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FEATURE / MOVEMENT

「あるもの」を、「新しく」。

老舗繊維会社が挑む、山形発衣食住ブランドの育て方。

2016.12.22

PEOPLE / LIFE INNOVATOR




石造りの酒蔵は60年前に寒河江に移築。施設名「GEA」には、社員の仕事が有機的に重なり合うさまを歯車(ギア)にたとえて、さらに、次のステージに進む、というデジタル用語「GEA」など、様々な意味を込めた。


2016年9月、リンゴ畑が広がる町、山形県寒河江市に石造りのレストラン「0053」を訪ねました。ここを手掛けるのは、ニット糸、ニット製品、アパレルを専門とする1932年創業の老舗繊維会社、佐藤繊維です。

佐藤繊維と言えば、現在、世界の名だたるデザイナーから受注して、厚い信頼と高い評価を受けている会社です。2009年には、極細モヘア糸の開発で「ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞しています。

衣を専門とする会社がなぜ今、レストランに取り組むのでしょうか?



酒蔵を利用した衣食住のセレクトショップ







「0053」は佐藤繊維が今年4月に開業した複合施設「GEA」の中にあります。「GEA」は、工場として使用していた場所に、酒蔵だった石造りの建物を移築してつくり上げられました。
衣料を扱う「GEA1」、キッチンツールや食器、家具など暮らしに必要なアイテムを揃える「GEA2」、そして山形の食材を中心とするグロッサリーとレストランの「GEA3」、3つのスペースで構成され、「0053」は「GEA3」に属します。
「GEA」は2015年4月にオープン。最寄りの寒河江駅は、山形駅から左沢線で約30分ほどの距離。


吹き抜けで開放的なカフェスペース




「GEA」の背景にあるのは、佐藤繊維の社長、佐藤正樹さんが目下進めている、“衣食住における山形製品のブランド化”です。「地元の生産者を近しく知る我々が、地元の素材を美しくパッケージし、世界中の人が惹きつけられるようなプレゼンテーションをしたい」と語ります。

紡績会社が始めたこの取り組み。根底には日本の紡績産業の繁栄と衰退を生き抜いた、佐藤さんのある考えが流れていました。



「競争はしない」。佐藤流・生き残り術









まずは佐藤繊維の歴史を辿りましょう。佐藤繊維の創業は1932年、商社の下請けとして羊を飼い、毛糸を紡いで納めるところからスタートしています。1964年、ニット製造部門を立ち上げ、今度はアパレルメーカーの下請けとして、要求されたスペック通りのニット製品の製造を開始。会社は紡績とニットで順調に成長していきました。
特に戦後の高度経済成長期、第3次産業化が進み、日本にはビジネスマンが増大、一挙にスーツ大国となります。それに伴い、ニット製品も成長。佐藤正樹さんが4代目を継いだ1980年代は、一日に5000着もの注文があるほどの好景気でした。
しかし、90年代に入り、中国からの安い製品が市場に出回るように。地元の小さな紡績工場は次々に倒産し、佐藤繊維も売上げが激減。社員も半数まで減ってしまうのです。
都内の服飾専門学校を卒業し、アパレルメーカー勤務を経て、山形の佐藤繊維へ戻ってきた佐藤正樹社長。




そんな折、佐藤さんはイタリアの羊毛の農場を訪ねました。1997年のことです。羊を育てる彼らに「我々は“ファッションのもと”を作っている」いう誇りと情熱があふれているのを見て、佐藤さんは触発されます。
「いくらヨーロッパと同じ質のものを作っても、追い越すことは難しいだろう。自分たちに必要なのは、相手にはない新しい何かではないか? 追いつけ追い越せの競争はやめて、自分たちにしか作れない新しい糸、個性ある糸を作ろう」。



「機械も糸も、簡単には捨てない」。動かすのは、人。









“自分たちにしか作れない新しい糸”を生み出す上で、佐藤繊維には大きな武器がありました。好景気の時代、みなが古い機械を捨て、新しい大量生産型機械を導入する中、佐藤繊維は古い機械を保持していたのです。古い機械は生産効率が低く、使いこなしには職人によるメンテナンスと適切な管理技術が必要ですが、反面、シンプルな構造ゆえに改造することも可能でした。機械だけでなく、30~40年以上のキャリアのある職人も大切に抱え続けた佐藤繊維は、1954年製のフランス式、1958年のイギリス式……、これら半世紀以上前の機械を職人の手で改造し、新しい糸の開発に突き進んでいくのです。
会社の窮地を救った、古い機械への敬意を込めて、ショップには紡績機をディスプレイしている。




「捨ててしまうのは簡単なんです。でも、失って取り返しのつかないものもある」。佐藤繊維は、従来になかった太さや形状、異素材を掛け合わせた糸、様々な新しい糸づくりに挑み、これらが世界に評価されていったのでした。

それもこれも、機械を扱う「職人」を大事にする、会社の体制があったからこそ。「機械も結局、動かすのは人なんです」と佐藤社長。
今もよその工場では「使えない」と放り出されてしまう機械を、佐藤繊維では職人の手でしかるべき処置を施し、使えるようにできるといいます。
世間の風潮に流され、右へ倣えで職人の技術と古い機械、この2つを失ってしまっていたら、佐藤繊維の今はありませんでした。



請負型から、提案・発信型へ









佐藤繊維のニットには様々な糸を組み合わせたデザインが多くあります。これは処分されがちな半端な残り糸を、色や素材別に整理して、糸作りに生かして、新たなニット開発につなげているからです。 佐藤さん、経験上、とにかくものを簡単には捨てません。

