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JOURNAL / JAPAN

日本 [福島]

福島県郡山市で出会った、まっすぐな農の仕事人たち。

2019.12.12

text by Saori Bada / photographs by Junichi Miyazaki

農産物も酒も、肝心なのは水。いや、人間もだ。だから清らかな水が流れる土地では、豊かな食の文化が育まれ、まっすぐな人達が暮らす。

福島県郡山市の西には、水の美しさで有名な猪苗代(いなわしろ)湖がある。湖面はまるで、天を映す鏡のよう。はるか昔からそう称えられ、「天鏡(てんきょう)湖」とも呼ばれている。東には阿武隈山地が広がり、北には安達太良(あだたら)山が悠然と構える。つまり、郡山は盆地のような地形だ。夏は暑く、冬は寒いと四季がはっきりし、なかでも大切なのは冬の寒さ。しっかり寒いということは、農作物に味がよく乗るということ。11月初旬に訪れた郡山は、そろそろ秋から冬に移り変わろうとしていた。よく晴れた空はすっきりと青く高く、空気は冷たく澄んでいた。



郡山という土地は、自然環境はもちろん、歴史から見ても農業が主産業になるべく多くの人が汗した土地だ。本格的な幕開けは明治初期。清らかな猪苗代湖の水を、郡山市を含む安積野(あさかの)原野にくまなく引くという、国直轄の大灌漑事業がそのはじまり。やがて日本三大疏水のひとつである安積疏水(あさかそすい)が完成し、郡山は山を越えて流れてくる猪苗代湖の水を得て、いよいよ農業の環境が整った。土壌の良さや気候にも恵まれ、郡山は日本有数の米どころとなる。しかし、毎年加速する全国的な米消費量の減少に少子化も重なり、日本の米農家は昭和の後半から平成、令和と、米以外の新しい農業の在り方を迫られることになる。

そんな中、2003年に郡山に「あおむしクラブ」というチームが生まれた。若手農家が集まり、郡山の地質や天候を最大限に生かして、味に特化したブランド野菜を作るべく立ち上がったのだ。




「お客さんは何を考えて野菜を選ぶのか」

『郡山ブランド野菜』作りを牽引しているのは、鈴木農場・伊東種苗店代表の鈴木光一さん。米から野菜に転換した農家の3代目で、もう30年以上、さまざまな野菜を作ってきた経験がある。そんな鈴木さんが畑でいつも考えているのが「お客さんは何を考えて野菜を選ぶのか」だ。



「野菜売り場はいつの間にか、全国どこでも同じ顔のにんじんや大根、キャベツや白菜が並べられ、それが普通になってしまった。箱に詰めやすい大きさや形、店頭で扱いやすく長持ちしやすい品種などは、流通や市場、売り場での事情を最優先にしてきた結果であって、決して消費者の希望ではない。じゃあ、お客さんは何考えて野菜を選ぶのか。みんなが本当に欲しいのは、新鮮で健康的な、味のいい野菜だ。これに尽きる。だからこれからの野菜農家は、味にこそこだわって作っていくべきだと考えた。遠くに送るのに便利な野菜ではなく、まず地元の人に採れたてを味わってもらい、地元で評価されなければ意味がない。そして、純粋に味わいの良さだけで『郡山ブランド野菜』のファンを作り、指名買いしてもらえるようになりたい。それこそが、僕たちが野菜を作る唯一にして最大の理由です」。



しかも鈴木さんは、野菜を作る農家でありながら種や苗を扱う専門家でもある。どんな土壌にどんな品種を育てるべきかを吟味する品種選びのソムリエ的立場であり、プロだ。

「例えばにんじんひとつとっても、いま日本には400近い品種があります。色だけでも、見慣れたオレンジから赤、黄色、紫、白とさまざま。その中から試験栽培してたった1種類を選び抜くというのは、藁山から針を探し出すほど根気のいること。一人じゃとても無理です。だけど、仲間がいればできる。ここ郡山には気概を持った農家がたくさんいますから、皆で協力して、自分達の持つ最新の知識やこれまでの経験を通して渾身の1種類を選び、育てます。だからこそ、ブランド化するだけの価値ある味が生まれるし、自信を持って勧めることができる」。



