HOME 〉

SDGs

もう「貧しい魚」とは呼ばせない。

「北海シェフからの便り」vol.3

2022.06.14

text & photographs by Aya Ito

連載:北海シェフからの便り


2018年4月~2020年2月にかけて、「海洋資源を巡るエコシステムを創る 北海シェフからの便り」として全9話でお届けした記事を再公開します。一人の料理人の思いが北海のエコシステムを変えることになった、その道のりを紹介します。


魚市場で開かれるシェフたちの勉強会。

ビーチ・クリーンイベント「エネコ・ビーチ・クリーン・カップ」の翌日、北海シェフ協会のメンバーと共にベルギー随一の漁港ゼーブルージュにある魚市場へ向かった。
北海シェフ協会代表フィリップ・クライスは、2カ月に一度、ゼーブルージュの魚市場で勉強会を開いている。水揚げの現状や、見慣れない雑魚の調理法などのレクチャーを行って、シェフ同士、知識を深めるためだ。2018年の主要活動メンバーは、前年の30名に20名を加えて全50名としたため、今回は主に魚市場へ訪れたことのないシェフたちが対象となった。

早朝6時。春分明けのヨーロッパのこの時間はまだ真っ暗だ。
5000㎡もあるヨーロッパ有数の魚市場は、「VVV(フランドル鮮魚卸市場組合)」によって運営されている。VVVは、漁港として有名なニューポート市運営の魚卸市場、そして、オスタンド港とゼーブルージュ港の卸を取り仕切る企業VLV社、2つの組織の結束によって創立された。
創立の目的は、最新のシステムを導入して、水産物 の収穫から小売まで、ロット単位でのトレーサビリティを確保すること。そうして、天然の魚をより新鮮かつ安全に消費者へ届ける。2団体の結束はその実現を迅速にした。

最新システムは、市場内のあちこちから読み取ることができる。
たとえば、魚が仕分けされたケースにはすべてRFID(Radio Frequency Identifier/無線で個別情報のやりとりを行う自動認識システム)が搭載されている。2017年7月に導入したばかり。ケースには40キロと20キロの2種類あり、卸業者の手に渡るまで一貫して使用されるから、完全なトレーサビリティを可能にする。
人力による作業にも抜かりがない。魚の選別はオートメーション化されていて、重さによって仕分けされるが、港と船の番号は人の目で確認し、さらに札も挿入する。ホタテなどの貝や甲殻類は、60人の作業員の手でひとつ一つ選り分けられていた。


魚の競りはインターネット上で。

魚市場が稼働するのは、月・火・金の週3日。集荷と同時にRFID管理され、即座に競売にかけられる。驚いたことに、競売はインターネット上で行われるという。市場内にコンピューター設置の競りのホールがあるが、遠隔地からも参加できる。200件もの卸業者がネット上で参加しているそうだ。卸業者たちがコンピューターに向かう静けさには、日本の競りとはまた違った圧倒感があった。競売は早朝に終わり、9時前にはすべての魚が出荷されて、集荷場はがらんどうになるという。

北海シェフ協会のメンバーは、システムを目の当たりにして、魚質はもちろん、鮮度や信頼を決める流通の確かさを知る。協会の使命を再確認する機会にも、さらには厨房での仕事を高める原動力ともなるのである。
集荷場では、珍しい魚にも出会えた。魚をよく知るクライスへの質問も飛び交っていた。たとえば、ネーデルランド語で「リフェス」という、スズキ目ベラ科のナポレオンフィッシュ。「生では身が締まって硬いが、火を通すと柔らかくなる」というクライスの言葉に、みなが耳を傾け、さっそくメニューに取り入れるためのレシピの検討に話が及んだ。


約16倍の値がついた雑魚。

クライスが北海シェフ協会を立ち上げたのは2010年。見向きもされない雑魚にこそ海のアイデンティティがあることを、料理人が知らしめなければという使命感からだった。ヒラメやチュルボなどの高級魚は高く売れて重宝されるけれど、雑魚は見向きもされない。買い手がつかないことがわかっているから、そのまま海に戻されるが、一度水揚げされた魚はほとんどが息絶えてしまう。しかし、水揚げされる魚の多くは雑魚であり、雑魚にこそ土地の特性が反映される。クライスは、あらゆる意味で否定されていたエコシステムを有効なものに変えてきたいと願って、協会の活動を開始したのである。

フランス語で雑魚を「Poisson Pauvre/貧しい魚」と呼ぶ。クライスはその呼び名を「Poisson Oublié/忘れられた魚」に変えようとした。野菜の世界で、戦時中の食糧というイメージを引きずっていたり、大量生産に向かなかったりして、いつしか栽培されなくなったものを「Légume Oublié/忘れられた野菜」と名付けて価値を見直すのに倣って、価値付けのきっかけを作ろうとしたのである。
しかし、どんなに意識改革が必要なことは理解できても、需要がなければマーケットは動かない。
ならば、ニーズを作ろう。シェフたちの力で「Poisson Oublié/忘れられた魚」をメニューに載せると同時に、VLVでの競りに影響力を及ぼすVLAM(ベルギー産農産物の販促活動を行なうNPO)にも協力を求めた。VLAMが「忘れられた魚」プロモーションへの協力を約束してくれたのは大きな力となった。

その週に競売される魚の種類や重量がほぼ週頭に発表される。6月中旬のリストでは、オヒョウ、ヒラメ、チュルボなどの高級魚の他に、「忘れられた魚」としてルセット(トラザメの一種)、ヴィーヴ(ワニギス)、プレイス(カレイ目)などが並び、全体の3分の1以上を占めていた。

VLVの営業部長を務めるクルツ・ドゥ・ランジュいわく「2013年に公式に北海シェフ協会が関わってから、従来では市場に入らなかった魚、価値の低かった魚の20%が、名前を知られるようになり、高価格でも取引されるようになった。革命的です」。
たとえば、ルセットは数年前まで食用と見なされておらず、皮が船を掃除するヤスリとして使われていたという。しかし、ルセットの調理法を北海シェフ協会が紹介したことで、キロ0.3 ユーロだったのが5ユーロにまで値を上げた。ちなみに、VVVが1年間に扱う魚全体の量は17,000トン、売上は7500万ユーロ。つまり、キロ平均約4.5ユーロで取引されていることになる。ということは、ルセットの価値はもはや平均以上に上がったわけだ。クライスと北海シェフ協会が仕掛ける網の目を張るような活動の賜物と言わずしてなんと言おうか。



<OUR CONTRIBUTION TO SDGs>
地球規模でおきている様々な課顆と向き合うため、国連は持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals) を採択し、解決に向けて動き出 しています 。料理通信社は、食の領域と深く関わるSDGs達成に繋がる事業を目指し、メディア活動を続けて参ります。

sdg_logo_2021

食材として未利用魚の可能性を探る。

未利用魚のレシピを広め、価値を高め、魚種ごとの漁獲量が偏らないようにする。

国境を越えて料理人と漁師、卸業者と連携をとる。

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。