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JOURNAL / JAPAN

日本 [鳥取]

鳥取県智頭町鹿肉を巡る循環に見る町の未来

2019.04.05

徹底した衛生管理と赤堀さんの手さばきを食い入るように見つめ、「見事ですね」と一言。谷シェフが普段使うのは2~3歳のメスのエゾシカ。春の終りと秋の始まりは「マグロのようでめちゃ美味い」。

森の厄介者を地域資源に


「あぁ~空気が違う!最高!」
車から降りるなり深く息を吸い込んだ東京・西麻布「HOUSE」の谷祐二シェフ。頬に当たる風は市内より少しひんやりとして、森の清々しい香りに身も心も浄化されるようです。

ここは鳥取県南東部に位置する智頭町。面積の9割以上を森林が占めるというだけあって見渡す限り一面の緑。中国山地から流れ下る清流のせせらぎが心地よく聞こえます。
江戸末期から林業で栄えてきた美しいこの山里は、しかし今、ある問題に直面しています。増えすぎた鹿による食害です。樹木の皮を剥ぎ取り、若木を食べ、森の資源を枯らす。さらに人里まで下りてきて田畑を荒らす。鹿の個体数はこの30年弱で10倍にも上り(全国推計/林野庁)、日本各地の山や村で同じような被害が深刻化しています。
智頭町では、山裾や畑の周囲を柵で囲むなどの対策を講じる一方、年間1000頭もの鹿を猟師が捕獲、そのほとんどを埋設処分してきました。

そんな中、町の獣害対策部会が動き出したのが今から3年前。鹿肉をジビエとして有効活用するための解体処理施設を設置しようというものでした。当時26歳、趣味で猟をしていた赤堀広之さんは、生まれ育った大好きなこの町に貢献したいと、開業に名乗りを挙げます。隣町の若桜町にある解体処理施設「わかさ29工房」で半年間研修を受けた後、県と町の補助を得て、昨年4月にオープンしたのが「ちづDeer’s」です。 この鹿肉を巡り、今、町内で新しい循環が生まれているといいます。
その息吹に触れるべく、日頃からエゾシカを料理に使い、地方食材への関心も強い谷シェフと共に、ここ智頭町を訪れました。


少し意外ではありますが、町内では猟師の間でもほとんど鹿肉を食べる習慣がなかったと言います。「ちづDeer’s」ができるまで、捕獲の目的は害獣を駆除することでしかありませんでした。
「ジビエとして良い肉を得るには、捕獲後の処理がとても重要です。放血の仕方や運び方によって、肉が傷んだり臭みが出てしまいます。当初はあまり良くない状態で持ち込まれることもありましたが、やり取りを続ける中で、猟師さんたちに食材としての鹿の扱い方を理解していただきました」と赤堀さん。



衛生管理を徹底し、料理人の声を聞く

この日、幸運にも捕獲されたばかりの鹿が運ばれてきて、谷シェフと共に解体処理を見せていただくことができました。その衛生管理は徹底しています。
まず、全身の毛をバーナーで焙り高圧洗浄し、ダニなどの害虫を落とします。次に腹を割って、内臓を傷つけないよう慎重に取り出し、皮を剥ぐ。そこからは服を着替えるか人を替えて別室に移り、内モモ、シキン棒、外モモ、シンタマ、イチボ、アキレス腱、スネと順番に切り出していきます。



徹底した衛生管理と赤堀さんの手さばきを食い入るように見つめ、「見事ですね」と一言。谷シェフが普段使うのは2~3歳のメスのエゾシカ。春の終りと秋の始まりは「マグロのようでめちゃ美味い」。


取材日の朝に罠猟で獲れたオスの仔鹿。腹を割って、内臓を傷つけないよう慎重に取り出した後は皮を剥ぎ、バトンタッチ。別室で赤堀さんによる解体作業が始まる。



モモは骨から外し、各部位は筋膜や色の悪い部分を丁寧にトリミングしてすぐにでも使える状態に整えます。そして、すべて真空パックして冷凍保存。
その様子に「僕であればトリミングはしない状態で欲しいですね。端切れも使いたいので」と谷シェフ。「骨もつけたまま仕入れています。真空にしてしまうと呼吸ができなくなるので、さらしを巻いて少しずつ熟成させながら使っていく。使う人の考え方やお店の規模によっても違いますけどね」。