今回郡山市を訪れたのは三軒茶屋のメキシコ料理店「ロス タコス アスーレス LOS TACOS AZULES」マルコ・ガルシアさんと同じく三軒茶屋の燗酒と和食の店「JOE’SMAN2号 ジョーズマン2号」高崎丈さん。鈴木光一さんの話を興味深く伺いながら、二人は白菜や様々な色のニンジンを丸かじり。

こうして毎年1種類ずつ品種を吟味し育て方を研究しながら、『郡山ブランド野菜』は生まれた。甘みと香りの高い枝豆「グリーンスウィート」から始まり、焼くと香ばしさが際立つとうもろこし「とうみぎ丸」、フルーティーな甘さで生でも楽しめるにんじん「御前人参」などが次々と誕生し、地元はもちろん、近郊の会津や福島、いわきや田村などからも、野菜を求めて直売所やマルシェを訪ねる人が増えていった。鈴木さん達は、十分な手ごたえを感じはじめていた。



おいしさと安全を可視化し、客観的に評価する

だから2011年に起こった東日本大震災は、とてつもなく厳しい試練だった。風評被害が長引き、実際に出来上がった農作物の安全性には全く問題がなくても、なかなか食べてもらえない。そこで鈴木さん達は、すぐに郡山農業青年会議所と新組織「郡山ブランド野菜協議会」を設立し、野菜作りをさらに進化させることにした。「イメージや風評の被害に苦しんで、農業を続けられないかもしれないという瀬戸際まで悩んだ私達だからこそ、こだわったのは真実です。野菜の安全性だけでなく、味に関わる部分も数値化し、真実を可視化しようと考えた。甘い、コクがある、風味がよいなど感覚的な味の評価も、栄養成分や味覚の両面から分析して数値化し、誰が見ても明確な事実にしました」。



こうした取り組みを重ねるうちに、実際に野菜を食べてファンになった人達が指名買いするようになり、品質の確かさを証明してくれるようになった。現在では13種類まで増やし、直売所や郡山のマルシェ販売はもちろん、試食商談会、料理研究会など、『郡山ブランド野菜』を知ってもらう場を作り、年に数回は東京・青山のファーマーズマーケットにも出店して在京シェフやファンにも販売している。さらに、鈴木農場には数年前からは4代目となる息子の智哉さんが就農し、親子で未来を描く新たなステージに入っている。



「いま、とうもろこしに興味が向いてるんです。来年は、タコス作りの材料に向くような珍しい“とうもろこし”にも挑戦してみようかな」と鈴木光一さん。「ぼくは来月メキシコに行くんです!とうもろこしの視察もしたいから、マルコさん、色々教えてくださいね」という智哉さんに、嬉しそうなマルコさん。


◎鈴木農場/伊東種苗店
http://suzukiitou.main.jp/



自分もまた自然の一部。農業とは、生きること


震災を機に、農業の考え方を一から見直したのが「けるぷ農場」の佐藤喜一さん。それまで行っていた2万4千羽の養鶏から一度離れ、自然とともに生きるとはどういうことかを学び直した。自然栽培の農業に辿り着き、自家採種による固定種を育成している。

2018年からは養鶏を再開。「ただし以前とは育てる数も環境も全く違います。できるだけ鶏にストレスを与えずに育て、広い庭と自由に過ごせる鶏舎を立てて見守っています」。



鶏たちは自由に鶏舎と外を行き来していて本当に幸せそうだ。「上にはテグスを張り、鶏舎の扉は鷹やカラスが入れない広さで開けておく。こうすると鷹やカラスは「ここは入れない場所」と認識し、鶏は襲われないんです。草は鶏が隠れる場所にもなるため、猪が来て騒いでも、鶏たちはそれほど慌てない。猪はミミズを探して土を掘る。掘った場所に溝を作って水を流すと、猪は来なくなります」と佐藤喜一さんは話す。鷹もカラスも猪も決して悪者とは言わない。共存する仲間なのだ。



高崎さんに抱かれた鶏は、とてもおとなしい。佐藤さんは「ごめんね、もう少しつきあってね」と鶏に優しく話しかけていた。

◎けるぷ農場
https://kelp.jp/business/kelpfarm/



香水のように香り立つ、完熟いちご


「おざわ農園」の小沢充博さんのいちごは、東京では買えない。味が濃くて果肉が緻密、香水のような香りとしっかりした甘さ、優しい酸味があり、瑞々しい。地元での評判を聞くとぜひ送って欲しいと思うのだが、直接販売が基本だ。理由はシンプル。




