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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 07

個人で取り組む“小さな循環”

東京・西麻布「エルバ ダ ナカヒガシ」中東俊文さん

2020.11.16

text by Kyoko Kita / photographs by Tsunenori Yamashita

連載:未来のレストランへ

ウイルス、自然災害、経済の停滞……、
どんな苦境に面しても、立ち止まらず歩みを止めず、前に進む力はどこから湧き出るのか。
コロナを経てもなおも逞しく歩みを進める5軒の「これまで」と「これから」を紹介します。


生産者と客の笑顔の懸け橋になる

自然の中での佇まいそのままに活けられた山の草花が客を出迎える「エルバ ダ ナカヒガシ」。その個室は毎週土曜日、八百屋へと姿を変える。イタリア品種のナスに、東京在来の「内藤カボチャ」……形も色もユニークな野菜たちは、都市生活者の緊張をふっと緩めてくれる草花と共に、すべてシェフの中東俊文さん自ら足を運び仕入れてきたものだ。


中東俊文シェフ
2016年現店開店。幼少期から農家との交流や土に触れながら食材を見分ける野性的な力を養う。



この八百屋、その名も「ヤオヤダ ナカヒガシ」は自粛期間中から続いている。スタッフやお客さんの安全を考えて、4月頭からレストランを休業。以前から手伝っていた畑に頻繁に通ううち、「これは料理人としての本分ではない」と気づく。「飲食店に卸すはずの野菜が行き場を失っていたんです。僕たちがインフラを止めてはいけないと我に返りました」。

毎週土曜日は個室が八百屋に。あきる野や八王子の畑で仕入れてきた野菜が並ぶ。6月までは毎日やっていた。

野菜の仕入れを再開し、店の近くの家主の駐車場で八百屋を開店、同時にサラダセットのテイクアウトも始めた。「自分たちならではの八百屋にしようと、調理法や食べ方のアドバイスもしていました」。外食の楽しみを失った近所の客や常連たちは、そこにささやかな非日常を求めたのだろう。なじみのある野菜から売れていくと思いきや、ケールや紅芯大根などレストラン向けの野菜に人気が集まった。

「こんな時に野菜を買ってくれてありがとう。こんな時にお店を開けてくれてありがとう。生産者やお客さんからそんな言葉をいただいて、彼らの笑顔の懸け橋になることが、レストランを営む僕たちの役割なのだと改めて感じました」
肉の卸しでも在庫がダブついていると聞き、ジビエと熟成肉のメンチカツサンドもテイクアウトメニューに追加。「ジビエも捕らなければ害獣被害が広がってしまいます」

レストランは緊急事態宣言の解除を前に、対策を徹底して再開した。過酷な現場に立つ医療従事者も多く訪れ、束の間の穏やかな時間を過ごしたという。「料理を作るとはどういうことか。何のためにレストランをやっているのか。それが明確になったことで、ぶれたり迷うことがなくなりました」



必要な分だけ収穫し、最後まで使い切る


中東さんは週2日、あきる野や八王子の生産者の畑や近くの山まで車を走らせる。京都の名店「草喰なかひがし」の主人、中東久雄さんを父に持ち、子供の頃から野山を遊び場にしてきた中東さんにとって、「山に行くことは癒しであり、ライフワーク」だと言う。
「山の空気に触れて、花や山菜やキノコを採り、リアルな四季の移ろいを体に取り込みたいんです。自分で野菜を引き取りに行けばフードマイレージも減らせますし、余計な梱包資材を使わなくて済む。それに、畑に行くといろんな発見があります。使っている肥料によって育つ雑草が違ったりして、摘んで帰って料理に使うこともあります」

