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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 06

多角経営で、続けられるガストロノミーへ。

東京・表参道 「エラン」 信太竜馬さん

2020.11.16

text by Kei Sasaki / photographs by Atsushi Kondo

連載:未来のレストランへ

ウイルス、自然災害、経済の停滞……、
どんな苦境に面しても、立ち止まらず歩みを止めず、前に進む力はどこから湧き出るのか。
コロナを経てもなおも逞しく歩みを進める5軒の「これまで」と「これから」を紹介します。


1つのキッチンに集約。循環で強くなる

今年1月にリニューアルした表参道のファッションビル「ジャイル」の4階にレストラン「エラン」をオープンした信太竜馬シェフ。正確には「エラン」とカジュアルダイニング、バーの3店舗を、仲間と共同出資して開業、運営する形でスタートした。
1000㎡のフロアに3店舗がシームレスに連なる食空間は、パリを拠点に活動する建築家・田根剛が設計を手掛け、ビルリニューアルの目玉として話題を呼んだ。が、それから程なくのコロナ禍が、一等地での大箱経営に乗り出した若い経営者二人を直撃する。先が見えない状況に「レストランは難しい」と判断したパートナーは、4月末に事業からの撤退を即決。会社は解体し、30人いた従業員は一旦解雇した。


信太竜馬シェフ
2020年1月現店開店。銀座「ロオジエ」、パリ「オテル・ド・クリヨン」、「エスキス」のスーシェフなどを経て独立。



営業の再スタートはパンのデリバリーから


続ける道はあるのか。悩んだ末、個人で再スタートを切ることを決意する。7年間在籍し、スーシェフとして活躍した銀座「エスキス」を筆頭に、修業先も「ロオジエ」、フランスでは「メゾン・トロワグロ(現トロワグロ)」と、一流店ばかり。フランス料理界の若きエリートは、いつかは自分でファインダイニングを開く、しかも自身が生まれ育った渋谷区でと決めていた。

これからの時代、ガストロノミー単体で生き残るのは難しい。間口が広く、食材や作業の循環効率も図れる複合業態は理想だった。が、コロナ禍では、大箱経営のコストが重くのしかかる。会社経営者の父と兄から借りた資金に自己資金を加えた資金は、開業で底をついていた。これ以上ない逆境。だが、信太シェフの表情に悲壮感はなかった.「スタッフが残ってくれましたので、何かはやれると考えました」

「キンキ つるむらさき トマト フヌイユ」。脂をほどよく落として皮目はサクサク、身はしっとり火を入れている。


再始動の狼煙となったのがパンのデリバリーだ。
「パンは焼き続けるべき。ルヴァン(自家製酵母)を生かしておきたいですし、窯も毎日、火を入れておいたほうがいいので」


デリバリーのパンセット6500円。バゲット、カンパーニュ、フォカッチャにリエットやキャラメル・ブール・サレ、スペシャルティコーヒーなどが付く。「ユニ」では単品販売も。


SNSで情報発信し、料理のテイクアウトやデリバリーをする近隣飲食店からもオーダーを受けた。配達エリアは車で1時間圏内。個人携帯で注文を取り、板橋区から横浜市まで自ら車を走らせた。
同時に貸主に事情を説明し、賃料を交渉。6月から3カ月間という期限を設け、売り上げに伴う歩合制に。6月1日から個人事業主として貸主と、そして従業員10人と新たに契約を結んだ。


カフェで地固めをし、コストを徹底的に削る


昼から夜まで通しでのバー営業は厳しいと判断し、バーはカフェ・デリ・バー「ユニ」としてリニューアル。カジュアルダイニングは「エラン」のセカンドライン、「ボネラン」に業態変更することで、人材、食材の循環強化を図った。

まずはカフェの地固めに力を入れ、店内飲食、テイクアウト共通の惣菜約8種をメニューの柱にした。「コロナの状況次第で、どちらかに比重が偏っても売り上げが担保できるように。旬のいい食材を使う、プロが手をかけたものをお出しする。カフェとデリなら、店の軸をぶらさず営業が続けられる」