その言葉に赤堀さんもなるほどといった面持ち。「実際に料理される方の声をたくさん聞いて、どんな肉が求められているのか勉強していきたいと思います」。



自然環境と信頼関係が育む上質なジビエ

鹿をジビエとして有効活用する動きは他の地域でも少しずつ広まっています。その中でも「源流近くの冷たく澄んだ水を飲み、起伏の激しい斜面を走り回って育つ智頭の鹿は、肉質も良いと思います」と赤堀さん。
さらに鮮度の良さも大きなポイントではと谷シェフは言います。「絶命してから30分で解体されるなんて、ものすごく魅力的ですよ」。





町内の鹿はほぼ罠猟で捕獲される。獣道に罠を設置し、前後に倒木を置くなどシカが前足を踏み入れる仕掛けを施す。肉を傷つけないよう細心の注意を払って屠殺処分や運搬が行われる。

それが適うのは、町自体がコンパクトというだけでなく、実直な人柄で赤堀さんが築いてきた周囲の人との信頼関係があるからに違いありません。この日、鹿を持ち込んでくれた猟師の突出さんも、そんな赤堀さんのためならと、仕留め方や運び方を工夫する一人です。また赤堀さんが研修を受けた「わかさ29工房」の河戸健さんも、赤堀さんの仕事ぶりを「丁寧なのがいいですね。数をこなしていけば、技術もさらに上がって肉を見る目も養われていくでしょう」と陰ながらエールを送ります。
日々真摯に鹿に向き合い、命を生かそうとする赤堀さんの姿勢は、共感や応援を受けて智頭のジビエをさらに上質なものにしていくでしょう。



土地に根差し、人と繋がる


「ちづDeer’s」開設後は、鹿肉を町内のレストランでも提供するようになってきました。
その一つが、「ベイク&ローカルダイニング 山のブラン」です。
石田創(はじめ)さんが生まれ故郷である智頭町で、母が手掛けるインテリアショップを兼ねたこの店をオープンしたのが昨年8月。
使うのは、町内のおばあちゃんグループが作る無農薬野菜や、農林高校の生徒たちが育てた野菜、隣町のロースターのコーヒーに、「人柄そのまんま」なパン。「地元でとれたものが一番うまいと思うんです。手の届く範囲で、声をかけられる関係の中で手に入る食材。赤堀さんも、電話一本で必要な部位やフォンを取るための骨を届けてくれますよ」。少し年下の同世代、同じ時期に店を開けて一歩ずつ前に進む彼を応援したいという思いもあるのだとか。
土地に根差し、人との繋がりによって続いていく日々の営み。「山のブラン」には、そんなゆるやかでサステナブルな空気が流れています。



「野菜はその時々にあるものでいいんです。たまに白菜や大根など白い野菜ばかりってこともありますけど」と笑う石田さんに谷シェフも共感。



皿の上に智頭の魅力をのせる

1階が金物屋だったという築130余年の古民家を改築して、昨年12月にオープンした「楽之(たのし)」。大阪のイタリアンで長く腕を振るった藤原昭信さんは、2年前に家族で智頭町に移住してきました。「智頭は、昔からの住民といろんなバックグラウンドを持った移住者が大きな家族のように暮らしている町です」。そんな環境で暮らす中で、共に地域を盛り上げていきたいという意識が芽生えてきたと言います。智頭の鹿肉をメニューにのせているのもそんな理由から。「いい仕事がしてあって、きれいで安心して使えます」と状態の良さにも惚れ込んでいる様子。




「この春からは、『空水地』という自然栽培のグループに参加して、自分も一緒に畑を耕す予定です。その野菜と鹿肉で瓶詰めを作り、町の魅力をもっと外に発信できればと」。
2階はゲストハウスになっているため、カウンターには夜な夜な旅行者と地元民が肩を並べます。「このカウンターから一人ずつ移住者を生んでいきたいですね」と店と町の未来を見つめていました。