小松菜、モロヘイヤの葉や畑の作物のほか、野生のルッコラや雑草のスベリヒユなども摘む。袋はきれいに洗って再利用。



山で摘んだ花は、シェフ自ら生ける。


畑を見て、土に触れながら生産者と話をし、時に農作業も手伝い、自分が必要な分だけを収穫して持ち帰る。「15年程前から農家さんと直接お付き合いを始めたことで、できるだけ食材を無駄なく使い切りたいと思うようになりました」。小松菜の黄色くなった葉やモロヘイヤの茎などは畑に置いていく。持ち帰ればゴミになるけれど、残せば土に返るからだ。



アミューズに使う花付きのマイクロキュウリ。

調理場で出る野菜の皮やヘタなども捨てることはしない。生ハムの骨でとっただしに、その香りをサイフォンで抽出して移し、軽く火入れをした48種類の野菜と合わせてミネストローネにする。実はこのメニュー、「“erba(草)”=季節の野菜を堪能すること」をコンセプトに掲げる同店で、唯一オープン当初から提供し続けている一品だ。


野菜の皮やヘタなどの香りをサイフォンで抽出してミネストローネに。

「僕は野菜が持つ香りを大切にしています。料理人は味を作ることはできても、香りは作れませんから。野菜の皮やヘタは繊維が密集しているので香りが詰まっています。それを抽出するのにサイフォンが効果的なんです」。抽出し終えた野菜は乾燥、粉砕し、パスタを作る際に余った卵白と共にメレンゲ菓子に仕立てる。「野菜を入れることで、甘ったるい砂糖の甘味をきれいに切ってくれます」


魚の頭や骨は魚醤に、スイカの白い部分は糠漬けに。発酵や乾燥の知恵を生かして食材を保存、再利用する。

夏のごく短い期間に大量に採れるミニトマトはドライに、マイクロキュウリやヤングコーンはピクルスにして保存。あきる野で採れるアユやヤマメの骨や頭は塩漬けにして魚醤を造る。またスイカの皮に近い白い部分は自家製の糠床に漬けてサラダ仕立てに。山で採ってきたシロスグリは砂糖と塩に漬けて、出てきた液は酢の代わりに、実はケイパーのように使うという。



畑と店をめぐる命の循環


料理人としての自らの使命を、四季折々の野菜のおいしさを伝える「プレゼンター」になることだと考える中東さんにとって、「無駄なく使う」というのは、単にゴミを減らすという意味ではない。食材の持つ味わいを生かし切るということだ。徹底したその姿勢には、土から「命」を生み出す作り手や自然に対する敬意や感謝の思いが滲んでいる。

「ゴミという概念をなくしたい」と自粛期間中からコンポストも導入した。どうしても残ってしまった野菜くずや卵の殻を堆肥にして畑へ返すことにした。毎日残った生ゴミを計量し、記録した。在来種の種も取り分けて乾燥させ、再び生産者の手に渡す。そう、ここでは畑とレストランがひとつづきになり、命がぐるぐると廻っているのだ。

「サステナビリティという言葉を最近よく聞きますが、昔から世界中でやってきたことを再発見しているだけなんですよね。在来種だってその土地の気候に合っているから代々受け継がれてきた。身土不二という言葉があるように、地域で育まれた野菜はそこに住む人の身体にも合っているはずなんです」。東京という大都市の真ん中で行われている、小さな命の循環。「ここでできたら、日本中、いや世界中で実践できるはずです」


生ごみは堆肥化して畑へ返す。1日平均400~500g程。測量してSNSに公開していた。

「いつか田舎でエネルギーの循環も含めた形で店をやってみたい」と中東さん。「父に似て好奇心が強いから、どんどん新しいことをやってみたくなる。その積み重ねが店としての厚みになっていくのだと思います」









◎エルバ ダ ナカヒガシ
東京都港区西麻布4-4-16 B1F
☎03-5467-0560
17:00~20:30LO
(野菜販売:土曜のみ11:00~16:00)
7500円、12000円、15000円~
(税・サービス料除く)
テイクアウト対応
日曜休
東京メトロ広尾駅より徒歩7分
https://www.erbadanakahigashi.com/





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