「いちごの生産者としては、できるだけおいしいいちごをみなさんに食べて欲しい。そのためには、味がのって糖度も香りも最高に膨らんだ、完熟の状態まで待ってから収穫しよう、そう決めたんです。ただし完熟いちごは果肉がデリケートで流通には耐えられない。だから直接販売という方法を選びました」。震災を機に、土作りやハウスの環境作りを徹底的に見直し、最先端の知識と設備を導入。まっすぐな気持ちで、完熟いちごを作っている。

◎おざわ農園
福島県須賀川市前田川字広町69
☎ & FAX 0248-76-7495
いちご販売期間 11月中旬~6月上旬まで



荒れた里山を、元気な豚で復活させたい


創業300年、15代続く「ふるや農園」の代表取締役である降矢セツ子さんは、動きを止めないバイタリティーの塊のような人。2009年には郡山では珍しい養豚に乗り出した。もともと動物好きというのもあるけれど、人が減り、どんどん荒れていく里山をなんとかしたいと考えて豚の放牧にいきついた。「豚のことなんか何も知らないのに、勢いで始めたんです」。




ところが、スタートした翌年宮崎県で家畜の伝染病口蹄疫が発生し、翌年は大震災。風評被害などで豚の値も下がったがなんとかしのぎ、次第にストレスなく育った豚の味が評判となりだした。最近は、市内外のレストランに精肉として出荷されることになり、「里の放牧豚」のファンはさらに増えている。

◎里の放牧豚 ふるや農園
http://www.furuyanouen.net/



地域や環境と一体となった、輪のような農業を目指す


「自分の家で作っているなめこがこんなにおいしいとは思わなかった」。大学を出て「鈴木農園」を継ぐか悩んでいたときに、鈴木清美さんの背中を押したのは、お父さんが作ったジャンボなめこのフリットを食べたときの感動だった。「きのこ栽培を40年以上手掛ける父が、菌作りから10年かけて生み出したジャンボなめこの味は、僕だけでなく、そのとき一緒に食べた周囲も喜ばせていました」。




人を喜ばせることのできる農業に魅力を感じ、今では父とともに、なめこや『郡山ブランド野菜』作りにも携わっている。「地域のご縁を繋げ、そして環境にやさしい農業を、自分なりに考えていきたい」。

◎鈴木農園/まどか菜園
https://www.jumbo-nameko.co.jp/



日本の田んぼを守る酒蔵になるために


日本酒の蔵「仁井田本家」は、1711年の創業。郡山市田村町に湧く天然水を使い、300年以上酒を造り続けてきた歴史がある。創業時からの蔵の信条は、「酒は健康に良い飲み物でなければならない」。仕込む酒のすべては化学肥料や農薬を使わない自然米から作られる。さらに6年前から蔵つきの酵母菌を取り込む生酛造りの酒母を使い、より米本来のうま味を感じる酒造りを志している。




十八代目当主の仁井田穏彦さんは「日本の田んぼを守る酒蔵でありたい」という。「にいだしぜんしゅ」の味はもちろん、酒造りの姿勢を知ってファンになる人は多い。



福島出身の高崎さんの店「ジョーズマン2号」では仁井田本家の酒を多数取り扱っていて、仁井田本家のイベントでは高崎さんが「お燗番」も務める。この日も高崎さんが急遽お燗を付け、仁井田穏彦さんと女将 仁井田真樹さんがそれぞれのお酒の特長をマルコさんに説明した。


◎仁井田本家
https://1711.jp/



◎ ロス タコス アスーレス LOS TACOS AZULES
https://www.lostacosazules.jp/
東京都世田谷区上馬1-17-9
☎ 050-5579-1814
水~土   朝タコス9:00~14:30 L.O.、夜18:00-22:30 L.O.
日     朝タコス9:00~14:30 L.O.
月・火休

◎ JOE’SMAN2号 ジョーズマン2号
https://www.joesman2go.com/
東京都世田谷区太子堂2-25-6 池田屋ビル2F
☎ 050-5570-6076
月~金 17:00~24:00 L.O.
土   15:00~23:00 L.O.
日   15:00~22:00 L.O.
不定休 (休業日に関しては公式HP(https://www.joesman2go.com/)にて確認ください)



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