「ユニ」のランチプレート1300円。豆アジのエスカベッシュ、サバの味噌煮など、「健康的に」というシェフの意向で真っ当な味を揃える。


1日20食の販売目標からスタートしたが、7月以降は店内飲食も徐々に増え、8月には1日平均100食が完売するように。売り上げも前月比120%を達成した。

コストカットも徹底した。ビル側から月1回義務付けられている厨房のファンのフィルター掃除は、業者に頼まず自分たちで行うことに。トイレは共有部分にあるため「他の店舗やフロアの人も使っている」と、それまで負担していた家賃を免除してもらった。空き瓶回収費からトーション代まで、徹底した見直し、交渉で10円、100円単位まで削れるだけ削った。


ガストロノミーが必要とされる日のために


カフェ・デリ・バー、カジュアルレストラン再開から2週間後、1日2組限定で「エラン」の営業をスタート。「エラン」は夜のみ、「ユニ」と「ボネラン」は、昼も営業し、「エラン」のサービススタッフが、昼間は「ユニ」と「ボネラン」のサービスに当たる。自身も積極的に店に立った。厨房スタッフの内2人は、調理師専門学校時代からの友人。いわく「僕にないビストロ料理のノウハウを持っている」。


自ら設計した厨房は「エラン」と「ボネラン」の間に。調理台やフードの高さも細かく調整し作業環境を整えた。現在、6人のスタッフで対応。

10人で3店舗を回すのに、1人2役、3役は当たり前。誰もが発言しやすい環境を作り、いい意見はどんどん吸い上げる。エコバックの販売やインスタグラムの強化はスタッフが率先して始めた。「僕がやりたいと思ったことでも、さり気なく種を蒔いてスタッフに言わせる。自分の提案だと仕事のモチベーションが上がるんです」


カフェ・デリ・バーに変更後、20代の若者客が急増。パブリックスペースも充実。

32才の若さながら、人心掌握力に長けているというのが信太シェフの印象。上(貸主)にも、下(従業員)にも、周り(業者)にも。いい意味で人たらしなのだ。もちろん「エスキス」のスーシェフ時代にマネジメントも経験している。会社経営者である父や兄の影響もあるだろう。
「父は最初から“商売は一人で始めないとダメだ”と共同経営に反対でしたし、兄からは“経営者としては二流だな”と、まだ散々ないわれようです」と、笑う。

9月に入っても「エラン」はまだ完全再開と言い切れない状況だ。2組の予約が埋まらない日もある。でも「前もって予定を立て、食事に出掛けるのがレストラン。まだ世の中の状況がその状態に達していないだけです」と、焦りはない。

この3カ月、やれることは何でもやった。デリ販売のカウンターで接客もしたし、清掃業者が休みの間は毎朝自分でトイレ掃除もした。店を続けるために、地道に、泥臭く。モチベーションを切らさず続けて来られたのは、食事を通じて人に感動を与えるガストロノミーの力を信じているからだ。


「ユニ」ではバーのドリンクサーバーで「COEDO」ビールを提供。 

「レストランがトレンドの文脈で語られることが多く、インスタントでもインパクトのあるものがもてはやされたりもしているけれど、私はきちんとした食文化をルーツに持つ料理とサービスで、ガストロノミーの魅力を伝えていきたい。僕らの店が必要とされる時代は必ずまた来る。そのときに一緒にやれるチームを固めておきたいと考えています」

再始動は、パン作りからだった。パンはフランスの食文化の根幹にあるもの。厨房の火を絶やさず、生きる糧となるパンを作り、おいしさで人に喜びを与えられる。パンには、その力があったからだ。









◎エラン
東京都渋谷区神宮前5-10-1
GYRE4F
☎03-6803-8670
18:00~21:00LO (9月現在2組限定)
15000円、20000円( 税・サービス料除く)
水曜、土曜はパンのデリバリー対応
日曜、月曜休
(月曜が祝日の場合、月曜、火曜休)
東京メトロ表参道駅より徒歩4分
https://www.elantokyo.com/





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