古い機械を再生し、特殊加工で生み出される佐藤繊維の糸は、太さが均一でないなどの扱いづらさから、なかなか評価を得られない日々が続きました。「こんなひどい糸は扱えない」と何度も突き返され、山のように返品がたまったこともありました。それでも、「生かす技術がないから、そうなるのだ……」、佐藤さんの信念が揺らぐことはなかったといいます。そして、「うちには糸を生かすスキルを持つ者がいる」と自身の会社がデザインから製造、販売に至るまで、すべてを手掛けることも始めたのです。
アンゴラヤギの毛を原料とするモヘア糸を、業界で限界とされていた細さのさらに半分にまで細くすることに成功。素材本来のやわらかで繊細な風合い作り上げた。




糸を作る会社だからこそ見出せる、糸の可能性を加味して作られた、いわば「職人発デザイン」。佐藤繊維の代表的なデザインである、種類の違う糸を編み込んだニットは、糸の世界を知り尽くした者にしか発想できないものだったと言えるでしょう。



衣を足掛かりとして、食にも挑戦









そうして、紡績業界での成功体験は、佐藤さんを次のステージに向かわせたのです。
「歴史あるもの、今あるものを大切に、生産者側から新しいものとして提案し、発信する。それを世界に認めさせる」。
この考えは、ファッションの分野だけでなく、インテリアや食器、さらに食の世界でも実践していくべきではないか。佐藤社長はそう考えました。衰退していく一次産業を守りたいという想いも後押して……。
そんな想いを実現する手段の一つが、この「GEA」という施設であり、「0053」というレストランのオープンだったのです。
昼はカフェ。夜はレストランとして営業。壁には映画を映し出すなど、暮らしに関わる様々なイベントが定期的に行われる。


磯野将大シェフは、今年3月にシンガポールから帰国。自ら野菜を栽培したり、山形の人々の生活に根付く食や風土に刺激を受けつつ、日々、料理に向き合う。




「0053」で、毎日嬉々として料理に取り組むのは、磯野将大シェフです。
京都「イル・ギオットーネ」で8年間修業し、シンガポール「Iggy’s」のシェフ時代には、「Asia’s 50 Best Restaurants」18位に選ばれた実力派です。磯野シェフは山形食材の豊かさに惚れ込み、移住しました。
「Kanbeガラス工房」のブルーの皿を水面に見立てて、ニジマスと春菊のカルパッチョに。梅酢のソースをかけて。


果肉まで赤い大楽果樹園のリンゴと、東根の湧水どっこん水で育てたマスを、ワサビとリンゴの泡のソースで。大石町のガラス工房の皿を使用。


塩茹でアケビや白鷹町の馬肉、炭の粉を混ぜたジャガイモなどを緑豊かな大地をイメージさせる盛り合わせで。東根市エヌワークスの木のボードにのせて。


大江町で栽培された驚くほど甘いトウモロコシのスープや河北町産の黄桃など、山形の大地の力を映し出す食材を、繊細に組み合わせた料理の数々。




山形という土地を愛する佐藤さん。山形で日々こつこつと家具や食器を作る職人や地道に作物を作る農家たちと出会い、その仕事ぶりや考え方に、糸職人としての自分たちの仕事と重ねたそうです。
「作り手だからこそ見える素材の特徴、その活かし方、加工の方法。そんな地元の知恵をもとに、地元だからこその価値あるブランドを発信できるはず」と語ります。様々なイベントの開催や、グロッサリーでのオリジナル用品の開発も進めています。
明治時代から続く窯元「清龍窯」の4代目丹羽良知さん。地元の土に含まれる鉄分を生かした梨のような青い肌合いの陶器に、純白の白釉をかけて黒色の斑点を浮き上がらせる手法を生み出した。今では平清水焼を代表するスタイルに。


湧水が豊富な東根地方の清流小見川の水を使用し、ワサビを育てる大富農産の平野博幸さん。山形ワサビ「雪芭蕉」はワサビの中でも香り高く、ツンと抜ける辛味にほのかな甘味を感じるのが特徴。葉や茎、ヒゲ根も余すところなく食べられる。


レストラン「0053」の裏手に回ると、蕎麦屋「弦縁庵」の入り口がある。山形県寒河江市の名物「肉そば」を提供する。


「肉そば」には、歯応えのある2種類の部位の鶏肉がのり、だしは温、冷が選べる。小鉢付きで850円(税抜き)。




紆余曲折を経て、ようやく評価された佐藤ブランドの糸のように、食の世界でも「これ、山形で買ったんだよね」と自慢気に言わせたいー
目指すは衣食住全般における山形発のブランドです。
地元を愛し、職人を愛する佐藤繊維が、これからどんな素敵な暮らしのものたちを送り出してくれるのか、目が離せません。




【GEA】
〒991-0053
山形県寒河江市元町 1-19-1
TEL0237-86-7730(GEA1、2)、0237-86-3930(GEA3、弦円庵)
FAX0237-86-3937
Mail: hello@gea.yamagata.jp
火曜休(「Restaurant0053」は火曜~木曜休)
営業時間  GEA1、GEA2 11:00~19:00
GEA3カフェ11:30~16:00LO
Restaurant0053 18:00~21:00LO
弦円庵 11:30~14:00LO
※「Restaurant0053」のメニューは、ランチ1200円~、夜コース5000円~(共に税抜)


























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