「智頭町産鹿肉のボロネーゼ」850円。加熱により出てくる鹿特有の香りのクセを抑えるためゴボウや山椒と合わせる。

「智頭町産鹿肉のタリアータ」1200円。部位はシンタマ。表面を焼いて休ませミディアムに仕上げた鹿は軟らかく臭みも気にならない。



理想のパン&ビール造りを叶える空気と水


パン好きの間では言わずと知れた名店「タルマーリー」が、千葉、岡山を経て2度目の、そしておそらく最後の移転先に選んだのも、智頭町でした。
「タルマーリー」のパン作りは、乳酸菌や麹菌など空気中の菌を採取することから始まります。そのためには空気がきれいであることが必須条件。「麹菌は環境そのものなんです」、「だから菌のことを考えれば、人も少ない方がいい」と、渡邉格さん麻里子さん夫妻。また“液体のパン”と呼ばれ、製法にも応用できる部分が多いビール造りを始めたいという思いもあったと言います。そこで必要なのが、おいしい水。
二人が理想とするパンやビール作りに欠かせない、しかし得難い2つの要素が、智頭町には当たり前のようにありました。




今、「タルマーリー」では、町内の自然栽培グループ「空水地」が育てた野菜をサラダに、ライ麦や米をパンに使っています。無農薬の大麦やホップでビールを造り、「わかさ29工房」で仕入れた猪の肉はバーガーに仕立て(鹿肉の調理法は現在模索中)、間引いた木を薪にして石釜でピザを焼いています。
「この水と空気を保つためには、山を守り、土を育てなければならないのです」。
地域にある資源を生かすことで健やかな自然環境を育み、結果、良質な天然菌や水の力をパンやビール造りに生かすことができる。その循環は切り離せるものではなく、そこまで含めて「タルマーリー」のものづくりと言えます。
循環は自然界のルールでもあります。生きとし生けるもの一つの命も無駄にされることなく、別の命を育み、菌の力を借りて循環している。「タルマーリー」もその循環の一端を担うことで、町の自然や共に生きる人たちを生かし、また彼らに生かされているのです。



「イノシシ肉のハンバーガー」810円(数量限定)。「わかさ29工房」で仕入れたイノシシ肉のパテと旬野菜(写真はカブ)を、ふわふわの酒種バンズでサンド。

卵、牛乳、砂糖などの副原料は不使用。ビール酵母や酒種など自然酵母を使い、多めの水分で粉の甘味、旨味を引き出したパンは、食べ進めるほどに味わい深い。



循環に見る町の未来

この旅を通じて見えてきたのは、地域が自分たちの足元にあるものを見つめ直した時に、そこにしかないものが必ずあるということです。それは人であり、菌であり、自然そのもの。それらが互いに尊重し合い、循環することで生まれる豊かな関係性にこそ、小さな町の未来があるのではないでしょうか。




SHOP DATA
◎ ジビエ解体処理施設 ちづDeer’s


鳥取県八頭郡智頭町東宇塚11-1
営業時間: 8:00~17:00(シカの引き取りは早朝でも対応)
☎ 090-7371-4429



◎ ベイク&ローカルダイニング 山のブラン


鳥取県八頭郡智頭町埴師655
☎ 0858-71-0332
営業時間:11:00~16:00(夜は予約のみ 金、土、祝前日)
定休日:火・水
https://www.facebook.com/brun.de.la.montagne/
brun.de.la.montagne@gmail.com




◎ 楽之(たのし)


鳥取県八頭郡智頭484
☎ 0858-71-0634
営業時間(カフェ):11:00-23:00
定休日:火
ゲストハウスも運営 相部屋3,500円~
info@chizutanoshi.com




◎ タルマーリー


鳥取県八頭郡智頭町大背214-1
☎ 0858-71-0106
営業時間:パン販売 10:00~17:00、カフェ 10:00~16:00LO
※月曜はパン製造お休み、カフェは営業
定休日:火、水
https://www.talmary.com/
info@talmary.com



取材協力:
いなばのジビエ推進協議会 ジビエ倍増モデル推進委員会 
080-2948-3404

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