔にあるかすみがうら市交流センター。


霞ヶ浦の湖畔と筑波山のちょうど中間地点にある千代田地区(現在はかすみがうら市)は、果物狩りができる観光農園が多い。いちご、ブドウ、梨、栗、柿、ブルーベリーなどが栽培され、季節に応じた果物狩りをたのしむことができる。中でも、茨城県が生産量日本一を誇る栗を栽培している四万騎農園を訪れた。四万騎農園の歴史は、大正時代に初代である現在の当主兵藤昭彦さんの祖父が栗を植え、寒さに強い苗木の接木法を発見したことから始まった。現在では、約15ヘクタールの土地で様々な品種の栗を栽培し、栗の実とその加工品、苗木を販売している。

株式会社四万騎(しまき)農園 兵藤昭彦さん


古い日本家屋を部分的にモダンにリノベーションした店舗や、まるでディスプレイされているような、トラクターなどが置いてある農機具置き場など、隅々まで見事な農園だ。大谷石の石蔵では、展覧会や音響が良いのでミニコンサートが開かれている。

栗の皮をむくためだけに作られた道具を上手に使い、あっという間に硬い鬼皮を剥いてくれた。新潟の燕三条にある諏訪田製作所が作った『栗くり坊主』という道具で、開発に協力したという。こだわりの生産者同士の繋がりをここでも垣間見た。

株式会社四万騎農園
茨城県かすみがうら市上土田1020-24
☎ 0299-59-2038


筑波山周辺


筑波山は「西の富士、東の筑波」とも称される山。標高877mと、高さこそ、3,776mの富士山の4分の1にも満たないが、あの歌川広重も江戸の町から西を見渡す風景のバックには富士山を、北から北東を見渡す風景のバックには筑波山を描くことが多かったという。富士山と同じように信仰の対象とされる山であり、二つの山頂に筑波山神社の本殿がある。筑波山の二つの山頂は、それぞれ、男体山、女体山と呼ばれており、男体山には、伊邪那岐命(イザナギノミコト)、女体山には伊耶那美命(イザナミノミコト)が祀られている。はるか昔、まだ関東平野が海の下にあった頃、そこに波がぶつかることから筑波山と呼ばれるようになったとも言われる。筑波山は、秋には紅葉、春には梅と、季節ごとに身にまとう衣の色を変える山であり、多くの人が訪れる観光名所である。茨城県南部には、『かすみがうらライドクエスト』の他、霞ヶ浦を一周し、かすみがうら市から土浦市を通って筑波山まで行ける「つくば霞ヶ浦りんりんロード」という、総延長約180kmのサイクリングロードの整備が進められている。

稲葉酒造

稲葉酒造 株式会社男女川 蔵元/杜氏 稲葉伸子さん


筑波山の麓、つくば霞ヶ浦りんりんロードの筑波休憩所の近くに、女性が杜氏を務める酒蔵、稲葉酒造がある。慶応3年(1867年)徳川慶喜が朝廷に大政奉還した年に、酒造りを始めた歴史ある稲葉酒造は創業以来、筑波山神社の御神酒を造っており、その酒には、男体山と女体山の間を流れる沢である男女川(みなのがわ)という名前がつけられている。


現在六代目蔵元兼杜氏を務める稲葉伸子さんは二人姉妹の次女。30歳になり稲葉酒造の六代目杜氏を継承しようと名乗り出た時、跡継ぎの男子がなく、自分の代で稲葉酒造を終わらせるつもりだった五代目の父は猛反対。酒造りの世界が女性にはまだとても厳しい時代故のことだった。しかし反対を押し切って、造りを一から学び稲葉酒造六代目の女性杜氏となった。女性でも動かせるようにタンクや道具を小さくするとともに、昔ながらの製法で作る酒蔵の希少性に共感した筑波大学の教授や学生の協力を得て酒造りをしている。手間やコストを度外視し、酒に良いと考えていることしか行わない。全ての作業は蔵人の手作業で行い、搾りも時間と手間をかけた袋吊りで行う。酒の最も質の高いところだけを自然の重みだけで一滴一滴落としていく。できた酒には、炭濾過や、味を整えることは一切行わない。瓶には、仕込んだタンクの番号が記載されており、タンクによる酒の味の違いをも楽しむことができる。稲葉酒造では、11月から2月の酒造り繁忙期以外は、事前予約で酒蔵見学が可能。酒造カフェが併設されており、試飲はもちろん、日本酒や酒粕、地元の食材を使ったランチを楽しめる。(要予約)

稲葉酒造
茨城県つくば市沼田1485
☎ 029-866-0020
www.minanogawa.jp



常陸牛料理 ひたち野

常陸牛料理ひたち野 常陸野産業株式会社 代表取締役 鬼沢一彦さん


筑波山の山頂に向かうロープウェイ乗り場の近く、風返峠(かぜかえしとうげ)に、趣のある合掌造りの建物が建っている。この地域でも合掌造りの伝統があるのかと思いきや、これは奥飛騨白川郷の築二百年の古民家三軒を移築したもの。ここでは、茨城県が誇る『常陸牛』を提供している。日中、霞ヶ浦の景色と果樹園を楽しみ、筑波山の最高の夕焼けを愛でながら、もしくは夜のメインディナーとして常陸牛を食すのが、茨城県南部を贅沢に楽しむおすすめルートだ。


常陸牛の歴史は、江戸の天保年間までさかのぼる。最後の将軍、徳川慶喜の父である水戸藩主の徳川斉昭が黒毛牛の飼育を始めたことが始まり。肉のきめがとても細かく繊細で赤身に細かく『さし』が入った、まさに霜降り。しかし、胃にどっしりと来るような脂っぽさは全く感じられない。一口食べただけで、天国に昇るような幸福感が口いっぱいに広がる。生産技術が認められた指定生産者が育てた牛のうち、肉質が優れたものだけが常陸牛と認定される。知名度こそ高くはないが、黒毛和牛の最高級ブランドとして全世界にその名を馳せるブランド牛に引けをとらない牛肉なのだ。ひたち野では、店内で食べる他、日没までの時間帯は、屋外でバーベキューを楽しめる。筑波山ひたち野でのご馳走は、自転車で山道を登った後には最適で最大の自分へのご褒美だろう。日中、霞ヶ浦の景色と果樹園を楽しみ、筑波山の最高の夕焼けを愛でながら、もしくは夜のメインディナーとして常陸牛を食すのが、茨城県南部を贅沢に楽しむおすすめルートだ。

筑波山ひたち野
茨城県つくば市臼井2103-5 筑波山風返峠
☎ 029-866-1221
www.hitachino.com 





※本プロジェクトは、経済産業省関東経済産業局が実施する「平成28年度地域とホテルコンシェルジュが連携した、新たなインバウンド富裕層獲得のための支援事業」と連携して、グランド ハイアット 東京 コンシェルジュ/明海大学ホスピタリティ・ツーリズム学部教授 阿部佳氏のアドバイスを得て実施しています。



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